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「それじゃ葛西、留守番とお迎えヨロシクですっ」
車から飛び降りるように駆け出した詩音さんの後姿が、同年代の子供達に混ざって見えなくなった。 最近彼女は茜さん・・・いや、彼女の母親に似てきている。 学園を脱走して興宮に帰ると言ったあの無鉄砲さや、その後のことを行き当たりばったりで決めてしまうところは特にだ。 決して悪い意味で言っているのではない。茜さんと過ごせているようで私としても退屈しないから、むしろいい意味で言っていると捕らえて欲しい。 最近では好きな男の子が出来たと園崎本家に逆らったことが目新しい。 あの時は指を詰める覚悟もしたのだが、詩音さんが「けじめ」をつけてそれでお流れになったらしい。ご当主も酷なことをするものだと痛々しい傷跡を見て思いもしたが、今この日の詩音さんの笑顔があるのなら・・・それも忘れても良い事のように思った。
無鉄砲で、出たとこ勝負 行き当たりばったりなのに、意志ばっかり強くて
・・・まるで茜さんを見ているようで、僅かも飽きることがない。 これは恋慕の感情でないことも分かっている。 あの日の茜さんを見ているのではなく、詩音さんに幸せになってもらいたいから、自分に出来ることをやっているだけだ。 雛見沢の学校に出かけたいというのなら送り迎えもする。 落ち込んだときは世話を焼くくらいなら男の自分にも出来る。 そしてもし、彼女が命を狙われるようなことがあれば。 親友の娘だから、という理由を投げ捨てて戦ってもいい。 ・・・そんなことはないに越したことはないのだが、その程度の決意はしている。
そんなことを考えながら「園崎組」の仕事をカタつけていけば、あっという間に詩音さんを迎えに行く時間だ。 最近は興宮の学校ではなく、雛見沢の学校に潜り込んでいる。知恵先生や校長先生が寛容な人だから良かったものの、本家には上手くごまかしておかないといけない。 迎えの車に乗り込むと、詩音さんは楽しそうに今日あったことを話してくれる。 いわく「お姉をトランプでへこませた」とか「また今日も圭ちゃんが罰ゲームだった」とか「今日は沙都子がかぼちゃを食べられた」とか。 本当に楽しそうで、聞いているこっちとしては安心する。 日々を楽しんで生きられるということは、些細なことだが一番幸せなことだから。 楽しそうに「今日」を語ってくれる詩音さんに幸せを分けてもらいながら、今日の私の仕事を終える。 いつものように園崎組が差し押さえたマンションに車を止め、詩音さんの隣の部屋に入る。 ドアを開けたその時に、詩音さんがこっちに何かを放り投げた。 その四角い包みは少しだけ甘い香りがして、いたずらっぽく笑う詩音さんが視線の先にいた。
「・・・これは?」
「疲れてるときは甘いものですよ。そうじゃなくても葛西は年中眉間に皺よりすぎなんですから。」
くっくっくっ、と口に手を当てて笑うと詩音さんは自分の部屋に入っていった。 自分が甘いものを好いているというのは、園崎の中でも一部の限られて人しか知らない。片手で足りる程度の人数だ。 まぁ、詩音さんには甘味めぐりに付き合ってもらっているから、知っていて当然なのだが。 こういう気遣いをしてくれるとは、思いもしなかったに驚いた。 部屋の中で包みをはがすと「BITTER」の文字。 ・・・なるほど。こういうことだったか。 詩音さんなりのお茶目なのだろう。ココアと一緒に食べないと苦くてしょうがないと巷で噂になっているアレだった。 明日になれば、笑いながら「甘かったですか?」と聞いてくるに違いない。 包みを手でもてあそびながら、階段を下りる。確か下の自販機にはアイスココアがあったはずだ。 甘さでごまかす前に、詩音さんのチョコレートを一欠け口に放り込む。
・・・確かに苦い。カカオの香りが強く、苦味も普通のものに比べれば強すぎるくらいだ。 確かにココアでも飲まないと板一枚は辛いだろう。 しかし、何故かほのかに甘みを感じる。
詩音さんから貰ったものだからか?
らしくない考えに苦笑い、自販機でココアを買うと部屋に戻る。 明日もまた、このささやかな甘みのような幸せが、詩音さんにあってくれるように。 ガラにもなく、星を見上げてみた。
「か〜さ〜いっ・・・昨日のチョコレートおいしかったですかぁ?」
きっと苦くて食べられなかったとでも思っているのか、詩音さんがやけにニヤニヤしている。
「ええ、そのままでもほのかに甘く、美味しく頂きました」
「嘘っ!?」
きっと苦さに負けた私を笑うつもりだったのだろうが、そのリアクションが面白くて私のほうが笑ってしまう。
「ちぇー、葛西に一泡吹かせるつもりだったんですけどね・・・」
「はは、それは残念でした。詩音さん、学校です。」
今日も詩音さんが同年代の子供達に混ざって見えなくなる。 些細なことだが、これが今の自分には幸せだった。
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