キャンパスと駒沢公園



地下鉄が開通する以前は、駒沢の交差点も賑やかだった。
バブルの時期には,お洒落な店もたくさんできたが、やがて空きビルも目立つようになった。昔、「かど天」という天ぷら屋が角にあった。鯨の竜田揚げが安くて人気だった。
駒沢に駅を作ろうと行政法の田中舘という講師が、住民運動に招かれていた。東急は真中に作るとけして譲らなかった。




 当時打ち合わせに利用した喫茶アポロ
数々の伝説を産んだ場所といわれ、いまだに当時の面影のままで、昔ながらのカレーやスパゲティが厳然と出てくる。ジャズの坂田明が現れると地元民がささやくが、懐古の他には・・・学生街の喫茶店「アポロ」


校内のタテカン


9号館へ並ぶベンチ


学生部前の中庭


掲示板

喫茶パオ
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木々も大きくなった駒沢公園


駒沢公園の野外ステージ
世田谷フォーク連盟の練習場所
オリンピック記念塔

1964年東京オリンヒックの第二会場の競技施設だった公園だ。芦原義信氏の設計になる12層50mの塔。女子バレーが金メダルを獲得し東洋の魔女と称された聖地だ。




煮込みの「かっぱ」
正門の並びの駒沢公園入口近くの宅地の中に、煮込み専門の「かっぱ」という店があった。
後年、思い出して探してみたが、既に住宅地の景色は変わっていた。

キャンパスでの活動が遅くなると、絶品の煮込みを食べにいったという声は聞かれた。
大樹の一枚板のカウンターがあり、こぼれるほど大盛りだ。というより、煮込みが山になっていて、煮汁がカウンターを流れる事を前提に傾斜していた。皿を大きくすればこぼれないし、拭く手間はいらなくなるだろうと毒づきたくなる。流れ来る煮汁を避けながら食べた記憶がある。
味は文句なしに旨かった。竃で薪を入れ炊いたご飯。そして漬け物。たかが漬け物だが、摘んでみたら案外旨かったというものではない。おっと声が漏れる絶品だ。
夜遅くなると、体育会系の学生が大鍋を持って何人も並んでいたものだ。
モツ煮込みと思っている人があるが、牛肉の煮込みなのだ。
現在は駒沢通り近くに移転していることが判った。行列が出来るという評判らしい・・・。
また、あの味を賞味したいものだ、と先輩と話題にしていた。

数年後、煮込み探検隊は駒沢公園を散策にやってきた。
移転はしたものの、店内レイアウトはまったく昔のままで、三代目と称する主人が構えていた。かまどはもうないようだった。
満席で少し待った後、座るとすぐに並の牛皿が置かれ、ライスの盛りを訊かれた。
この辺りの手順は昔と同じだ。そして皿から汁がとろとろ溢れている。
勝手口から持ち帰り客が二組現れたが、有料のタッパーが用意されている様子だ。
期待が大きすぎたのか、灰汁の苦みが残りその味には少しがっかりした。昔の方が俄然旨かった。
先輩は、しっかり煮込んだご託を、思い出一味を一振りして、お代わりを叫んでいた。



公園通りの洋食屋 Roman
昭和47年2月に創業、・・・
・・・平成26年12月28日閉店

懐かしむ声が・・・寄せられる