戦友よ
0/前奏
日課の素振りの最中、その師弟は何気ない会話を交わすことが多い。
何故かと言うと、素振り程度では息が乱れないこと、素振りの回数がやたら多いのでその時間の暇つぶしであることが理由として挙げられる。
「そういえば師匠」
樹の音撃棒がひゅんひゅん、と風を切り疾る
「ん?」
キリサキの音撃弦も流れるような連撃の型を披露する。
「師匠は他人を寄せ付けないと聞いていたのですが、何人か例外が居るみたいですね」
見て分かるとおり、樹はかなりストレートな性格をしている。
悪く言えばデリカシーがないとも取れるが、キリサキはこの素直で真っ直ぐなところを気に入っていた。・・・ただ
「そんな噂がある、とは聞いていたがソレを本人に確認するのは感心しない。私以外の人にはしない方がいいな。」
この不器用な真っ直ぐさを嫌う人も居るであろうから、彼女のために注意しておくのは忘れない。
「分かりました、師匠。」
そういってまた素振りに戻る弟子を見て、キリサキは思う。
(距離の近い鬼・・・まず嘆鬼さんは例の件でそう思われても仕方あるまい。琴鳴鬼さんも割りと古い付き合いだったな・・・。瞬鬼君に関しては誰にでもあんな感じだからそうでもない・・・かな。)
そんなことを考えていると、一人の鬼の顔が頭に浮かんだ。
彼の居る場所は仙台。管の鬼で東北の若鬼の筆頭のようなものだ。
実力だけなら斬咲鬼は負けていないと自負しているが、問題は彼の人を惹き付ける「何か」だ。
自分にないそれに気付いたときには、もう斬咲鬼は彼の傍に居た。
ライバルにして、戦友である風の鬼「魔風鬼」の傍に。
「ひょっとして、樹が聞きたいのは魔風鬼とのことか?」
この少女が嘆鬼とのことをとやかく言うとは思えない。
というよりも、この中の組み合わせでは一番「分からない」のが自分と魔風鬼だろうとキリサキは判断した。
図星だったのか、樹の撥の先が僅かにぶれる。
「・・・動揺がすぐ目に見えるのは弱点だな。」
そういってキリサキは手ごろな石に腰掛ける。
「まぁいい。師弟で隠し事はなしだ・・・聞かせて欲しいというのなら話してやろう。」
それは、キリサキが桐崎綺将から霧生綺将へ。
そして山形にキリサキがもう一度蘇った時の話。
1/戦いに身を捧げ
猛士の東北支部、仙台のその地に彼は再び現れた。
雨の日に壊れた少年の面影はもうない。
そこに居たのは成長し、師の後を継ぐべくして鬼となった一人の青年。
「では桐崎・・・いや、霧生綺将で登録するんだな?」
カチドキは青年にそう確認した。
その青年は山形の鬼、霧咲鬼の忘れ形見。
銀に色落ちた髪と隻眼。あの日消えた彼がこうして鬼となり戻ってきた。
「ええ、出来る事ならコードネームは「キリサキ」でお願いします」
師も持たず、ここまでやってきたことは立派だ。
むしろココまで自分を磨き上げることは師が居ても難しい。
鬼として申し分ない、そこまでの実力が見て取れる。
だが、師がいないということは猛士に登録もされていないということだ。
この青年は世俗を捨て、鬼となるべく人と交わらぬことでその技を鍛え続けてきた。
それゆえにこうやってカチドキに橋渡しを頼んでいるわけだが。
「お前、武器と音叉はあるのか?」
支給がなければ鬼に変わる事も、戦うことも出来ない。
それゆえに登録したのであろう青年は、ごとりとそれを机に出した。
それはボロボロになるまで使い込まれた、師「霧咲鬼」の音撃棒と音叉。
それが物語ることは一つ。この青年の積んだ修行の年月とその厳しさ。
カチドキはそれを見た時にはもう説得されたようなものだった。
「・・・分かった。俺の方から猛士には口添えしてやる。」
その言葉に深々と頭を下げると、青年はカチドキの家を後にした。
後日、二代目霧咲鬼として登録された彼の元に届いたのは、真新しい音撃棒と音叉。
どちらも堅固な作りになっており、師匠のものと似通った造詣になっていた。おそらくはカチドキの計らいなのだろう。
その計らいに感謝するように音撃棒に向かって頭を下げると、キリサキはそれを自分の車へとつみ込む。
