付属中学校が総合学習の時間を利用して、「自己探求」という時間を
設けました。私はその一つとして「理屈をこねよう」というタイトルで
文章の「否定」を作る「操作」を考えさせる授業をしました。
論理感覚は言語感覚に組み込まれているもので、中学生という年齢は
言語感覚が完成する時期ではないかと思います。だから、私はかねがね
中学生にきちんと形式論理を教えてみたいと考えていました。
また私は、逆、裏、対偶を教える前に、1つの文章の「否定」が理解
できていなければならないことを一貫して主張しています。それらを試
す絶好の機会になりました。
1日に50分授業を2コマ、2日つまり4コマで1組。今回は4組の
授業をさせていただいたから、かなり大胆に試行錯誤をすることができ
て、大変貴重な経験となりました。対象は2年生と3年生からなる混合
クラスで、4組ともほぼ45名程度でした。4組の授業はまったく同じ
ではありませんでしたが、平均的な内容は以下の通りです。
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第1時限目
サッカーの試合では、シュートに対して、ボールがゴールに入ったか、
入らなかったかが問題になるーーーなどという話から、ある命題とその
「否定」を問題にすることを告げる。
小さな紙を配り、簡単な試験をする。
問題 次の文章の「否定」を書きなさい。
1 太陽は東から昇る。
2 箱の中に赤いチョークか、白いチョークがある。
3 今日、このクラスは、全員出席です。 以上
1の正解は 太陽は東から昇らない であるが、西から昇るとか、東
へ沈む、西へ沈む などの回答が見られる。
ここで子供が悩むのは、「太陽は東から昇らない」という事実に反す
る文章ができてしまうことで、「そんなことを言ったら笑われるのでは
ないか」などという心配が出てくることである。
正しい文章の「否定」は誤った文章である。誤った文章の「否定」は
正しい文章である。文章の内容が正しいか誤っているかは、文章の「否
定」をつくる段階では、心配する必要がないことを伝える必要がある。
「否定」を作るには、元の文章を疑問文で言ってみて「いいえ、」の
あと、どう言うかと考えれば、東へ沈む、西へ沈む などがおかしいこ
とに気づくはずである。昇るかどうかが問題なのだから、沈むというこ
とは話をはぐらかしていることになる。
東の「否定」が西であるかどうかは状況による。東と西にしか入り口
のない体育館と、八方に入口のある野球場をくらべると、前者では東で
なければ西であるが、後者ではわからない。
ここで議論しているのは、言葉であるから、数学のように正解がただ
ひとつ決るという性格のものではない。どのような状況で、どのように
表現することが適切かという、国語の授業に似た性格であることに注意
する。
新潟中越地震のあとだったから、ここで太郎と花子の緊急下校の話を
する。
太郎と花子の家と学校との、交通機関の関係の図を示す。
太郎は、電車でもバス1でも帰ることができる。
花子は電車に乗り、さらにバス2に乗り継いで帰る。
電車、バス1、バス2のどれかが動いているか、とまってしまったか
で、この二人が帰れるかどうかの条件を考えてみよう。
太郎が帰れる 電車かバス1か、どちらかが動いているとき
太郎が帰れない 電車もバス1も止まってしまったとき
花子が帰れる 電車とバス2が動いているとき
花子が帰れない 電車かバス2か、どちらかが止まってしまったとき
つぎに、スイッチが2つ直列に入った回路を示す。豆電球が点灯す
るかしないかの状況を検討する。両方入っていれば点灯、どちらかが切
れていれば消灯。このとき、両方切れている場合もあり、そのときも消
灯であることに注意させる。ここで「少なくとも一方が」という言い方
を導入する。
スイッチが2つ、並列に入っている回路を示し、この場合は少なくと
も一方が入っていれば点灯、両方切れていれば消灯である。
第2時限目
xとyは整数とする。
積 xy = 0 は x = 0 または y = 0 ということである。
積 xy ≠ 0 は x ≠ 0 かつ y ≠ 0 ということである。
2乗の和 x^2 + y^2 = 0 は x = 0 かつ y = 0 ということである。
2乗の和 x^2 + y^2 = 0 は x ≠ 0 または y ≠ 0 ということである。
通学路について帰れるか帰れないか、電気の回路について電球がつく
かつかないか、代数式が0か0でないかの条件が、同じ形になることが
確かめられた。つまり、「否定」をつくる法則は、内容にかかわらず一
定の形をもっているということ、すなわち形式論理が数学のすべての分
野で普遍的に使えることを納得させる。
ここまで来ると、第1時限目の試験の2番では、正しくは「箱の中に
は、赤いチョークも、白いチョークもない」であり、「赤いチョークか
白いチョークはない」は誤りであることがわかる。
以上を確認して、次はスイッチがたくさん直列、または並列について
いる場合の「否定」について考察することになる。
まず、いくつかのスイッチが、直列になっている場合。
電球が点灯するためには、すべてのスイッチが入っていなければなら
ない。
どれか1つのスイッチが切れれば、電球は消灯する。ここでも、電
球が消灯するのは、ただ1つのスイッチが切れているときだけではなく、
2つのスイッチがきれているときも、全部のスイッチが切れているとき
も、電球は消灯になるのだということを納得させる。
そこで再び、「少なくとも1つのスイッチが切れているとき」という
言い方の大切さを確認する。
今度は、いくつかのスイッチが、並列になっている場合。
少なくとも1つのスイッチが入っていれば、電球は点灯する。
電球が消灯するのは、すべてのスイッチが切れているときである。
