木
木
木、木、木。
木がうっそうと茂る山の中。
それをなぎ倒して進む巨大な存在。
八本の脚は堅い甲殻に覆われ、まるで鋼の鎧のよう。
胴には段々と纏った甲殻が、まるで武者の鎧の如く。
そう、ここは蔵王。
怪異の集う場所。
仮面ライダー斬咲鬼
最終楽章 壱
吹きぬく雪風
鋼の蜘蛛の前を走る人影。
それは少女。
18にも満たない少女が、鋼の猛威の前を走る。
木々を薙ぎ払う鉄の前には、少女など激流に落ちた木の葉にすぎない。
だが、木々を縫うように走る少女に、鋼の蜘蛛は追いつくことができない。
悲しいかな、そこまでの知能を持ち合わせないのか、蜘蛛は気付かない。
少女が、笑ったことに。
「師匠!」
少女の凛とした声が木々の間に響く。
彼女が駆け抜けたのは、大きく、長い年月を生きた二本の巨木。
いかに鋼とはいえ、彼らの年月を打ち倒すことはできなかったのか、蜘蛛は彼らに抑えられもがく。
「樹、使え」
木々の合間から現れた、赤いコートの男。
彼が放り投げたのは鉄色に輝く不思議な音叉。
樹と呼ばれた少女は、それを受け取ると木に軽くぶつけて澄んだ音を響かせる。
男も左腕につけたブレスレットのリングを引き、引き出された弦をかき鳴らす。
「「…変身!」」
二人の体が巻き起こる風に包まれる。
男の体は純白の吹雪に
少女の体は陽光の金に
蜘蛛が木々の束縛から逃れる頃には、二人の体が変質を終えていた。
黒い体に蒼紫のふちどりを描く、双角の鬼。
仮面ライダー斬咲鬼。
その隣にたつ、白と金の陽光の鬼が少女の変身した姿であろう。
二つの鬼を敵と認識したのか、鋼蜘蛛は甲高い雄叫びをあげる。
「ハッ!」
斬咲鬼が跳躍し、樹が脚に向けて突撃する。
樹の振るう音撃棒が二閃三閃するが、鋼の甲殻を打ち砕くにはまだ足りない。
だが、蜘蛛が標的を決めるには十分な痛みだったようで、蜘蛛の前脚が樹に向けて振り上げられる。
しかし
それだけの時間があればかの鬼には十分すぎる時間だ。
「音撃斬!」
蜘蛛の甲殻をたやすく貫通するそれは剣にして弦。
エレキギターを模した刃は、鋼すらたやすく突き破り、蜘蛛の体内へと食い込む。
「雪月風華!」
甲高い金属の悲鳴。
蜘蛛の背にまたがる鬼は、その暴風にも似た激震の中で弦をかき鳴らす。
やがて僅かに舞い始めた、冷気の結晶の中でその演奏が最高潮に達する。
「破っ!」
一際甲高い音と、蜘蛛の悲鳴が重なる。
一拍置いて、蜘蛛の体が氷の粒子へと変わり、粉砕した。
「…ふぅ」
「お疲れ様です、師匠!」
二人の鬼は顔だけ人へ戻り、全ての緊張を吐き出したかのようにいつもどおりに戻った。
ここは山形。
かつて最強といわれる天狗を封じ、今なお巨大霊脈の裾野としてある土地。
山々には人の手が入らず、古き信仰が根付くこの地こそ怪異のもっとも多き土地であろう。
そしてそこに住まう鬼たちは、その怪異を払うために、今も戦っていた。
◇
◇
◇
「しかし、鎧でしたね……先ほどの土蜘蛛は」
小型バンに乗り込んだ二人は、本部への連絡を済ませた後、一日の休息を得た。
「ああ……事前に分かるものではないとしても、当たったのが私たちでよかったよ。」
全くです、と頷く弟子を横目に車を運転するこの男。
会話から見てわかるように、先ほどの蒼紫の鬼、名をキリサキという。
色素が抜けきったような銀の髪と、片目を覆い隠す青い布地。
最近は黒のノースリーブに白いパンツルック、その上に気候に合わせて深紅のロングコートを羽織っている。
「それにしても、鎧が自然発生するなんてことは、通常ありえないはずで……」
先ほどから古びた文献を助手席で漁る少女。
