個別テーマ 


− 地理・歴史・政治・文化・制度 etc... −


ここでは個々の藩の単位ではなくシャン州全体にかかわるテーマについてまとめた。

 ミェラット  文字通りシャン高原とビルマに挟まれた土地を指す。 ビルマに隣接し、住民もシャン人は少なくビルマ族に近い民族が多数を占める。
 南シャン州とビルマを結ぶ交通路にも当たり、ビルマの影響力の強い地域でもあったが、歴史的にはシャン州の一部として一体性を維持していた。
 
 シャン諸藩の軍  英領化以前のシャン諸藩は度々周辺諸国と干戈を交える一方で、藩同士の紛争もしばしば発生している。 諸藩が擁した軍隊とはどのようなものであったのだろうか?
 これについて、19世紀末に偵察のためチェントンに潜入したイギリスの軍人が興味深い記録を残している。
 ムンマオ小史  ムンマオはシュエリー川流域の盆地を根拠地とするシャン(タイ)族が建設した最初で最後の広域帝国である。
 シャン族の年代記では栄光の歴史として語られ、シャン州からアッサムに渡って居住するシャン族のルーツでもあるムンマオだが、その歴史について分かっていることは非常に少ない。
 シャン3兄弟という"幻"  パガンの衰退とともにシャン族が台頭、ついにシャン族の3兄弟によってパガンは滅ぼされ、シャン族がビルマ族に代わって中央平原を支配する − 同時期に東南アジア北部で広く見られたタイ族の勢力拡大の一つの例として、従来こうした叙述が広く行われてきた。 
 ところがこうした常識を覆し、所謂"シャン3兄弟"がシャン族だとする根拠は無く、こうした歴史認識は誤りだする論考が発表された。
 叙勲制度とシャン州
    (作成中)
 シャン州をその帝国に組み込んだイギリスはシャン諸藩とその藩主達の存続を認める一方、本国や他の植民地から様々な制度や文物を新たに持ち込み、統治の手段として駆使した。
 叙勲制度もその一つだが、それは当時の大英帝国の中でのシャン州の位置付けを色濃く反映したものでもあった。
















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