激辛シュークリーム

 

 

 

私はよく猫みたいだといわれる。
分かりやすい喩えだなと思うが、分かりやすい=普段の私を的確に捉えているんだとも思う。
こうやって人を他の動物に例えるのは動物に失礼じゃないだろうか。
どこまでいっても所詮人は人なのに…。

だけど、失礼を承知で例えさせてもらうなら。
私に纏わりつく「それ」はまるで遊んで欲しい盛りの、犬そのものだった。

 


「梨花梨花、ボクは急にシュークリームが食べたくなったのですよ」

実体化してからというもの、羽入は嗜好品をよくねだる。
人にはワイン(実際はぶどうジュースだけど)をやめるように喧しく言うのに、週一くらいの割合で「シュークリームが食べたいのです」とねだるのだ。

「嫌よ。鹿骨まで遠いし、それにアンタのお小遣いもうないじゃない。」

こうやって人に甘味をねだるのは、決まって自分の小遣いが尽きてから。
それも、決まって私にねだるのだ。

「あぅあぅ、だから梨花にお願いしているんですよ、あぅあぅあぅ」

あぅあぅ言いながら私に擦り寄ってくる。

「嫌ったら嫌。この暑い中自転車をこぐのも億劫。アンタが自分で買いに行くとしても私にメリットはないわ。」

「それならボクの満面の笑顔を…いひゃいいひゃい!りか、いひゃいのれす〜!?」

ふざけたことを満面の笑顔で抜かす羽入の頬を思いっきり横に引っ張った。
これがまたよく伸びて面白い。まるでつきたてのモチの様。

「アンタね、甘いもの食べ過ぎて頭の中まで甘くなったのかしら?」

むにむにむに

「あぅあぅあぅあぅ、ものふごふいたいのれふ、やめてほしいのれふ〜!」

手足をバタバタさせてあぅあぅやっている羽入をみて少し気が晴れた。
手を離すと恨めしそうな涙目で羽入がコッチを見ている。思いっきりぐにぐにと伸ばされた頬をさすりながら。

「酷いのです、梨花はいじめっ子なのです、鬼なのです、悪魔なのです、あぅあぅあぅ」

「あら、頭に角の生えた貴女から鬼扱いなんて光栄だわ」

羽入の視線をさらりとかわして窓の傍に座る。

「この赤くなったほっぺのこと沙都子に言いつけるのです、きっと沙都子は梨花を叱ってくれるのです。」

…コイツは最近沙都子の使い方を覚えた。私が少し苛めてやったくらいですぐに沙都子の影に隠れるようになった。

「羽入…下手な考え起こすならキムチが当分続くから覚悟しなさい…」

「あぅっ!?ぼ、墓穴を掘ってしまったのですか!?」

墓穴どころか奈落まで続くような穴よ?己の愚かさを呪いなさい羽入。

「ちょ、懲罰用は勘弁して欲しいのですが…」

「さ、今日は暑いし夏バテ防止にキムチ鍋とか行きましょうか。」

羽入が一瞬でムンクの叫びのような恐怖の表情に変わった。

「あぅあぅあぅあぅ!?梨花、やめて欲しいのです後生なのですお願いなのですー!」

そういうが早いか、私は横からの衝撃を受け地面に倒された。
私の上にはさっき引っ張ったほっぺたのようなやわらかい感触。

「懲罰用だけは…懲罰用だけは〜!」

私の上に居る羽入はどこもかしこも柔らかくて、押し倒すような形で抱きしめられているのもあってか、少しだけどきどきした。
…数秒間をおいて、こんな羽入なんかにドキッとさせられたことに気付くと、何故か自分に対して腹立ってくるよりも、顔に血液が集中する感覚を知覚し…

「あぅ?梨花、顔が真っ赤なのですよ?」

ひとしきりパニクって落ち着いた羽入にそんなことを言われて、一気に意識が覚醒した。

「…取りあえずどきなさい羽入」

「あぅあぅ、それはごめんなさいなのです…きっとどいたら梨花はキムチを食べに行くのです、それはとてもとてもつらい地獄絵図になってしまうのですよ、あぅあぅあぅ」

そういって羽入ががっちりと抱きしめるように私を抑えた。
体が密着したことでさっきよりも羽入のやわらかさがダイレクトに伝わってくる。

「ば…離しなさいっていってるでしょ!この!」

「い〜や〜な〜の〜で〜す〜!懲罰用はかなり辛いのです〜!辛いという字は「つらい」によく似ているのです〜!」

私の体ではどう足掻いても羽入に力負けしてしまって、羽入を引っぺがすことが出来ない。

「はなしなさいって、このっこのっ」

思いっきり身体をよじってみるけど全く外れない。
…かくなる上は最終手段だ。

「取りあえずキムチは勘弁してあげるからどきなさい…」

「あぅ?ホントなのですか?」

やっとどこうとした羽入がまた体勢を元に戻した。

「…なにやってんのよ、羽入」

「ちゃんとどいて欲しかったら一緒にシュークリームを買いに行って欲しいのですよ」

「…ハァ?」

私に抱きついたまま羽入は楽しそうに笑った。

「どうやら梨花は懲罰を取り消してでもこの状況を逃れたいようなのです。だから一寸くらい利用させてもらっても罰は当たらないのですよ」

普段は全然頭が回らないくせして、どうしてこういう知恵だけは回りやがってくださるのか問い詰めたい気分になったわ、羽入。

「ふっふっふっ。さぁ、シュークリームを買いにいくとオヤシロサマに誓うのです。」

オヤシロサマってアンタじゃない。
羽入が面白がって抱きつきながら暴れるからふにゅふにゅむにむにと…っ!

「わかった、わかったからさっさとどきなさい羽入!」

この際しょうがない。シュークリーム一個くらい授業料と割り切ろう。
…もう二度と羽入を増長させないように。この心に刻み付ける。

「あぅあぅ、やったのです。さぁ買いに行くのです」

羽入はその言葉を聞くとばね仕掛けのように飛び上がり、家の外に飛び出していった。
私はまだ熱くなっている頬を、窓から入ってくる少しだけ強い風にさらした。
夏の気温が涼しく感じるほど赤くなっていたのかと思うと、また照れくさくなる。
…ええい、羽入相手に赤くなるなんて何かの間違いだ。私が好きなのは赤坂、私が好きなのは赤坂、私が好きなのは赤坂。
…よし、確認終了。
これ以上はあのバカ羽入がやかましいのでさっさと買い物を終わらせることにする。

「梨花ぁ〜早くシュークリーム食べたいのですよ〜」

「うるさい!今行くわよ!」

「あぅあぅ☆れっつらごーなのですよ〜」

あまりに羽入が楽しそうだから、その好物のシュークリームにキムチでも混ぜ込んでやろうかと黒い考えが混じったのは秘密だ。
…いつかやってやろうと思ってるから。