彼女の名は樹といい、先ほどの鬼のうちの一人だ。
正確にはまだ鬼の見習いで、音撃武器を持ちえない訓練生である。
短く黒い髪とくりくり動く大きな瞳。
しゃべり方がやや古風だが、それも生真面目な性格の表れだ。
ハーフパンツとTシャツという、何とも洒落っ気のない格好だが……またそれも彼女らしいともいえる。
「通常ありえないことが、立て続けに起きることもあるさ。」
ヒビキ、イブキ、トドロキ。
三名の勇士が挑んだ「オロチ」
鎧や強化童子達だけでなく、夏の魔化魍の大量発生まで、すべては仕組まれたことだったという。
「……いやな、感じですね」
「そうだな。だが、出来ることを一つずつ片付けていくしかあるまい。」
修行と一緒だ、とキリサキは片手で樹の頭をなでた。
師の言葉に納得したのか、樹は文献とノートを広げ、再び何かを調べ始めた。
二人が向かう先は、蔵王温泉伊東屋。
鬼をサポートする組織、「猛士」によって指定された、ささやかな休暇先であった。
◇
◇
◇
蔵王の街並みを軽くランニングした師弟は、そろって足湯に足を浸していた。
「疲れが抜けていくようだな」
「全くです、ここのお湯は評判もいいようですね」
この師弟にしては珍しく気の抜けた表情をしている。
それもそのはず、二人揃って風呂好きという意外な共通点があったりするのだから。
「あとで有名なすのこ敷きの風呂にも入らねばならんな……」
「ええ、いい香りがしそうです……」
年寄りから子供まで、蔵王の街を観光し、歩き疲れた足をここで休める。
そこでは誰もが子供のように、家族のように蔵王の街並みを語る。
風情と人情味あふれる光景だった。
「……師匠」
「ん、なんだ?」
樹がそんな風景を見ながら、ぽつりと呼びかけた。
「いいですね、こういう風景。」
「……ああ、報われるな」
彼らの仕事は、けして人に認められるものではない。
誰も知らない、だけど誰かがやらなければならない仕事。
この笑顔達を守るために、誰かがやらなければいけない仕事なのだ。
普通に安穏と暮らす人々には知られない、勤まらない仕事。
人々の笑顔を報酬に、彼らは戦うのだ。
血は滲み、血を吐き、血に塗れて。
己の血を、魔化魍の血を、流し流させ進む道。
……それでも彼らは「報われる」と人々の笑顔に微笑む。
それこそが鬼であり、仮面ライダーと呼ばれる存在なのである。
◇
◇
◇
指定された部屋にたどりつくと、樹は布団を広げ、キリサキは窓際でディスクの整理と整備を始める。
蒲団の準備が終わった樹がそれに混じると、今日の戦闘でダメになったディスクたちが何枚かはじかれていた。
「……流石に鎧相手に損害なしとはいきませんでしたね。」
「ああ、鈴凛嬢と海嬢にずいぶん絞られそうだ。」
笑いながらも整備を進めていく。
ダメになったものでも、補修用のパーツに付け替えて応急処置すれば動かす程度なら出来るようになるからだ。
結局、すべてのチェックを終えるころには、仲居さんが夕飯の案内に来る時間だった。
夕飯は山形に来た観光客向けの物ではなく、何故か山盛りの蕎麦。
蕎麦の名産地である山形らしいといえばらしいのだが、高級宿らしからぬ夕飯である。
「ふむ……香りもいい。実に美味そうだ」
「そうですね。早速戴きましょうか」
当人たちはとても嬉しそうなのでいいのだが。
この二人、年齢の割に年寄りくさいのも大きな共通点であった。
二人が勢いよく蕎麦をすする中、キリサキの視界に見覚えのある女性がいた。
大広間の隅で、活発そうな少年と蕎麦を食している彼女は……
「コトナキさん?」
「……あら、キリサキ」
黒く長い髪をかきあげ、蕎麦をすする姿さえ色気を漂わすこの女性こそ、山形三鬼の一人、琴鳴鬼であった。
