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役に立つ!? 非常識 葬儀概論 vol.1  (改訂版)
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第1回「お寺からお布施の金額が低いとクレームを受けたら 前編」

そういうお坊さんっています。
悟りを求めてるくせに金に執着してるみたいで嫌ですねえ。

寺と檀家の関係をちょっと考えてみましょう。
江戸時代にはキリシタン禁制のために必ず「一家に一寺」関係を結ばなければならない「寺請け制度」というものがあって、幕府によって戸籍並みに管理されていました。
現代でも寺と檀家の結びつきは根深いものがありますが、当時と現代社会では感覚が噛み合わなくなってきているというのが現実ですね。

そもそも寺と檀家の関係は、信仰心によるものだから金銭的利害関係を前提としていないんですよね。
檀家は葬儀施行を依頼する他に、寺の建物の建立や修理・整備に協力したり、寺の仏教行事に参加したりしなくちゃいけなくて、まあその度にお金を払う訳です。
これに対して寺の方では、正しい仏法の教えを説き、精神的な施しを行うとされています。
お互いに施し合う関係なのですが、お寺からは仏法という目に見えないもので、檀家からは金銭や財物という即物的な施しになるのです。

昔はこういう関係も檀家同士で協力して、それが地域社会の繋がりを深めることになっていました。特に信仰心の厚い人は、仏法の功徳を求めてお寺にじゃんじゃん寄付したことでしょう。
現代の核家族化や転勤だらけのサラリーマン社会を考慮すると、このような考え方が難しくなってきているのも否定できません。仏法という施しにもそれぞれ単価を要求し、価格によって選択するという消費者的な考えで寺との関係を捉える人が増えています。
コンビニで買物するみたいに、戒名料○○円、通夜お経料○○円、告別式お経料○○円、初七日お経料○○円、交通費2日間で○○円、合計で○○円になります。お客様、お箸はお付けしますか? ってな感覚です。
寺に「お気持で結構です」と言われても、いくら払えばいいのか困ってしまうという話もよく聞きます。
サービス業全盛の昨今、ああ哀しいかな資本主義。仏の世界も資本社会の流れには逆らえないようです。

さて、この社会の流れを、寺側も黙って手をこまねいていた訳ではありません。
お布施が一部の信仰心の厚い檀家にしわ寄せされていくことを避けるために、仏の功徳にある程度の価格帯を設けたり、大金を施してくれた檀家の名前を境内のあちこちに刻んだりしています。
戒名にランキングを付けたりするのがそのいい例ですが、中世までは貴人といえども戒名は2字だったし、仏教発祥の地、古代インドの時代には戒名なんてなかったのですよ。
戒名ランキングはそもそも、士農工商など身分制度の時代に発展したものだから、人類皆兄弟の現代では廃止されてしかるべきなのですが、僧侶とて人の子。一度啜った甘い蜜の味は忘れ難いのでしょう。

進んで資本主義化を図り、あらゆる営業努力を駆使して実業家のようになっている寺もあります。檀家以外の人や、他宗派の信者にまで墓地を貸し出したりするのは珍しくありません。寺併設の墓地に「宗派問わず」なんて看板をよく見かけます。
関東などでは寺院併設の式場を運営している寺も多くあります。
式場を建設するのにも檀家からお布施を募ります。そしてまたご丁寧に「○○さんは○○万円也」と、名前と金額をずらりと並べて式場の入口に刻んだりするのです。これは檀家のプライドを刺激すると共に、お布施の義務化に繋がります。
大金を寄付した人は未来永劫その名誉が刻まれ、名前がなかったら「檀家なのに寄付をしなかった不徳モノ」という汚名が残るという訳です。
そこそこに寄付しておかなくては・・・ということになってしまうのです。

寺が自らの財産で式場を建設することもたまにありますが、寺は宗教法人だからその式場建設費も元々は檀家のお布施だったと言えます。
檀家のお布施で建てた式場でも、檀家が使用するときにはきっちり式場使用料を徴収します。それどころか、檀家以外の人にも式場を貸し出したり、宗派を問わず式場を貸し出したりするのも決して珍しくはありません。
まあ、寺が檀家以外の人からお金を集めて潤えば、檀家の負担も少なくなるので、それはそれでいいことなのかもしれませんね。しかし、財テクとはいえ、寺院併設の「菩薩会館」などという名前の式場で、キリスト教や神道の葬儀をしているのは、さすがに違和感を禁じ得ません。
アーメンと祈る祭壇の裏の扉を開けたら、阿弥陀如来像が鎮座していたりするのです。

「なんでもアリか・・・?」
と思わず呟きたくなってきますが、それが現代葬儀事情なのです。
なんとなくお寺の悪口みたいになってしまいましたが、そのくらいお寺にとっても現状は厳しいみたいです。憎まれても寺の運営のためアクセクお金を集めなければならない。
「坊主丸儲け」なんて過去の話。現在では「坊主憎まれながら丸儲け」なのです。

さて、今回はここまで。
次回は具体的な寺との対決方法、もとい、解決方法をお伝えします。

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次回は
「お寺からお布施の金額が低いとクレームを受けたら 後編」をお送りします。
どうぞお楽しみに。

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