ここまでくると、はじめの試験の3番「全員が出席」の否定が「少な
くとも1人が欠席」という言い方が、理解できるようになる。
第3時限目。
「すべての何々が、こうである。」という形の文章を「全称命題」と
いう。
「すくなくとも1つの何々が、ああである。」という形の文章を「特
称命題」という。
全称命題を否定すると特称命題になる。
特称命題を否定すると全称命題になる。
これらの知識を、素数と合成数の考察に応用する。
まず、2つの自然数の関係として、約数、倍数、割り切れる、割り切
れないなどの概念を復習しておく。
3年生はすでに素数という言葉を知っているが、2年生は知らず、合
成数という言葉は、3年生も教わっていなかったから、まずそれらの言
葉の説明をする。
自然数 n は、1より大きく n 自身より小さいすべての数で割り切れ
ないとき素数という。素数でない数を合成数という。1は素数でも、合
成数でもない。
さて、合成数を直接定義するときは、どう言ったらいいだろうか。
ここで、素数の定義が、全称命題になっていることに注意する。した
がってその「否定」は、特称命題になり、「少なくとも1つの数で割り
切れる」であるが、体育館の入口と、野球場の入口の話に出てきたよう
に、今、どんな範囲で考えているかと考えて見る必要がある。すると、
「1より大きく、 n 自身より小さな、」という限定をつける必要があ
ると気付く。以上で、合成数の定義を、自分で述べることが出来る。
自然数 n は,1より大きく、n より小さな、少なくとも1つの数で
割り切れるとき、合成数であるという。
問題 211 と 221 について、素数か合成数かを判定せよ。
221 = 13 x 17 は生徒もすぐ気がつく。
他方、211 が素数であるというには 2 から 210 までのすべての数で
割り切れないことを確かめなければならない。もう少し確かめる数を少
なくすることはできないか。
4 で割り切れればその前に 2 で割り切れているはずである。 6 で割
り切れればその前に 2 でも 3 でも割り切れているはずである。つまり
合成数で割り切れるかどうかは確かめる必要がなく、素数についてだけ
確かめればよいことに気がつく。
次に、 17 x 17 = 289 であるから、素因数があるとすれば 13 までに
少なくとも1つの因数が見つかるはずである。 a も b も 17 以上とす
れば a と b の積は、289 以上であり、 211 に等しくなることはない。
「a も b も 17 以上」の否定は、「 a または b の少なくとも一方は
17 より小さい素数、すなわち 13 以下の素数である」となる。
問題を解きながら、その過程で使われている形式論理に注意をはらい、
「否定」をつくる作業が、どのように行われているかを、意識化させる。
このとき用いる問題は、生徒がすでに学んで、習熟しているものであ
ることが望ましい。上の例は、2年生は素数も合成数も学んでいないの
だから、この授業で取り上げたのは適切ではなかった。
第4時限目。
問題 次の文章の「否定」を書きなさい。
(全称命題か特称命題かに注意しなさい。)
(1) 箱の中には、赤いチョークと白いチョークがある。
(2) 3の倍数は6の倍数である。
(1) の意味は 「赤いチョークが少なくとも1本あり、かつ、白いチョ
ークも少なくとも1本ある」 といっているから、その「否定」は、
「赤いチョークが1本もないか、または、白いチョークが1本もない」
ということになる。
(2) は単純に「3の倍数は6の倍数ではない」とすると間違いである。
「3の倍数はすべて6の倍数である」という全称命題を「否定」するの
だから「3の倍数であって、6の倍数でないものが少なくとも1つある」
ここで矛盾律と排中律を教えるため、まず「矛盾」という言葉を知っ
ているかどうか、「ほこ」と「たて」の故事を知っているかを確認する。
(a) この「ほこ」はいかなるたても突き破る。
(b) この「たて」はいかなるほこのによっても突き破られることはない。
(a) と (b) は互いに「矛盾」することを、売り手の商品のたてでほこを
突いてみることで証明することができる。
(1) ほこがたてを突き破ったとする。 すると (b) は誤りである。
(2) 突き破れなかったとする。 すると (a) は誤りである。
よって (a) と (b) が共に正しいことはありえない。
(a) と (b) は全称命題であり、 (1) と (2) は特称命題である。
矛盾律とは、ある命題とその「否定」がどちらも正しいということは
ありえないという法則。
排中律とは、ある命題とその「否定」がどちらも誤りということはあ
りえないという法則。
1は矛盾律に違反している
2は排中律に違反している
3はどちらも満たしている
たとえば、全員出席の「否定」は全員欠席であるといったとき、1人
だけ欠席していることもありえるので、排中律に違反したことになる。
これで、2日、4回にわたる授業を終わる。これから数学を学ぶとき、
命題とその「否定」がどのように現れるかに注意すると、授業がよくわ
かるようになるだろう。
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授業の内容は以上です。
この授業は、履修した生徒にとって、すぐ役に立つわけではありませ
ん。その後の授業の中で、教師が折りにふれて、形式論理がどのように
使われているかを生徒に示すことにより、次第に定着していき、そこで
初めて活きてくるものだからです。今後に期待したいと思います。
参考 「否定文を作ろう」
もあわせてご覧下さい。
「ホームページ」
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