彼に最初に下された指令はバケガニと思わしき魔化魍の撃破。
打の鬼では相性が悪いといわれるそれを、キリサキはこともないとばかりに引き受け、出発した。
2/愛さえも捨て去り
東北でもバケガニの発生は珍しい山形。
水辺の魔化魍よりも山よりの魔化魍が発生する土地で、それが発生した。
山形は最上川にそそぐ、沢上川と五百川が交わる場所。
そこは人気もなく、遊歩道というには自然に溢れた場所。
なんら山道と変わらないその場所で、響く「羽音」
ここ、山形県朝日町では何件かの失踪事件が発生していた。
人は立ち入り禁止と書いてあっても進入するもの。
今日もそこに一組の親子と思わしきものが進入した。
誰が止めるのも聞かずに、そこに侵入した彼らはどうなっても自己責任なのだ。
そう呟き、キリサキは彼らに気付かれぬように後をつけた。
猛士に与えられた情報では、その近辺にバケガニと思わしき魔化魍が潜んでいるらしいとのコトだった。
思わしき、とつくのは担当していた鬼が童子と姫により敗退、情報がまだ集まりきっていなかったからだ。
打の鬼では相性の悪いといわれるソレを、キリサキはいとも簡単に引き受けココにいる。
ただ単に油断しているのか、それとも余程自信があるのか。
猛士はカチドキの口添えがあったためか、この一軒を斬咲鬼に任せることにしたのだった。
そのとき、キリサキの眼前に動きがあった。
童子と姫と思わしき二人が、目の前の親子に襲い掛かったのだ。
だが、キリサキは動かない。
「・・・ここで魔化魍の正体を見極める」
あえてこの親子を犠牲にすることにより、魔化魍の捕食現場を目撃し、正体を確定させようと言うのだ。
鬼としてはあるまじき行いだが、戦いを有利に進めるためには絶対的に正しい。
そうしているうちに両親と思わしき二人が鋏の犠牲となる。
おびえる子供をよそに、童子と姫が両親だったソレを川に放り込む。
一瞬巨大な鋏が現れ、また水の中へ消える。
(やはりバケガニか・・・)
キリサキが童子と姫に駆け出そうとしたとき、水の中から覗いた「羽」
(・・・何だと、奴は「アミキリ」・・・っ!?)
文献で学んだ中にあったソレは「空を飛ぶバケガニ」
打の鬼では悉く相性が悪いそれに、キリサキは驚きを隠せない。
だが、アミキリだと分かったのなら
「飛ばれる前に仕留めるっ」
キリサキは木の上から飛び出し、アミキリが居たと思わしき地点に一気に飛び込む。
「何っ」
「鬼だっ」
童子と姫が反応するには遅すぎる。水中に潜ったキリサキは太鼓をアミキリに貼り付け、凍気を纏った拳で岸辺にたたき上げる。
「音撃打、凍風堂々!」
その数、僅か三打。
左右両の三打で仰向けに倒されたアミキリが氷片に変わる。
「我が子が・・・」
「許さんぞ・・・」
童子と姫が人間形態から変化していく。
その師匠は霧を纏う白き鬼。
誰かを救うために自分が傷つくことを恐れない心優しき鬼。
だが、そこに居たのは同じ名を持ちながらも氷を操る黒き鬼。
誰かを救うための犠牲にためらいを見せない強き鬼。
その半分が犠牲となった二人の亡骸を一瞥し、キリサキは童子達に向き直る。
今はやるべきことをやるだけだと、その背が語る。
「そこの君。私がここを食い止める、まっすぐもと来た道を逃げろ」
だが、両親を失った子供にそんな理屈が通じるわけもなく、ただ泣きじゃくるだけだ。
となればここで子供を守りながら戦うという不利を背負わなければならない。
・・・ソレは避けたい、そう考えたキリサキは音撃棒に凍気をこめ振るう。
それは氷の壁となって、子供と童子達の間に立ちはだかる。
「・・・来い」
3/信じるのは己が牙だけ
キリサキはその言葉だけ発すると、音撃棒を逆手と順手に構える。
左右で持ち方を変えたそれは、先代キリサキがもっとも得意とした速攻をかける時の型。
元々、キリサキの名を冠する者は、速攻を好む傾向がある。
防御を捨て、超速度による回避と圧倒的攻撃力による粉砕。そのタイプの型を多く伝承するのがキリサキの系統なのだ。
童子と姫が地を蹴る音を幕切れに、黒い弾丸が走った。
