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大河原町の住所と大字の考察
制作:千本桜歌麿  設置日:2006.9.28  更新日:2015.10.1
E-mail:sennbonnzakura@yahoo.co.jp
はじめに
 当ページは、柴田町・村田町・大河原町合併協議会が決議した「字名の取扱い」を検証し、大河原町の住所大字を考察するページです。
 世の中が平成の大合併に揺れていたころの話です。柴田町・村田町・大河原町合併協議会は、合併後の自治体名を柴田市とすることで決議し、字名の取扱い協議に入りました。字名の取扱いは合併後の住所を決める重要事項です。なのに大河原町は、いいかげんな考えで大字の境界変更を立案し、この協議に臨みました。
 しかし、当時の町長や合併協議会の審議委員は住所や大字に無関心で、案を精査する意欲もなかったようです。残念なことに、合併協議会は矛盾だらけの案を精査もせずに結審してしまったのです。無念なのは町当局の対応です。この案には矛盾がありますから見直してくださいと申し上げておりましたのに、見直した気配がありません。「いや、そうではない、住所や大字のありかたを真剣に考えていました」という人がおられたなら、E-mail:sennbonnzakura@yahoo.co.jpまでご連絡ください。
 思いがけず柴田・村田・大河原3町の合併話は決裂し、平成21年(2009) 5月をもって合併協議会は休止(実質解散)となり、合併に向けた大字改編も実施されずに終わりました。しかし、大河原町には住所や大字に対するビジョンがありません。再び深く考えないで大字改編を図る恐れがあります。それを未然に防ぐために当ページを書き残すことにしました。

注意
 住所には、土地の地番を住所の番地に用いた「地番区域」と、住居表示に関する法律にもとづいた「住居表示区域」があります。柴田町、名取市などは市街地に住居表示を実施していますが、大河原町はまだ実施しておらず、全域が地番区域です。さらに、地番区域は大字ごとに番地を割りふる「大字起番」と、小字ごとに割りふる「小字起番」に分類できます。全国的には大字起番が多数派ですが、宮城県、福島県などは小字起番が主流になっています。大河原町は小字起番なので、当ページの記述は住居表示区域や大字起番地帯の人には理解しにくい点もあるかと思います。

大河原町の住所と大字をとりまく現状
(a) 「大河原」という地名が消えた。
 「大河原という地名が消えた」と聞くと不思議に思うでしょう。かつて、大河原町には「大字大河原」と呼ばれる特定の区域があって、住所を「大河原町大字大河原字◯◯」と表していました。「大河原町」は地名にもなりますが基本的には自治体名で、大字の「大河原」が地名です。ところが、町名も大字名も「大河原」なら「大字大河原」は不要とされ、昭和31年に「大字大河原」は廃止されました。つまり「大河原」という地名が消えたわけです。3町が合併して「柴田市」になると「大河原町」の名称も消えます。「大字大河原」を廃止していますから「大河原」という地名を柴田市へ引き継ぐことができません。ならば「大字大河原」を復活させれば良いだけのことですが、歴史に無頓着な関係者は「大字大河原」の存在を忘れてしまったようです。

(b) 「大字あり」と「大字なし」が混在している。
 大河原町では、住所の表し方に2つのパターンがあります。「大字あり」と「大字なし」です。だいぶ前の話ですが、ある町議から「大字を付す字」と「大字を付さない字」があるのはなぜか、と問いかけられたことがあります。たとえば、字丑越は「大字あり」で「大河原町金ヶ瀬字丑越」と表しますが、隣接する字緑町は「大字なし」で「大河原町字緑町」と表します。このような表し方の違いに、何かがおかしいと感じている町民も多いようです。まして「大字あり」の大谷字山崎に隣接して「大字なし」の字山崎町があり、さらに字山崎町の中に大谷字山崎の一部が入れ子状態で残されていたりしますから、住所に対して不満が発生します。このように「大字あり」と「大字なし」が入り組んでいるのが大河原町の特徴です。
(c) 「住民の住所改善要望」を関係者は短絡的にとらえている。
 まわりを「大字なし」に囲まれた「大字あり」の住民は、住所の改善を願っています。大谷北部の字末広・字保料前・字西原前などは大字名を付して「大河原町大谷字末広」のようの表しますが、その周囲の字幸町・字旭町・字高砂町などは大字名を付さずに「大河原町字幸町」のように表します。「大字あり」の住民は、簡略な「大字なし」を望み「大河原町大谷字◯◯」を「大河原町字◯◯」に変更して欲しいと要望しています。ところが、その要請を受けた関係者は、表面だけをとらえて「住民は『大谷は要らない、大谷を消してくれ』と願っている」と解釈したようです。住民要望の根底には、住所の表し方を平等にして欲しいという願いがあるわけですが、その解決策として大谷を消滅させることしか浮かばないのは、あまりに短絡的です。

