昔のファミコンの方が
今の高性能ゲーム機よりも
おもしろかった気がするのです。
これは、きっと開発者数の違いから
きているのではないかと思うのです。
ファミコン時代のゲームソフトの開発者数は
4名ほどでしたそうなのです。それが、
プレイステーションでは、20名くらいなのだそうです。
そのため、開発者間でのコンセプトの共有が
できなくなってきたのではあるまいか、
または、1ヶ月間遅れたときに
コストがかかりすぎるので、方向修正ができないまま
出荷しているのではあるまいかと思うのです。
ファミコンソフトは、少人数で開発をしたためか
よく言えば、コンセプトが明確で個性的。
わるく言えば異常。
「たけしの挑戦状」や「ミシシッピー殺人事件」。
「オバケのQ太郎」の難易度は
まさに異常だったのです(特に犬の動き)
このように、ファミコンは万人を対象としていないのです。
しかし、そこがよいのではなかろうか。
今のプレイステーションの
ファイナルファンタジーは、誰でも遊べて
誰でもクリアできるようになっているのですが、
なんだかファイナルファンタジーをやっているのか、
他のゲームをやっているのか
分からなくなってきている気がするような
しないような気がするのです。
(なんなのだ、この遠まわしな言い方は!)
ファミコンのファイナルファンタジーの1作目は
とても興奮した記憶があるのです。
まず敵の絵が不気味でして、
あれで遊ぶ気がなくなるのです。
しかし、それを過ぎますと、
ものすごく難しくても、それが楽しいのです。
最近のゲームのブームは、
ゲームの面白さというよりも、
ヒットしているということが
一番の売り物になっている気がするのです。
冷凍庫から取り出したばかりの氷を
口に入れようとすると、
唇にくっついちゃって、はがれなくなって
それでも無理にはがそうとすると、
唇がビローンと伸びて、
「イタタタタ」と涙目になることがある。
男子フィギュアスケートで
金メダルを取ったヤグディン選手は、
演技を終えたあと両膝をつき、
氷に口付けをした。
その姿を見て、唇がはがれなくなるのではないかと
僕は、テレビの前でヒヤヒヤした。
もし、世界中が見守る中で、
ヤグディンさんの唇が
氷に張り付いて取れなくなり、
しばらく身動きができなくなったら、
一体、どうなっていたのだろうか。
芸術点が下がったりしたら、
へもすぎるのです。
花粉症なんかにはならない
と僕は根拠のない自信を持っていたのですが、
もはや、鼻の奥が痛くて、
1時間に2回のクシャミが出て、
頭がボウッっとしたまま働かなくなってしまいました。
もう、何もしたくなく、だからといって
何もしないとムズウズするので、
かゆくて、へもくて、図1のような状況です。
図1 現在の心境
卒業研究の発表は終わりましたのですが、
まだ、もうひとつ発表が残っているのです。
今度の発表は、学会での発表なのです。
もはや、これまでなのです。
りんごジュースを飲んでいます。
夕方にホームページを更新するのは
久しぶりなのです。
02.2.25
花粉症かと思っておりましたら、
ただの風邪だったようなのです。
なので、自転車に乗ってきます。
学校の前に、”マロニエ通り”という
通りがありまして、そこを渡るために
信号待ちをしていたのです。
そうしましたら、僕の横で
同じく信号を待っている大学生風の男女が、
このような会話をしていたのです。
「”マロニエ通り”の”マロニエ”ってなんだろ」
と男の方が標識を見て言いましたら、
女の方が、こ、これが、また
なんというのでしょう、いわゆる”ぶりっ子”的な発声法で
「えぇ〜、なんでだろうぅ〜、
きっと、マロが煮えたからじゃないぃ?」
などと、いかにもかわいこぶりっ子で言っていたのです。
もう、「なんなんだ」と。
横で信号待ちをしながら僕は右手拳をプルプルさせ、
「あ、あんたは、普段からそのような
ぶりっ子的なしゃべり方なのか!」
と心の中で叫んでいたのです。
それに、マロが煮えるとは、
何を考えているのだっ。
僕の脳裏には、その言葉を聞いてすぐに、
眉毛の丸い平安貴族が、
メラメラと燃え盛る業火のボコボコの湯の中で、
「あ、熱いでおじゃる!熱いでおじゃる!」
と叫んでいる地獄絵図が浮かんできたのです。
マロが煮えるとは、そういうことなんだ!
と言いたい。そこまでリアルに
マロが煮える図を想像してから、
言ってほしい言葉なのである。
しかし、男の方は、
「なんだよ〜、それ」などと言うのみ。
このような、変質的カップルとでも申しましょうか、
男女の異様な会話をですね、
僕は1ヶ月に1〜2組は耳にしている。
いったい、この世の中は、どうなっているのだ!!
そして、このような会話に耳を傾けている
僕の方こそ変人なのか!
このままではいけない!
と、声を大にして言いたいが、
言えないので、日記に地味に記しておく。
よく銀行や区役所などで
書類に記入をする時、
近くに「見本」があるではないですか。
例えば、横浜の銀行とかでしたら、
見本の氏名欄には、たいてい
「横浜太郎」とか「横浜花子」と
書いてあるのです。
今日、4月に入る予定の会社から
書類が送られてきまして、
それにも見本が付いていたのです。
しかし、その見本はなんだか変わっておりまして、
氏名欄に、
「加勢大周」
と大きく書かれていたのです。
ここで、言っておきたいことは
会社と加勢大周との間には何の関係もないということ。
それなのに、なぜ”加勢大周”なのだろうか。
タイムリーでもなければ、
なんだかすごい所から持ってきたなという印象の名前。
そういえば、名前で問題になった人でしたから、
わざわざ名前欄に見本として書いたのだろうか
(いや、そんなはずはない)。
それどころか家族構成の欄には、
父:加勢岩男、母:加勢富子
などと架空の名前まで連ねてありますし、
趣味の欄には、「テニス、ゴルフ、三味線」。
これは、笑わせにかかっているのだろうか。
おまけに用紙はワラ半紙ですし、
折り目に関しては、どれだけ急いで折ったんだよ!
