02.1.1
 

今は、明け方の4時なのです。
い、いや、夜ふかしではないのです。
初詣に行くのです。お祈りをしてきます。
 

大晦日の夜は、NHKの”紅白歌合戦”を
見るような見ないような感じで、見ていたのですが、
いつも思いますのは、あの華々しいフィナーレから、
一転して”ゆく年くる年”になる
その変わり身の早さは一体なんなのだ、
ということなのです。

白組優勝でワーワー!キャーキャー!
といっていたと思ったら、いきなり
”ゴーーン”と108つの煩悩を消す除夜の鐘。
見た目の華やかさを追求した番組に
文字通り警鐘が鳴らされているような格好なのです。
毎年、アゴが外れそうになるのです。
 

それと、これも毎年思うのですが、
おせち料理の中身の統一性のなさを
僕は新年から問いたい。
あれはきっと、縁起を担いでいろいろ入れるから
あんなことになっているのではないか。
塩味の数の子を食べて、黒豆が甘〜い。
酸っぱい紅白なますを食べて、栗きんとんが甘〜い。
なんなんだ!と言いたい。
”甘〜い”をなぜ入れるのだということだ!

……いや、なんでもない、です。
今年は穏やかに、生活するの。
ごめんね。


 
 

02.1.3
 

もう、お正月気分も終わりなのだろうか。
いや、お正月気分を終わらせないといけない
という決まりなどはないのだ。

ということで、今年は1年中
お正月気分でいようと決めた、しいなです。
というのは冗談でございます。

1月といえば、センター試験でしたか?
僕は、2回も受けたのです。
そして、2回とも何の意味もなかったのです。

あのテストは、足切りのためであって、
ほとんど満点を取らないと意味がないのです。
ですから、僕はきちんと足を切られたわけなのです。
いや、気分的には首まで切られた気分でしたな、
ぐりんこ!
 

だから僕が言いたいのは、
イトーヨーカドーの福袋を少し開けて見るオバサンを
なんとか取り締まれないのか!
ということなのです。
ただちに国会で福袋開封法を成立させてほしい、
そして、福袋開封法違反で
一斉に検挙してほしいものである。
 

それと、初詣に行ったときに
キャーキャーと、イベント感覚で騒ぐヤングどもに
僕は言いたいのだ!
「静かにしてくだちゃい……」と。
これでは心身ともに、祈りに没頭できないではないか!
そして、もうひとつ言っておきたいのは、
鶴岡八幡宮での参拝の仕方は、
「2拝、2拍手、1拝」の順であるということなのだ。
しばらくじっと観察していたが、これを誰もしていないのだ、
パンパンと拍手をしないといけないの!
って、僕は頑固ジジイか!?

いや、頑固ジジイまぎれに言いたいのは、
成人式だ!
どうせまた、日本全国の新成人の何パーセントかが
また、あれだわいな、ああ、もう、
どうして、ああも、ああなるのだろうか、ねえ。

僕のときは、横浜市でたくさんの人がきたのですが、
会場の前で、酒を飲む新成人、大声を出して騒ぐ新成人、
愚かな格好をしてくる新成人、
もう、その傍若無人ぶりといったら
新成人というよりは、新生児といった方が
的を射ているというくらいの、崩壊陥落ズルムケぶりだったのです。

もう、なんだ一体!ムキ―ッ!!

ああ、おそろしい、おそろしい
もう、日本はおしまいなのかもしれない。

と、1月にはなんだか
頭がかゆくなる出来事が多いのです。

02.1.5
 

昨日は、川崎大師に
お参りに行ったのです。

毎年、とても込むので、
朝の4時に起きて、5時に急いで家を出たのです。
家族でまだ外が真っ暗のうちに
スタスタと歩いていますと、
「夜逃げ」の気分とはかくなるものか
と思ったのです。

でもですね、6時ごろに着きましたら、
お寺の前で開いている2、3軒の商店の
金色や赤の飾りが、冷たい風の中でキラキラゆれていて
なんだか、やけに神秘的に感じて
よかったのです。

月曜日から、学校なのです。
引き締めて、いきたいものであります。
 

そ、それと、突然ですみませんのですが、
お寺で思いましたのは、
仏教の因縁和合や色即是空というものは、
現代でいうところのシステムダイナミックスではなかろうか
と思いまして、その複雑系を全体的に
効率的によい状態にするための方法が、
長い長い歴史の蓄積の中で”修行”という形の
ノウハウにまとめられてきたのではなかろうか
と思ったのです。

