お世辞にも人のものとは言えない絶叫があがった。

「・・・なんだ、失礼なヤツだな」

従業員用の休憩スペースに憮然とした表情で斬咲鬼が腰掛けている。

「キリー正気?偽者?もしかして魔化魍の刺客?」

店の看板娘「柊瀬芦里」はかなり失礼なリアクションだった。

「だから、弟子を取ろうかといったんだ」

やっと出来た猛士山形支部「和風茶房ひいらぎ」
スタッフ5人の小さな茶屋にもう一回大きな悲鳴が響いた。

 

「雛乃ねぇ、雛乃ねぇ雛乃ねぇ雛乃ねぇー!」

「なんだ瀬芦里、騒がしいぞ」

周囲の備品を蹴散らかしながら、茶房の会計に飛び出してくる瀬芦里。

「キリやんが弟子取るってっ」

「な ぬ ! ?」

でんと構えていた店主雛乃も椅子から転げ落ちる寸前だ。
幸いなことに店が開店前だったことと、雛乃が転げ落ちなかったことだけが救いだった。

「・・・だから、重ね重ね失礼だな。」

物音を聞いてやってきた斬咲鬼が呆れた表情で二人を見下ろしていた。

 

ここ山形支部「和風茶房ひいらぎ」
スタッフは全部で五人。全て柊の姉弟で構成されている。
支部長は柊長姉、柊雛乃。移動サポート柊瀬芦里、柊巴。和風茶房給仕兼各種音式神整備、柊海。補佐、柊空也。
所属する鬼のほとんどが車を持っているために、移動サポートは大体音式神の配達を担当している。
山形に所属する鬼は三人。斬咲鬼(きりさき)、琴鳴鬼(ことなき)、津裂鬼(つんざき)の三鬼。それぞれ、打、斬、管の鬼で、シフトを組んでいる。
そのうち後の二人は早いうちに後継を育てようと弟子を取っていたのだが、斬咲鬼だけは頑なにそれを断っていた。
それを今になって急に弟子を取ると言い出したのだ。


「で、どのような心境の変化であるか?」

ひいらぎのスタッフ全てが集結した中、斬咲鬼を正面において雛乃が問うた。

「いえ、よき弟子は師を育て、師弟で高めあえるということを知りました。それだけで」

茶を啜り、あくまで平常心の斬咲鬼。

「はぁ〜・・・キリやんがねぇ」

頷く瀬芦里と「いいことだよ・・・」と笑顔の巴。

「・・・それで、斡旋をお願いしたいのですが。」

「正直魔風鬼さんに負けられないからだよね〜」

「お願いしたいのですが」

余計な海の一言を無視してもう一度。
ふむ、と一唸りすると雛乃は「天下布武」と書かれた扇子を開く。

「この娘・・・重いぞ」

顔写真入りの経歴書と、現在の修練がどれだけ終わっているかなどの書かれた書類を受け取る。
さらりと目を通した斬咲鬼は、笑った。

「・・・承知。この娘引き受けましょう」

「うむ」

処理済の項に書類を入れると、雛乃は飴を差し出す。

「飴をやろう」

「恐悦」

扇子の上に乗せたハッカ飴を受け取ると、斬咲鬼は山形支部を颯爽と出て行った。

 

数日後に斬咲鬼の元にやってきた少女は、少女の形をしながら目だけはギラギラと輝いていた。

「・・・ふむ。伊波樹、間違いないか?」

傍にあった石に腰掛けると、斬咲鬼は資料を目の前で振った。

「貴方は強いのか」

少女は問いに答えることなく斬咲鬼を睨みつける。

「今のお前よりはな」

斬咲鬼は機嫌を損ねた風もなく、にっと笑って見せた

「フっ」

電速の速度で樹は音撃棒を突き出す。
対する斬咲鬼は座ったままでそれを捌き、奪い、逆に突きつける。

「・・・な?」

それは笑顔ではない。
それはただの笑顔なんかじゃない。
間違いのない威嚇。
笑っているのではなく、この男は牙をむいている。
そして、眼前に突きつけられた実力差。
どうにも覆ることのない、経験と修練の差。

「・・・言うだけのことはありそうですね」

理性をなくした獣でない限り、認めざるを得ない。

「まぁ、な。」

音撃棒をくるりと回して樹に返すと、斬咲鬼は経歴書を樹に渡し立ち上がる。

「強くなりたいんだな?」

「・・・はい」

音撃棒を砕くように握り締める樹を斬咲鬼はくしゃりと撫でた。

「・・・辛かったな。私にも分からないでもない」

樹の経歴書にははっきりと書いてあった。
「両親と兄を魔化魍ナマイシの事件で失い、猛士で身柄を引き取った」と。
仇討ちのために鬼への道を選ぶ気持ちがないはずもない。
仕方のないことだと猛士のほうも諦めている節があるし、何より原動力が何であれ成績が優秀なのだ。
この歳でここまでの階梯に達するためには、才能に加えて血が滲む努力を繰り返してもまだ足りない。

