つまらない、おもしろくない、たいくつ・・・これがその女の子のくちぐせでした。それにみんながたのしそうにわらったりしていても、おもしろそうにしていても、素直に笑えません。笑おうと思っても、なにか物足りないような、変な感じがするのです。女の子の名前はナナ。

―私の気持ちにメーターがついているとしたら、いつも針は半分のところまでしかいかないわ―

ナナはいつもそう思っていました。

ナナがいつも学校に通う道の途中に、横にはいると、「ステ山」という山につづいている細い道があります。「ステ山」は深いもりになっていて、ナナが生まれる前は、この山に山菜を取りに入った人が迷ってしまい、出てこられなくなってしまうことがよくあったそうです。ナナが小学生になって少したったころから、「ステ山」に登っていく道の入り口にはロープが張られ、「入山禁止」と看板がぶらさげてあります。

ナナは夏休みに入って最初の日、なんとなく「ステ山」にいってみたくなりました。なにか、むしょうに、引き寄せられている感じでした。

 ナナは、「入山禁止」のロープをくぐり、細い道をのぼっていきました。ふだん、だれものぼっていかない道なので、ところどころのびっぱなしの木の枝で前が見えなくなるところもあります。でも、まだほそくてやわらかい枝なので、両手でおしのけると、また、道が開けます。ナナはどんどんのぼっていきました。

 どんどん進んでいくと、かたわらに、小さな石碑がいくつも並んでいる場所がありました。ここまでは、ナナは幼稚園のころ、よく近所の大きな子たちと一緒に来ていました。

「ごりんさん」とよばれるその石碑たちは、まつってくれる人がいない、古いお墓なのだそうです。おとなたちはナナや近所の子たちに、いつも、

「ごりんさんのところより、先にのぼってはダメだよ。すて山はこわいところだから」

と、注意したものです。こどもたちもよく大人の言いつけを守っていました。「ごりんさん」より先のほうに行くと、帰ってこられなくなる・・・というこわさがあったからです。

(ほんとうにここから先にいってはいけないのかしら?かえって来られなくなるっていうのはうそで、この先には、おいしいクワの実やヤマナシがいっぱいあるのではないかしら?もしかしたら、あけびのつるだってみつけられるかも・・・)

とナナは、なんだかワクワクしてきました。

「おい」

急に声がしたので、ナナは

―多分、そら耳だわ―

と思い知らん顔で歩きつづけました。

「こらっ」

こんどは、パシっと肩のあたりをたたかれた気がしました。

―どうせ、木の枝があたったのだわ―

とまた知らん顔で歩きつづけました。

すると、後ろのほうから、今度は、歌が聞こえてきました。

―ひとつ、たろさん、坂をころがって

 ふたつ、じろさん、がけをすべりおち

 みっつ、さぶちゃん、ドボンと池の中

 よっつ、しろさん、ガブリと食いつかれ

  いつつ、ごろさん、逃げよとしたけれど

 むっつ、ろくさんといっしょにのみこまれ

 ななつでおさらい、はじめから

その歌は、ナナのすんでいる町だけに伝わるというお手玉の歌でした。七つのお手玉をつかって、四、五人で順番にやっていく遊びです。失敗したところで次の人と交代するのです。けれど、ナナはどうしても「ななつ」で失敗して、いつもすぐ次の子と交代しなければなりません。それに、この歌には「なな」という言葉がでてくるので、この歌はあまりすきではありませんでした。

―お手玉へたくそナナちゃん

ナナはとうとう振り向きました

―・・・・―

ナナは言葉を失っていました。だってそこにたっていたのは・・・

「ようやく振り向いてくれた。よう、ナナ」

こんな生意気なしゃべりかたをしていますが背のたかさは、ナナの胸のへんまでしかないちいさなこどもでした。いや、子供の姿にみえますが、おでこからはにょっきりと角がはえ、ニーっとわらった口からは、とがった歯がのぞいています。髪はぼさぼさで、はだかの体をかくすように、木のツルであんだような、葉っぱがいっぱいついた、ワンピースのようなものをきています