例えば、テストを受けるという場合、
インプットとして、自分の”努力”、
アウトプットとして、”テストの点”となるとしますと、
そのアウトプットのテストの点を左右するのは、
いろいろな要素が絡んでいるわけなのです。
例えば、テストの日の健康状態や、
テスト範囲と自分の勉強した場所が一致するかということや、
なにかしらのひらめきが出るか、
ということなのです。

そして、またそれらの要素(パラメーター)が
お互いに関連しているわけなのです。
健康状態がよければ、ひらめきパラメータが上がり、
健康だから努力パラメータが上がり、
そして、思わぬパラメータもあると思うのです。
先生と仲良くなっていたら、理解力パラメータが上がっていたり、
あわよくば、テスト範囲が何気なく知れたりするパラメータも
高くなるのではなかろうか。

そ、そして、これらのパラメータを
うまく向上させるためのノウハウが
”修行”といわれている行いなのではなかろうかと思ったのだ。
人のために奉仕する”布施”は、先の例では
先生との仲のパラメータを上げるものであったり、
”精進”は毎日の努力、”持戒”は規則正しい生活や謙虚な姿勢。
欲を捨てることが、テレビを見たいという
”とらわれ”から解放してくれるのではないのかしら。

し、しかし、要素の関連が複雑すぎるため
要素間の値のやりとりのような具体的中身を見ることができず
結果として、人の目に映るのは
修行に励んだから結果としてよいことが起こった。
やはり、神様は見ていてくださるのだ。
ということなのではなかろうか。

そのうち、ものすごいコンピューターとかで
科学的に修行と幸せの関係が証明されたら、
なんで、人に親切にしないといけないのよ!
という人たちも、ああ科学的にそれが自分のためなのだから
しょうがないなと思って、みんな人に奉仕するようになって、
みんなが譲り合うようになったら
素敵であると思ったのです。

そして、僕も修行に励むぞ!
と思ったわけなのですが、

こ、これが、分かっちゃいるけど始められない!

というのも現実でありまして、
この”へもさ”のようなものも
複雑になにかが関与して形成されてきたのだろうなあ、
と思ったのです。

ぎゃふん!
 

02.1.7

今日、初めて学校の
定食を食べましたのです。

ラーメンやカレーライスなどは前に
食べたことがあったのですが、
もっとも注文数が多いと思われる
定食「工大ランチ」は初めてなのです。

しかし、「工大ランチ」。
名前からして、危険な感じがするのです。
ランチに「工業」の「工」の字が付くのは、どうなのだ。
なんだか、作業服を着て
ヘルメットをかぶってトンネルの中で
食べるのがふさわしいランチといった感じを
受けたのです。

内容は、トンカツと味噌汁と、ご飯。
さっそく、味噌汁から手をつけようとしましたら、
何か浮かんでいたのです。
「何の具かな」と思ってよく見たら、
あんた、小さな小さなクモの赤ちゃんが
入っておられたのです。

大きなタランチュラでなくてよかったのです。
って、そういう問題ではないのです。
どうして、学校の食堂とはこうなのだ。

そして、ご飯もトンカツも、
なんだか、やけに水っぽかったのです。
いったい、どこの製造工程で
トンカツが水を含むようになったのか
気になりましたのです。

う〜ん、へもい。

02.1.8
 

卒論が厳しい状況なのです。
論文は、考えてから書かないと
メチャクチャになってしまうと思いまして、
書く前にずっと考えていましたら、先生に
「とにかく考えずに書きなさい」
と言われましたのです。ですから、
その通りにして書いて出しましたら、
「もっとよく考えて書きなさい」
と言われてしまったのです。

どうすればよいのかしら。
 

このままでは、卒業ができないのです。
卒業ができないと困るのは、すでに僕は、
育英会というところから奨学金を
200万円も借りているからなのです。

先日、総理大臣が特殊法人改革の一環として
育英会を廃止すると言っていましたが、
ぜひとも、育英会を徹底的に廃止してほしいのです。
そして、借金もすべて帳消しにしてほしいものです。
借金を借りたら返すという、いびつな構造から
改革するべきなのです、はい。