大河原町の住所と大字の移り変わり
 大字の誕生から現在に至るまで、順を追って「住所と大字の移り変わり」を確認してみましょう。地図をクリックすると拡大図が表示されます。

 図1は、明治22年の大字区分図です。明治22年4月1日、明治政府は弱小町村の合併を強行しました。このとき、合併して消滅する旧町村を大字として残すよう訓令を発しています。
 こうして大河原町に4大字(小山田・福田・大河原・大谷)、金ヶ瀬村に3大字(平・堤・新寺)が置かれました。住所は「町村名+大字名+小字名+番地」で構成され、具体的には「大河原町大字大河原字町1番地」「金ヶ瀬村大字平字町1番地」のように表していました。大字は、明治の合併で消滅した藩政村の名称と領域を受け継いでいます。現代の私たちが、それを安易に変更するのはナンセンスです。したがって、普通の市町村は住居表示や字名地番整理などによる必然的な変更を除けば、むやみに大字の名称や境界を変更しないのもです。しかし、昭和31年以降、大河原町は普通の市町村とは異なる方向に進んで行きます。
 図2は、昭和31年の大字区分図です。昭和31年、大河原町と金ヶ瀬村が合併。このとき、次の大字改編がありました。
(a) 大字は「大字」の字句を省いて表す。
(b) 大字平を金ヶ瀬に改める。
(c) 大字大河原を廃止する。以上の3つです。
 「大河原町」は自治体名で「大字大河原」が地名です。しかし、町名が大河原、大字名も大河原、ならば大字大河原は要らないと判断したのでしょう。大河原町は大字大河原を廃止して、その区域を「大字なし」にしました。したがって「大河原」という地名がなくなりました。字名の取扱い関係者は、大河原町内に「大河原」と呼ばれた特定の区域があったことを忘れないでください。その区域が本来の大河原です。住所の表し方は「大字なし」の出現で2つの形式に分かれました。「大字あり」は「大河原町××字◯◯」と表し「大字なし」は「大河原町字◯◯」と表します。

 図3は、合併協議が終盤を迎えた平成21年の大字区分図です。大字大河原の廃止で発生した「大字なし」のほかに、大谷、金ヶ瀬からも新たな「大字なし」が発生しています。
 大河原町は積極的に土地区画整理事業を行い、字名地番整理を実施してきました。字名地番整理で新しい字を立てると大字から分立させます。「大谷字◯◯」「金ヶ瀬字◯◯」の土地を字名地番整理すると「大字なし」の「字◯◯」になる仕組みです。
 こうして、大谷から「大字なし」の字幸町・字高砂町ほかが分立し、金ヶ瀬からも「大字なし」の字東新町・字緑町などが分立しています。ちなみに、角田市や村田町では、字名地番整理で新しい字を立てても大字から分立させないので「大字なし」はありません。関係者は、本来の大河原のほかに大谷、金ヶ瀬からも「大字なし」が発生していることを思い起こしてください。