超低姿勢からいきなりの飛翔、木を利用しての四次元移動。
童子と姫の攻撃が空振った隙を見逃さずに一撃。
姫が一撃で粉砕されると、不利を悟ったのか童子は水中に逃げようときびすを返す。
だが、敵に背を見せるその愚行を見逃すわけもなく。
追いついて一撃の下に粉砕。
これで終わったかに見えたが、キリサキの耳はそれを聞き逃すようなことはなかった。
川面が振るえ、現れるのは三対の鋏。
赤、黄、白のそれはバケガニ。
「バケガニの大量発生の後に現れる、と記述されていたしな。不思議ではあるまい。」
予備の音撃鼓を取り出し、ベルトのバックルにはめる。
音撃棒を両方順手に握り直し、キリサキが飛翔する。
それは跳躍というにはあまりに高く、長い。
弾丸のような直線ではなく、軌道は予測不能なほどに入り組む。
勿論巨体がそれを捕らえきれるはずもなく、突き刺さるような氷の弾丸が黄色のバケガニの鋏を打ち砕く。
「我流音撃打、拾殴武神(じゅうおうむじん)」
それは彼の師匠が得意とした音撃技。
複数の相手をしなければならない時、高速の連撃で全ての魔化魍に清めの音を響かせ、最後の一撃で共鳴、崩壊させる。キリサキの筋に伝わる音撃の奥義。
だが、彼はそれを何度か見ただけで、師から習ったことはない。
それが故に、我流。
それぞれ色の違うバケガニに三打ずつ音撃を浴びせる。
その一撃で殻は砕け、鋏は折れた。
最後の一打をキリサキが地面に叩きつけることにより
「破っ!」
その体が氷の破片として崩壊した。
その様は美しき氷の刃を孕む、極低温の吹雪。
少年を覆うように張った氷の壁を割ると、キリサキの初陣は終わった。
犠牲者二名。アミキリ、バケガニを三匹撃破。
初陣にして歴戦の鬼に並ぶとも劣らぬ戦果を上げた彼は、どこかその強さに悲しみを秘めていた。
4/孤独な狼
「そうか、犠牲者は出てしまったか・・・」
カチドキが渋い表情で報告書に目を通す。
目前には正座したキリサキ。
「はい。ですが魔化魍の正体を知る事が出来ましたし、その死は無駄ではありませんでした。」
目の前のキリサキは、恐ろしいほどに冷たい。
人二人の死をこともなさげに報告すると、その場を立ち去ろうとする。
「・・・見殺しに、したのか・・・?」
カチドキは言うまいとしていた疑問を口に出す。
自分が見込んだ力に間違いがなければ、彼は三体のバケガニを相手にしても、アミキリが相手だとしても。負傷することはあっても敗北はしない。そう見込んでいた。
それが二人の犠牲を出したということは、そう考えてもおかしいことはない。
アミキリを飛翔前に倒したという記述も、その悪寒に確証を持たせるだけ。
強き鬼の誕生に隠された残酷な事実にカチドキは彼の答えを待つ。
「魔化魍の正体を確かめるため・・・仕方がないことでした」
明言はしていない。だが決定的だった。
キリサキは人を見捨てて、魔化魍打倒のためのコマとした。
確かに、大局から見れば正しい。命の足し算引き算などと嫌な例え方だが、結局にしてみれば二人の犠牲でキリサキはそれ以上を救った。それは間違いはないのだが・・・
「俺は・・・お前がキリサキの名前を継ぐこと・・・残念に思う」
「そう、ですか・・・」
カチドキの漏らした言葉に、少しだけ苦い表情をしたキリサキは戸を開け、一礼して去っていった。
出て行った先の車庫では、キリサキと同程度の齢の青年が居た。
名はマテキ。カチドキの元弟子であり、今では鬼として妹を弟子に迎えて戦っている。
キリサキは彼を無視するように自分のバイクへと手をかけた。
「・・・おい」
そのとき、マテキの方から声がかかる。
面倒くさいような素振りで被ったヘルメットを外すと、キリサキはマテキの方へ視線を向けた。
「・・・あんまり、落ち込むなよな。鬼やってくなら犠牲は出るって事だしさ・・・なんだ、次は絶対に出さないようにすればいい」
マテキが言いたいことの意味が一瞬掴めなかった。
彼は、言葉の少ないキリサキを見て「犠牲を出したことに対して悔やんでいる」と思っているのだ。