ところで、育英会にお金を返さないと、
家に取立ての人が来るそうなのです。
しかし、恐れることはないのです。
取立てに来るのは育英会の人なのです。
サラリーマン金融の取立てのような恐い人が
来るわけではないのです。
サラ金の取立ては、「コラー!!」と力で
脅したりするかもしれませんが、
育英会の人は、「返してくださいね〜」と
苦笑いしながら3日おきくらいに、犬の散歩がてら
ひょっこり顔を出す程度である気がします。

だからといって、僕がお金を返さないと
取立人は保証人である父のところへ行くのです。
しかし、これは自業自得というものです。
”うちの息子は借金を返せます”
と無責任な保証をしてしまった父の罪は
残念ながら大きいのです。
いや、もしかすると、
”借金の保証人にだけはなるなよ”
と普段から僕に警告していたので、
その危険性を自ら身をもって
示そうとしているのかもしれません。

かわいそうな、父。
 

02.1.9
 

おとといのことなのですが、
おとといのことを、今日の日記に書いてよいのですか。
いや、おとといのことを今日思ったのですから
今日の日記なのです。

病院へ行って、CTというレントゲンを
大掛かりにしたような機械で写真を撮ったのです。
1年ほど前の日記に書きましたように、
僕のほっぺたの骨の中には、
丸い袋のようなものがあるそうなのです。
このことが、時々不安になるわけでして、
病院の検査も、とても緊張してしまうわけなのです。
 

名前を呼ばれてから、
撮影を行う無機的な部屋に入れられ、
緊張のまま検査台の上に寝かされ
ベルトで身体を固定されましたら、
部屋に音楽が流れていることに気が付いたのです。
普通、検査をする部屋の音楽といったら
クラシック音楽などが妥当であると思うわけなのですが、
その時に流れていたのが
”ウルフルズ”というグループの

「まかせなさい」

というノリのよい曲でした。

”まーかせなさい、まーかせなさい、
とーりあえず、まーかせなさい”

という歌詞を横になりながら聞いていましたら、
ガラス越しにこちらを見ている先生とその助手の人が
「我々にまかせなさい」と言っているように思えてきたのです。
「そ、そりゃ、あんたたちにまかせますけれども」
そんなノリで撮るのかっ、と思いましたのです。

”なすがまま、なるがまま、
ふくかぜに、まーかせなさい”

という歌詞とともに、なすがまま、なるがまま、
検査台に固定されて動かされる僕。
なぜこんなにも現在のシチュエーションに
合致した曲がきたものかと、笑ってよいのか、
わるいのか、分からなくなってきたのです。

もしかして、検査結果を知らせる時も
ウルフルズの曲で

「それが答えだ!」

を流すのではなかろうか、もしそうならば、
続けて「バンザイ」を流してほしい。
もし、よくない検査結果が出たりしたら、

「明日があるさ」とか「ガッツだぜ!!」

なんていうオチがあるのではなかろうかと
ひとり心配しております。間違っても、
「やぶれかぶれ」、「がむしゃら」、「事件だッ!」
という曲は流さないで欲しい。
 

02.1.10
 

研究論文を進めていくうちに、
ある事実が浮き彫りになってきたのです。
それは、”僕の頭が悪い”ということ。
いや、研究テーマとは全然関係ないのです。
前々から、”漠然と頭が悪い”と思っていたのですが、
ついに、研究の過程から、
”明確に頭が悪い”ということが
浮き彫りになってきたのです。

”頭が悪い”を具体的にいいますと、
”頭が、論理的にできていない”
ということなのです。
論文は論理的に書かれるから論文なのであって、
僕が書けない原因は論理的な思考が
できないからなのだ。

論理の方法に”3段論法”というのがありますが、
どうも、僕には2段目までが限界のようです。
どうしても3段目までたどり着けない。
1段上って、1段下がって、
また1段上って、1段下がってという、
論理の踏台昇降状態。

上って下りての繰り返しで心拍数が上がり、
思考がまとまらなくなり、
最終的にあちこちに考えが飛び散ることから
僕のは”散弾論法”と命名したいの。
もしくは、1歩進んで2歩下がる
”365歩のマーチ論法”と定義したいのです。
いや、1歩進んで5歩下がっている気もするのです。
いや、3歩進んで、7歩かしら……、
と、このように、
頭が論理的でないため、書いていることが、
よく分からなくなってきたのです。