 図4は、大谷北部の住民要望に関する地図です。大谷北部の字末広・字保料前などは「大字あり」で「大河原町大谷字◯◯」と表しますが、まわりの字幸町・字高砂町などは「大字なし」で「大河原町字◯◯」と表します。「大字あり」の住民は、まわりと同じ「大字なし」にして欲しいと願っています。中には自主的に大字名の「大谷」を書かない人もいます。
 大谷北部に住む某町議は、住所が「大河原町大谷字末広」なのに「大河原町末広」と書いて平気です。大谷がなくても郵便物が届くから大谷は要らないと確信しているようです。しかし、そのような視野のせまい考えはプライベートにとどめてもらいたい。大谷地区には「大谷」を付さなければ住所として成り立たない字があるのに、彼は審議会の席上で矛盾だらけの大字改編案に「異議なし!」と発言して決議させています。
 図5は、同じ名称の字を書き出した分布図です。地図をクリックして拡大図を見てください。町内には、あちこちに同じ呼び名の字があります。
 「北」という字は小山田・新寺・堤の3ヶ所にあります。「舘前」は大谷と小山田に、「山崎」は大谷と福田に、「山下」は大谷と福田にあります。それらは大字名が異なるので判別できる仕組みになっています。さらに「中川原」は大谷・本来の大河原・金ヶ瀬の3ヶ所にあり、「下川原」も大谷・本来の大河原・金ヶ瀬の3ヶ所にあります。
 それなのに、自分の所だけ考えて全体には目をやらず、大谷は要らない、「大字なし」にしてくれと言っていたら、どうなりますか。関係者は、町内に同じ呼び名の字が多数あることを認識してください。
 大河原町の住所と大字は、上記のように移り変わって繁雑な区分になりました。「大字あり」と「大字なし」の入り組みに何かがおかしいと感じ、住所の改善を望んでいる住民もいます。それらを踏まえ「大字なし」を整理して柴田市に引き継ぎたいものです。

(私案)柴田市へ引き継ぐべき大字区分
 他町と異なる特異な住所施策をとってきた大河原町は、3つの住所問題をかかえています。
(a) 大字大河原の廃止で「大河原」という地名がなくなった。
(b) 「大字あり」と「大字なし」が入り組んでいる。
(c) 大谷北部の住民から住所改善の要望が出ている。
3町合併は、住所問題を解消する絶好のチャンスです。私は、大河原町の大字を下記のように整理して柴田市へ引き継ぐことを望んでいます。地図をクリックすると拡大図が表示されます。

 図6は、「大字なし」を来歴ごとに分類した図です。大河原町がかかえる問題の根源は「大字なし」にあります。問題を解決するためには「大字なし」の来歴を知ることが重要です。一般町民は知らなくても困りませんが、関係者には必要な知識です。
 赤は、大字大河原の廃止で「大字なし」になった区域で、字西桜町・字新南・字町など多数の字があります。ここが本来の大河原ですから「大河原」を付して柴田市へ渡しましょう。
 黄は、大谷から分立した「大字なし」で、字川瀬町・字錦町・字高砂町などの字が飛地状に散乱しています。ここは本来、大谷の土地ですから「大谷」を付して柴田市へ渡しましょう。
 青は、金ヶ瀬から分立した「大字なし」で、字東新町・字緑町・字南平があります。ここは本来、金ヶ瀬の土地ですから「金ヶ瀬」を付して柴田市へ渡しましょう。

 図7は、私が望む柴田市へ引き継ぐべき大字区分図です。大字の歴史に照らし合わせ、次のように処理してみました。
(a) 「 大字あり」については、大字名を現行のままとし、自治体名を「大河原町」から「柴田市」へ変更する。
(b)「大字なし」のうち、大字大河原の廃止で「大字なし」になった字には、大河原を付して「柴田市大河原字◯◯」とする。
(c) 「大字なし」のうち、大谷から分立した字には、大谷を付して「柴田市大谷字◯◯」とする。
(d) 「大字なし」のうち、金ヶ瀬から分立した字には、金ヶ瀬を付して「柴田市金ヶ瀬字◯◯」とする。
 以上で「大河原」という地名を柴田市へ引き継ぐことができると同時に「大字あり」と「大字なし」の入り組みが解消され、大谷地区住民の要望も満たされます。これで「字名の取扱い」は完了です。つまり「大字なし」が発生する以前の姿に戻せば良いだけのことです。
 ところが、関係者は地域の歴史をかえりみず、理由にならない屁理屈をつけて大字の境界をいじり始めたではありませんか。再発防止のために、彼らが処理したあまりに無責任な「字名の取扱い」を書き残します。では、合併協議会の決議を検証してみましょう。

