ピープルマスターズでたどる
            
ピープルマスターズ、コナミマスターズの歴史
PART2
Part2 Part3

千間台マスターズの誕生
1988年、現コナミスポーツ千間台の前身エグザス千間台は開店しました。はやいものでもう15年になるのです。
 
 開店から2年程たった1990年末か1991年の初旬に、当時スクールの指導にあたっていた熊谷コーチの発案からマスターズクラスが設けられました。ところがその数ヵ月後、熊谷コーチは退職されてしまいました(選手としては第6回大会まで千間台からエントリーして出場しています)。その後千間台マスターズをまとめ上げ、指導してくださったのは当時の谷口支配人でした。
 千間台マスターズ発足当時の事情について熊谷コーチは次のように書いておられます。
 千間台マスターズを立ち上げた理由は、自分が試合に出たいというのが一番だったのかな?(がっかりさせてすみません。)それに以前いたスイミングではマスターズの活動が活発で、試合に出て自分のレベルを高めて(維持して)いたので それが自然なのだと思っていたからです。スクールの上級者クラスのレベルも上がってきていましたし。

当時の谷口支配人にその話を持ちかけると、計画予定書を作成してくれと言われ、なにを書いたのか覚えていませんが それが受理されマスターズクラスの誕生となったのです。1990年末か1991年 の初旬のことだと思います。

  ところが、発足してまともな活動もしないまま、私は退職してしまいました。無責任 な担当者に腹立ちを感じながら谷口支配人はマスターズをまとめあげ、今の礎を築いたのです。 後日飲み会の席で、谷口支配人が「おまえが辞めてから大変だったんだぞ」とこぼし た言葉が忘れられません。
 



 熊谷コーチからおそらく最初と思われる大会の写真を送っていただきました。1991年11月3日、多分立川だろうということですが、大会会場で打ち上げまでセッティングされていたそうです。工藤、滝口、小野里、臼倉、市川、田崎、田口、藤野、大沢といったメンバーと、谷口、目釜、熊谷、小池、河原田コーチなどの顔が見えます。


 西新井や立川などで開催された何回かの地方大会の後、FIAが協賛してマスターズ大会が稲毛で行われました。1992年2月23日のことです。この大会で千間台チームは2位となりました。マスターズチームとしては当時は全く無名で後発の千間台も 、「これなら何とかいけるかもしれない」当時のコーチたちはこの大会で手ごたえを感じたそうです。






 次は記念大会として第1回のピープルマスターズが稲毛で開催されることになりました。優勝を目指してコーチたちの参加者集めが始まりました。

※プールで誘い、そこで断られても、すぐフロントで待ち伏せし、また誘う、家に電話をする、コーチルームに誘うメンバーの名前を張り出し、 コーチ全員でどこでも声をかけるなどなど、まるで今のストーカーもどきをやっていました。今思えばやりすぎというか、とりつかれていたとういか・・・

※こっちで勝手に申し込んであとで参加費を払ってもらったり、コーチが立て替えたり、また一種目でいいですからと偽って二種目申し込んだりまるで詐欺行為で訴えられてもしかたないですね?(そんなこともしていたなとなつかしいですね・・・)

と、目釜コーチは当時を懐かしんでおられます。この頃のコーチたちの熱心な取り組みのおかげで、多数で参加し、力を合わせて戦うといううちのチームのスタイルが出来上がったといえるでしょう。


  

ピープルマスターズ水泳選手権大会

 優勝 1992年9月6日  エグザス稲毛
 1992年9月6日、エグザス稲毛で記念すべき第1回ピープルマスターズが開催されました。コーチの「ストーカーもどき」の勧誘のかいあって、千間台チームからは37名が参加し、みごと優勝しました。「無理やり出場させられ、知らぬ間にリレーメンバーにも加えられており、1週間も前からはらはらどきどき眠れぬ夜を過ごし、無我夢中で泳いで優勝し、マスターズにはまってしまった」とあるメンバーは回想しています。

 この大会には今も活躍する臼倉夫妻、田口、滝口、小薗井、伊藤、村田、市橋、加藤といったメンバーが参加しています。
 引率には谷口、目釜、杉山、深井、神戸コーチの名前が見られます。
 
 わがチームの最古参メンバーの一人、高橋志恵さん。最初の頃のPマスでは、いつも沢山の金メダルを首に凱旋。長谷川さん、原さん達と最強のリレーチームを組んでいました。現在試合には出ておられませんが、毎週2回スイトレに参加し水泳を続けておられます。

 この高橋さんが、ご自分の出場された試合の資料を丁寧に整理してとっておいてくれました。第1回のピープルマスターズについても参加要項のプリントが残っていました。

 それによると、開催日は1992年9月6日。千間台チームの参加者は37名。そのうち9名が現在もマスターズの試合に参加しています。懐かしい名前も沢山あります。

 第1回ピープルマスターズの要項はこちら
 
 1993年6月27日にはピープル立川で東部第4営業部ピープルマスターズ水泳大会が開かれています。
 この大会は小森谷コーチが引率してくださいました。


常勝軍団の誕生
 その後93年9月の第2回大会、94年4月の第3回大会、94年9月の第4回大会と半年に1度のペースでピープルマスターズが開かれるようになりました。そのいずれもに優勝をはたした千間台はまさに常勝軍団にと成長していきました。

優勝
第2回大会 1993年9月12日

会場  エグザス稲毛
参加クラブ 22
参加者   541名

千間台の参加者  61名(最多参加者)

 今も泳ぐ仲間のうち石井、綿谷、中村節子、泉谷、川島佳都子、土田、森、川又、津沢、といったメンバーがこの大回から参加しています。
 引率には、目釜、西沢、深井、河原田といったコーチの名前が載っています。
優勝
第2回大会
    1993年9月12日  


会場    エグザス稲毛
参加クラブ 24 
参加者   491名
千間台の参加者                   58名(最多参加者)


 引率には三枝、市村コーチが初参加しています。メンバーにも初参加者も多く、要項からはコーチのこまやかな配慮が感じられます。

   第3回大会要項


 リレーは28組組んでいます。リレー表はこちら。


プログラム提供 
長谷川淳子 さん

                                            


サンタクララ招待の副賞のついた
   
最優秀選手賞の盾





この大会で最優秀選手に選ばれた森さんは、サンタクララで開催される国際大会に招待されました。これがきっかけとなって千間台のメンバーは様々な国際大会に参加するようになりました

   提供  森 乙彦 さん
 




  優勝
第2回大会
  1993年9月12日  

会場   エグザス稲毛
参加クラブ  27
参加者   707名
千間台の参加者 77名(最多参加者)

   
 応援にサルやカッパも登場し、ますます、お祭り気分、大人の運動会といった感じになってきました。
 
この大会から木村、神谷コーチが参加しています。樋口さん、山崎さんもこの大会から参加しています。

 の頃大会にはバスで出かけていました。77名が参加した第4回大会では2台のバスに分乗し、行きは自己紹介や抱負を語ってテンションを上げ、、帰りは打ち上げ、優勝祝賀会で大変な盛り上がりでした。バスへの乗車名簿が残っています。67名の参加者の名前が載っています。コーチ用のスタッフ要項では朝のバスから、大会中の応援、帰りの打ち上げの飲食物の調達(ちなみにビール130本ってすごくない?)まで、大会を盛り上げる細かい指示がなされています。大会前の特別練習も含め、これだけの人数の慣れない参加者を引率するのは大変なことだったろうと思います。
 


 

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