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一度でも、関守石が置かれているところをご覧になったことがある方は、関守石の不思議
な存在感を感じたことと思います。
「関守石はなぜ不思議な存在感を感じさせるのか?」
この疑問の答えはわかりません。しかしながら、そのヒントになるかもしれない要素を私の考
えとして説明してみます。
関守石はただの石ころに縄を結んで作ります。私はこの縄を結ぶということに大きな意味が
あると考えます。
その意味とは以下に述べることです。
日本では、結界(性質の違う空間を分けること)や神様がそこにいると思われる場所には、縄
を使って領域を分けたり、直接結ぶ慣わし(ならわし)があります。
例をあげれば、多くの事例があります。
神社の鳥居には、ぎざぎざの紙を貼った縄(これを注連縄《しめなわ》と言います)を飾ります
し、大きな神木には、縄が結んであります(縄文杉など)。また、神の依り代(よりしろ)なるよう な巨石(盤座、岩座《いわくら》)にも縄を巻きます(伊勢(三重県)の夫婦岩など)。さらには、
相撲において横綱の土俵入りには化粧回しの上に白い綱を締めます(横綱の名のもと)。
そういった慣わしを踏まえれば、関守石に縄を結ぶのも、結界の意味と、人格(または神格)
を与える(または表す)意味があるのではないかと思います。
つまり無生物な物体に、命を吹き込み、人格ないしは神格を与える手段として、縄を結んで
いると考えられます。
ただの石に縄を結ぶことにより、関守(関所を守る人)と見立て、さらに神格を与えることによ
り、「こちらに来ないで」という約束を遵守(じゅんしゅ...必ずルールを守らせること)させる役 割が強調させられているものと思われます。
関守石が、何か存在感を感じさせる存在なのは、それがあるからではないかと考えます。
また、関守石を、日本文化の中でとりわけ際立ったアイディア(発想)としてとらえる考え方も
ありますが、素材(石、縄)の用い方で神格・人格を持たせる方法などは、上の例が示すよう に、日本文化に広く見られる手法であり、「日本ワールド」を理解するよい事例の一つとも思い ます。
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