柴田町・村田町・大河原町合併協議会の決議内容を検証する
合併協議会は、大河原町について「字名の取扱い」を次のように決議しています。
(a) 「大河原町字◯◯」の名称は字の前に「大河原」を付す。
(b) 「大谷字◯◯」の名称は「大河原字◯◯」に変更する。ただし
  「大谷字下川原及び字中川原」は「大河原大谷字下川原及び字中川原」に変更する。
(c) 「金ヶ瀬字丑越及び字富田」は「大河原字丑越及び字富田」に変更する。
(d) その他は現行のとおりとする。
 以上が決議の概要です。この決議内容は町の広報などで町民に知らされていますが、理解できた人はほとんどいないと思います。この「字名の取扱い」は住所や大字に無関心な人が立案し、同じく無関心な人が審議したのでしょう。論理的な必然性がないのに、ただただ大谷を消滅させたい一心で「後は野となれ山となれ」といった印象を受ける「ずさん」な取扱いです。これが実施されると地域の歴史がねじ曲げられ、取り返しのつかないことになります。地図をクリックすると拡大図が表示されます。
 
 図3は、合併協議が終盤を迎えた平成21年の大字区分図です。この複雑な区分をどのように整理して柴田市へ引き渡すか。それが「字名の取扱い」にたずさわる関係者の役目です。
 「大字なし」は大河原町だから通用しますが、柴田市には通用しません。「大字なし」の「字町」や「字東」が「柴田市字町」「柴田市字東」になったなら、柴田市の「町とはどこぞや」「東とはどこぞや」と疑問の声があがるでしょう。やはり大字名が必要なのです。ならば、本来の大河原の区域に「大河原」という大字名を付し、大谷と金ヶ瀬から発生した「大字なし」には「大谷」「金ヶ瀬」という大字名を付せば良いだけのことです。大谷から発生した「大字なし」に大谷を付せば、大谷北部の住民要望も自然に解消します。でも、関係者の考えは違っていました。どうしても大谷を消したいようです。

 まず、合併協議会は「大河原町字◯◯の名称は字の前に大河原を付す」と決議しました。大谷と金ヶ瀬から発生した「大字なし」には大谷と金ヶ瀬を付せばいいのに、すべての「大字なし」に「大河原」を付すということです。この段階で「字名の取扱い」は破綻しています。それを図化したのが図8です。
 関係者は「大河原」を付すのは現在の町名が大河原だからだと説明しています。現行町名をもって「大河原」を付すなら町全体に付すのが道理です。しかし「大字あり」には「大河原」を付しません。これでは「大字あり」の小山田・福田・大谷・金ヶ瀬・堤・新寺は大河原町ではないことになります。正常な自治体はこんな矛盾した案を作りません。
 図8をクリックして拡大図を見てください。大谷の中に大河原が飛び散っています。こんな飛び地だらけの区画なんて理屈抜きにおかしいでしょう。普通はここで「大字なし」をまるごと大河原に属させるのは無理があると気がついて軌道修正するはずです。しかし、彼らはそんなふうには考えません。「大河原と大谷が入り組むのは大谷があるからだ、大谷がなくなれば入り組みもなくなる」と考え、次の段階へ進んで行きます。
 次に、合併協議会は「大谷字◯◯の名称は大河原字◯◯に変更する」と決議しました。関係者は、過去数百年の歴史を今に伝える無形文化財とも知らず、大谷を消滅へ追い込んで行きます。それを図化したのが図9です。金ヶ瀬の一部を喰いちぎり、大谷をまるのみして大きな大河原が出現しました。彼らは、大谷を大河原に変更する理由として次の2つをあげています。
(1) 大河原と大谷の市街地が入り組んでいる。
(2) 大谷地区の住民から住所変更の要望があった。
しかし、2つとも彼らにとって都合のいいように解釈した「でっちあげ」です。
 本来の大河原と大谷は白石川で分断され、双方の市街地が入り組むことはありません。図3をクリックして拡大図を見てください。入り組んでいるのは「大谷」と「大字なし」です。その「大字なし」に大谷を付せば入り組みはなくなるのに、大河原を付して「大河原」と「大谷」が入り組んでいるというのは「こじつけ」です。
 また、住民の要望にこたえて「大谷」を「大河原」に変更するというのも「でたらめ」です。

