捧ぐ花、いの花

 

「んっふっふっふっふ・・・今年も来てましたか」

背後から毎年聞くあの声がかけられた。
少しやらしいような笑い方をする、この声の主は一人しか居ない。

「そういって、大石さんこそ毎年来てるじゃないですか」

「いやいや、赤坂さんには負けますよ。激務の合間を縫って、必ず私より先に来ちゃってるんですから」

樽のような腹をゆすり、おきまりのあのやらしい笑いを浮かべている。
私は、あれから毎年ここに来ていた。
助けを求められたことに気付くことが出来なくて、助けることが出来なかった、あの少女のもとに。

「今年も暑いですねぇ。年寄りにはきつい日差しですよ、んっふっふっ」

「まさか。下手な現職のヤツよりいけるんじゃないですか、まだ」

大石さんが後ろから差し出した花束を、そのまま花瓶にいける。
あの事件の後、私達は二人で本を出版した。
全ては真相に近づくため、だったが未だ手がかりの一つも見当たらない。
メディアも騒ぎ飽きたのか、もうこの場所についての報道などかけらもない。

ここは雛見沢。
鬼が住み、人が住み
今は誰も住まなくなってしまった、廃村。

私は、この村に住む一人の少女から助けを求められた。
彼女は、「生きたい」とだけ私に告げた。
あまりに当たり前の欲求だ。
仲間達と生きて、当たり前に幸せな日の中を生きていたい。
当たり前の願いだったんだ。
彼女は自分の死を予見していた。予言していた。
結果から言えば、私には何も出来なかった。
雛見沢のガス災害・・・いや、彼女は

今花を捧げた古手神社の境内で、生きたままに腹を割かれ、彼女は死んだ。

・・・いや、殺された。
何者かの手によって、殺されたんだ。
私は、彼女に助けを求められたことも、予言を受けていたことも忘れ。
その結果として彼女を救うことが出来なかった。
・・・青二才だから救えなかった。
大石さんにそう言われたとき、そのときの私は涙を流すこと以外を出来なかった。
だが、彼は全ての真相を暴こうと、私の手を引いてくれた。
大災害で全ての捜査がうやむやにされそうになったあの時に、彼は私を引きずり出してくれた。
それだけでも、何度感謝の意を伝えても伝えたりない。
連続怪死事件を風化させないために本を出版するなど、私一人ではどうにもならなかったこともあった。
だが、私は無駄にしたくなかった。終わらせたくなかった。有耶無耶になどさせたくなかった。

彼女は私に言ったのだ。

「生きたい」

と。

「死にたくない」

とっ!

そんな当たり前の願いも、守ってやれなかった、助けてやれなかった。
狂うほど後悔した、泣き叫ぶことが出来ないほどに慟哭した。
だが、私に出来るのはこの事件の真相を解き明かすことだけ。
死んだ人間を蘇らせることなんて、出来ないのだから。

「おやおや?怖い顔ですねぇ、んっふっふっ」

知らぬ間にまた思いつめていたらしい。
こういう時に余裕の有り余る大石さんは頼りになる。

「・・・済みません。ここに来ると、思い出してしまいますから。」

花が生けられた花瓶を置いて、梨花ちゃんにいつか案内してもらった、村の見下ろせる高台に歩き出す。

「古手の、お嬢さんですか。」

大石さんもタバコをくゆらせながらついてくる。

「ええ、私だけだったんですよ・・・彼女を助けられたのは。」

杉のような木に手をかけ、村を見下ろす。
相変わらず、あのときから時が動いていないような眺めだった。

「今でも後悔しています。あの時、ここに私がいたなら・・・少なくても彼女を守るために戦うことが出来たのに、と。」

風がさぁっと流れていった。
あの時と何も変わらない景色なのに、決定的に何かが違う。

「赤坂さん・・・」

そう、彼女が居ない。
私にこの場所を教えてくれた、彼女が。

「・・・後悔と言うのはね」

どっかと神木に体重を預けて、大石さんがこちらを見ている。

「私の辞書の中では、終わったことに対してすることなんですよ。『後ろを向いて悔やむ』ってことで。」

タバコを携帯灰皿にねじ込むと、大石さんが村を見下ろす。

「まだ、終わってないでしょう?・・・いや、終わらせるわけにはいかんでしょう?」

あの目は、「刑事」の目だ。
雛見沢怪死事件、その全てに関わり
部下を失い、事件を止められなかった
そんな無念など微塵も感じさせない。

事件を追い続ける「刑事の目」

「雛見沢連続怪死事件は、オヤシロさまの祟りなんかじゃないんです。・・・そして、私達に出来るのはその真相を暴き、この事件を終わらせること。・・・違いますか?」

一瞬で刑事の目からいつものやらしい笑に戻る。
この人には一生かけても絶対に敵わないと言う思いが、さっと頭をよぎった。

「・・・はい・・・終わらせてやるわけにはいきません。」

少し、体に力が湧いたような錯覚。

「私は、私の部下と親っさんのためにも」

「私は、生きたいと願った、守ってやれなかった彼女のためにも」

まだまだ、終わらせてやるわけには行かない。
目線で確認すると、二人で頷き合う。

今年の夏も、ひぐらしの声がこの村には響く。

もう彼女は居ないけど

もう誰も居なくなったけど

この事件だけは終わらせてやるわけには行かない。

願わくば、今年こそ真相にたどり着けますように。

彼女の家だった場所に、そう祈って。

私達はこの村を後にした。