「貴方に分かるはずもない・・・」

少女は泣きそうな顔で、しかし涙など流さぬとばかりに怒りに震えた。

「・・・分かるさ。私も、そうだった」

「経歴書読んだろ?」と軽く笑うと斬咲鬼はまたくしゃくしゃ、と樹の頭をかき回す。
山形支部に提出した斬咲鬼の経歴書には、空白の十年間以外全てのことが書かれていた。
親を魔化魍に殺されたこと、霧咲鬼と出会い、そしてその師すらも魔化魍の来襲によって失ったこと。
ある意味樹という少女にもっとも近しい経歴を持つ鬼だったのかもしれない。

「私には、お前を鍛えることしかできない。勿論、外側だけの意味で、だ」

樹を家に招きいれ、囲炉裏の前に座らせる。

「技を教え、体を鍛え、より効率的に戦うための心構えを授ける。・・・だが、それだけだ。」

どこか脆さを抱えた瞳は、師を失ったばかりの斬咲鬼自身に似通ったものがあった。

「仇討ちのために強くなるのもいい。原動力としては怒りや憎しみというのは正義や大儀とは比べ物にならないほど大きいからな。」

事実、自分もそうだったと言わんばかりの口ぶり・・・いや、最初は斬咲鬼自身もそうだったんだろう。

「力を求め、復讐を望み、後はどうする?」

鬼の道を歩み、その仕事に誇りを持って歩み続けたからこそ知りうる答え。
だが、少女には酷な質問であった。

「では、復讐せずに居られるんですか・・・っ」

「仇を討って、大切なものが戻ってくるならいくらやったっていいさ」

同じ苦しみを抱え、抱き込んだ末に飲み下した者と、痛みと苦しみにのた打ち回っている者の違い。
斬咲鬼は既に知っている。自分なりの答えを見つけて、どう歩んでいくかを知っている。
だが、少女はまだ迷っている、苦しんでいる。自分の答えが見つからないから。

「お前はまだ若い。悩むのは結構だが、自分を追い詰めても良い事は起きないさ」

泣きそうな目をした少女に茶を差し出し、斬咲鬼は自分の分も用意する。

「貴方・・・いえ、師匠は何故仇討ちに囚われてないんですか」

樹は茶に手をつける風もなく、俯いている。

「・・・分かったからだ」

斬咲鬼は茶を啜り、きっぱりという。

「師匠も、父さんも、母さんも。私の住むこの世界を愛していた。だから私は仇討ちに走るよりも、命を懸けて私の愛した人が守ろうとした世界を、守りたいと思った。」

それは斬咲鬼が見つけた答え。
復讐に命をかけて、彼らが喜ぶはずが無いと気付いた斬咲鬼なりの答え。

「まぁ、これは私の答えだからな。お前も心を鍛えて自分の答えを見つけるといい。・・・そのための技と力は私が教えてやろう」

樹は俯くのをやめて斬咲鬼を見据える。
その瞳にあるのは仇討ちを望む脆い強さではなく、自分の道を探す決意とそのために戦う覚悟。

「・・・ふむ、いい目をするな。早速仕事だが、来てみるか?」

斬咲鬼が樹の頭を撫で、車の鍵を取る。

「はい、お供します師匠っ」

少女は己が師と認めた男の隣へ駆け出す。

 


「ねーねーひなのん、キリー大丈夫かな?「私にサポーターなんて必要ない、弟子なんているわけもない」とかいってたよ、アレ」

和風茶房ひいらぎ、開店準備中。
瀬芦里は開店準備を妹弟に任せて、会計席付近で姉と話すのが日課だった。

「あれであの男面倒見はいいほうだぞ、瀬芦里」

心配そうな表情の瀬芦里と対照的に、完全に落ち着き払った雛乃。

「えー・・・いっちゃんアレで結構もろいしさ、あたしゃ心配だよー」

「斬咲鬼はお前が思ってるほど他人に無関心でもなければ、冷酷な男ではないさ」

茶を啜り、新作の饅頭を頬張る。姉が手を出したのを見て瀬芦里ももごもごと口いっぱいに頬張った。

「冷たくて無関心に見えるのは表面だけ。仁の心持ち、情に厚い漢だぞ?アレは」

「まーひなのんの人見る目は確かだかんね。私は何にも言わないことにするよ」

会計席の机から飛び降りると、瀬芦里は弟の方向に走り出した。
「ねぇねぇ仕事してよー!」「うるさい!おりゃー」・・・などと騒がしくなってきた店内で、雛乃は一人微笑んでいた。