浴衣姿もあいまみえて、普段よりも色気増すその佇まいに目を奪われる男も多い。
「し、師匠……タンパク…っていうか肉が足りないです、肉……」
横の少年は、ちょうど彼女の弟くらいの年であろう。
食べざかりの胃袋には淡泊過ぎる食事に涙を流さん勢いだ。
「……仕方のない子ね。樹ちゃんは文句も言わないのに」
そういうと彼女は少年に小銭をいくらか渡し、角を曲がった先に売店があることを示した。
少年は突風のように大広間を飛び出すと、あっという間に駆けて行ってしまう。
「……あら、キリサキ」
「何事もなかったかのようにやり直さないでください」
大広間には自分たち以外いないこともあってか、キリサキ、コトナキ共に普段の表情を見せていた。
「休暇ですか?」
「ええ……さっきバケガニを終えてね」
偶然にもコトナキ一行もここで休暇らしい。
「……まぁ、猛士としても纏めて宿をとれば割安なのはわかりますけど」
「このパターンだと……」
二人が騒がしくなった廊下を見ると、予想的中と言わんばかりに表情が変化した。
「飯、飯ーっと!」
「し、師匠、まってくださいぃ〜」
キリサキはその声を聞くと、やれやれとでも言わんばかりに眉間を抑えた。
「おー!キリサキにコトナキ!お前らも休暇かよ!」
「お前もと聞いていればこなかったよ」
すらりと伸びた長身に、茶色がかった明るい髪。
肩まで伸ばしたそれを今日は後ろでまとめている。
全体的に軽そうなオーラをまとう彼こそ、山形三鬼最後の一人、津裂鬼である。
「ひ、一人でたったか行かないでくださいってば!」
ずり落ちたメガネを直す暇すらなかったのか、浴衣を乱して少女が入ってきた。
時代遅れのようなまん丸メガネにやや癖っ毛気味のショートヘア。
涙目の妙に似合う子犬系の彼女は、津裂鬼の弟子である水無月未来である。
「わ、わ、コトナキさんとキリサキさんまで!こ、こんばんはです!」
未来がぴょこんと頭を下げると、頭を下げられた二人が微笑ましい様子に苦笑した。
「三人そろって休暇なんて天文学的に珍しいな。なんでだ?」
「さぁな。私たちは雛乃嬢に指定されてこの宿に来ただけだ。」
「……奇遇ね。私たちもそう」
三人は顔を突き合わせてると、確信じみたものを感じた。
「絶対に仕組まれた」と。
「まぁ、珍しいことだし楽しんだらいいんじゃねぇか?懇親会的に」
たぶんツンザキがそう言い出すのも山形支部を預かる支部長、柊雛乃の思惑どおりなのだろう。
山盛りの蕎麦だけでなく、片っぱしから料理を注文しだすツンザキに嘆息する二人。
「師匠、ダチョウです!ダチョウの肉が!」
ツンザキに負けず劣らずやかましく戻ってきたコトナキの弟子、漣佐助を交え、宴の様相を濃くする夕食会であった。
◇
◇
◇
「へぇ〜…樹ちゃんはもう序段合格近いんだぁ」
「師事して何ヶ月で追い越されてんじゃねぇの、未来」
にやにやと意地悪く佐助が笑う。
「そ、そういう佐助君だってもうすぐ抜かれちゃうじゃない!」
「俺はまだ追いつかれただけだからな。引き離せばいいんだよ」
肘でつつかれた未来のほうも反論するが、まだ追い抜かれてはいない佐助は余裕でダチョウソーセージをほおばる。
「む、そうまで言われては追い抜かなくてはいけませんね。ごぼう抜きです」
楽しそうに会話する弟子三人組を眺める六つの目。
「仲良さげでいいな、弟子どもは」
「……私とキリサキは仲がいいわよ?」
「まぁ、そうですね」
「俺だけかっ俺だけハブなのかこんちくしょうっ!」
悪ふざけしているようで、その視線は優しげに弟子たちを眺めている。