新しく鬼として登録された自分への無用な気遣いに、キリサキは僅かに苛立ちを覚えた。
「・・・別に」
それだけ漏らすと、マテキの顔の色が変わった。
ああ、コイツもそうなのかとキリサキはため息をつき、答える。
「結果的には二人の犠牲で多くを救えた。落ち込むことなど何もない」
事もない。何でもない。
二人の犠牲など最初から計算のうちだとでも言わんばかりのキリサキの態度に、マテキの脚が閃いた。
ガッと鈍い音がして、キリサキの視界が揺らぐ。
「・・・いきなり脚とは礼儀のなってないヤツだ。」
僅かに切れたこめかみを袖で拭い、マテキを睨む。
彼はカチドキのような悲しみの表情ではなく、怒りの表情を作っていた。
「私のやり方が気に入らないなら結果で私を超えてくれ。効率的なやり方なら従ってやる。」
怒り冷めやらぬといった表情のマテキを置き、キリサキは自分のバイクにまたがる。
「・・・待てよっ」
マテキの声もむなしく、彼を乗せたバイクはカチドキの家を後にしていた。
5/傷つけることの悲しみ知ったとき
後日、仙台の東北支部に音式神の支給、音撃棒の改良にきたキリサキを彼が待っていた。
「・・・ちょっと付き合えよ」
怒りはまだ覚めていないようだが、幾分冷静になったようだ。
そう分析したキリサキは、ここで逆らってもいいことはないと判断。おとなしくその後ろを歩く。
「カチドキさんに聞いた。見殺しってどういうことだよ・・・」
二人は猛士所有の車に揺られ、仙台の市街地をはずれの山寺に向かう道を走る。マテキは必死に自分の怒りを抑えて問うた。
「別に。必要だと思ったからそうした。」
それ以上の言葉はないとばかりに返すキリサキ。
自分では冷静で居るつもりなのに、僅かな苛立ちの種がずんずんと成長していく。
「・・・お前は、魔化魍に両親を奪われたんじゃないのか・・・」
マテキの方も、怒りを抑えきれぬとばかりに歯を鳴らす。歯を食いしばることで必死に耐える。
「それは関係ない。鬼となった以上はより多くを救うために戦うだけだ。」
流れる景色が山村の色を濃くし始めたとき、マテキはキリサキの胸倉を掴み上げる。
「より多くじゃない、殺させないために戦うんだ!」
声を上げることが珍しいのか、怒鳴った後でバツの悪そうな顔になり胸倉も離す。
「・・・悪い」
納得できない表情で前を歩くマテキ。
その言葉がどうしようもなくキリサキを苛立たせる。
「・・・結構な理想論だ」
僅かな苛立ちがその心を決壊させる。
キリサキのうちに溜まった苛立ちが流れ出る。
「結局、あの場で犠牲を渋って多くの犠牲が出たら?鬼の数が減ってさらに大きな犠牲が出たら?それどころか一人も救えなかったとしたらどうする?」
あふれ出したそれは止まること無き濁流。
キリサキが抱えていた黒き感情が鉄砲水となる。
「理想を語るのは結構だ、私には関係ない。だがそれを押し付けるな。私は私のやり方でより多くを救う。お前のやり方より効率的にな。」
最後の声は怒鳴り声に近い。いや、悲鳴にも似ていた。
頭で「理解」することは出来る。
キリサキは最悪の状況まで想定して、犠牲を最小限に抑えて戦うことを選んだ。
そこにたどり着くまでに葛藤があったことは容易に想像がつく。
だが、彼も鬼なのだ。救うために戦ったのだ。
「理解」は出来る。
だが、「納得」はできない。もはや感情論だ。
そっぽを向いて車から降りようとするとするキリサキの肩を掴む。
「・・・石段の上。見て来いよ」
それ以上は何も言わず、マテキは山寺の下の階段に座る。
「・・・ちっ」
キリサキは舌打ち一つ、階段を上る。
階段を上りながら考える。
あの男の理想も理解は出来る。出来るならそうふるまいたいとすら思う。
だがそれではダメなのだ。犠牲を出さないために自分が死ぬことを選ぶ道に繋がる。それを知っているから。
だから自分は心を凍らせて、犠牲を最小限に抑える道を選んだのだ。
正しいとか間違いじゃなくて、それが最も良いと思われる道だから。
カチドキの言葉に僅かに胸は痛んだが、道を変えることは出来ない。
自分は選んだのだ。誰かを失い、涙を流す人を少なくするための道を。
