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消えた思い
最終楽章 弐
もう一度温泉につかったキリサキ一行は、宛がわれた部屋でくつろいでいた。 「やはり蔵王の湯は格別……今度の休暇もここにするか」 「温泉は良いです……疲れが全部しみだしていく感じです」 意外と爺むさい二人は階下で売っている「いが餅の里」なる銘菓を熱い緑茶で流す。 「今度は温泉こけしでも買って湯めぐりに来るのもいいな」 「はい師匠。その時はぜひお供させてください」 樹氷の季節にまた来たいものだ、とキリサキがつぶやいたその時、彼の眼は窓の外から迫る黒い弾丸をとらえた。 「樹!伏せろッ」 瞬時にキリサキは樹をかばい、飛ぶ。 「……黒い、羽?」 それを壁から引き抜き、眺める樹と弾丸の飛んできた方向を見つめるキリサキ。 「樹、宿の修理要請と装備の配送要請を本部に。少し走る、連絡はユキイロを使え」 言い終えるか否かのうちに、キリサキは窓から飛び出した。
◇ ◇ ◇
もうどれくらい走っただろうか。 必死に人影を追って、走り抜けた先はつり橋だった。
―――――――――――――その、長い髪を揺らして
「綺将、『久し振り』」 「あな、たは……」 赤毛のポニーテールを揺らして、いたずらっぽく笑うその顔。 「忘れちゃっては……ないみたいだね。そのリアクションを見ると」 タハハ、と笑うその顔を、キリサキが見紛う筈もない。 「……ししょう」 「そうそう。たかが十年『死んでたくらいで』忘れられたら困るわよ」 見紛う筈などありはしない。 つり橋の上で対峙する二人には、感動の再会などという空気はなかった。 「……黄泉返っちゃった。よりによって最悪の形で」 「師匠……」 霧咲鬼の背に黒い翼が映える。 「この羽根を見ればわかるよね……今の私は、鬼なんかじゃない」 キリサキには次の言葉が分かり、そして最悪の絶望に突き落とす一言であることを察知した。 「今の私は飛天夜叉王。悪鬼にすらなれない、悪夢の化身…だよ」 あこがれた笑顔が、目指した強さが、理想の極致が。 「今の私はただの悪夢。悪夢にして亡霊、そして魔化魍。だから、生きてるものを呪い、壊す。」 霧咲鬼は漆黒に染まった羽を広げ、背に生えたそれによく似た意匠の施された音叉を鳴らす。 「だから、前回の飛天を倒した斬咲鬼を……先ず亡き者にするっ」 羽が大量に舞いあがり、それはまるで漆黒の濃霧のように。 「師匠ォ!」 「……ばいばい、綺将」 空に舞い上がった霧咲鬼は、その漆黒の羽を弾丸とし……吊橋を落とした。 「あは…ははは……あーっははははっ」 黒き鬼天狗は流されていくそれを見て、高らかな哄笑をあげた。
◇ ◇ ◇
「にゃにぃ?魔化魍が出たぁ!?」 電話口で叫んだ瀬芦里の声で、和風茶房「ひいらぎ」の店内に緊張が走った。 「せろり、何が起きた」 「ん、今ひなのんに代わるよ。アタシはバイクの準備があるし」 ほいパスと宙を舞う子機と、それをキャッチして雛乃のもとに運ぶ海。 「今代わった。簡潔に落ち着いて話すがよい」 『支部長、伊波です。蔵王で休暇中に魔化魍と思われるものから襲撃を受けました。襲撃に使われた黒い羽根から見ておそらく……』 雛乃の顔色が一瞬変わり、深く息を吐くと 「飛天、か……それに与するものであろうな」 『恐らくは。そして、今師匠が襲撃者の追跡に出て………っ!?』 樹が何かに驚いたような声をあげ、遠くで何かが崩れたような音がした。 「何ぞしたのか?いつきっ」 『……いえ、雪崩のようです。市街地からは遠い…多分ゲレンデの奥の山でしょう』 「ひなのん、いつでもいけるよ!」 「…私もっ」 店の前に二つのエンジン音が響き、ヘルメットをもった二人が店内に飛び込んできた。 「うむ。いつき、必要な装備は何だ?」 『音式神一式と予備の棒を三組、あとはこの前に修理に出したユキイロオオカミは……』 「うみっ」 「ばっちり、仕上がってるよ〜」 騒ぎを聞きつけていち早くに準備を始めていた海が、大きめのケースを二つ持って地下から出てきた。 「今すぐ飛車二人を向かわせる。最悪、キリサキ抜きでやってもらうと伝えておけ」 『了解しました。お二人にも伝達しておきます!』 電話が切れると同時に荷物の積み込みも終わる。 「モエ、かっとばすよっ!」 「…みんな、無事でいて」 遠ざかる排気音を見送り、店の中に慌ただしさが満ちる。