(a) 住所改善を望んでいるのは、大谷北部(尾形丁区・末広区・保料区・西原区)の住民です。大谷中部・西部(原前区・南原前区・上谷区・上大谷区)の住民は要望した覚えがないといいます。要望した覚えのない住民まで巻き添えにするのは不公平です。
(b) 住所改善の要望は、合併とは無関係にだいぶ以前から出ています。それは「大河原町」であることを前提としたもので「柴田市」になることを想定していません。自治体名が「大河原町」か「柴田市」かでは、下に続く住所地名の考えも変わってきます。「柴田市」を想定しない要望を引き合いに出すのは筋違いで無効です。
(c) そもそも住民は、大谷を大河原に変更してくれとは言っていません。住民は、大河原町であることを前提に「大字なし」にしてくれと言っているのです。しかし、柴田市に引き継ぐためには大字名が必要です。ならば「大字あり」の「大谷字◯◯」のままでいいでしょう。大谷を消す必要はなく、大河原に変更する必要もありません。
 大谷北部の住民要望に対し、関係者は対処法を考えられないまま先送りしていた。そこへ3町合併話が持ちあがった。これ幸いと、合併のどさくさにまぎれ、理論の裏付けもなく大谷を消そうとしたのではないですか。図9をクリックして拡大図を見てください。大谷が消えて大きな大河原が出現しました。図形的は整ったようにも見えますが、落とし穴がひそんでいます。
 図10は、重複する同音同字の字名に関する地図です。大字は現代の我々が決めるのではなく、すでに歴史が決めたことです。必然性がないのに大字の境界を安易に変更するのは馬鹿げています。それなのに関係者は大字の大谷を邪魔にして消そうとしました。そして、しっぺ返しを喰らいます。大谷を大河原に変更すると字名の重複が発生するのです。
 白石川の左岸に位置する本来の大河原に字下川原、字中川原という字があります。右岸の大谷にも字下川原、字中川原があります。大谷を大河原に変更すると、どちらも「大河原字下川原、字中川原」になって判別がつかなくなります。これでは住所が成り立ちません。字名が重複してはダメです。しかし、私は、彼らが立案した字名の重複回避策を見て、その「あんぽんたん」ぶりと無責任ぶりに、いたたまれなくなるのです。
 そして第3段階へ進みます。合併協議会は「大谷字下川原及び字中川原」は「大河原大谷字下川原及び字中川原」に変更すると決議しました。これは、字名の重複回避を目的に「大河原」とは別に「大河原大谷」という名の大字を新設することを意味します。それを図化したのが図11です。「大河原大谷」はゴミのように小さく、しかも2つに分離しています。北にあるのが「大河原大谷字下川原」で、南にあるのが「大河原大谷字中川原」です。こんな大字の体を成さない大字を新設する人は「おたんこなす」の無責任者です。
 この字名の取扱いは合併話が決裂したために実施されませんでしたが、合併していたなら大谷の字下川原から大ブーイングが起きていたでしょう。字中川原は無人ですが、字下川原には約150人の住民がいます。住民はすぐに気がつくはずです。「まわりは大河原なのに、なぜ字下川原だけ大河原大谷なんだ」「まわりの郵便番号は989-○○○○なのに、なぜ自分の所だけ989-××××なんだ」「まわりと同じ大河原に変更してくれ」。こんな声があがるのは必至です。でも、関係者はそうなることを予測できない「いかれぽんち」だから、責任も感じないでしょう。メチャクチャな「字名の取扱い」はさらに続きます。「金ヶ瀬字丑越・字富田」を「大河原字丑越・字富田」に変更するというのです。
 図12は、字丑越・字富田住民の要望に関する地図です。大河原町では、大谷北部地区のほかに金ヶ瀬字丑越・字富田の住民も住所改善を望んでいました。住所改善を要望するに至った原因は、大谷北部地区とまったく同じです。
 字丑越・字富田は昭和30年代に住宅地になりました。住所は「大字あり」の「大河原町金ヶ瀬字丑越および字富田」ですが、住民はそのことに疑問も不満もなかったはずです。その後、字丑越・字富田をとりまく農地が土地区画整理され、金ヶ瀬から分立して「大字なし」の字東新町・字緑町・字南平が生まれました。字東新町は金ケ瀬を付さずに「大河原町字東新町」なのに、なぜ字丑越は金ヶ瀬を付して「大河原町金ヶ瀬字丑越」なのかと疑問の声があがります。もし、字東新町が「大字あり」で「大河原町金ヶ瀬字東新町」であったなら、字丑越・字富田の住民は、住所に対する疑問も不満もいだかなかったでしょう。住民は、まわりと同じ住所形式にしてくれと要望しているのです。
 さらに第4段階へ進みます。合併協議会は「金ヶ瀬字丑越及び字富田」は「大河原字丑越及び字富田」に変更すると決議しました。それを図化したのが図13です。審議会の席上で金ヶ瀬に住む某町議は「字丑越・字富田はまわりを大河原に囲まれているから大河原へ変更して欲しい」と発言しています。住民の要望を代弁したつもりでしょうが、とんでもない勘違いです。図12を見てください。字丑越・字富田の三方を囲んでいるのは大河原ではなく「大字なし」です。
 昭和40年代なかば、東金ヶ瀬土地区画整理組合により区画整理が行われ、新たな市街地が誕生しました。それまでは「大字あり」で「金ヶ瀬字中道」などと呼ばれていた土地は「大字なし」の字東新町・字緑町・字南平になりました。金ヶ瀬を付さなくなったから今度は大河原を付すとは何ごとですか。金ヶ瀬を大河原にすりかえる必要はまったくありません。金ヶ瀬字丑越・字富田は現状のままとし、「大字なし」の字東新町・字緑町・字南平に金ヶ瀬を付して柴田市へ引き継ぐのが正論です。しかし、住所や大字を理論的にとらえることのできない関係者は、某議員の発言を受けて「金ヶ瀬字丑越・字富田」を「大河原字丑越・字富田」に変更することで結審してしまいました。
以上が合併協議会で決議した大河原町に関する「字名の取扱い」のすべてです。