決してゼロにはならない。誰かが涙する。その道を選ぶことでより多くを救うこと。
それなのに、そんな理想を、夢物語を目の前に掲げるとは・・・。
苛立ちに任せて踏みしめた階段の先、そこは小さな寺があった。
小ぢんまりとした墓場へ通じる道、キリサキは小さな影を見つけた。
それは見紛うことなく、アミキリ事件で助かった少年であった。
彼はいつかのキリサキのように泣いていた。
幼くして両親を奪われた痛みはキリサキも知っている。
辛いであろう事は容易に想像できた。
でも、自分には師匠が居た。彼にはそれが居ない。
自分が見殺しにしてしまった両親と、泣きじゃくる少年。
『今こうやって、平和が目の前にあっても。どこかで誰かが理不尽に苦しまされてるかもしれない。私は、そういうの大嫌いなの。だから、鬼なんて仕事をやってるんだけどね』
懐かしい笑顔がまぶたに焼きつく。
やっと、意味を理解することが出来た。
師の言葉は自己犠牲をよしとする言葉ではなく、純粋な願い。
誰かが泣くと悲しい。
皆が笑っていてくれれば嬉しい。
ただ当たり前の想い。
それを願いに霧咲鬼は闘う鬼だったのだ。
強いはずだ、追い越せないはずだ。
ただ足し算引き算をして得意になっていた今のキリサキでは、追い越せるはずが無かった。
気がつけばキリサキは走り出し、泣きじゃくる少年を抱きしめていた。
かつての自分に重なるその子供に、精一杯に侘びた。
かつての師がそうであったように、キリサキは自分が鬼となる原点に返らされたのだった。
6/お前がそこに立っていた
少年を寺の住職に預け、清水で顔を洗い流し下山する。
階段を降りきったそこには、マテキが居た。
「よ、涙は拭き終わったか?」
一部始終を見ていたのか、にやりと笑みを浮かべている。
「・・・やれやれ。覗き見に待ち伏せか・・・よっぽど暇なのか私に気があるのか」
キリサキの方も皮肉交じりの冗談を返せるほどに安定していた。
暗い影は、もうない。
「吹っ切れたみたいだな。色々。」
「ああ、残念ながらお前のおかげさ。色々な。」
ゴツ、とどちらともなく拳を突き合わせ、笑みを交わす。
「・・・帰るか」
「・・・そうだな。本部でやることが出来た」
待たせていた猛士の車両に乗り込み、ドアを閉める。
仙台の市街に戻る道、キリサキはマテキに声をかけた。
「・・・先ほどは頭に血が上り暴言を吐いてしまった。そこだけは謝りたい」
マテキにしてみれば予想外の一言だったのだろう。
ぷっと吹き出し、キリサキの肩を叩いた。
「犠牲者が出て神経質になったんだろ・・・ってことで流しておく」
怒ったり、笑ったり、懐が広いのか狭いのか分からない。
だが、この男が鬼という仕事に真剣に向き合っていることだけが、己が感じ取った真実。
それゆえに。
「・・・感謝する」
一言だけ漏らす。
「もういいっての」と軽く笑うマテキに肩を叩かれ、キリサキは東北支部へと戻る。
その日のうちにキリサキは書類を書き、東北支部に提出した。
例の少年の処遇についての書類なのだが、猛士で引き取るにしろ施設に入れるにしろ、月いくらかの援助をしたいと申請したのだ。
勿論、こんなことで許されるとは思っても居ない。
実際、自分の両親を殺した魔化魍がいくら金を積んでも許す道理が無いように。
それ許されるためではなく、自分の侵した罪へのけじめ。そして罪を忘れないための楔。
しっかりと打ち込むことによって己を戒める。
白髪の鬼はその日を忘れることなく、その心に刻み付けた。
7/冷え切った心に熱い風が駆ける
それから数日がたち、戦果は犠牲者ゼロ。魔化魍撃破一体という状態を保っていた。
キリサキという鬼が増えたことにより、各鬼への負担が減り順調に事が運ぶかに見えた。
「ナマイシの群体発生・・・?」
東北支部に呼び出されたキリサキは、その現象に驚愕した。
普通、バケガニなどは数体発生することがあっても、ナマイシはオトロシに並ぶ成長に時間がかかる珍しい魔化魍だ。
しかも管や弦では相手をすることが難しい。いわば装甲重視の重機動型なのだ。