そもそも飛天夜叉王とは何なのか。
「雛乃お姉ちゃん、他のに隠れてたけど今月は天狗が二割増で増えてたよ〜」 「やはりか…うみ、例の「ばさら」は他の二人には扱えんのか」 音撃増幅装甲「婆娑羅」 「試してみないと何とも言えないよ〜……でも装甲声刃の時みたいに変身不良がでたら……」 「本末転倒、であるか」 天狗は小型魔化魍であるがゆえに音撃打での対応が有効なのだが、飛行能力を持つため間合いの短い打での対応には高い技術力を必要とされる。 「以前の報告によれば、打撃に準ずるもの……砲ならばいくばくかの効果はあった。そうだな?」 「そうだね〜。嘆鬼さんの報告の通りなら打撃、物理攻撃なら多少の効果はあるみたい」 「ならば津裂鬼を主力に琴鳴鬼の「鎌」をもって補助とする。最悪の場合飛車二人も戦地で避難誘導と姫らのひきつけを担当してもらう」 苦々しい表情で雛乃がつぶやいた。 「姉さん!東北支部のカチドキさんから!」 本来なら滅多に入ることのない地下司令室に空也が飛び込んできた。 「今代わりました……ふむ、予測こそしていたが……うむ、こちらも似たようなものだ……いや、いや、そちらこそ武運を。……ではな」 雛乃は通話終了のボタンを押すと、深く一つ息を吐いた。 「蔵王の向こう側にも黒い天狗が発生した。東北支部は全ての角を動かしそれを迎撃している。救援は、絶たれた」 悪いことは重なるものだ、と頭を振り雛乃はそばにある茶を飲み干す。 「雛乃お姉ちゃん、これはもう間違いなく……」 「飛天だ」 雛乃はきっぱりと断定する。 「斬咲鬼も、戦線復帰を期待しない方向でやるぞ。山形支部総出で沈めねばならん」 広げた扇子には「不屈」の二文字。
◇ ◇ ◇
「……なるほどね」 蔵王温泉の一室。支部長雛乃から電話を受けたコトナキはペンを走らせていたメモをコツコツと指で遊ばせる。 「ツンザキ、今回は私があなたのフォローに入るわ。現状で有効打となりえるのは貴方の鬼闘術と鳴器、私の鎌はサポート程度に考えて頂戴。」 それはあまりに絶望的な現実。 「弟子の三人も変身できる樹ちゃんと佐助はツンザキのフォロー。ツンザキにはきついかもしれないけど、飛天夜叉王を一人で相手してもらうわ。」 メモ帳を閉じると、コトナキはくるくるとペンを回す。 「今日はとりあえず休息を取りなさい。……明日はもう休めないわ」 そう言い残すだけ言い残してコトナキは自分の部屋へと去っていく。 「コトナキさんっ」 部屋の戸に手をかけたコトナキを樹が呼びとめた。 「……何かしら」 「師匠は……まさか」 「……恐らくは、飛天の手のなかでしょうね。私なら自分を倒せる可能性を持つ相手を放置する愚は犯さないわ」 「コトナキ!」 ツンザキが柄にもなく鋭い声を上げる。 「……あくまで可能性の話よ」 左手のひらを天に向け、やれやれといったリアクションを残しコトナキは去って行った。 「…樹ちゃん、アイツはクソ憎らしくてクソいけすかねぇ奴だけど、クソ強ぇ……絶対生きてるさ」 ツンザキは樹の頭に手を載せると、くしゃくしゃなでる。 「そ、そうです!あの斬咲鬼さんが倒されるなんてことはありませんよっ!私もバイクがありますから探してみますよ!」 前線に立てない未来なりの戦う意思なのか、胸の前で両こぶしを握って見せた。 「……ありがとう、ございます」 「いんだよっ!んな顔してるやつを減らすために「鬼」やってんだからな!」 「私たち、「友達」ですから!」 ツンザキは左手で、未来は右手で。
そう、これは悪夢。 ……だが侮るなかれ。
この悪夢は境目を侵し
最悪のシナリオこそが最高の喜劇となりうることを。
「さぁ、一世一代、一度限りの喜劇の始まりだ……悪夢にネジ禍る現実と、それにあらがう愚かで小さい者たち……精一杯あらがってごらん?そのほうがより面白くて哀れで滑稽で」
史上最悪の喜劇がここに幕を開ける。 観客は一人、脚本は血染め、まさに悪夢のシナリオであった。
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