歴 史

 

    柴山潟はかっては今江潟(現在はすべて干拓)と木場潟と併せて加賀三湖と呼ばれ
  ていた。

   この加賀三湖は、能美丘陵と江沼台地との間にあり、今から5000年前には現在
  の山麓あたりが海岸線となっていたと考えられる。

   海岸線が後退してほぼ現在の海岸線に近いものとなったのは4000年前であった
  とされている。海岸線が後退していた頃、やや入り込んだ形の海であった場所は海岸
  線砂丘によって切り残されたのが木場潟である。この木場潟ができた頃は、柴山潟は
  入り江であり、今江潟はまだ海であった。

   その後、それまであった砂丘の外側に新しい砂州ができ、これが内陸方向に移動し
  たので、入り江であった柴山潟も湖沼となった。

             

             1万年位前の地形     干拓前の柴山潟

   また、浅瀬であった今江潟も外海と遮断されて、今江潟ができた。これは、今から
  2000年前のことと考えられている。
                   
             
   先人はすでに、縄文前期に柴山方面に生活をしていた痕跡(柴山貝塚)があり、
  6000年前に遡ることができる。また、その後の遺跡は、流域の随所に数多く見受
  けることができ、古代の人々は自然と共生しつつ暮らしていたことが立証されている。
          

   かっての片山津温泉は、源泉は湖底より湧出し、崖も迫っていたため(現在の総湯
  付近は当時は波打ち際であった)、温泉街を形成するために幾度となく埋め立てが行
  われていた。特に、明治15年 (1882年)に掘抜工事により、湧出量が増え、温
  泉街発達のために、明治15年から昭和20年頃まで大規模な埋め立てが続き、現在
  の温泉街が形成されている。         
                                       
   それ以前に、明治10年(1878年)に、東出長四郎氏が前潟を埋め立てて水田
  造成工事を完成(約2ha)したが、その後明治18年、大正3年に水田造成工事に
  着手したが、いずれも成功していない。ただ、大正8年に前出の東出氏が同地の工事
 (約10ha)に成功したとの記録がある。        

   食糧増産が叫ばれていた終戦後、国として未利用水面の開発と周辺耕地の浸水害対
  策として、地元民の強い要望により、昭和27年(1952年)に加賀三湖干拓国営
  事業に着手した。

   昭和29年(1954年)に、まず、日本海に水を流すための放水路(新堀川)(長さ
  
1700m、幅8m、深さ3.5m)の工事が着手され、続いて柴山潟を、柴山神社
  の前から動橋川の河口を結ぶ線に堤防(長さ1440m、幅27m,高さ5m)を作っ
  て締め切っている。
 

   昭和42年(1967年)から排水が始まり、柴山潟は、576.2haの内、北東
  
部の343.2haを干拓、今江潟は全潟238.0haの干拓を完成し、昭和44
 度に事業が完了、そして現在に至っている。

                 

   かっての柴山潟は、水運も盛んで安宅から動橋まで北海道からの鰊粕(肥料)の輸
  送なども行われていた。(明治30年代1897年頃に鉄道が開通したために衰退し
  たが、昭和初期まで行われていた)

   一方、潟を利用した漁業も盛んで、フナ・コイ・ウナギ・エビ・シジミなど漁獲高
  も多かった。(四つ手網も風物詩として盛んであった)

           

               漁具のいろいろ
   
   
柴山潟流域では、魚族保存のため漁業協同組合を組織し、漁期・漁場・漁法の規制を
  して漁業資源が枯渇しないように努めてきた。

   四つ手網 7/16〜12/31 押たも網 12/1〜2/28  投げ網 7/16〜4/30 
   延縄  7/16〜4/30   蜆貝たも網 3/1〜4/30 蝦たも網 7/16〜4/30
   ウガイ 2/1〜4/30    前掻たも網10/1〜3/31  底筌(うえ)8/1〜3/31  
   伏漬  2/1〜3/31    抄籠  1/1〜12/31   がめつき 12/1〜4/30

  集落別使用許可漁具
   柴山〜蝦抄たも、四手網、投げ網、底筌(うえ)、伏漬  
   月津〜がめつき、雑魚刺網  中島〜鯉刺網、延縄  佐美〜延縄、底筌、投網
   片山津〜刺網、延縄     串〜蜆抄籠、四手網、投網  松崎〜延縄、投網 
   額見〜投網、底筌  

   現在では、魚資源確保のため、年間300万円位の稚魚を放流している。

   観光資源として、柴山潟から望む白山は、最高の景勝であり、片山津温泉と共に多く
  の観光客が訪れている。また、潟周辺には、サイクリングロードが整備され(全周8km)
  、自然観察や健康づくりに役立っている。

     

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