それはここ数日で四体。そのうち討ち漏らしが二体。
いわば半数を取り逃がし、放置している状態なのだ。
「打の鬼が足りないんだ。悪いけど・・・」
その言葉をきくまでもなく、キリサキは音撃棒とディスクケースを掴み、立ち上がった。
「地図、貰います」
キリサキは風のように自分のバイクにまたがり、出て行った。
「ちょっと潰れてくれない?」
「ぺちゃんこにお願い」
怪しげな風貌の男女が登山客に声をかけている。
明らかに異質なそれは、人の形をした異形。
登山客をその毒牙にかけようとしたそのとき。
――――――――――――風が、吹いた
吹き抜けた青い風が、二人の登山客を救い出し異形に立ち向かう。
「鬼か」
「鬼だな」
玩具を奪われた子供のような、不機嫌な瞳。
異形が人の殻を捨て、本来の姿に戻る。
対する青き風は手足に風を纏い、斬りつける様な技の冴えを見せる。
「・・・ハッ!」
手にした音撃管から鬼石が撃ち出される。
その全てが命中したかに見えた。
「ぬるいな」
「効かないぞ」
童子も姫もその弾幕を受けて無傷。
青い鬼を嘲笑うように、二つの影が鬼へ走る。
機動力は無いに近いのでかわす事は出来る。だがダメージが入らないのではジリ貧だ。
いずれ体力が尽きればしとめられてしまう。
「・・・チッ」
跳躍を駆使して二対一の状況で五分に渡り合う。
焦って仕留めに行かない、避難が完了するまで引きつける事を目的に据える。
流石に逃げと引き付けに徹した魔風鬼を易々と仕留められるわけが無い。
「あと、少しだ・・・っ!」
登山客二人の背が視界から消えたとき、魔風鬼に僅かな油断が生じる。
安堵したのか、僅かに視線を奪われたその時に
「がら空きだ」
「狙い放題だな」
二つの岩拳が鬼の身体を叩き飛ばす。
「ぐっ・・・あ・・・」
予想以上に重く、硬い二つの拳が叩き込まれた。
骨は折れてはいないようだが、ダメージは深刻だ。
肺の空気が全て叩き出され、身動きが取れない。
「「・・・とどめだ」」
二つの異形の声が重なる。
目を瞑ろうとしたその時に
「―――――――この、大うつけがっ!」
飛び込んできた黒い影が、二つの拳を跳ね除けた。
「・・・破ァッ!」
ダダンと岩を殴る音が聞こえ、異形が後退する。
「己が死んでは意味が無いだろうが、この大うつけ者が!」
異形が吹き飛んだのを確認して、魔風鬼に怒鳴りつける。
その姿は、吹雪を纏う黒き鬼。
氷風が呼ぶ、刃持つ吹雪。
そこに居たのはキリサキその人である。
息を整え、立ち上がった魔風鬼が隣に並ぶ。
「合理的にやるんなら、俺を見捨てた方がいいんじゃないのか・・・」
「・・・それを否定した本人が何を言うか」
皮肉めいたやり取りの後、キリサキは音撃棒を、魔風鬼が音撃管を構えた。
「・・・まぁ、こうなった以上は」
「ああ、負けは見えない」
魔風鬼はキリサキに理想を思い出させ、キリサキは魔風鬼に理想だけでは犬死してしまうことを教えた。
結局の所二人の関係は背中合わせであり、裏と表。
背中合わせだからこそ見えるものが、確かにそこに存在する。
背中という一番無防備な部分を相手に預け、相手の背中を預かる。
常に反対の方向を向いている二人だからこそ出来る信頼関係。
それが、確かに存在していた。
8/背中合わせに語り合う友情
その場に居たナマイシの姫と童子はいとも簡単に撃破される。
打の鬼であるキリサキが加わったことも大きいが、魔風鬼とて鬼の中でもかなりの実力を持った鬼なのだ。当然といえば当然の結末だ。
だが、最期の力を振り絞って姫が呼んだもの。
それはもはや石と形容してはならないものだった。
小山や丘と見紛うごと巨大な石の塊。
短い脚と思わしきそれで、こちらへ歩いてくる。
響く足音がそれの巨大さを嫌がおうにも思い知らせ、それに立ち向うべき戦意をそぎ落とす。
岩の鎧ならばまだ砕くことは出来よう。だが、あれは意思を持つ石。生きている石人形なのだ。
生半可な攻撃で砕くことは出来ず、ただの一撃で鬼といえど死に至らしめる。
東北南部に伝わる最も厄介な種類の魔化魍。
それがナマイシだ。