「だれ?」

ナナはやっとの思いで声をだしました。

「あ―ナナが考えている名前でいいよ。どうせ絵本かなんかにでてきたんだろ?その名前」

―あまのじゃく―

「そうさ、おれはあまのじゃく」

ナナはびっくりしました。あまのじゃくには、ナナの考えている事がわかるようです。ナナは、だまってなにも考えないようにしていました。

「用心ぶかいヤツだな」

―ま、いいさ―

あまのじゃくの口は動いていないのに、こんな言葉がナナに聞こえてきました。耳からではありません。まるで、頭の中にはいりこんできたような、そんな気分でした。

―なんで、こんなことができるの?―

―おれはあまのじゃくだからな―

ナナはいっしょうけんめい、なにもかんがえないようにして早足であるきましたが、「あまのじゃく」はつぎつぎとナナにはなしかけてきました。

―なあ、つまらないってなにがつまらないんだ?おまえ、こどもらしくないぞ

―自分もこどものくせに

―おれ?まあこどもといえばこどもなんだけど、おまえよりずいぶん長く生きている。まあ、生きているといえるのかどうかわからないけど

―どういうこと?

―まあ、だんだんにわかるさ

「あまのじゃく」はいたずらっぽく、ケケケ

とへんな声でわらいました。

だいぶおくにはいりこんでしまったようで、まわりは、樹齢が数百年もありそうな大きな木ばかりが目立つようになりました。

「おかえり、ごろちゃん」

「そいつ、だれ?」

「ずいぶんぶあいそうな子つれてきたね」

と口々に言いながら、小さな子どもたちが

大きな木のうしろから、何人もとびだしてきました。みんな、ひたいからは、にょっきり

と角がはえ、にっこりとわらった口からはとがった歯がのぞいています。人数は三十人はいるでしょうか。とにかく、みんなナナといっしょにいる「あまのじゃく」と同じ格好でした。

ナナはとても混乱してしまいました。ただ、いっしょにあるいてきた「あまのじゃく」がごろちゃんと言う名前だということはわかりました。

―いいところにつれていってやろうか

ごろちゃんがいいました。

「どこ」

「ああわかった」

「わたしもいく」

「おれも」

他の「あまのじゃく」たちはおおさわぎ。

「よしじゃあ、一列にならべ!」

「あまのじゃく」たちはわいわい言いながら、一列にならびました。そして、わけがわからずポツンとたっているナナの手を真中あたりにならんでいる「あまのじゃく」がひっぱって自分のまえに並ばせました。

