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吹いた風


それは過ぎゆく時間のように、決して戻らない


過ぎた季節

消えた思い


さかしまに吹く風が、今蔵王を覆う

 

 


仮面ライダー斬咲鬼

最終楽章 弐


黒羽の悪夢

 

 

 

 

 

 

もう一度温泉につかったキリサキ一行は、宛がわれた部屋でくつろいでいた。

「やはり蔵王の湯は格別……今度の休暇もここにするか」

「温泉は良いです……疲れが全部しみだしていく感じです」

意外と爺むさい二人は階下で売っている「いが餅の里」なる銘菓を熱い緑茶で流す。
ほぅ、と一息つく様子すら年相応のものより老けて見える。

「今度は温泉こけしでも買って湯めぐりに来るのもいいな」

「はい師匠。その時はぜひお供させてください」

樹氷の季節にまた来たいものだ、とキリサキがつぶやいたその時、彼の眼は窓の外から迫る黒い弾丸をとらえた。

「樹!伏せろッ」

瞬時にキリサキは樹をかばい、飛ぶ。
開けた窓から飛来した弾丸は、無音で壁に刺さりその姿を曝した。

「……黒い、羽?」

それを壁から引き抜き、眺める樹と弾丸の飛んできた方向を見つめるキリサキ。
キリサキの目には坂の上の民宿の影、翻る髪が映る。

「樹、宿の修理要請と装備の配送要請を本部に。少し走る、連絡はユキイロを使え」

言い終えるか否かのうちに、キリサキは窓から飛び出した。
ひらりと空中で身をひるがえすと、民宿の影に逃げた人影を追って走り出す。
呆気にとられていた樹も我を取り戻し、山形支部と他の二人の鬼へ連絡を取るために走り出した。
楽しいはずの休暇に、何やら不穏な影が差しこみつつあった。

 

 

もうどれくらい走っただろうか。
街並みを駆け抜け、木立を抜け、人影とキリサキはつかず離れずの距離で走り続けた。
キリサキが速度を上げれば人影も振り切るような動きを見せ、速度を落とせばその痕跡を残し、キリサキの前を走る。
まるでどこかに誘導するかのように人影は走っていた。

必死に人影を追って、走り抜けた先はつり橋だった。
谷をまたぐそれは、今はもう誰も使うことのない木製の吊り橋。
その真中で人影は背中を向けて立っていた。

 

 

―――――――――――――その、長い髪を揺らして

 

 


「彼女」は振り向きながら、その底抜けに明るい声でこう言った。

「綺将、『久し振り』」

「あな、たは……」

赤毛のポニーテールを揺らして、いたずらっぽく笑うその顔。
あちこちに貼られた絆創膏まで以前のままに見えた。

「忘れちゃっては……ないみたいだね。そのリアクションを見ると」

タハハ、と笑うその顔を、キリサキが見紛う筈もない。

「……ししょう」

「そうそう。たかが十年『死んでたくらいで』忘れられたら困るわよ」

見紛う筈などありはしない。
彼女は、彼女こそが。
キリサキの師である先代霧咲鬼なのだから…!

つり橋の上で対峙する二人には、感動の再会などという空気はなかった。
死んだはずの霧咲鬼と彼女の周りに舞う『黒い羽根』
それがどういう意味を持つのかキリサキは痛いほど理解してしまったから。

「……黄泉返っちゃった。よりによって最悪の形で」

「師匠……」

霧咲鬼の背に黒い翼が映える。
一面の銀世界の中、その黒だけが一点の穢れの如く存在する。

「この羽根を見ればわかるよね……今の私は、鬼なんかじゃない」

キリサキには次の言葉が分かり、そして最悪の絶望に突き落とす一言であることを察知した。

「今の私は飛天夜叉王。悪鬼にすらなれない、悪夢の化身…だよ」

あこがれた笑顔が、目指した強さが、理想の極致が。
最悪の悪夢となってキリサキを襲う。

「今の私はただの悪夢。悪夢にして亡霊、そして魔化魍。だから、生きてるものを呪い、壊す。」

霧咲鬼は漆黒に染まった羽を広げ、背に生えたそれによく似た意匠の施された音叉を鳴らす。
澄み渡る音色はあまりに透きとおり、銀世界に響く。

「だから、前回の飛天を倒した斬咲鬼を……先ず亡き者にするっ」

羽が大量に舞いあがり、それはまるで漆黒の濃霧のように。
霧咲鬼を包む霧が晴れた時には、そこに一匹の鬼……いや、魔化魍が立っていた。
生前の白い鬼の姿はなく、漆黒に染まり羽を生やした霧咲鬼がそこにいた。