感想
地図をクリックすると拡大図が表示されます。
左から順に図1、図3、図7、図13が並んでいます。
図1は、明治22年(1889年)4月1日の大字区分です。この日、藩政村の小山田村・福田村・大河原村・大谷村が合併して大河原町が成立。同じく平村・堤村・新寺村が合併して金ヶ瀬村が成立しました。この合併で消滅した藩政村は「大字」として後世に引き継がれることになります。ちなみに「金ヶ瀬村」は、平村の中に形成された町場の名前に由来します。
図3は、合併協議が終盤を迎えた2009年の大字区分です。図1に比べて区分が繁雑になっています。字名の取扱い関係者に与えられた課題は、大字大河原の廃止で消えてしまった「大河原」という地名をどこに残すか。「大字なし」をどのように整理して柴田市へ引き継ぐか。住民の住所改善要望にどう対処するか。以上の3点でしょう。
図7は、(私案)柴田市へ引き継ぐべき大字区分です。考え方は簡単明瞭で、本来の大河原の区域に「大河原」を、大谷から分立した「大字なし」に「大谷」を、金ヶ瀬から分立した「大字なし」に「金ヶ瀬」を付す。以上です。これが本来の区分ですから、誰もが納得するはずです。納得できない人がいたなら、町当局が正しい歴史認識をもって説明すればいいだけのことです。
図13は、合併協議会が決議した大字区分です。大谷を消滅させ、金ヶ瀬の一部を侵蝕し、大きな大河原を創設しています。こんなふうに境界を変更することに何のメリットがあるのですか。ねじ曲げられた郷土の歴史が残るだけです。しかも、2つに分離した「大河原大谷」という摩訶不思議な大字まで新設しています。関係者は「大河原大谷」に封じ込められる字下川原の住民のことを少しも考えていない。ただただ大谷を消したいだけ。大谷がなくなれば住民要望の重圧から解放される。後は野となれ山となれ。そんな気持ちが伝わってくるような大字改編です。