「さあ、しゅっぱつ!!」

ごろちゃんが先頭に立って、大きな木のあおだをのぼっていきます。けっこう、きつい坂になっていて、ナナはまえのめりになりながら進んでいきます。

「足すべらせないでね」

と、ナナの後ろにならんでいる「あまのじゃく」が何度も何度も注意しました。

三十分ほどのぼったとき、前のほうから、

「やった―到着!!!」

と次々に歓声があがりました。

ナナももう腰や足がいたくて、なきそうでしたが、もう少しとおもってがんばってのぼりきりました。

「わあ」

のぼりきったところは、原っぱのようになっていました。

涼しい風がサーとナナの頬をなでました。

「すごい」

ナナはすがすがしい気持ちでいっぱいになりました。その原っぱを囲むように、木が生えています。その木にはツルがまきついて、丸っこい葉っぱをつけています。

「あ、あけび・・」

まだ、かたくて、口をあけていない、青いあけびの実がころどころにぶらさがっています。

「あ、こっちは桑の木・・・あ、あの実おいしそう!」

紫いろのぶつぶつした実が葉っぱのあいだから顔をのぞかせていました。

ナナは気持ちのメーターがいっぱいに満たされた感じがしました。

原っぱの端っこのほうに、ひときわ大きな木がありました。その木の下に、ナナよりも少し年が大きい感じの「あまのじゃく」がふたり立って、みんなにてをふっています。

「あ、たろさんとじろさんだあ。おーい」

みんなもうれしそうに手をふってふたりのところへかけよっていきます。

「ナナちゃん、よく来たね。」

たろさんがいったので、ナナは

「えっどうして?私の名前・・・」

と言いかけてから、なんだかこころのはじっこがくすぐったい感じがして、くすくすわらいながら、

「そうかあ。あまのじゃくだもんね」

と言いました。すると、「あまのじゃく」たちもわーっと笑い始めました。あちこちのやまに笑い声がひびきわたってはね返って、まるで、大きなコンサートの会場にいるような

気がしました。

「ああ楽しい・・」

ナナは、こんなに楽しいと感じたのは、多分幼稚園のころ以来、なかったと思いました。

―ナナ―

だれかが心の中に話しかけてきました。

―ナナはこの山の話を、だれかにきいたことがあるかい?―

―だれ?たろさん―

―そう。おれは、この山にいるこいつらの長なんだ―

―長?―

―そう、リーダーみたいなもんさ―

―よく覚えていないけれど、小さいとき・・そう、幼稚園のころだったかな?この山の話

を聞いたことある―

―とてもかなしかった?―

―ええ、ホントによくおぼえていないんだけど、話を聞いたときはとてもかなしかった。―

「どんな話だったのか、ナナの記憶のカケラ

を拾ってみるよ」

じろさんが、ナナの額にてをおいて、なにか考え込むように目を閉じました。

―むかし、この山のまわりの村が飢きんにおそわれ、人々は口減らしのため、まだわけもわからない子供を、この山におきざりにしたた。こどものなかにはもうだいぶ大きな子もいたが、家にかえっても、食べるものもないことがわかっていたから、素直におとなの言うことをきき、帰り道がわかっても、けして家に帰ろうとしなかった。この山の入り口には大きな一本杉があり、迷っても、この杉までたどり着ければ、村にかえることができる・・ということを、ちいさい子供も知っていた。けれども、おとなたちは、その杉の木を切り倒してしまった。こどもたちは、しばらくの間は、木の実や草などを食べていきのびていたが、山にもあまり多くの食べ物はなく、次々に命をおとしていった。

この子供たちのなかに、太郎、次郎、三郎、四郎、五郎、六郎という兄弟がいた。兄弟にはもうひとり、妹がいたが、まだお乳をのんでいる赤ん坊だったので、おきざりにされなかった。太郎と次郎はもう大きく、火をつかったりすることもできたので、山の獣をつかまえて食べたり、結構高いところにある木の実なんかも採ってくることができた。水も少しおくまったところの崖をおりたところに池があって、三郎、四郎、五郎がいつも三人で水汲みに行っていた。兄弟ばかりの食べ物ばかりではなく、ほかの小さな子供たちのためにも食べ物を調達してきてやった。ところが、だんだんさむくなってくると、食べ物もなくなり、どんどんこどもは少なくなり、とうとう兄弟だけが生き残った。

やがて、雪がふり、山の中にもすっかり、たべものがなくなり、六人でさ迷い歩いているうちに、がけから足をすべらせて、いつも水くみに来ていた池に六人とも落ちて命をおとしてしまったー

「そうか。だいたいのところはあってる。」

じろさんは、ナナの額から手をおろすと静かに言った。

「あなたたちってもしかして・・・」

ナナは、涙を流しながらきいた。

「そう。ここにおきざりにされた、こどもたちだよ。」

と、ごろちゃんがいった。

「この山の本当の名前は子捨て山なんだ」

じろさんがいった。

「この話にはつづきがあってね。」

たろさんが話し始めた。

―おれたち兄弟の一番下の妹だけど、けっきょく、おれたちの親もオレたちとわかれてからすぐ死んでしまったんで、庄屋にひきとられた。お七っていうんだが、大人になってから、オレたちの話を聞かされた。

