「独眼竜」という呼ばれ方でお馴染みの伊達政宗
2014年08月07日 15時52分
どうも戦国時代というと天下の覇権を争った武将に注目が集まってしまいがちです。 織田信長も好きですし、豊臣秀吉にも好きなところはあります。 徳川家康にも嫌いになれないところはあります。 ただ、戦国時代には天下を狙う者は他にもたくさんいましたし、天下を狙うとまではいかなくても、特筆すべき人達はたくさんいるのです。
武田や上杉は有名すぎますが、毛利元就、北条氏康といった器量が高くて自国の版図を広げつつ、周囲に脅威を与えてエピソードもたくさんある武将も多くいます。 その中でも「伊達政宗」は、特に好きです。 個人的な感想としてまず第一に「遅すぎた男」という印象です。 本人もそれを悔やんでいた、といっても彼になにかできることでもないですが、生まれてくるのが遅すぎたと思っていたのかもしれません。
1567年に生まれて、1581年に初陣を飾るわけなんですが、1581年というと織田信長が京で馬揃えをしていた時期です。 初陣の時点で織田信長の版図は大きなものとなっており、信長の名は天下に轟いていたわけですから、これから伊達家を継いで、さらに奥州を平定していかなければならないという時期であるということは、天下獲りということにおいては遅すぎました。 しかし1584年に家督を相続していますから、武将としても異例の若さといえます。
父親である輝宗も戦はともかくとして外交においては非常に優秀ですし、健康で健在であったのに若い政宗に家督を譲ったということは、政宗の将来に大きく期待し、優秀であると見抜いていたのでしょう。 その時に重臣や家来の同意もあったということですから、彼がどれだけ将来楽しみな武将だったのかということを伺い知ることができます。 彼は期待に応える形で、徐々に版図を広げていきます。
その時の彼には「天下」というものも見えていたでしょうし、目指していたものもそこだったのではないかと思います。 しかし伊達家を大きくして奥州一の武将になっていた頃には、天下は秀吉がほぼ握っていました。
その後の彼は、私が思うに「現実路線」にシフトしていったのではないかと思っています。 自国の領土を維持しつつ、天下人に近寄って気に入られることであわよくば版図を広げていこうとしていたように私には見えます。
その後家康に近づいたり、時々下手を打つこともありましたが、結局は上手く立ちまわって徳川三代将軍の家光の頃まで長生きし、家光から尊敬される男でした。 伊達家を存続させることはもちろん、出来るだけ大きくし、しかも時の権力者に敬われる立場を手にしている点では、武将としては素晴らしい結果を残した男だと思いますし、その生き様が好きです。
武田や上杉は有名すぎますが、毛利元就、北条氏康といった器量が高くて自国の版図を広げつつ、周囲に脅威を与えてエピソードもたくさんある武将も多くいます。 その中でも「伊達政宗」は、特に好きです。 個人的な感想としてまず第一に「遅すぎた男」という印象です。 本人もそれを悔やんでいた、といっても彼になにかできることでもないですが、生まれてくるのが遅すぎたと思っていたのかもしれません。
1567年に生まれて、1581年に初陣を飾るわけなんですが、1581年というと織田信長が京で馬揃えをしていた時期です。 初陣の時点で織田信長の版図は大きなものとなっており、信長の名は天下に轟いていたわけですから、これから伊達家を継いで、さらに奥州を平定していかなければならないという時期であるということは、天下獲りということにおいては遅すぎました。 しかし1584年に家督を相続していますから、武将としても異例の若さといえます。
父親である輝宗も戦はともかくとして外交においては非常に優秀ですし、健康で健在であったのに若い政宗に家督を譲ったということは、政宗の将来に大きく期待し、優秀であると見抜いていたのでしょう。 その時に重臣や家来の同意もあったということですから、彼がどれだけ将来楽しみな武将だったのかということを伺い知ることができます。 彼は期待に応える形で、徐々に版図を広げていきます。
その時の彼には「天下」というものも見えていたでしょうし、目指していたものもそこだったのではないかと思います。 しかし伊達家を大きくして奥州一の武将になっていた頃には、天下は秀吉がほぼ握っていました。
その後の彼は、私が思うに「現実路線」にシフトしていったのではないかと思っています。 自国の領土を維持しつつ、天下人に近寄って気に入られることであわよくば版図を広げていこうとしていたように私には見えます。
その後家康に近づいたり、時々下手を打つこともありましたが、結局は上手く立ちまわって徳川三代将軍の家光の頃まで長生きし、家光から尊敬される男でした。 伊達家を存続させることはもちろん、出来るだけ大きくし、しかも時の権力者に敬われる立場を手にしている点では、武将としては素晴らしい結果を残した男だと思いますし、その生き様が好きです。