大河原町への遺言
 「字名の取扱い」に関わった方々は、下に掲げる決議内容をもう一度、直視してください。
(a) 「大河原町字◯◯」の名称は字の前に「大河原」を付す。
(b) 「大谷字◯◯」の名称は「大河原字◯◯」に変更する。ただし
  「大谷字下川原及び字中川原」は「大河原大谷字下川原及び字中川原」に変更する。
(c) 「金ヶ瀬字丑越及び字富田」は「大河原字丑越及び字富田」に変更する。
(d) その他は現行のとおりとする。
 私は、上記の決議内容を見て驚きました。あまりにも「ずさん」だからです。関係者は「大字なし」の字の前には「現行町名が大河原町だから『大河原』を付す」と説明しています。しかし、現在の町名を付すなら「大字なし」だけでなく「大字あり」にも付すのが常識です。それなのに「大字あり」には「大河原」を付しません。これでは「大字あり」の小山田・福田・大谷・金ヶ瀬・堤・新寺は大河原町ではないことになります。
 関係者は大谷を大河原に変更する理由として「大河原と大谷の市街地が入り組んでいる」「 大谷地区の住民から住所改善の要望があった」をあげていますが2つとも「でたらめ」です。大河原と大谷の市街地は白石川で分断されているので入り組むはずがありません。入り組んでいるのは大谷と「大字なし」です。
 また、住民は大谷を大河原に変更して欲しいとは言っていません。周囲と同じく「大字なし」になることを望んだだけです。しかし「大字なし」は大河原町で通用しても柴田市には通用しません。ならば大谷のままで良いではありませんか。それなのに、関係者は筋を通した考えがないまま、大谷さえなくなれば肩の荷がおりると考えたのでしょう。
 「大谷字下川原及び字中川原」は「大河原大谷字下川原及び字中川原」に変更するに至っては「後は野となれ山となれ」そんな無責任さが感じられます。この件は、文章よりも図の方が理解できるでしょう。図11を見てください。関係者は「大河原大谷」という名の大字を新設しました。こんな形にならない大字を新設する人がどこにいますか。字下川原の住民は合併した後、すぐに気がつくはずです。「なぜ字下川原だけ大河原大谷なんだ」「まわりの郵便番号は989-○○○○なのに、なぜ自分の所だけ989-××××なんだ」「まわりと同じにしてくれ」。こんな声があがるのは必至です。それに対して関係者はなんと弁明するのだろうか。
 「金ヶ瀬字丑越及び字富田」は「大河原字丑越及び字富田」に変更するに関しては、変更の必要はまったくありません。字丑越・字富田および「大字なし」の字東新町・字緑町・字南平は金ヶ瀬の一部ですから金ヶ瀬を付すのが自然です。それなのに「金ヶ瀬字丑越及び字富田」は「大河原字丑越及び字富田」に変更するなどと「とんちんかん」なことを言っていたら地域が壊れてしまうではありませんか。
 以上のように、柴田町・村田町・大河原町合併協議会が決議した大河原町に関する「字名の取扱い」は矛盾だらけです。これが実施されたら取り返しのつかないことになります。しかし、当時の町長をはじめ、立案者や審議委員は住所や大字には無関心で、案を精査する意欲も責任感もなかったようです。残念なことに合併協議会は矛盾だらけの案を精査もせずに結審してしまったのです。無念なのは町当局の対応です。この案には矛盾がありますから見直してくださいと、二度も町長に申し上げておりましたのに、見直した気配がありません。
 無念が怒りに変わるのは、関係者のひとりが発した「町民は何も知らないでいるのに、なぜ騒ぎ立てるのか」のひとことです。この言葉は、今も私の脳裏を反復する。精査するどころか、落ち度を隠そうとする。こんな無責任な大河原町でも、住居表示を実施するとなれば抜かりなく対処できるに違いない。「住居表示に関する法律に基づく住居表示」にはマニュアルがあり、関係者はそれに従えばいいからである。ところが、柴田市へ引き継ぐ「字名の取扱い」にはマニュアルがない。国や県の強力な指導がなく、スペシャリストもいない。そうなると大河原町は無力です。
 しかし、国・県の指導を超えて大切なもの、それは郷土への愛ではないですか。「字名の取扱い」については矛盾点を明確に指摘しているのですから、郷土への思いを込めて1日かけて精査すれば見直しできたはずです。大字の名称と境界は、藩政村の時代を含めれば数百年にわたって受け継がれてきたものです。今後も何百年にわたって引き継がれて行くのでしょう。関係者が1日の時間を惜しんで精査を怠ったために、過去と未来を分断するような大字変更を行い、歴史を台無しにして後世に引き継ぐ姿に郷土愛は感じられません。
 図らずも柴田・村田・大河原3町の合併話は決裂し、平成21年(2009) 5月をもって合併協議会は休止(実質解散)となり、合併に向けた大字変更も実施されずに終わりました。しかし、合併話はいつか再燃するかも知れません。枠組みを変え、仙南地域全体が合併して仙南市になることも考えられます。その時は、自治体名の下に続く住所地名のあり方も変わってくるでしょう。3町合併「柴田市」の場合、自治体名の下に続くのは大字名でした。しかし、広域2市7町合併「仙南市」の場合は、自治体名の下に旧市町名が続くものと思われます。いずれにしても、これから後に住所行政にたずさわる人は、地域の歴史と地理を大切にし、決して先の関係者のまねをしないでください。これが私から大河原町への遺言です。
 