「ぬしも一段成長する好機であるぞ、綺将」

 

樹も魔化魍や童子達を見るのは初めてではない。
修練を積みながら臨時のサポーターとして出かけたことだってある。
だが、こんなにも迅速に魔化魍を退治する鬼は初めてだった。
一打二打で童子を下し、弦の一振りでで姫を討ち取る。
武器を多く持つことは動きを阻害し、見掛け倒しにも見えなくもない。一つの道を究めるべく修練をした樹にはそう思えていたが、斬咲鬼は弦と棒を同時に扱うことで最速の決着を描いた。
私情を挟まず、冷酷なほどに冷静に。己の力の全てを奢ることなく把握して、最速で最良の結末を描く。自分にできる精一杯などと甘いことではなく、自分にできる最速最良を確実に描き出す。

奥の川から現れたバケガニに対峙しても、右、左と前後の足を破壊し、暴れるハサミを音撃棒で粉砕する。壊れたハサミを踏み台にバケガニの背へ、そしてそのまま音撃斬を浴びせる。
戦闘にかかった時間は5分強。圧倒的以外の形容ができない。
もはや鬼と並ぶとすら言われた樹から見てもそれ以外の形容などないのだ。
聞いていた以上に斬咲鬼という鬼の強さを見せ付けられた樹は、サポートどころか声を上げることもできなかった。
東北の支部に居るときも彼の強さは聞いていた。嫌というほどに聞いていたのだ。

冷静沈着、的確に戦況を見抜いて己の武器を振るう吹雪の鬼。
感情がないとすら思えない機械のような戦士。
戦うことに特化した、絶対零度の戦鬼。

武勇伝ならば誰かに聞けばすぐに出てきた。
デビュー戦でのアミキリ撃破、玉虫事件で再生魔化魍相手の孤軍奮闘、飛天夜叉王復活の阻止と音撃増幅装甲による強化変身。
支部の誰もが知っている陸奥の天才鬼。若く、強い陸奥の鬼戦士。
自分と似た過去を抱えて尚、斬咲鬼は「強い」のだ。
樹は改めて自分の師となった男の実力に感心することになった。

 

「へぇ・・・あの斬咲鬼に弟子、ねぇ?気まぐれ的なヤツか?」

「あの子は、ようやく成長期・・・ってことかしら」

舞台は再び和風茶房へ。
ここ一週間の報告書を持って二人の鬼が訪れていた。

「しっかし、災難だな。あいつとっつき辛いだろ、破滅的に」

髪を茶色に染めた背丈の高い男は津裂鬼。山形支部で唯一音撃射を扱える鬼だ。
軽口と細身の体型から実力を軽く見られがちだが、「音」を扱うことに関しては一流の才能を持っている。
鋭い体術に「鳴器」と呼ばれる武装で音波の付加攻撃を加えた戦いを得意とする管の鬼だ。

「・・・そうかしら。あの子・・・かまくらみたいな子よ」

艶やかな黒髪を腰まで流すこの女性が琴鳴鬼。斬咲鬼とはまた違った形の弦を使いこなす鬼である。
女性であるが故に体術面では他の二人に及ばないものの、呪術的な戦いを得意とし、被害を食い止めることに関しては他の二鬼に大きく勝っている。
弦だけでなく文献から再現した「音撃槍」を扱うことのできる数少ない女性鬼である。

