言えない言葉〜言えなかった言葉、言いたかった言葉〜

 

会いたい

会えない

傍にいたい

傍にいない

ただ一人だけでよかった

ただ一人しか要らない

それくらい大事な存在だったのに。

悟史くん

悟史くん悟史くん悟史くん

泣き出したいほど辛い。

信じて待つのがこれほどに辛いなんて・・・

諦めて、誰かを恨むのは簡単なのに。

信じ続けること、待ち続けることはこんなにも辛い。

絶望や諦めに潰されそうな毎日を、かすかな希望にすがって生きる。

悟史くんは生きている。

悟史くんは帰ってくる。

それだけが希望で、それだけが望み。

蜘蛛の糸みたいに細いそれを、私はすがるように掴んで、信じようとしている。

・・・それでも。

「・・・会いたいよ・・・悟史くん・・・」

泣きたくなる。むしろ現在進行形で泣いている。
涙を抑えることが出来なくなるのは、決まって一人の夜。
沙都子と一緒に居れば、気丈に振舞っている彼女を見て、私も強気で居られる。
沙都子と二人なら、待ち続けられる。
だけど、興宮の自宅で・・・しかもこういう月の明るい夜は。
色々と、考えてしまうんだ。


疑ったことはないのか?彼の生存を

ないっ!そんなことないよっ!

疑ってるんじゃないのか?彼の帰還を

疑ってなんかないってばっ!どっかいってよっ!

本当は諦めたんじゃないのか?北条悟史を?

嫌・・・嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!早く消えてよぉっ!!


月の明かりに問い詰められ、追い詰められ、心の奥底に僅かに会った気持ちを突きつけられ、まるで水でも被ったような汗に悪夢から覚めさせられる。
眠っていたわけでもないのに、悪夢とは妙なものだ。

「会いたい・・・会って言いたいこと、いっぱいあるんだよ・・・悟史くん・・・」

ぽた、ぱた、と床に小さな水溜りが出来るが、気にかける余裕もない

「また笑って欲しいよ、傍に居て欲しいよ、むぅって言って困った顔して・・・私、私・・・」

月の夜に、幻が見える。
それは会いたくて会いたくて、泣きたいほどに会いたかったあの人で。
泣いてる私を見ると、やっぱりいつもの困った顔で「むぅ」って唸って。

『詩音、ゴメンね・・・泣かせちゃったかな』

その白い指で涙をぬぐおうとしてくれた。
もっとも、彼の透けた体ではぬぐえなくて、また「むぅ」と唸っている。

「幻とか、夢でもそんなに優しくて不器用なんですね、悟史くんは・・・」

涙が少しずつ笑顔になっていく。
彼のほうは「不器用」と言う言葉がひっかかるのか、微妙に困ったような表情でまた「むぅ」と唸っている。

「まさか、会いに来てくれると思いませんでした。」

目尻に残った涙を払って、彼に向き直る。
私の妄想なのか、夢なのか、それとも幻なのかも分からない。
でも、彼はそこに存在してくれていた。
私に、笑いかけてくれている。
その目の前の事実だけでよかった。

『だって、詩音が泣いてたから』

彼はそういうと、やわらかい微笑で私を見つめた。
それはとても優しくて、また泣きそうになってしまう。
だけど、涙で彼の姿を滲ませたくない。それだけの思い出涙を抑える。

「そんな理由で、会いにきてくれるんですか・・・毎晩泣いちゃいますよ?」

『むぅ・・・それは困るなぁ』

本当に会いに来てくれるつもりなのか、困った顔で頭をかいている。
なんて、優しいんだろう。

「悟史くん、私待ってます。もう何年でも、何十年でも。」

『・・・詩音』

こんなに優しい彼が、私達の信頼を裏切るはずがない。
どこかで生きていて、今は帰ってこられない状況なだけだ。
ひょっとしたら、北条の叔母殺しの犯人が捕まったのを知らないのかもしれない。
ただ帰ってこられないだけなんだ。

「だから、おばあちゃんになる前に・・・せめて結婚式でドレスを着れる歳のうちに、帰ってきてくださいね。」

『むぅ・・・頑張るよ』

苦笑いのような微笑み。
それがまた彼らしくて、懐かしくて。
こぼれそうになる涙を抑えるのに気力をふり絞る。

『・・・沙都子を、頼むよ。詩音・・・』

月の明かりの中で、彼はまた私に言った。
二度目のお願いだ。
前とまるで同じお願いで、私が守れていなかったお願い。

「・・・か・・てください・・・私に、任せてください・・・悟史くん」

今度は、ちゃんと言えた。伝えることが出来た。

「沙都子は、悟史くんが帰ってくるまで私の妹です・・・私の、妹ですから」

悟史くんを安心させてあげたい。
悟史くんの信頼に応えたい。

『・・・ありがとう、詩音』

泣き出してしまった私の頭に、彼はその半透明の手をかざしてふわふわとなでようとしてくれた。
触れないのに、幻とか、蜃気楼とか、そういう存在のはずなのに。
撫でられたところが暖かくて、私は泣き声も殺せなくなった。

彼になでられながら、随分の時間泣いた様な気がする。
やがて月が消える時間。朝の光が差し込む時間に私は気付いた。
彼がもうそこに居ないことと、朝まで泣き続けていたことに。
髪に残る彼のぬくもりが優しく愛しくて、自分の髪を撫でる様に触る。


会いたくて

会えなくて

傍に居なくても


「信じることは・・・出来ますよね?悟史くん・・・」


そう呟くと、不思議と全身に力が入る。
朝のニュース番組で時間を確認。現在時刻は6時15分前。

「可愛い妹に・・・お弁当でも作ってあげますか」

自炊生活で最近は料理のスキルも向上してきた。
興宮の学校だって、必ず行かなければいけないって訳じゃない。
沙都子の弁当箱を開けた時の顔が目に浮かぶようだ。
そういう想像をしていると、不思議と包丁の音が軽くなる。
しっかり泣いたから、私はいつもの詩音になれる。
・・・ううん、昨日より強い、ちゃんと悟史くんの信頼に応えられる詩音になれる。

「・・・よし、こんなもんですね♪」

お弁当箱をピンクの布で包んで、出来上がり。
カバンに入れて、隣の部屋の葛西を起こす。

・・・今日は、良い日になりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「今日は私がお弁当作ってきたんですよ、沙都子。」

「詩音さんが・・・?妙な日もあったものですわね・・・」

沙都子がお弁当箱の包みを解き、ふたを開ける。

「な、ななな、なんですのぉっ!?このお弁当はぁ!?」

見事にかぼちゃ一色なそれに、悲鳴じみた絶叫を上げることは私には分かりきっていたことで。
半泣きの沙都子にかぼちゃを食べさせるのも予定の中だった。
このドタバタ騒ぎが楽しくて、些細な幸せなんだとしっかり私はかみ締める。

ああ、今日はいい日だな。