月明かりの夜にわずかばかりの平穏を

 


月の明るい夜。
そんな夜は何故だか妙に散歩したくなる。
粋を気取るわけではないが、妙に気分が高揚してくるからだ。
廊下を抜け、サンダルを足に引っ掛け、少し湿った庭を歩く。
池のほとりの庭石に腰をかけ、屋根越しに月を見上げると彼女がいた。

「・・・姉さん?」

「・・・やっぱり来た」

 

私たち姉弟は比較的仲がいい方だと思う。
私が弟に合わせている部分がないともいえないが、そこはまぁお互い合わせているし。
本質的な好みが似ているのも多分にあると思っている、私は。
たとえば今だってそう。私はなんとなく月が見たくて散歩に出た。多分弟だってそう。

「や、トイレに起きたら月が綺麗でさ。ちょっと散歩」

そういいながら彼も屋根に上がってくる。
梯子なんか要らない。私と同じように庭木を飛び移って器用に上がってくる。
そんなところまで同じなんて、なんだか微笑ましいやら嬉しいやら、自然に笑顔になってしまう。

「おや、ご機嫌ですねぃ?」

ご機嫌なのは君のおかげ、とも言うわけにいかず。
二人で静かに月を見上げた。

「・・・綺麗だよね」

「うん、凄くね」

二人とももう大人になって、深夜まで仕事の忙しい弟、こうやって二人になれる時間は最近極端に減った。
弟が今の仕事を頑張ってるのは知っている。愚痴の一つも聞かせてくれなくて寂しいけど、時々笑いながら仕事の事を聞かせてくれる。とても嬉しい。
でも、たまにだけどこうやって二人になるときが在るのが、とても、とても嬉しい。
好みとか、行動のパターンが似てるから。
だからこうして不意に会える。
他の人ではこうも行かないだろう。私が姉であり、彼が弟だから起こる奇跡のような開合。
偶然の一致だといわれても構わない。言いたいヤツには言わせておくから。
姉弟という絶対に切れない絆が、私たちをこうやって引き合わせるから。
今はただそれが嬉しくてしょうがない。
あまりに嬉しいので腕をとり、組んでみたりしてみた。

「・・・ホントにご機嫌ですねぇ」

あ、キャラじゃないなとか思ってる目だ。
腕を組んで気付いたことだけど、太くなってる。硬い。
お姉ちゃんお姉ちゃんと私の後をついてきた弟はもう居ないのか。

「いや、人の腕掴んでそんなに残念な顔されても・・・」

・・・バレてた。
そうだね。私が読めるって事はあっちも何気ない視線一つで私の考えが読めるって事。
そういう意味では厄介な関係だ。

「ま、いいや。肌寒くなる前に帰りましょ。女の人は身体を冷やしちゃいけないんですよ」

茶化したような言い方でも、私を心配してるのは分かってる。目を見れば一発。

「・・・ん、そうだね。部屋に戻ろうか・・・布団まで」

「言っとくけど一緒に入るのは無しですからね」

・・・さすが愛弟、考えが鋭い。

「じゃあ部屋まで送ること。」

「なんでさ、といいたいところだけど送ります。」

なんとなく従順なイヌ科っぽいのも高ポイントだね。
差し出された手を握り、一緒に屋根を蹴る。
僅かな浮遊感の後、来るはずのものが来ないことに私は驚いた。
あの一瞬の隙にこの弟は私を抱えていたんだ。

「はいよ、さっさと部屋まで行きましょ」

さくっと私を下ろすと、手を取って歩き出す。
なんだかその様がとても愛しくて。
自然に笑顔になれたような、そんな月の夜。

少しだけ大きくなった弟が、凄く愛しく思えた、そんな夜だった。

 

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