「津裂鬼には残念だが、あの二人・・・意外と上手くいっておるのだよ。」

報告書に目を通しながら雛乃は茶を啜った。

「海。」

「はいは〜い、データ入力ならお任せだよ☆」

傍にいた海が書類を受け取り、忙しそうにパタパタとキーボードを叩く。

「空也。」

「お二人とも、お茶です」

奥から空也が盆を持って現れた。

「相変わらずというか、ご立派な長ぶりですね」

「うむ」

薄い胸をえへんとはって雛乃は扇子を広げた

「で、報告書以外に何かあるか?」

「いやいや、俺らは冷やかしでよっただけ・・・みたいな?」

津裂鬼はへらへらと笑い茶菓子を頬張った。

「・・・本当は弟子を取った斬咲鬼君が心配できたのにね。」

次の瞬間勢いよく吐き出すことになったが。

「俺が気になったのは弟子の樹ちゃんの方だっての。あそこまで暗い眼をした子、あんな根暗に預けたらあり地獄穿って喜ぶダメ人間にされちまうって!」

言い訳のようにまくし立てる津裂鬼に、雛乃と琴鳴鬼は大きくため息一つ。

「・・・何も分かってないのね。あの子はかまくらだっていったじゃない・・・」

「うむ。斬咲鬼は周りがいうほど冷たいわけではないぞ。」

両側から攻められる形になった津裂鬼が居た堪れない。
照れ隠しもいい加減にしないと格好悪いわよ、的なオーラが居場所を圧迫するようだ。

「でもよ、斬咲鬼ってわけわかんねぇとこあるからさ。やっぱり心配だぜ」

誰が、と言わない辺りはまぁ置いておいても。
斬咲鬼の表面しか知らない人間ならそう思っても仕方ないのだろう。

「・・・外側からじゃ、確かに得体の知れない、冷酷な人に見えるかもしれないわ」

「で、あるな。」

二人だけうんうんと納得顔で頷いている。

「あの子は、優しいから。」

琴鳴鬼はそういって席を立つ。
ちゃんとお茶代を置いていくあたり律儀な琴鳴鬼らしい。

「・・・壊滅的にわけわかんねぇよ。とりあえずごっつぉさんでした、と」

外から聞こえてきたクラクションに、いらだった弟子の顔を思い出したのか津裂鬼も立ち上がる。

「んー・・・俺もあの人あんまり得意じゃないんだけど、雛乃姉さんはどう見てるの?」

二人を見送る巴と、残った皿をかたつける空也。
空也のようにあまり腕っ節に自信があるといえない、その上あまり度胸もあまりない人間にはとっつき難くておっかないといった印象を受けるのだろう。

「ふむ・・・空也。今度斬咲鬼に話しかけてみろ。話題は何でもいい。」

雛乃は一瞬考えてそういった。

「いや、無理無理無理無理!怖いって」

空也の方は常にしかめっ面の斬咲鬼を思い出してブンブンと首を横に振った。

「見た目と雰囲気で敬遠するのも分かる。わかるが、そこを忘れたつもりで話かけてみろ。」

開いた扇子には「心配無用」の四文字。
いつの間に取り替えたとか、そんな野暮な突っ込みはなしだ。

「・・・っていってもな・・・」

空也はまだ怖いと思っているのか、頭をボリボリかいて渋っている。

「たとえばお前の得意な家事の話でも、沖縄の話でも、姉自慢でもいい。」

雛乃は空也を手招き、頭を撫でる。

「姉の言うことを信じるなら試してみるのだ、空也」

撫でられながら空也も納得したのか、少しだけ表情を和らげた。

「姉さんは嘘言わないしね・・・やってみるよ」

「うむ、素直でよい。飴をやろう」

雛の字が入った飴を受け取って、空也は口に含む。
仕事に戻る空也を見ながら、雛乃はまた茶を啜った。

「ま、誤解されやすいのもアレの短所よな」

 

「師匠は凄いです、流石です!」

仕事から戻る間、ずっと樹はそんな感じだった。
感動冷めやらぬ、といった感じで熱の篭った視線を斬咲鬼に向けては熱く語る。
今までは音撃武器の有無以外他の鬼と実力差がなかった故に、この圧倒的な実力差は大きかった。
ワゴン車の後部座席で、先ほどの斬咲鬼の型を真似しているのか時々手を動かしては頭を捻って、また手を動かす。

「まぁ、修練さえしていればあのくらいは出切る様になるさ」

斬咲鬼は涼しい顔で運転を続けている。
確かな修練の上に立つ力ゆえに、誰だって到達できる。しかしそのレベルに達するまでに誰もが諦めていく。
確かにセンスこそ人並み以上にはあるが、斬咲鬼は鬼の血統にあったわけでもなく、優秀な師に磨かれてきたわけでもない。
普通の人間が、鬼としての生き方を見て己の力を鍛え続けた故にたどり着いた境地。
何度も反復を繰り返し、愚直なまでに己を戒め続け、鍛え続けてたどり着いた強さ。
最初はただの鉄塊だった自分を、火に入れ、槌で打ち、磨き上げ、出来上がった無骨な刃。
並大抵の努力ではなかった。
投げ出そうと何回も思った。
それでも、諦めることをせずに鍛えた。
それゆえに鋭く重く、強くなることができた。そんな不器用な強さ。

家に着き、車を降りたところで樹は斬咲鬼の前に立ち、深々と頭を下げた。

「これからよろしくご指導お願いします!師匠」

確かな強さと、師事するに値する何かを見抜いたといわんばかりの笑顔に、斬咲鬼のほうも笑顔を作る。

「ああ、よろしくな。」

樹の頭をくしゃりと撫でて、家に招き入れる。
この師弟、予想以上に上手くいきそうであった。


 

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