「破ッ!」
キリサキが身体を撥で砕けばその破片が礫となり魔風鬼を襲う。
「疾ィ!」
魔風鬼がそれをかわしても、自然石がナマイシの体の一部となりキリサキを苦しめる。
一撃で粉砕する打の鬼がナマイシにあてられる理由は、かの魔化魍の再生能力にある。
通常の魔化魍でも、栄養と休息さえあればある程度の自己再生機能は働くのだが、かの魔化魍にいたっては別格である。
なにせ、周りに石があればそれを取り込んで傷を癒すことが出来るのだから。
その特性ゆえに、発見の兆しが見られたら即対応。肥大化する前に粉砕というセオリーなのだが、今回のナマイシは過去に類を見ないほど巨大に成長してしまっている。
一撃で粉砕しようにも、あの大きさならば相当な数の音を叩き込まねばなるまい。それを許すような魔化魍は居ないことは承知の上でだ。
最悪、キリサキが死を覚悟して音撃を鳴らし続ける他無い。ナマイシの攻撃をかわしながら数百発の音撃を響かせることは無理に等しいのだ。
どちらの鬼も、自分が犠牲になる覚悟は出来ていたし、相手が死ぬであろう可能性も頭には入っている。
・・・だが、諦めたわけではないのだ。
魔風鬼はもとより、キリサキでさえも「犠牲を出さずに」ナマイシを倒す方法を必死に考える。
それは友の背中に教えられたこと。友の背中が思い出させたもの。
そう、幼き日の自分に宿っていた理想の炎なのだから。
思考をそちらに向けてしまえばキリサキの回転は速い。
戦うこと、魔化魍を倒すことに関しては特化した思考回路を持っているといってもいいほどだ。
自らの音撃、武器。魔風鬼の音撃、武器の威力。ナマイシの装甲や耐久力を頭に浮かべ、対策を編み上げる。
魔風鬼の音撃ではナマイシに対する有効打にはなりえない・・・可能性を一つ除外
自分の音撃でもあの分厚い石の壁を崩すには今一歩足りない・・・保留
魔風鬼の音撃武器ならば表面から、僅かな部分までは削り取ることが出来るだろう。有効打にはなりえない・・・却下
自分の音撃武器なら石の鎧をある程度砕くことが出来る。だが、砕いた破片が魔風鬼や自分を襲うことや、再生速度から有効な手段とはいえない・・・却下
かちりかちりと高速でパズルのピースを組み立てるのに近い作業。
相手の手札と自分の手札が分かった状態で、どうすれば勝てるのかを組み上げる。
一分の誤算も許されない。魔風鬼と自分の命だけでなく、他の鬼や人々の命までかかっているのだから。
その時、魔風鬼が苦し紛れに音撃管を連射するのを見て気付く。
ナマイシは一定以上まで深さが達した傷以外を再生していないのだ。
音撃管の連射である程度の深さまで言った弾痕のみを治療し、表面を抉った程度のものを放置している。
最後のかけらが音を立ててはまる感覚。
キリサキが組み上げた勝利への道は一部の隙もなく、完成する。
「魔風鬼、撃て!」
キリサキが叫び後方に回る。
魔風鬼はその意図を察することは出来なかったが、策ありといった動きを見せるキリサキに従った。
魔風鬼の速射がナマイシの表面を抉る。
数秒の連射音を聞いた後、キリサキが再び走る。
「今度は背面を、今と同じ程度に削れ!」
おとり役の斬咲鬼がナマイシの前に駆け出し、その攻撃をひきつける。
魔風鬼は素早い動きでナマイシの背後に回りこむと、また速射、回避を繰り返し、表面を抉る。
「次はっ!」
「おとりを頼む!決して攻撃するな!10秒・・・いや、5秒だけ稼いでくれ!」
キリサキが跳躍し、一段高い場所で構えを解く。
魔風鬼はワザとらしくナマイシの周りに鬼石を着弾させ注意を誘う。
彼の鬼は速さに特化した鬼。愚鈍な岩の攻撃を避け続けることなど造作も無い。
「覇ァァァァァァ・・・っ!」
キリサキの撥に凍気が凝縮していく。
その全てを凍てつかさんばかりの気合が、研ぎ澄ました真剣が如く澄み渡る。
「征っ」
キリサキが、魔風鬼によって抉られた部分に音撃鼓を投げつけ、自分も飛翔する。
「魔風鬼、下がれ!」
キリサキは自分の音撃一度で、この魔化魍を粉砕するには足りないことを知っていた。