普段から修行修行で、同年代の子供と遊ぶことのない彼らが「友達」と会話するのがうれしい。
それは兄姉や父母に似た優しい暖かさなのだった。
玉こんにゃくの串を咥え、ぴこぴこ動かすツンザキと、長い髪を片手で押え、静かに蕎麦をすするコトナキ。
この二人は南東北に在籍するが、この山形に所属するようになったのはこと最近のことである。
今はまだ新しい、飛天夜叉王……龍食らいの天狗の事件。
あれ以来キリサキは伊波樹という少女を弟子に取った。
どういった心境の変化かは本人と、支部長雛乃以外は知ることもない。
だが、弟子をとるということは弟子の育成の時間もとらなければならない。
そのため、キリサキ一人ではシフトが回せなくなり山形の鬼を三人に増やすことになった。
コトナキとツンザキはキリサキと面識があり、年齢も近いことから抜擢された。
鬼としては若い三人に任せるには南東北は広いのではないかという意見もあったが、三人の力量に加えて柊の一族がバックアップを申し出たことにより、現在の山形支部が出来上がったのである。
かくして「竪琴の琴鳴鬼」「月山宗家の津裂鬼」「奥羽の白髪鬼
斬咲鬼」の三鬼による体制が敷かれてからしばらく経っていた。
南東北は奥羽山脈の東側と違い独特の魔化魍が多く、その資料や知識なしに妥当することは難しい難敵が多い土地でもある。
土地柄や信仰の違い、伝説の違いなど、魔化魍が生み出される要因が本州の中でも毛色の違う土地。
そんな土地で若き鬼たちは健闘していた。
もちろん、彼らの力量だけでなくサポートとしての柊一族が優秀なこともある。
支部長に就任した柊雛乃は、変身能力こそないが鎮魂の舞という魂を鎮める特殊な技能を持っている。
配送係の瀬芦里、巴は小回りの利くバイクで迅速な対応を出来、なおかつ童子や姫ならば倒すまでは至らないがひきつけておける程度の身体能力を有する。
機械整備の海は斬咲鬼の強化形体「音撃装甲
婆娑羅」の開発にも携わっており、装甲声刃の開発者 小暮や仙台支部の麒麟児
鈴凛さえも一目置く技術力を持つ。
事務を担当する空也は姉たちのように優れた能力は特にないものの、和風茶房「ひいらぎ」では厨房長的な役割を果たし、細やかな気遣いで鬼たちを助けていた。
一つの支部に押し込めるには強力すぎるメンバーだが、それが認められるのもここの魔化魍が強力なものが多いからである。
山形は人の手が入った土地が少なく、未だ広い自然が人間に侵されずに残る。
それゆえに他の地方には類を見ない強力な魔化魍が発生することがあるのだ。
高速で空中水中を問わず泳ぎ回る、怪魚「タキタロウ」
成長すれば小山の如き巨体で猛威をふるう、生きた岩石「ナマイシ」
歴戦の鬼でさえ、初見では苦戦するであろう強力な魔化魍たちだ。
それに加えて未だ沈黙を保った飛天夜叉王の妖姫。
それらを考えれば、今の平穏さえ嵐の前の静けさにすぎない。
「平和、ですね」
キリサキのつぶやきが二鬼に届く。
そう。目の前の光景はまさしく平和そのもの。
穏やかに流れる時間に、微笑む子供たち。
餓えることも、嘆くこともない平和な景色。
ただ、それを守りたいがために戦う者。
それが鬼だった。
いつしか弟子たちの話は師匠自慢へと変わり、樹と佐助はお互いの師匠のどこが優れているかを身振り手振りで大袈裟に話し合っている。
「……子供ね」
「だが、微笑ましいものです」
その師匠たちは微笑ましげにそれを見守る。
久しぶりの、穏やかな休暇だった。
「未来……お前速攻言い負けんなよ」
約一人、心中穏やかでないようだったが。
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