う〜ん、へもい。

02.1.11
 

さんざん迷って迷って
考えに考え抜いて下した決断が
大失敗になる男、それが僕なのです。

ラーメンがよいかカレーがよいか、
食堂の入り口で迷って迷って、カレーを選んだら
カレーは売り切れで
水っぽいハヤシライスになるタイプなのです。

優柔不断が原因なのです。

以前、学校のエレベーターで
9階から降りてくる際、
図書館のある2階に行きたいと思って
Aボタンを押し、
あっ、図書館は2階から入れなかったのだ、
3階から階段で行こうと思い、
Bボタンを押し、
あっ、昼食がまだだったのだ、
ひとまず1階まで降りようと思い、
@ボタンを押したのです。

そうしましたら、僕1人しか乗っていないのに
ボタンは@・A・Bと3つも光っている状態になるわけで、
そういうときに限って、誰か乗ってくるのですね。

エレベーターは7階で止まり、
顔見知りの人が乗ってきたのです。
その人は、ボタンを押そうと操作盤を見て
振り返りざまに、こう言ったのです。
「あれ!?しいな君、なんで3つも押してるの?」
これではまるで、エレベーターのボタンを
全部押して人様に迷惑をかける、
アホな小学1年生ではないか。
しかし、僕はボタンが3つ押されるに至るまでの
複雑な経緯を説明できるほど
説明上手ではないのです。
ですから大抵の場合、
ただ、笑うしかないのです。

相手から見たら、
僕はどう見えていたのだろう。、
1人でボタンを3つも光らせて
何も言わずに、ただ笑っている。

変人以外の何者でもない。

02.1.12
 

「今日は思い切って寝てしまおう」
というときの
僕の決断力はなんなのだ。

論文などイヤなことに対しては、なかなか
思い切って取り組まないというのに、
「論文をやらないといけないけど、
今日は、眠いから……」という時には、
不気味なほどの思い切りのよさが発揮される。

今日は寝てしまおう、と思う時は、
決まってその1日は何もしなかったことが多い。
(いや、何もしなかったというと正確さに欠ける。
ご飯を食べたり、日めくりカレンダーをめくるということはした)
そして、眠りにつくときには必ず
「明日こそは!お、覚えてろ……」
と親の仇を討ち果たすことが出来ずに
無念のうちに息絶えるように眠りにつく。

このように、「思い切って寝てしまおう」という言葉の裏には、
”明日こそは”という意味が含まれている
ということが分かる。
これは、今でいうところの
”明日があるさ”的発想なのです。

しかし、これは問題の先送りでしかないのです。
一時的な享楽を求める者には、
必ず手痛いしっぺ返しが訪れるのです。
その証拠に、僕は現在
手痛いしっぺ返しを受けている。
先送りばかりした結果なのです。
できれば停止ボタンを押して巻戻しをしたい。

”明日があるさ”などといえば安心できそうですが、
そんなこと言われなくとも、
明日は必ず訪れるわけなのです。
しかし、その”明日”が望ましい”明日”であるとは
限らないわけで、僕にとっての”明日があるさ”は
”恐ろしい明日”があるさという
恐怖を予告する言葉でしかないのです。
 
 
 
 

02.1.17
 

家を出るときに玄関にカギをかけますが、
このカギがしっかりかかっているかを
確認するために、一度ドアを引っ張るのです。
ここまでは、普通だと思うのですが、
心配性の人は、
一度引っ張ったときはよかったが、
もしかして、あれは偶然カギがかかっていて
もう1回引っ張ったら開くのではないか
と思うのです。そしてまた何度もドアを
ガタガタと引っ張るのです。

ドアをガタガタやって、
「これでよし!これでよし!」
と自分を納得させ、
指差し確認までして出発しようとするのですが、
さらに心配性な人は、
「いや、今のガタガタのやりすぎて、
カギが外れたのではないか」
と思うのです。そして、何度も確認。

「絶対に開かない!」
と強く自分に言い聞かせ、家を出て
しばらく駅に向かって歩くうちに、
さらにさらに心配性な人は
「あの時のカギの確認、もしかして夢だったのではないか?」
と思うのです。
このような発想になるときは
寝不足で何がなんだか
分からなくなっているときが多いのです。