「師匠ォ!」

「……ばいばい、綺将」

空に舞い上がった霧咲鬼は、その漆黒の羽を弾丸とし……吊橋を落とした。
弾丸は橋を落としただけでは飽き足らず、周囲の雪を巻き込んでキリサキを谷間へと押し流しす。

「あは…ははは……あーっははははっ」

黒き鬼天狗は流されていくそれを見て、高らかな哄笑をあげた。
白い激流がやんだ後も、その笑い声だけが谷に木霊していた。

 

 

 

 

「にゃにぃ?魔化魍が出たぁ!?」

電話口で叫んだ瀬芦里の声で、和風茶房「ひいらぎ」の店内に緊張が走った。
今、山形支部に所属する鬼は偶発オフと見せかけた慰安旅行に出されているはずだ。

「せろり、何が起きた」

「ん、今ひなのんに代わるよ。アタシはバイクの準備があるし」

ほいパスと宙を舞う子機と、それをキャッチして雛乃のもとに運ぶ海。
それを確認すると、軽く頷いた巴と瀬芦里はガレージへと向かう。

「今代わった。簡潔に落ち着いて話すがよい」

『支部長、伊波です。蔵王で休暇中に魔化魍と思われるものから襲撃を受けました。襲撃に使われた黒い羽根から見ておそらく……』

雛乃の顔色が一瞬変わり、深く息を吐くと

「飛天、か……それに与するものであろうな」

『恐らくは。そして、今師匠が襲撃者の追跡に出て………っ!?』

樹が何かに驚いたような声をあげ、遠くで何かが崩れたような音がした。

「何ぞしたのか?いつきっ」

『……いえ、雪崩のようです。市街地からは遠い…多分ゲレンデの奥の山でしょう』

「ひなのん、いつでもいけるよ!」

「…私もっ」

店の前に二つのエンジン音が響き、ヘルメットをもった二人が店内に飛び込んできた。

「うむ。いつき、必要な装備は何だ?」

『音式神一式と予備の棒を三組、あとはこの前に修理に出したユキイロオオカミは……』

「うみっ」

「ばっちり、仕上がってるよ〜」

騒ぎを聞きつけていち早くに準備を始めていた海が、大きめのケースを二つ持って地下から出てきた。

「今すぐ飛車二人を向かわせる。最悪、キリサキ抜きでやってもらうと伝えておけ」

『了解しました。お二人にも伝達しておきます!』

電話が切れると同時に荷物の積み込みも終わる。
飛天が絡んでくるのならば一分一秒の時間も惜しい。
末弟空也が火打石を鳴らすと、飛車二人は「ひいらぎ」を飛び出した。

「モエ、かっとばすよっ!」

「…みんな、無事でいて」

遠ざかる排気音を見送り、店の中に慌ただしさが満ちる。
空也がバタバタと臨時休業の準備をし、雛乃と海は先に地下へと向かう。
和風茶房ひいらぎの地下、それは猛士の山形事務所にして南東北の拠点なのだ。
長机に座した海と雛乃は慌ただしくそれぞれの準備を始める。
忙しなくキーボードを叩く音と、紙の項をめくる音が響く。

 

そもそも飛天夜叉王とは何なのか。
伝説にいわく、黒い羽根をもつ天狗の王にして霊山に封じられた大妖怪。
その力は天狗の中でも最強と謳われ、龍をも食らって見せたという伝説が残るほどの妖怪だ。
霊山蔵王連邦に封じつけられていたのだが、十年前に何らかのきっかけで童子と姫が復活し、ごく最近には斃された悪路王の体を再構成して擬似的に復活までこぎつけている。
霊山蔵王を守る東北支部の中では伝説と化した悪夢の大魔化魍。
それが天狗の王、飛天夜叉王なのである。

 

「雛乃お姉ちゃん、他のに隠れてたけど今月は天狗が二割増で増えてたよ〜」

「やはりか…うみ、例の「ばさら」は他の二人には扱えんのか」

音撃増幅装甲「婆娑羅」
それは斬咲鬼が前回の悪路王=飛天夜叉王を清めるときに使用した東北支部の切り札である。
瞬鬼御前や装甲響鬼のように全身を強化するのではなく、ただ音撃を増幅するためだけに特化した強化変身体。
その破壊力は単体でありながら前述の二人に決して劣らない。それどころか破壊力だけならば凌駕する可能性さえ秘めている。

「試してみないと何とも言えないよ〜……でも装甲声刃の時みたいに変身不良がでたら……」

「本末転倒、であるか」

天狗は小型魔化魍であるがゆえに音撃打での対応が有効なのだが、飛行能力を持つため間合いの短い打での対応には高い技術力を必要とされる。
それゆえの婆娑羅なのであるが、今この状態で戦える鬼を減らすのは愚策としか言えない。例え可能性の話だとしても。

