戦国武将列伝

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犬好きにして北条嫌い太田資正

2014年08月04日 15時52分

どの戦国武将が好きなのか 太田資正。別名は「太田三楽斎」 どの様な武将なのか 大永2年-天正19年(1522-1591)生まれで初名源五郎、美濃守民部太輔、三楽斎入道道誉。扇谷上杉朝興朝定の家臣。太田資頼(知楽斎入道道可)の二男。曽祖父に一騎打ちが主流だった戦国時代に足軽戦法を生み出したことと猫に助けられた逸話のある太田道灌がいる埼玉の名将であります。

越後の直江兼続からは、我が国の大小の名将中で、主君謙信と太田三楽のほかにはいない。と言われた弓の名手であり、戦国時代で初めて軍用犬を採用した犬好き武将である。松山城を北条勢に攻められたが、犬を伝令として使用し、素早い後詰めによって敵を駆逐した「三楽犬の入替え」の逸話は有名である。

また、生涯を通じて北条家と戦闘を繰り広げてきました。嫡男に寝返られるという失態も犯すが、56年間で79回の合戦を戦い30勝をあげました。

勝率37.9パーセントでありますが、小国の大名であることを考えるとまずまずな戦績だと思います。豊臣秀吉の小田原征伐では、小田原に参陣して、秀吉と謁見をしたが、故地である岩付に戻ることは叶わず、北条家がほろんだあと己の役目を終えたかのように天正18年に片野城内で病没しました。 何処が好きなのか 犬好きなところが大変かわいらしい。それがかの有名な「三楽犬の入替え」 につながるのが趣味は実益を兼ねるということを証明してもらえましたので好感が持てる大名です。

「三楽犬の入替え」の逸話については、岩山城と松山城を領有していたころに、それぞれ50匹ずつ合計100匹も飼っていました。犬とよくじゃれつきあい、あまりの犬好きから家臣から「あの人うつけじゃね?」と陰口をたたかれていましたが、そんなことはおかまいなく資正は、それぞれの城で飼ってる犬別に、2つの城をいきかいしておりました。有事の際には犬を解き放てと言い放って。

そして松山城か攻められた際に、落城まじかになり、 兵士は言われたとおりに犬を解き放ったところ、岩付城の太田資正の下へと駆け込み、急を知った太田資正は松山城に救援を送り、北条勢を駆逐したというエピソードがあります。 また、曾祖父も黒猫に道案内をしてもらい命を助けてもらったという逸話があることから動物と縁が深い家であると思います。

この2人セットにしてみていると戦国の微笑ましいエピソードに見えてきて、マイナーな大名ではありますが好きになってきます。