ホームページのリライトをサボっているとアクセスはもちろん、友人からも見放されるだろう。
とうにやめた会社のOB会、社友会というのだが、ホームページを一新した。各同好会別にコーナーを設けてなかなか良くなった。
それに刺激されたというか、HPを開設しているのに長い間リライトしていないことに若干の気まずさを感じてか、稿を改めることにした。
最近、Facebookを開設したのだが、HPよりも手軽に書き込めるし、特定の友人達ともコンタクト出来るため、FBのほうにシフトしてしまった感がある。
そうするとHPのほうがますますおろそかになってくるのだ。
もともとHPにビデオを載せたいと思っていたが、既存のソフトでは思うような結果は得られなかった。ところが、BinD 4になったところ、Youtubeで公開することが条件だが、動画がうまく載せられるようになった。もちろん、HPもYoutubeも不特定多数に公開するのだから、著作権をクリアしなければならないことは自明の理だ。その上、出稿元を責任あるかたちで表示しなければならない。これも当たり前のことである。
かくして、まずYoutubeに出稿したのだが、早速リアクションが来た。いわく、「あなたの動画は著作権クリアの必要があります」というような注意だった。私の動画は私が撮影したもので、それ自身は著作権上なんの問題もなかった。だが、その内容が、あるクラシックの楽曲をピアノ、クラリネット、フルートのトリオで演奏するものだったので、Youtube運用者からの注意だったと思う。作曲者は1200年前のメンデルスゾーンだから問題はないが、演奏者には著作隣接権があるので承認が要る。厳密に言えば、映像の中に出てくる人物にも肖像権があるが、これは、事象をとらえたニュース的な画面なので、そこまではクリアしなくても良いと考えた。演奏者は私がリーダーとして1ヶ月間訪欧したメンバーだったため、電話で了解を取り付けた。
Youtube公開を経てHomepageに載せるまでには、このような経過があった。
数多のSNSがあるなかで何故Facebookに走ったか。
このホームページ「ビアドのつぶやき」2004.08.06付けのNo.28「逆耳の言」でも書いた。当時はTwitterやMixiは普及していなかった。ブログが爆発的に増えたのは2005年~06年とされている。だが、「逆耳の言」を書いた頃から、ハンドルネームや偽名でネットに書き込むことに少なからぬ疑問と嫌悪感を持っていた。だから、Twitterもブログにも手を出さなかった。
2011年のはじめ、Facebookに興味を持った。実名、経歴、生年月日等々プライバシー「まる出し」である。実際は公開範囲を加減できるのだが・・・。
意見を言うならば「官・姓名」を名乗れ!!! という言い方は古いかも知れないが、自己の発言に責任を持つというやり方に共鳴したわけだ。
かくして、2011年2月12日、Facebookを始めた。
最初はやり方が分からず少し手間取った。Know-Howものを2~3冊買って理解を深めた。友人に尋ねても「最近始めたばかりです」というようなことで、習うより馴れよ、という経過だった。
Facebookでは動画も簡単に公開できる。もちろん、HPやYoutube同様、著作権には注意しなければいけないが。
FacebookからHPにLinkを張ることもできる。
話題の「ソーシャル・ネットワーク」を見るために、久しぶりで映画館にも行った。
Facebookは手軽に書き込めるが、字数制限もあり、あまり長い文章には向かない。1対1の通信には今までのメールのほうが良い。
間違えて相手のウォール(壁、掲示板)などに個人的な内容を書き込むと、「友達の友達」(Facebookでは公開の範囲を選択できる)まで筒抜けになってしまうことになる。
とにかく、全世界でいまや5億人を超すまでに爆発したFacebookではある。
新しいもの好きをEarly adopterというそうだ。私もその類だが、これは父のDNAを受け継いでいると思う。
父は私が生まれて間もないころの1930年に、板を削った全くの手製スキーで、家の前の坂道を滑ったと母が話してくれた。
オーストリア軍のレルヒ少佐が日本で初めてのスキーを新潟県高田町で日本陸軍の兵士に教えたのが1911年1月だから、テレビもラジオもないその頃としては、父もまぎれもないEarly adopterだった。