付録:柴田郡の藩政村一覧
藩政村
読み
明治の合併による変更
昭和の合併による変更
摘要
大河原村 おおがわら 大河原町大字大河原 大河原町 (注1)
大谷村 おおや 大河原町大字大谷 大河原町大谷 (注2)
小山田村 おやまだ 大河原町大字小山田 大河原町小山田 (注2)
福田村 ふくだ 大河原町大字福田 大河原町福田 (注2)
平村 たいら 金ヶ瀬村大字平 大河原町金ヶ瀬 (注2.3.4)
堤村 つつみ 金ヶ瀬村大字堤 大河原町堤 (注2.3)
新寺村 にってら 金ヶ瀬村大字新寺 大河原町新寺 (注2.3)
船岡村 ふなおか 船岡村大字船岡 柴田町大字船岡 (注5)
上名生村 かみのみょう 船岡村大字上名生 柴田町大字上名生 (注5)
中名生村 なかのみょう 船岡村大字中名生 柴田町大字中名生 (注5)
下名生村 しものみょう 船岡村大字下名生 柴田町大字下名生 (注5)
入間野村 いりまの 槻木村大字入間野 柴田町大字槻木 (注5.6.7)
四日市場村 よっかいちば 槻木村大字四日市場 柴田町大字四日市場 (注5.6)
海老穴村 えびあな 槻木村大字海老穴 柴田町大字海老穴 (注5.6)
小成田村 こなりた 槻木村大字小成田 柴田町大字小成田 (注5.6)
船迫村 ふなばさま 槻木村大字船迫 柴田町大字船迫 (注5.6.8)
成田村 なりた 槻木村大字成田 柴田町大字成田 (注5.6)
葉坂村 はざか 槻木村大字葉坂 柴田町大字葉坂 (注5.6)
入間田村 いりまだ 槻木村大字入間田 柴田町大字入間田 (注5.6)
上川名村 かみかわな 槻木村大字上川名 柴田町大字上川名 (注5.6)
富沢村 とみざわ 槻木村大字富沢 柴田町大字富沢 (注5.6)
沼辺村 ぬまべ 沼辺村大字沼辺 村田町大字沼辺
沼田村 ぬまた 沼辺村大字沼田 村田町大字沼田
関場村 せきば 沼辺村大字関場 村田町大字関場
村田郷 むらた 村田村大字村田 村田町大字村田 (注9)
足立村 あしたて 村田村大字足立 村田町大字足立
小泉村 こいずみ 村田村大字小泉 村田町大字小泉
薄木村 うすぎ 村田村大字薄木 村田町大字薄木
菅生村 すごう 富岡村大字菅生 村田町大字菅生 (注10)
支倉村 はせくら 富岡村大字支倉 川崎町大字支倉 (注10)
前川村 まえかわ 川崎村大字前川 川崎町大字前川 (注11)
今宿村 いまじゅく 川崎村大字今宿 川崎町大字今宿 (注11)
小野村 おの 川崎村大字小野 川崎町大字小野 (注11)
本砂金村 もといさご 川崎村大字本砂金 川崎町大字本砂金 (注11)
川内村 かわうち 川崎村大字川内 川崎町大字川内 (注11)
(注1) 昭和の合併時に大字大河原を廃止。
(注2) 昭和の合併時に「大字」の字句を省略。
(注3) 明治の合併で成立した金ヶ瀬村の村名は、平村の町場名「金ヶ瀬」に由来。
(注4) 昭和の合併時に平を金ヶ瀬に改称。
(注5) 昭和の合併で成立した柴田町の町名は、郡名「柴田」に由来。
(注6) 明治の合併で成立した槻木村の村名は、入間野村の町場名「槻木」に由来。
(注7) 昭和の合併時に大字入間野を大字槻木に改称。
(注8) 昭和43年に大字船迫から大字本船迫を分離。
(注9) 藩政村の村田は「村田郷」と称した。
(注10) 明治の合併で成立した富岡村の村名は、柴田・刈田郡長「富田広信」の「富」と丘陵地帯の「岡」に由来。
(注11) 明治の合併で成立した川崎村の村名は、前川村の町場名「川崎」に由来。

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