ああ、夢だったかもしれない!
と思いドキドキしてきますと、
カギだけでなく、火の元、ベランダのカギ
電気、給湯ボタン、ヒーターなど
すべてがよくない状態になっていて、
あわわわ、となるのです。
 

僕はよく、あわわわ状態になるのです。
これは、病気かもしれない、と思うのです。

02.1.25
 

日常でよく使うものほど
装飾がついたり、いろいろな形状に
なっていると思ったのです。
洋服や靴は毎日使いますから
いろいろなデザインがあるのですね。
しかし、カナヅチやガスボンベは
滅多に使わないから、
あのように地味なのですね。

ご飯も毎日食べるから
オニギリになったり、オムライスや
カレーライスのようになるのですね。
そう考えますと、今までは毎日使わなかったけれども
これから毎日使うようになるものに
先行してデザインをつけるとよいと思うのです。

例えば、パソコンやマウスは
もうすでに奇抜なデザインが
出てしまっていますから、
なんでしょう。思い浮かびませんでした。
 

02.1.26
 

中学から高校、高校から大学、
大学から就職と、これまでヨロヨロと
進んできましたのですが、
就職の次は何なのだと考えますと
これといって何も思い浮かばなかったのです。
ですから
「就職したら、もう何もないのだな、ははは」
と思っておりましたら、
父と母に「あとは結婚だけだな」
と言われましたのです。

「そういう決まりなのか!」
と問いたいのです。
先日、テレビでフリーターの人が
「正社員になるのが決まりなんですか!」
と問うていたのですが、その気持ちなのです。
しかし、フリーターの人は
30歳過ぎると正社員にならねばと
思うようでして、そう考えますと、
僕も時期がきたら結婚しなくては
と思うのだろうか。

い、いや、それ以前に結婚だなんて
無理でしょうよ、いくらなんでもと言いたいのです。
父と母は僕の対人恐怖症の程度を知らないのです。
交友関係もゼロなのです。女の人の友達どころか、
男の人の友達もいないのです。
それに振り返ってみますと、
22年間生活してきまして、僕は僕ほどに
無口な人を見たことがないのです。
これはギネス級といっても過言ではないのです。
身寄りのない老人でも僕以上に
会話をしているはずなのです(猫とかと)。
特に高校の時、授業以外で口にしたのは
「うん…」「ううん…」「少し…」
という3語だけだった気がします。
そのような者に向かって、結婚をしなさいというのは、
猿に向かって東大に合格しなさいというくらい
無茶なことなのです。

ああ、へもい。
頭も顔も悪いうえに、わがままで弱くて
うぬぼれが強くて、生活が不規則で。
ああ、人目に触れない所で、
ひっそりと生計を立てて、
眠るように消えていきたい――。
 
 

と、「結婚」という言葉は
僕を芋づる式に落ち込ませる力を持つ
禁句なのであります。

う〜ん、ネガティブ軍曹!

02.1.27
 

コタツのことを”おこた”と言うのに、
なぜ、ふとんのことは
”おふと”と言わないのだ!
ふとんのことを”おふとん”と言うならば、
コタツのことを”おこたつ”と言うべきではないか。

『ヘンジン・シーナの金言集』より
 

*
 

今日は、計算機を使った遊びを
思いついたのです。
計算機を使った遊びといいますと、
数字を足したり引いたりするイメージが
あるかもしれませんが、僕が考えましたのは、
計算機のボタン部分を自分の頭に
力強くぶつけて、どんな数字が出るかという
プリミティブでエキサイティングな遊びなのです。

自分の頭でやってみましたところ
「5」という数字が出たのです。
なんだか知能のレベルが
数値化されているような気がしましたので、
ためしに妹の頭にも当ててみましたところ、
「2」が出たのです。このことから、
数値が知能のレベルを表しているということが
証明されたのです。

何度もやっているうちに、
妹の頭が「1402」という高記録を出したり、
僕が「-7」という異常値を出したりもしたのですが、
これを使えば、サイコロを使わずに
すごろくをすることができることも分かったので、
特許を出願しようと考えています。
 