お七は庄屋に、山の入り口にこの山に置き去りにされた子供たちの霊をとむらう石碑をたててほしいとたのんだ。庄屋は切り倒した一本杉のところに、自分の村の子だけではなく、この山に置き去りにされた三十三人分の石碑を建てたんだ。いま、ナナたちが「ごりんさん」といっている石碑だよ。お七は、この村やまわりの村で、もうこんな悲しいことがおこってはいけないと、オレたちのことを歌にしたんだ。みんながおれたちのことを忘れないように。それが、いつのまにか、お手玉遊びにつかわれるようになったんだ―

「でも、おれたちそんなにかわいそうじゃな

いよ。おれたち、親にはすてられたけど、みんなで助けあってるときは、ほんとに楽しかった。」

じろさんがいった。

「オレ、ときどき、この山にはいってくる大人にいたずらしてやるんだ」

ごろちゃんがおもしろそうにいった。

「ごろちゃんはいたずらがすぎるんだよ。」

山をあがってくるときに、ナナの後ろをあるいていた「あまのじゃく」がいいました。

「しろちゃんは、口うるさいからなあ。」

「口うるさくなんかないよ。ホントに山からでられなかったひとだっているんだから」

しろさんは怒っていいました

「でも、なんでみんな「あまのじゃく」のかっこうなの?」

ナナが突然ききました。

「あ、たぶん、それは見る人によって、見え方はちがうとおもうよ。たまたま、ナナが思った姿があまのじゃくだったんだよ。」

たろさんが答えました。

「おれたち、生きているっていっても、こころだけなんだ。」

じろさんが言いました。

「えっ?こころって生きつづけるもの?」

ナナはとっても不思議でした。

「まあ、いろいろだろうね。オレたちはたまたまこの場所が好きで居心地いいから」

たろさんがすこしこまったような顔で続けます。

「この前なんかさ、ここにきた大人には、おれたちが熊にみえたみたいで・・」

たろさんのことばにごろちゃんが

「熊なんて、この山にいないのにね。あわてものの大人だよ。それで、この山、入山禁止になちゃったんだ。おれたち、結局、幽霊ってヤツかな?」

と、楽しそうに言います。

「そうだ」

「おれたちゃ幽霊」

と、またまた「あまのじゃく」みんなでおおさわぎ。

「なんだかぜんぜんこわくないゆうれいばっかりね。」

ナナはあきれたように笑いました。

「ひとつ、約束してくれるかな?」

たろさんが、急にまじめな顔でいいました。

「なに?」

「きょう、ここでみんなにあったことは内緒にしてほしいんだ。」

ナナはいたっずらっぽくわらって、

「あたりまえでしょ。こんなたのしい・・じゃなかった、こんな怖いことひとにはなしたらもう、わたしここにこられなくなっちゃうじゃない。」

「ありがとう。やっぱり、ナナって、おれたちとおなじこころのもちぬしなんだな」

「えっ?」

「いや、なんでもない・・・今にわかるさ」

たろさんはてれくさそうに笑っていました。

「じゃ、わたしもう、かえらないと・・」

「じゃ、とっておきの近道おしえてやる。」

ごろちゃんはいうと、ナナの手をひっぱって

どんどんあるきだしました。ナナはあわててみんなに手をふると、ごろちゃんにおくれないように早足で歩きました。ものの五分もたたないうち、ふたりは「ごりんさん」のところについていました。

ほんとに、近道だったのね。」

ナナがわらうと、ごろちゃんは鼻のあたまをかきながら、

「あったりまえだあ。オレ水汲みできたえてるからな」

と得意そうにいいました。

「また、こいよな。あ、お手玉もすこしうまくなれよ」

「うん」

ナナは来たときのように、また看板のかかったロープをくぐって、道をおりていきました。

気持ちのメーターは満タンでした。でもすこし、おなかがすいたな・・・と思ったとき、おひるのサイレンがなりなました。

「ただいまぁ。おなかすいたぁ」

と元気に、あかるくわらって帰ってきたナナをお母さんがおどろいたように見ていました。

それからのナナは、たいくつ、つまんない・・と言うことがなくなりました。

ナナは時々、みんなに会いにいっているんです。すて山は、ナナの気持ちのガソリンスタンドなんです。それに、お手玉の練習で毎日忙しいですからね。