「以前の報告によれば、打撃に準ずるもの……砲ならばいくばくかの効果はあった。そうだな?」

「そうだね〜。嘆鬼さんの報告の通りなら打撃、物理攻撃なら多少の効果はあるみたい」

「ならば津裂鬼を主力に琴鳴鬼の「鎌」をもって補助とする。最悪の場合飛車二人も戦地で避難誘導と姫らのひきつけを担当してもらう」

苦々しい表情で雛乃がつぶやいた。
今打つことができる最善の手ではあるが、斬咲鬼という要のコマを失った今…最善ですら悪手に及ばない。

「姉さん!東北支部のカチドキさんから!」

本来なら滅多に入ることのない地下司令室に空也が飛び込んできた。
雛乃は胸によぎる確信めいた悪寒を静めつつ、受話器を受け取る。

「今代わりました……ふむ、予測こそしていたが……うむ、こちらも似たようなものだ……いや、いや、そちらこそ武運を。……ではな」

雛乃は通話終了のボタンを押すと、深く一つ息を吐いた。

「蔵王の向こう側にも黒い天狗が発生した。東北支部は全ての角を動かしそれを迎撃している。救援は、絶たれた」

悪いことは重なるものだ、と頭を振り雛乃はそばにある茶を飲み干す。

「雛乃お姉ちゃん、これはもう間違いなく……」

「飛天だ」

雛乃はきっぱりと断定する。
そして起こりうる最悪の事態を想定すれば、最悪の結論が導き出せる。

「斬咲鬼も、戦線復帰を期待しない方向でやるぞ。山形支部総出で沈めねばならん」

広げた扇子には「不屈」の二文字。
最悪のシナリオが幕を開けた。

 

 

 

 

「……なるほどね」

蔵王温泉の一室。支部長雛乃から電話を受けたコトナキはペンを走らせていたメモをコツコツと指で遊ばせる。
涙も出ないほど絶望的で、嘆きの言葉すら出てこない。

「ツンザキ、今回は私があなたのフォローに入るわ。現状で有効打となりえるのは貴方の鬼闘術と鳴器、私の鎌はサポート程度に考えて頂戴。」

それはあまりに絶望的な現実。
現状では東北支部の援護は期待できない、斬咲鬼の行方は知れない――――おそらくは飛天の手にかかったと思われる―――――現在飛天夜叉王と思われる大魔化魍が復活しているか、その直前の状態であること。
楽観視できる要素は一つもない。

「弟子の三人も変身できる樹ちゃんと佐助はツンザキのフォロー。ツンザキにはきついかもしれないけど、飛天夜叉王を一人で相手してもらうわ。」

メモ帳を閉じると、コトナキはくるくるとペンを回す。

「今日はとりあえず休息を取りなさい。……明日はもう休めないわ」

そう言い残すだけ言い残してコトナキは自分の部屋へと去っていく。

「コトナキさんっ」

部屋の戸に手をかけたコトナキを樹が呼びとめた。

「……何かしら」

「師匠は……まさか」

「……恐らくは、飛天の手のなかでしょうね。私なら自分を倒せる可能性を持つ相手を放置する愚は犯さないわ」

「コトナキ!」

ツンザキが柄にもなく鋭い声を上げる。

「……あくまで可能性の話よ」

左手のひらを天に向け、やれやれといったリアクションを残しコトナキは去って行った。

「…樹ちゃん、アイツはクソ憎らしくてクソいけすかねぇ奴だけど、クソ強ぇ……絶対生きてるさ」

ツンザキは樹の頭に手を載せると、くしゃくしゃなでる。

「そ、そうです!あの斬咲鬼さんが倒されるなんてことはありませんよっ!私もバイクがありますから探してみますよ!」

前線に立てない未来なりの戦う意思なのか、胸の前で両こぶしを握って見せた。

「……ありがとう、ございます」

「いんだよっ!んな顔してるやつを減らすために「鬼」やってんだからな!」

「私たち、「友達」ですから!」

ツンザキは左手で、未来は右手で。
グッとサムズアップしてみせる。

 

 

 

そう、これは悪夢。

……だが侮るなかれ。

 

この悪夢は境目を侵し


現実を犯す悪夢である故に

 

最悪のシナリオこそが最高の喜劇となりうることを。

 

 

 

「さぁ、一世一代、一度限りの喜劇の始まりだ……悪夢にネジ禍る現実と、それにあらがう愚かで小さい者たち……精一杯あらがってごらん?そのほうがより面白くて哀れで滑稽で」

 

 

 


――――――――悲惨な喜劇になるんだから

 

 

 


黒い羽根と赤い髪が風になびき、黒い風と共に笑い声が山に響く。

 

史上最悪の喜劇がここに幕を開ける。

観客は一人、脚本は血染め、まさに悪夢のシナリオであった。

 

 

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