もう1つ、テレビを使った遊びを
発見したのです。
普通のNHK相撲中継と、BSの相撲中継では
映像に時間差があるのです。
この時間差を利用するのです。
最初は普通放送を見ていまして、
力士が土俵で気合を入れるために
自分の尻を叩いて「パン!」と鳴らした瞬間に、
BSに切り替えますと、「パン!」と
今行っていた尻を叩く動作を
もう一度視聴することが可能となるのです。
力士はどういうわけか、
尻や膝や腕をパンパンと叩くので、
その「パン!」という音を何度鳴らせるかを
競うゲームを作るのです。こちらも
「土俵入りパンパンパニック」
というタイトルで特許を出そうと考えています。

02.1.28
 

研究室の人に、
デジタルカメラを貸して欲しいと
言われましたのです。

「どこのメーカーのカメラ?」
と聞かれましたので、
う〜ん、どこだったか、どこだったかと
考え込んで10秒間ほど経過したとき
「これ以上長く考え込んでいたら、
アホだと思われるのではないか」
と、ハッと気が付きまして

「き、キャノン……」

と慌てて答えたのです。

家に帰ってカメラを調べてみましたら
「フジフィルム」でした。

なぜ「キャノン」と言ってしまったのだろう。
よりによって考えに考えた末に。
ああ、カメラを持っていくのが恥ずかしいのです。
キャノンと描いたシールを貼って行こうか。
キャノンはプリンターの方だったのです。

これでは、また
頭がボケていると思われるのです。

いや、実際にボケ始めているという
確かな実感がある。

02.2.2
 

昨日、学校で大学院の方の実験の
実験台になりましたのです。

実験は、レゴブロックで大きめの
ロボットを説明書に沿って作るというものでして、
作業効率を分析することが目的のようなのですが、
これがなかなか難しかったのです。

ロボットを黙々と作る様子を、
ビデオカメラで撮影されまして、
完成までに1時間半もかかったのです。
レゴであんなに疲れましたのは初めてでした。

とくに疲れました原因は、
ビデオ撮影されているということなのです。
これでは、貧乏ゆすりもできませんし、
下手な組立て方もできませんし、
ブロックの匂いを嗅いだり、あくびもできないのです。

もっとも辛かったのは、
ブロックの組合せが間違っているのに、
きつく組み込んでしまい手で取れなくなってしまった
という場合でして、誰も見ていなければ僕は
歯を使ってでも「ムムムキーッ!」とブロックを外したくなるのですが
”録画”のことを考えますと、
放送禁止になるのではなかろうかという不安から
我慢しなくてはならなかったのです。

前日に手の爪を短くしていたこともあり、
僕は、3人中2位という中途半端な結果になったのです。

僕は本当はもっと早く組立てられるのです!
誰も見ていないところならば!!

卒業論文が終わったかと思いましたら、
今度は、発表の準備なのです。
発表の準備をしていますと、
論文のあちこちにミスが、いやすべてが間違っていることが
分かってくるのです。
も、もう、非常にへもくなってきたのです。

僕の研究は、ミニゲームの作り方の
ようなことについての研究なのです。
しかし、こんなことを研究しても、詳しい人から見ましたら、
稚拙すぎる論文なのであります。
ですから、発表が恥ずかしいのです。

手法が本当に役に立つのか
という有効性の検証も不明確ですので、
できれば誰にもこの手法は使っていただきたくないのです。
もし、誰かが手法を使用したら、
有効性が証明されるどころか、
僕のアホさ加減のみが証明されてしまうのです。

と思い、僕の論文はそっと座布団と座布団の
間に挟んで、それをビニールテープで固く結んで、
土の中に埋めておきたい
と思ったのです。
 

02.2.5
 

今日は、学校から帰ってから
火曜日でも開いている床屋へ
行きましたのです。

床屋のおばさんに、こう聞かれたのです。
「高校生ですか?」
す、すこし、うれしかったのです。
年を若く間違われて、うれしくなることは
年をとったということなのでしょうか。

お金を払う時も、
別のおばさんに、こう聞かれたのです
「大人料金でいいのかしら?」

こう何度も間違われますと、
なんだか心配になってきたのです。
僕は、4月から働くことになるというのに、
高校生に見えていて大丈夫なのだろうかと。
実年齢よりも5才ほど若く見られるということは、
僕が5才だったら、
0才に見られていたのだろうか。

