| 発起人代理のつぶやきとお知らせ |
| 世田谷仏教大学校 2018年は開催がないようです。次回は2023年(50周年)になるそうです。 |
| 西日本豪雨・台風21号・胆振地震 お見舞い申し上げます |
| 文学部OBの辻野豊司さん(大阪在住) |
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| 生哲の活動は、昭和42年頃から始まったと先輩から聞いた。 任意団体登録は2部で、顧問の講師がいなくなったなどという事情から、登録や学園祭の教場確保が出来ないなどという事態も発生しかかったりというような経緯もあった。その後、昭和52年頃には隆盛を極めたと伝え聞いたものである。ピーク時には136名いたとも聞いた。統監では300名ほどだったという話も聞かれた。 現役からの学園祭案内を受け、応援に駆けつけているOBもあるようだが、まだまだ少ない方だと聞かれる。 バブルの時期をはさみ、住宅事情が変化し学校周辺に学生が住みにくくなり、通学に時間がかかり活動も低調いうこともあるようだ。何より少子化が大きいのではなかろうか!? 学校の公表しているところによれば、同名称での任意団体登録909は2部で、12名で内1人が女性、週一回の定例会を開いていると、届け出られているようだ。 現在のキャンパスは8、9号館と学食・本館(だったと思うが)以外は立て替え補修などが行われ、当時の裏門から246沿いの駅に向かって、通学路が整備されている印象だ。あの喫茶「パオ」は、おおよその姿をまだとどめている。当時値上げされて50円の珈琲は贅沢だったが、現在も100円はお値打ち価格だ。 他の学校のキャンパスには、グルメ番組が取り上げるようなレストランが登場している昨今では、鄙びた佇まいだ。 近年、仏大帰りにキャンパスに寄って来たという数人のOBは、「バオ」で珈琲を飲みたかったという。また、本館前の噴水ロータリーがなくなったことは、とても残念という声が多く聞かれる。 キャンパスを離れ長い日々をたたみ重ね、交流が途絶えてしまったり遠くへ離れて疎遠になってしまった仲間。冠婚葬祭や病・障りを得たなどという話が、何年かかかって風の便りにのってくる。 ヨン様に会うついでに、昔の仲間を集めたというOBもあったようである。地方在住者にとっては、在学当時隆盛を極めたスター達のコンサートやイベントに合わせてというのも、現実的な選択肢である。 近年、関西圏の私大のOB会に出たという女性がいた。卒業年度を10年単位で区切って行われているということだ。この境目にあたると、在籍当時の上下いずれかが途切れ、遠路はるばる集っても見知った顔に1人も出会わないことがあるという。そうなると遠隔地から、交通費をかけ宿をあてがって参加しても、つまらなかったという感想になる事もあるのだという。反面、驚くような先輩・後輩が見つかることもあるそうだ。 FKクラスがごろごろ居る有名なマンモス大学群では、一頃大学会総会が行われているようだった。 OB会を開きたいという声は散見されるが、なかなかそこまで実現には至らないのが多年の現状である。2000年だったと思うが、OB総会があると連絡を貰ったので、押っ取り刀で世田谷に出向いたことがあった。それ以来、便りを聞かなくなった。この数年前OB数十人が集まったという知らせは聞いた。 墓園での目撃情報や、ローカルには忘年会、花見などという話は側聞されるようである。その一助になればと、立ち上げたものです。 御粗末乱暴なHPであることは、ご理解ご容赦頂きたい。 発起人代理 「世田谷仏教大学」では、昭和47年前後に当時在籍していたOBの姿が見られます。 メンバーとして数十人の該当者があるはずです。毎年、世田谷で開催されてきましたが、近年は、5年1回の開催となり、2003年のは、OBで集まり語らう時間がありました。 2008年3月は、千駄ヶ谷での夜の開催となり、運営が色々変わったことから、参加者も二の足を踏んだのでしょうか。地方からの参加者は宿泊する事になってしまいます。終了後。大阪からの参加のOBの靴がない事件が発生して、他のメンバーを探す事が出来なかった。翌日、遠方からのOBが精力的に連絡をとり、渋谷で少人数の歓談をしました。次回は2013年になるでしょうが、どれだけのOB参集者があるのだろうか。 個人事業や趣味のHP・ブログを開設されている方は、OBLINKに貼らせて頂きますので、宜しければお知らせ下さい。リンクを貼って頂ける方は、テキストリンクなりバナーを自由に制作して下さい。 |
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