戦国武将列伝

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理想の上司立花道雪

2014年08月13日 15時52分

どの戦国武将が好きなのか 立花 道雪/戸次 鑑連(べっきあつら)が好きです。本人は立花性を名乗っておらず戸次 鑑連のほうを名乗っておりますが、一般的に知られている立花道雪で文章を書きたいと思います。 どの様な武将なのか 永生10年3月17日から天正13年9月11日にかけての武将。豊後の戦国大名大友氏の家臣。臼杵鑑速や吉弘鑑理らと共に大友家の三宿老に数えられてます。

若いころに落雷を受けて半身不随になりますが、勇力が人より勝っていたので、通常のものや武芸達者なものより武功をあげることができました。余談ですが、雷が振ってきた際に千鳥の刀で切りつけたことからその千鳥の刀は雷切とも呼ばれました。

また、その逸話から立花道雪は、「鬼道雪」「雷神」と呼ばれ畏怖されてきました。主に、毛利方面での戦で活躍した武将です。娘には、闇千代。娘婿には、立花宗茂がいます。何処が好きなのか 敵味方に尊敬され、部下の命を大事にする大将であり、主君が不貞を犯してもそれをしっかりと諌める武士道精神というのがあれば、その武士道を体現している名将であると感じておりますので好きです。

立花道雪という人物を知るうえでいくつかの逸話がのこっておりますが2点ほど述べたいと思います。 名将の下に弱卒なしと言われておりますが、立花道雪の有名な逸話として常山紀談には、このように書かれております。「武士に弱い者はいない。

もし弱い者がいれば、その人が悪いのではなく、大将が励まさない罪による。わが配下の武士はいうにおよばず、下部に至っても武功のない者はいない。他の家にあって後れをとる武士があらば、わが方に来て仕えるがよい。見違えるような優れ者にしてやろう。」武功のない部下におっても、信頼し期待していることを伝え、武功を少しでも上げた部下がいればそれをほめたといいます。

また、宴席でそそうをした部下があっても、「今、私の部下が失礼をしたがこの者は戦場では何人分もの働きをする。特に槍の扱いなどは当家一であろう」と客に話し部下に恥をかかせませんでした。

このような人物であったが故に道雪の部下たちは、道雪を尊敬し、命を捨てる覚悟で戦に及ぶことができました。 また、彼が高良山の陣中にて病死した際には、敵方の者ですら道雪の人柄を信頼していたので弓を打って攻撃することがなく、立花の地に埋葬することができたといわれています。 このような逸話に事欠かない人物である点がすきなところです。