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お世辞にも人のものとは言えない絶叫があがった。 「・・・なんだ、失礼なヤツだな」 従業員用の休憩スペースに憮然とした表情で斬咲鬼が腰掛けている。 「キリー正気?偽者?もしかして魔化魍の刺客?」 店の看板娘「柊瀬芦里」はかなり失礼なリアクションだった。 「だから、弟子を取ろうかといったんだ」 やっと出来た猛士山形支部「和風茶房ひいらぎ」
「雛乃ねぇ、雛乃ねぇ雛乃ねぇ雛乃ねぇー!」 「なんだ瀬芦里、騒がしいぞ」 周囲の備品を蹴散らかしながら、茶房の会計に飛び出してくる瀬芦里。 「キリやんが弟子取るってっ」 「な ぬ ! ?」 でんと構えていた店主雛乃も椅子から転げ落ちる寸前だ。 「・・・だから、重ね重ね失礼だな。」 物音を聞いてやってきた斬咲鬼が呆れた表情で二人を見下ろしていた。
ここ山形支部「和風茶房ひいらぎ」
ひいらぎのスタッフ全てが集結した中、斬咲鬼を正面において雛乃が問うた。 「いえ、よき弟子は師を育て、師弟で高めあえるということを知りました。それだけで」 茶を啜り、あくまで平常心の斬咲鬼。 「はぁ〜・・・キリやんがねぇ」 頷く瀬芦里と「いいことだよ・・・」と笑顔の巴。 「・・・それで、斡旋をお願いしたいのですが。」 「正直魔風鬼さんに負けられないからだよね〜」 「お願いしたいのですが」 余計な海の一言を無視してもう一度。 「この娘・・・重いぞ」 顔写真入りの経歴書と、現在の修練がどれだけ終わっているかなどの書かれた書類を受け取る。 「・・・承知。この娘引き受けましょう」 「うむ」 処理済の項に書類を入れると、雛乃は飴を差し出す。 「飴をやろう」 「恐悦」 扇子の上に乗せたハッカ飴を受け取ると、斬咲鬼は山形支部を颯爽と出て行った。
数日後に斬咲鬼の元にやってきた少女は、少女の形をしながら目だけはギラギラと輝いていた。 「・・・ふむ。伊波樹、間違いないか?」 傍にあった石に腰掛けると、斬咲鬼は資料を目の前で振った。 「貴方は強いのか」 少女は問いに答えることなく斬咲鬼を睨みつける。 「今のお前よりはな」 斬咲鬼は機嫌を損ねた風もなく、にっと笑って見せた 「フっ」 電速の速度で樹は音撃棒を突き出す。 「・・・な?」 それは笑顔ではない。 「・・・言うだけのことはありそうですね」 理性をなくした獣でない限り、認めざるを得ない。 「まぁ、な。」 音撃棒をくるりと回して樹に返すと、斬咲鬼は経歴書を樹に渡し立ち上がる。 「強くなりたいんだな?」 「・・・はい」 音撃棒を砕くように握り締める樹を斬咲鬼はくしゃりと撫でた。 「・・・辛かったな。私にも分からないでもない」 樹の経歴書にははっきりと書いてあった。 「貴方に分かるはずもない・・・」 少女は泣きそうな顔で、しかし涙など流さぬとばかりに怒りに震えた。 「・・・分かるさ。私も、そうだった」 「経歴書読んだろ?」と軽く笑うと斬咲鬼はまたくしゃくしゃ、と樹の頭をかき回す。 「私には、お前を鍛えることしかできない。勿論、外側だけの意味で、だ」 樹を家に招きいれ、囲炉裏の前に座らせる。 「技を教え、体を鍛え、より効率的に戦うための心構えを授ける。・・・だが、それだけだ。」 どこか脆さを抱えた瞳は、師を失ったばかりの斬咲鬼自身に似通ったものがあった。 「仇討ちのために強くなるのもいい。原動力としては怒りや憎しみというのは正義や大儀とは比べ物にならないほど大きいからな。」 事実、自分もそうだったと言わんばかりの口ぶり・・・いや、最初は斬咲鬼自身もそうだったんだろう。 「力を求め、復讐を望み、後はどうする?」 鬼の道を歩み、その仕事に誇りを持って歩み続けたからこそ知りうる答え。 「では、復讐せずに居られるんですか・・・っ」 「仇を討って、大切なものが戻ってくるならいくらやったっていいさ」 同じ苦しみを抱え、抱き込んだ末に飲み下した者と、痛みと苦しみにのた打ち回っている者の違い。 「お前はまだ若い。悩むのは結構だが、自分を追い詰めても良い事は起きないさ」 泣きそうな目をした少女に茶を差し出し、斬咲鬼は自分の分も用意する。 「貴方・・・いえ、師匠は何故仇討ちに囚われてないんですか」 樹は茶に手をつける風もなく、俯いている。 「・・・分かったからだ」 斬咲鬼は茶を啜り、きっぱりという。 「師匠も、父さんも、母さんも。私の住むこの世界を愛していた。だから私は仇討ちに走るよりも、命を懸けて私の愛した人が守ろうとした世界を、守りたいと思った。」 それは斬咲鬼が見つけた答え。 「まぁ、これは私の答えだからな。お前も心を鍛えて自分の答えを見つけるといい。・・・そのための技と力は私が教えてやろう」 樹は俯くのをやめて斬咲鬼を見据える。 「・・・ふむ、いい目をするな。早速仕事だが、来てみるか?」 斬咲鬼が樹の頭を撫で、車の鍵を取る。 「はい、お供します師匠っ」 少女は己が師と認めた男の隣へ駆け出す。
