偕楽園の通な歩き方は、「表門」から入園しましょう

 間違ってもAの東門からは入らぬように、この門は「裏門」です。
Cは、通称その姿・色彩から黒門と呼ばれています。この門は戦災にも会わず偕楽園の創設から残る唯一の建造物の門です。
 この門から入園するのが偕楽園の最良の見学コースです。すばらし偕楽園の景観はここから始まります。
偕楽園は兼六園や後楽園等の自然を縮めて作った大名庭園とは違い、儒学の思想の「陰と陽」を取り入れ、そして千波湖(中国の西湖に模している)、約180度の目に入る緑、自然の地形等をそのまま利用した庭園の作りとなっています。
 最近の都市化により創設当時とは大分変化しましたが、極力創設当時の元風景を再現し保存されています。

 


@駐車場A東門B御成門C表門D竹林E吐玉泉F好文亭G梅林H見晴らし広場
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偕楽園かいらくえん)は、茨城県水戸市にある日本庭園で、岡山市の後楽園や金沢市の兼六園と並んで、日本三名園の一つに数えられる。
天保13年(1842年)7月、水戸藩第九代藩主徳川斉昭によって造園された。
斉昭は、千波湖に臨む七面山を切り開き、弘道館で文武修行する藩士の休養の場とすると同時に、領民と偕(とも)に楽しむ場にしたいとして「偕楽園」と名づけた。その名の精神により当初から毎月「三」と「八」が付く日には領民にも開放されていた。
広さは約13ha。園内には合わせて100種3000本の梅が植えられ、毎年二月下旬から三月下旬にかけて「梅まつり」が行われている。
園内には「好文亭」があり、その名は梅の異名「好文木」に由来する。
好文亭は1945年の水戸空襲と1969年に落雷で2度にわたり焼失したが、1972年に復元された。