バイクが一台、曲がりくねった道を駆け抜ける。 運転する青年の腰に、一人の少女がしがみついている。 「ねぇあにぃ、これから会いに行く人ってどんな人?」 運転している青年は、カーブの多い道を危険に感じたのか、ただ振り向きたくはないだけなのか、振り向かずにこう答えた。 「変わったヤツで、割と嫌なヤツだ。」 事の始まりはさかのぼる事少し前。 この現代日本、その世の中に。 今もまだ鬼が存在している。 鬼といっても人を喰らうわけもなく、疫病をばら撒くわけでもなく。 人々を魔物から守り戦うもの、それがここで言う「鬼」なのだ。 ここまで聞いて、察しの良い人ならば気づくであろう。 先程の兄妹、彼らもまた現代に生きる鬼である。 如何に鬼といえど、一人で戦う事は出来ない。 現代社会で生きていくにも、人との繋がりは必要で。 人を守るために戦う鬼たちを支える組織が形成されているのだ。 名を「猛士」 由来は遠い昔の一人の男の名であるとも言われるが定かではない。 彼ら兄妹はその「猛士」の東北支部から派遣されてきたのである。 怪物・魔化魍の仕業だけとは思えない奇妙な現象が山形県で起きている。現地の鬼「斬咲鬼」と合流し、解決への手助けをするように、と。 理由はといえば、戦力として申し分ないこと、たまたま支部に居合わせてしまった事、青年の方がその現地の鬼と知り合いという三つが奇跡がかった偶然で重なってしまったからである。 「ねぇ、嫌なヤツってどういうことさ、あにぃ」 アルファベットのSの字を大げさにしたようなカーブを、速度を落としながらバイクが抜けていく。 「着いたら分かる。それより地図」 坂道を下る前に確認しろと言わんばかりの声が前から飛んでくる。 緩やかな上り坂の中で、少女はガサガサと地図を開き道を確認する。 地図の上の印は、「森」を現す緑色の中に ――――ぽつんと赤マーカーでバツが書いてあるだけだった。 一方、兄妹が居る場所とはまた違った山奥。 山奥というよりは人里を離れた山の中。 森の中の滝つぼの前に、三つの影が対峙していた。 「お前、鬼だな」 「お前、邪魔だな」 奇抜、と表現する事すらぬるい。 風変わりなきらきらとひかる布を首筋に巻きつけた男女。 「…ふん」 向かいあうは白髪の青年。 年のころは先程の青年よりやや上だろうか。 頭に青い布を巻きつけて、左目を覆い隠し、手に奇妙なデザインの音叉を持っている。 青年がその音叉を指ではじくと、滝つぼから不気味な咆哮が鳴り響く。 「腹ペコだってさ」 「一呑みだってさ」 にやりと不敵な笑みを浮かべたかと思うと、男女の衣服がするすると体の中に納まり、同化していく。 「水につけて柔らかくしてやる」 「水に沈めてふやけさせてやる」 完全なる異形。 魚と人を混ぜて、さらにその上に何かを混ぜ込んだような異形が二つ。 爪を伸ばし、地を蹴り、青年に襲い掛かる。 「…ハズレだな」 青年はまだ震えている音叉を額の前へと移動させる。 怯えた様子はなく、異形に怯む様子もない。 音叉の震えが青年に何かを引き起こしたのか、青年の額には音叉に描かれたものに良く似た「鬼の顔」が浮かび上がっていた。 そして、眼前まで迫った二つの異形をなぎ払うように、勢い良く青年は腕を横薙ぎにはらった。 瞬間、青年の周りに極低温の嵐が巻き起こる。 あらゆる物の動きを止め、破壊する白い風が青年を作り変える。 「…ハァッ!」 白い風に弾き飛ばされた異形は見た。 黒い体に奔る何本もの青紫のライン。頭に見えるのは4本の角。 両手には青く澄んだ石のついた撥をもち、極低温の闘気を纏う鬼の姿を。 「く・・・グゥ・・・」 二つの異形は体の半分を凍りつかせた状態で立ち上がる。 「・・・魔化魍タキタロウ。ならばここが異変の原因ではない。早々に退場してもらおう。」 鬼は撥を指に引っ掛けて回転させると、二つの異形に向けて走り出した。 「がっ・・・ァアァァァァアアアアッ!」 勝負は一瞬、いや一閃。 鬼の手にした撥が異形たちの胸を叩くと、彼らは爆発四散し藁や枯葉のようなゴミだけが場に舞い落ちた。 「・・・さて、魔化魍・・・清めさせてもらうぞ。」 鬼はそういうと、腰の部分に付けられた丸いバックルを外し片手に持つ。 開いている右手で撥を大きく振りかぶり、地面を一撃、思い切り叩いた。 すると、その音が不快だったのか怪魚というにも大きすぎる魚が、滝つぼから飛び上がってくる。 どういう原理で浮いているのかは分からないが、「怪魚」は空気を泳ぐようにして鬼に襲い掛かってくる。 鬼のほうは一瞬身をかがめたかと思うと、次の瞬間に「怪魚」の真下へ現れ、手にしていたバックルをその腹に押し当てた。 巴紋の描かれたそれは、怪魚に貼り付けられると同時に巨大化し、丁度鬼の持つ撥と合わさって巨大な「太鼓」へと姿を変えた。 怪魚はその違和感に気づいたのか身をよじり、捻り、その「太鼓」を外そうともがく。 ・・・しかし、その隙を鬼が見逃すはずもなく。 「音撃打、凍風堂々っ(いふうどうどう)!」 五、六度鬼が太鼓を叩くと、怪魚の体が見る間に白く凍りつき、爆音とともに白い粉へと爆散した。 「ふぅ」と鬼が一息ついて、上を見上げると木の隙間から光が差し込む。 白い光が一瞬視界を覆ったかと思うと、鬼の顔は人の顔へと変わっていた。 白い頭髪と左目が開いていない事以外は、極めて人の良さそうな顔といってもいい。 彼は近くに止めてあった車に駆け寄ると、助手席からコートを引っ張り出し、白い携帯電話を取り出した。 「・・・あ、もしもし?キリサキです。・・・ええ、反応あった場所なんですが、「タキタロウ」でした。引き続き捜索に当たりますので、ディスクの交換とかお願いします。・・・はぁ、・・・はい、正直一人では不安も・・・。」 電話の向こうでよほどのことでも告げられたのか、青年の顔色が変わる。 「は?助っ人?・・・ええ、仙台から。・・・あの兄妹が・・・。いえ、それが本部の意向なら何も言いませんが。独立遊撃ではなく、私の指示に極力従ってもらうことを伝えてください。・・・はい、ご苦労様です。それでは。」 携帯を切り、ぱちんと閉じた。 「よりによってあいつらか・・・」 先程まで重い空気が満ちていた空は青く澄み渡り、白い光と爽やかな風が鬼の青年を撫でる。 「・・・まぁ、どうにかなるか」 一人呟くと、青年はワゴン車の後部座席からバックを取り出し、着替えを始めた。 ここは山形。 奥州が片隅で、何かが起ころうとしていた。 悪路王の事件から一年も経たぬうちに現れた凶兆。 これは現世を生きる、鬼の物語である。 仮面ライダー斬咲鬼 一の巻 凶る奥州 完 次へ 目次へ |