足りないのならば、その装甲を削り、直接内部に響かせればいいことも。
魔風鬼の持つ音撃管はその調整としては最適だ。
再生する必要が無い程度の削りを繰り返し、音撃を響かせる「穴」を作り出した。
そう、その「穴」を通して内部に音撃を響かせれば。
「音撃打、凍風堂々!」
ただ一度の音撃で、この石の塊は崩壊する。
氷の音色が岩の芯まで染み渡り、その振動が皹へと変わる。
巨大な岩の塊は、ただ一度の氷の音色によって崩壊したのだ。
9/戦士に許されたたった一つのもの
ナマイシが砕け散るのを確認した後、二人はどちらともなく木漏れ日の下に寝転んだ。
顔だけが人のそれに戻り、どちらからでもなく笑いあう。
その意味は肩を並べて戦った二人だけが知るものであり、誰にも理解できるものではない。
「…助かった。ありがとな」
「気にするな。借りを返しに来ただけだからな。」
魔風鬼の漏らした一言に、キリサキも笑顔で答えた。
自然に笑みを作れるほどに、キリサキは満たされていた。
誰かを守るために戦うこと。そして守れたこと。
それはとても気持ちよく、誇らしいことなのだ。
「しっかし…こっちの魔化魍は硬いな、オイ」
「まぁ、な。水辺の魔化魍が少ない分、そうなのかもしれん。」
他愛のない会話も、自分の中でどこか魔風鬼という鬼を認めたから出来る事。
あの時の師匠のように、誰かのために闘えるこの鬼を認めないことが出来ようか。
「打の使える連中はサポート忙しくなるけど…頑張れよな」
「言われるまでもない。そっちこそ、こんな無茶ばかりするな?フォローに入るやつが哀れだ。」
反射的に皮肉った言葉を吐くがその顔は微笑み、皮肉は冗句へと変わっていた。
「そんときはお前がフォローしてくれればいい。」
「…何故私が…といいたいところだが、そうだな。それが一番合理的だ。」
そんな冗談を交わすと、二人は声を上げて笑う。
同じ境遇で戦うからこそ。同じ目的を持って戦ったからこそ。
お互いを認め合い、肩を並べることが出来る。
「っし、本部に戻るか!」
「そうだな。報告書に次のフォローもある。」
ほぼ同時のネックスプリング。
飛び上がるように起き上がった二人はそれぞれのバイクへと乗り、一瞬だけ視線を交えて走り出す。
キリサキは赤いコートをはためかせ、魔風鬼は濃紺のライダースーツを身に纏う。
己が守るべきその土地へ、二人は背中合わせに駆け出した。
このときから、キリサキは魔風鬼を戦友と認めたのだった。
10/命賭けて戦った仲間達…かけがえのない戦友(とも)よ
「戦友、と…」
樹は己が師の過去の片鱗を受け止め、しきりに頷いた。
「ま、頼まれたって魔風鬼には言わないがな。」
苦笑いしながら頬をかく斬咲鬼。
その瞬間に彼の携帯が黒電話のベル音を鳴らす。
「・・・仙台からか」
斬咲鬼は電話に出ると、途端に厳しい顔つきになる。
「ナマイシが・・・ええ、はい。分かりました・・・持ち堪えろと伝えてください。すぐに向かいます。」
携帯から耳を離すと、樹の方を向き
「出発準備、タカ15、オオカミ20、カニ15、車に積んで。武器は予備も持って、五分後に出発!」
準備開始を告げ、自分の音撃武器を車に積み始める。
「師匠、誰かのフォローですか!?」
ディスクアニマルたちの詰め込まれた鞄を三つ同時に持ち上げ、樹は車まで走る。
「勿論。あいつがやられるとは思わんが、射のヤツにはきつい相手だ。」
斬咲鬼が音撃棒を二組積み込み、にやりと笑う。
一つは斬咲鬼が愛用している純蒼の音撃棒。氷風と吹雪を生み出すそれは青く澄み渡り、鋭い氷のような意匠を施されている。
もう一組は斬咲鬼が扱うものよりさらに深き青。紺青と表現することがしっくりくるような深き青の鬼石を使って作られている。その鬼石の周りには吹きぬけるつむじ風のような意匠が施された見目にも美しい一品だ。
「器用貧乏なヤツのことだ。使いこなせるだろう。」
「そうですね。陣中見舞いには手土産がつき物ですし。」
師弟でにやりと笑いあうと、すぐさま残りの荷物を詰め込み車を発進させる。
目指すは仙台。戦友の待つ山の向こうへ。