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| パパ!僕はどうしてこの世に生まれてきたんだろう?みんなに大変な思いをさせる為? ママ!僕はどうして選ばれちゃったんだろう?生まれた時からハンデがあったのに・・・ ねぇみきちゃん!どうして僕じゃなきゃダメだったんだと思う? もっと良い子にしていれば良かったのかな? あゆちゃん!聞かせてよ!僕はずっとあゆちゃんのお兄ちゃんで居られるかな? 僕も本当はみんなと同じように走り回って遊びたいんだ!そんな気持ちは、いっぱいいっぱいあるんだ!でも体が僕の言う事を聞いてくれないんだ!気持ちはみんなと一緒なんだ!もっともっと色々な事がしてみたい!たくさん楽しい事してみたいよ!僕の願いはいつ叶うのかな?誰が叶えてくれるのかな?誰か僕を元の姿に戻して下さい! |
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| 40度近い熱・・なかなか寝付かず家族でTVを見ていました。しかもそれは「インフルエンザ脳症の特集番組」でした。嫌な予感がしました!まさかね・・・ PM11:00頃になり、ようやく眠りにつきましたが怖い夢でも見たのか泣きながら目を覚ましました。「どうしたの?ママが抱っこしててあげるから大丈夫だよ!安心して、ねんねして良いよ」と言うと「うん!うん!」とうなずき再び眠り始めました。しかし直ぐに「ギャー」と泣き叫ぶと同時に痙攣を起こしました。初めての痙攣で、どうしたら良いのか分からなくて、慌てて救急車を呼びました。救急隊員の人は「痙攣は5分位で治まるから慌てないで下さい」と言いましたが、既に20分は経過していたのでは・・・結局は2時間にも及ぶ痙攣!処置が終わり、せな君に会ったのは明け方・・・人工呼吸器を着け意識も無く横たわっている姿でした(生まれた時と同じ状態でした)「インフルエンザ脳症の疑いで処置していきます。」と言う先生の言葉でした。うそ!・・・そんな・・そんなはずは無いでしょ!ICUに入り意識が戻ったのは一週間後でした。しかし、そこには元気なせな君の面影は全くありませんでした。看護婦さんからは「せな君が好きな歌を聞かせてあげて」と言われました。当時せな君は「大きなのっぽの古時計」がお気に入りで良く歌っていましたが、今の状況の中では・・・先生は「もしかしたらインフルエンザ脳症ではないかもしれない」と言いました「MRIの検査は若干脳に萎縮が見られますが、今までよりも、少し運動機能に障害が出ると思います。」と「脳波も普通の3歳児に比べると波が緩やかになっています。」微かな期待もしてみましたが・・・正直この子は誰?どこの子?と言う気持ち・・・すっかり痩せ細り、目も焦点が合わず、言葉も無くし、ピクリとも体を動かすことも無く、まるでお人形さんが横たわっているかのようでした。何日か過ぎても状態はほとんど変わらず、首も据わらないし全身の力が全く入っていません。唾を飲み込むこともできず、勿論ご飯なんて食べられる状態ではありませんでした。現実を受け入れるには、やはり時間は掛りました。表情が無くなると言うのは本当に別人のようになってしまうんですね。後遺症により、てんかん発作も見られるようになり、かなりショックは大きいものでした。 1ヶ月半の急性期を終え、リハビリ施設の病院に転院し機能回復訓練、てんかんの治療が開始されました。脳症後1〜2年位は脳の萎縮が進むことがあるそうです。せな君の脳は、まるで蝶の様な形で空間が出来ていました。脳血流の検査でも前脳には殆ど血流が無いことも判明しました。脳波の検査では10秒に1回は、てんかんの波が来ているそうです。そして、ここから戦いが始まりました。せな君の復活劇の始まりです!いつまでも見守っていてください!皆さんの応援が私達家族の頑張る力に変わるのです。 |
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〜 今考えると、当日せな君の様子がいつもと違っていました 〜 |
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| @ いつものようにトイレと言うので、連れて行くと、「こわいこわい」と泣いていた A 車などのおもちゃが自分の方に向かってくると、こわがっていた B 少しでも物音がすると必要以上に驚いていた C みんな側に居て欲しいようで、誰かの姿が見えないと泣いてしまう D いつもは嫌がる冷えピタ、少しでも取れると大騒ぎしていた |
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