う〜ん、どうしよう。

02.2.6
 

今日は、16時間も眠ってしまったのです。
眠りすぎて、もう何がなんだか
分からないのです。
頭も、いつも以上にぼけてしまって、
変な感じなのです。

ですから、もう寝ます。
 

02.2.7
 

近所のレンタルビデオのお店から
「お誕生日おめでとうございます、
レンタル1本無料にします」
という内容のハガキがきたのです。

前から借りようと思っていたDVDが
出ている頃でしたので、さっそくハガキを持ってお店へ行き、
目的のDVDを持って、レジへ向かったのです。

そのとき、ある場面が
僕の頭に浮かんだのです。

以前、妹が妹の友人達とある飲食店に入ったとき
その日が妹の誕生日だったということで、
店内が突然暗くなり、店内放送で
「今日はお誕生日の方が来ています!
みなさん拍手をお願いします!」
というアナウンスが流れたそうなのです。
そして、店中の店員が「ハッピーバースデー」を歌いながら現れ、
花火を刺したパフェと風船3個がプレゼントされ
記念撮影まで行われたそうなのです。
 

もしかして、僕もこのハガキを出したら、
突然、店内が暗くなるのではあるまいか。
心配になってきたのです。
しかし、これまで何度かこの店に来たけれども、
そんな状況は一度も見たことがなかったので、
勇気をふりしぼって、ハガキとDVDを持って
レジへ向かったのです。

何も起こらないでくれ!
という願い通り、まったく何も起きなかったのです。
実は「お誕生おめでとうございます」ぐらいは
言ってもらえたりしますと、
照れてしまうけれども、ささやかに嬉しいかもしれないな、だはは
と思っていたのです。
そして、ひそかに
「お誕生おめでとうございます」
と言われたときは、こういう顔をして、
首の角度を約40度傾け、照れ笑いをしながら、
「ありがとうございます……」
と言おうと漠然と計画を立てていたのです。
 

何も言われないと、言われないでさみしい。
言われると、恥かしい。
我ながら、わがままな性格なのだっ。
 
 

02.2.9
 

オリンピックの競技、
冬のオリンピックは特に
よく分からないのです。

なぜ、あんなに遠くまでスキーで
飛ぼうと考えたのだろうか。
尋常でないのです。尋常といっても
尋常小学校のことではないのです。

スキーのジャンプの原点は
きっと些細なものであったと思うのです。
ちょっと2メートルほど、ぴょんと飛んで、
どこまで飛べるかな、
という程度のものであったと思うのです。
それが、あんた、どんどんエスカレートして……。
ということではなかろうか。

ボブスレーも、異常なのです。
あの異常なスピードは何なのだ。
乗っている人たちは、何を考えているのだろう。
「あー、寄っちゃってる!寄っちゃってる!んんーっ!!!」
と中で考えたりしているのだろうか。

スピードスケートの格好も、
本来の服装がスピードを求めるあまり
エスカレートして、今の全身タイツのような
姿になったのではあるまいか。

フィギュアスケートは、
なぜ、高速回転をすることが
高得点になるのだろうか。

あらゆることが、伝統のようになり、
恒例の行事になっているため、
多くの人々がその異様さに
気が付いていないように思うのです。
い、いや、異様なのは僕なのだろうか。
 

02.2.14
 

お誕生日、ありがとうございます。
23才になったのです。

僕は生まれた時から無口でして、
普通の赤ちゃんは生まれたらすぐに
オギャー!
と泣き声をあげるところを
僕はじっと黙って出てきたそうなのです。
と思いましたら、へその緒が首に絡まって
単に息ができなかっただけなのだそうでした。
 

そ、それはそうと、
昔からのバレンタインデー賛成派の僕は、
今年は、なんとも、うれしいのです。
掲示板にもたくさんメッセージをいただけて、
こんなに幸せですと、こわくなるのです。
(幸せでないときは、幸せでないことがこわくなるのです)
 

僕も頑張らなくてはならない
と思いました、精進です。
よろこびパワーのような力は
いろいろなものの原動力なのですね。

えいっ!しかし、このような僕が
23才になっても大丈夫なのだろうか。
ああ、23才とは、よく分からないのです。
17〜20才あたりは1才1才が重く感じましたが、
もはや22才を過ぎますと、
いつ朝起きたら30才になっていた
という事態になってもおかしくないな
という心境です。

よ、よくわかりませんが、みなさん
どうも、ありがとうございました。
 
 
 


愛姫さんからいただいたカップのセットの絵なのです。
(カメラがありませんでしたので、
絵を描かせていただいたのです)









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