「祭りの朝」

      

美しい川が流れる町での出来事です。
このまちでは、年に一度、川上にある湖の神をまつるお祭りがひらかれます
祭りの日、町の大通りは、着飾ったり、手を取り合って踊ったりする若い娘たちの姿でにぎわいます。
 千年ほど前まで、この地方には、あまり雨が降らず、若い娘をいけにえにささげ、雨乞いをする・・という悲しい風習がありました。千年前、この悪い慣わしを悲しんだ神が、「竜」の姿になってひとびとの目の前にあらわれた日がこの祭りのはじまりです。
そのとき、ひとびとは、ある約束をかわしました。
「町の娘たち、すべてがしあわせでなくてはならない。」
ひとびとはこの約束を千年間まもり続けてきました。そのおかげで水にこまることもなく、
水を大切にあつかったので、川の水もとてもきれいです。
そして、毎年一度、むすめたちを主役にこうした祭りを行うようになったのです。
 ところが、町外れの仕立て屋の娘、チェルだけは、このお祭りに一度も顔をだしたことがありません。チェルは幼いころ,両親がなくなってしまって、子どものいなかった仕立て屋夫婦にひきとられたのでした。
 チェルは、仕立て屋の仕事を手伝っています。このお祭りのためのむすめたちのドレスに見事な刺繍をほどこすのが、彼女の仕事でした。ですから、祭りの前日などは、仕上げに大忙し。でも、彼女は不満も言わず、よく働きました。
 仕立て屋夫婦は、毎年、そんな彼女がふびんでなりませんでしたが、仕事に追われ、つい彼女をあてにしてしまうのでした。それに、チェルもいくら仕立てやに祭りに行くことをすすめられても、「つかれているから・・」と祭りの日には一歩も外に出ませんでした。

そして、祭りの日がやってきました。
まだ、辺りが薄暗い朝はやく、チェルの家の呼び鈴を鳴らすものがありました。
チェルが、起き出して眠い目をこすりながら、ドアをあけるとそこには、チェルとおなじくらいの年恰好の娘が立っています。
 「さあ、いきましょうよ」
娘は、チェルと目が合うなり、チェルの右手をぐいっとひっぱって、外に連れ出そうとしました。
 「ちょっと、まって。なに?だれなの?あなたは・・・」
チェルは、突然起こったことに驚き息がとまりそうになりながら、やっとの思いでそうたずねました。
 娘は、チェルの顔をしばらくじっとみつめ、そして、ふふっといたずらっぽくわらって、
こういいました。
 「わたしは、あなたよ」
チェルはただ、ぼうぜんと娘の姿をながめるばかり。
 娘は、胸に金糸のりっぱな刺繍がはいった、若草色のドレスを着ています。そして、腰までありそうな長い髪を、後ろにひとつで束ねて、ドレスよりもやや濃い色のリボンで結んでいました。
 娘はチェルの手をもう一度、ぐいっとひっぱりました。
チェルは、娘の手を勢いよく、ふりはらいました。
 そして、
 「祭りなんか、行けるわけないじゃない。わたしは、もらいっこですもの。ドレスなんて、つくってもらえるわけないじゃない」
 と、怒ったようにさけびました。
 すると、いままで、やさしく微笑みかけるようだった娘の顔は急に険しい表情になり、
髪のリボンに手をかけました。
 娘の髪がひろがり、娘の手からリボンがするりと離れたかと思うと、そのリボンはチェルにむかってするするとのびてきたのです。まるで獲物にとびかかっていくへびのように・・
 チェルはにげる間もなく、リボンにからみつかれてしまい、あっというまに全身をぐるぐる巻きにされてしまいました。
 リボンはぎゅうぎゅうとチェルのからだを締めつけてきます。
 チェルはもう、怖くて、声を出すこともできませんでした。
「あなたはね、自分で自分を縛っているだけなのよ・・そのリボンのようにね」
 娘は、そういいながら、指をならしました。
 するとリボンは、するりと、チェルのからだから抜け落ちました。
「遠慮なんかしなくていいの。あなたは、ここの家の子どもなのだから」
 娘はさあ、と手をさしのべました。
 チェルは、娘の手を取ろうとしたとき、自分がいま目の前にいる娘とまったく同じドレスに身を包んでいることに気がつきました。
 そして、娘の手におそるおそる触れたとき、娘の姿は、まるで朝日にたちのぼる露のように空に吸い込まれていったのです。
 そのとき、チェルの後ろから、仕立て屋夫婦が声をかけました。
「チェル・・似合うよ。そのドレス。わたしたちがおまえのためにつくった、世界にたった1枚しかないドレス」
「本当に。おまえはわたしたちの自慢のむすめだわ。」
仕立て屋夫婦は、チェルのために、チェルが13歳になった年からずっといそがしい合間をぬっては、チェルのためにお祭りの晴れ着を作りつづけていたのです。
 けれども、祭りの日になるたび、チェルは家の中にこもってしまっていたので、もう5まいも袖を通していないドレスがふたりのクローゼットのなかには潜んでいました。
「今年のドレスを着てくれなかったら、もうわたしたちも仕立て屋をやめようとおもっていたんだよ。毎年、チェルにつらい思いをさせたくないからね。」
「ほんとうに、わがままだってなんだって、いってくれればいいんだよ。わたしたちのこどもはおまえしかいないんだからね。こどもが親にわがままいうのは、あたりまえのことなんだよ」
仕立て屋夫婦は口々にそういって、チェルを抱きしめました。
チェルは、空を仰ぎました。そしてもうすっかり夜があけ真っ青にすみわったった空に、大きく翼を広げたドラゴンが、川上の湖にむかって飛んでいく姿をみつけたのでした。

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