和風茶房ひいらぎ、開店準備中。 「あれであの男面倒見はいいほうだぞ、瀬芦里」 心配そうな表情の瀬芦里と対照的に、完全に落ち着き払った雛乃。 「えー・・・いっちゃんアレで結構もろいしさ、あたしゃ心配だよー」 「斬咲鬼はお前が思ってるほど他人に無関心でもなければ、冷酷な男ではないさ」 茶を啜り、新作の饅頭を頬張る。姉が手を出したのを見て瀬芦里ももごもごと口いっぱいに頬張った。 「冷たくて無関心に見えるのは表面だけ。仁の心持ち、情に厚い漢だぞ?アレは」 「まーひなのんの人見る目は確かだかんね。私は何にも言わないことにするよ」 会計席の机から飛び降りると、瀬芦里は弟の方向に走り出した。 「ぬしも一段成長する好機であるぞ、綺将」
樹も魔化魍や童子達を見るのは初めてではない。 奥の川から現れたバケガニに対峙しても、右、左と前後の足を破壊し、暴れるハサミを音撃棒で粉砕する。壊れたハサミを踏み台にバケガニの背へ、そしてそのまま音撃斬を浴びせる。 冷静沈着、的確に戦況を見抜いて己の武器を振るう吹雪の鬼。 武勇伝ならば誰かに聞けばすぐに出てきた。
「へぇ・・・あの斬咲鬼に弟子、ねぇ?気まぐれ的なヤツか?」 「あの子は、ようやく成長期・・・ってことかしら」 舞台は再び和風茶房へ。 「しっかし、災難だな。あいつとっつき辛いだろ、破滅的に」 髪を茶色に染めた背丈の高い男は津裂鬼。山形支部で唯一音撃射を扱える鬼だ。 「・・・そうかしら。あの子・・・かまくらみたいな子よ」 艶やかな黒髪を腰まで流すこの女性が琴鳴鬼。斬咲鬼とはまた違った形の弦を使いこなす鬼である。 「津裂鬼には残念だが、あの二人・・・意外と上手くいっておるのだよ。」 報告書に目を通しながら雛乃は茶を啜った。 「海。」 「はいは〜い、データ入力ならお任せだよ☆」 傍にいた海が書類を受け取り、忙しそうにパタパタとキーボードを叩く。 「空也。」 「お二人とも、お茶です」 奥から空也が盆を持って現れた。 「相変わらずというか、ご立派な長ぶりですね」 「うむ」 薄い胸をえへんとはって雛乃は扇子を広げた 「で、報告書以外に何かあるか?」 「いやいや、俺らは冷やかしでよっただけ・・・みたいな?」 津裂鬼はへらへらと笑い茶菓子を頬張った。 「・・・本当は弟子を取った斬咲鬼君が心配できたのにね。」 次の瞬間勢いよく吐き出すことになったが。 「俺が気になったのは弟子の樹ちゃんの方だっての。あそこまで暗い眼をした子、あんな根暗に預けたらあり地獄穿って喜ぶダメ人間にされちまうって!」 言い訳のようにまくし立てる津裂鬼に、雛乃と琴鳴鬼は大きくため息一つ。 「・・・何も分かってないのね。あの子はかまくらだっていったじゃない・・・」 「うむ。斬咲鬼は周りがいうほど冷たいわけではないぞ。」 両側から攻められる形になった津裂鬼が居た堪れない。 「でもよ、斬咲鬼ってわけわかんねぇとこあるからさ。やっぱり心配だぜ」 誰が、と言わない辺りはまぁ置いておいても。 「・・・外側からじゃ、確かに得体の知れない、冷酷な人に見えるかもしれないわ」 「で、あるな。」 二人だけうんうんと納得顔で頷いている。 「あの子は、優しいから。」 琴鳴鬼はそういって席を立つ。 「・・・壊滅的にわけわかんねぇよ。とりあえずごっつぉさんでした、と」 外から聞こえてきたクラクションに、いらだった弟子の顔を思い出したのか津裂鬼も立ち上がる。 「んー・・・俺もあの人あんまり得意じゃないんだけど、雛乃姉さんはどう見てるの?」 二人を見送る巴と、残った皿をかたつける空也。 「ふむ・・・空也。今度斬咲鬼に話しかけてみろ。話題は何でもいい。」 雛乃は一瞬考えてそういった。 「いや、無理無理無理無理!怖いって」 空也の方は常にしかめっ面の斬咲鬼を思い出してブンブンと首を横に振った。 「見た目と雰囲気で敬遠するのも分かる。わかるが、そこを忘れたつもりで話かけてみろ。」 開いた扇子には「心配無用」の四文字。 「・・・っていってもな・・・」 空也はまだ怖いと思っているのか、頭をボリボリかいて渋っている。 「たとえばお前の得意な家事の話でも、沖縄の話でも、姉自慢でもいい。」 雛乃は空也を手招き、頭を撫でる。 「姉の言うことを信じるなら試してみるのだ、空也」 撫でられながら空也も納得したのか、少しだけ表情を和らげた。 「姉さんは嘘言わないしね・・・やってみるよ」 「うむ、素直でよい。飴をやろう」 雛の字が入った飴を受け取って、空也は口に含む。 「ま、誤解されやすいのもアレの短所よな」
「師匠は凄いです、流石です!」 仕事から戻る間、ずっと樹はそんな感じだった。 「まぁ、修練さえしていればあのくらいは出切る様になるさ」 斬咲鬼は涼しい顔で運転を続けている。 家に着き、車を降りたところで樹は斬咲鬼の前に立ち、深々と頭を下げた。 「これからよろしくご指導お願いします!師匠」 確かな強さと、師事するに値する何かを見抜いたといわんばかりの笑顔に、斬咲鬼のほうも笑顔を作る。 「ああ、よろしくな。」 樹の頭をくしゃりと撫でて、家に招き入れる。 |