というくらいにずれていまして、
本当にこの会社を選んでよかったのか、
心配になってきたのです。
もしかして、僕はもうリストラの対象に
なっているのではあるまいか。
最近、ふたたび
へもくなってきているのです。
春休みになりまして、
逃げていたことがいろいろと、
浮き彫りになってきましたのです。
も、もう、ここに書いて、なんとかするのです。
(読む人には迷惑な話なのである)
ま、まず、自動車免許なのです。
これは、もう半年以上(!)も
教習所へ行っておりませんでして、
もうどのレバーが、あれで、
あれが、どうなって、こうなってが
完全に分からなくなっているのです。
僕は大学の先生に教習所へ行っていると
以前言ってしまいまして、そのためか
先生はよく「教習所」のことを話に出してくるのです。
「だははは……」と僕は意味不明の笑顔を浮かべるのですが、
とても、「半年以上も行っていない」とは
言い出せないのです。うぉ〜ん。
ですから、先生のいない間に研究室に入り、
出てこないといけないのです。
そ、それと、去年に買いました「ミニ株」なのです。
1ヵ月分のアルバイト代のすべてを
注いだ10数万円分のミニ株が、
現在、5万円になっているのです。
「ミニ」でよかったのです。
もう二度と株には手を出しません、うぉ〜ん。
もう、とにかく、悲しい気持ちなのです。
悲しい気持ちばかりで、
僕はまともな勤め人にはなれない
と、さらに落ち込むのです。
| 私は教習所の厳しさに耐えられない。…@
会社は教習所よりもっと厳しい所である。…A @、Aより、
|
もう、どうにもこうにも、
もし幸運にも勤め人になれましても
絶対に僕はホームレスになる気がするのです。
いや、ホームレスになるに決まっているのです。
そのシミュレーションをしてみたのです。
上の図はお金の出入りを示す
シミュレーションモデルなのですが、
これを動かしてみますと、
僕は、51才でホームレスになる
と出たのです。
どうしようもないのです。
今のうちにダンボールハウスの作り方を
調べておくのです。
お腹が筋肉痛なのです。
久しぶりに、満員電車に乗りましたら、
ぎゅうぎゅうでもう誰も乗れない
というところに10名くらい乗ってきまして、
僕は、右足は内股、左足は爪先立ちで、
そのうえ後ろから押され、エビぞりのようになり、
フィギュアスケート女子のフィニッシュのような
ポーズになってしまったのです。
その状態で、次の駅まで
5分ほど耐えないといけないのです。
耐えるも何も、手も足もフルフルしているのです。
きっと、あのフルフルを見た人は
僕を生まれたての子鹿だと勘違いしたはずなのです。
フィギュアスケートの女子だって
あのポーズで5分は無理なのです。
これに追い討ちをかけるように
電車が大きく揺れたりして、
僕は、吊り革から壁に両手を付いたのですが、
その状態ですと、腹筋にもう、
強大なストレッチパワーみたいなのが
グングン溜まってきたのです。
それで、筋肉痛になったのです。
う〜ん。
ちょっと見てみたい映画
大神会長の「ブレード・オブ・ザ・サン」。
「ロード・オブ・ザ・リング」より、見てみたいの。
う〜ん、ヒットの予感。
僕は、現在、横浜に
住んでいますのですが、
小学1年生までは広島県に住んでいたのです。
広島での思い出は、
もう、ほとんど残っていないのですが、
そのころ、毎日のように遊んでいた
友人がいたのです。
その友人とは、もう10年以上も
会っておりませんのですが、
彼は去年から東京の方で働くようになり
関東に住むようになったそうなので、
明日、僕はその友人と
会うことになったのです。
ああ、なんだか
ものすごく緊張しているのです。
なにが緊張しているかと申しますと、
彼は、僕の幼稚園時代を見てきた人でして、
僕が親に怒られて外に出されて大泣きしている姿や、
勝手にスイカ畑からスイカを持ってきたり、
ビー玉をスーパーから持ってきたり、
メンコを駄菓子屋から持ってきたり、
(泥棒三昧だな!)
その他にも数多くの恥かしい出来事を
目にしている人物なのです。
彼は、まだそのことを覚えているのだろうか。
それに今の僕は、幼稚園の頃と違って
本当に無口なのでして、
別人と思われるのではなかろうか。
ああ、どうしよう。
日記に間があいてしまいましたのは、
ゲームを作ろうと考えていたためなのですが、
結局、ゲームのアイデアは
浮かんできませんでした。
(ぴよぴよ、ぴよぴよ、ぴよぴよ)
先月、学校の後輩の方と
同級生の方からチョコレートを頂きましたので、
そのお返しを買ったのですが、
まだ、渡しておりません。
だ、だってですよ、学校までの
定期券が切れてしまったのですよ。
ホワイトデーは、いつの間にか過ぎており、
なんだか、タイミングを大きく外してしまったので、
まあ、お返しはいらないのではないか、
向こうだって学校へ来ていませんでしょうし、
義理で頂いたものなので、ねえ。
そんなに、こだわらなくても、ねえ、
ねえ、ねえ……と思ったのですが、
そんなことではいかん!!
と僕は奮起して学校へ向かったのだった
という想像を家の中でしつつ、
プレゼントのお菓子を食べてしまおうか、
いや、食べてはいけないのだ
と繰り返し繰り返し
体育座りで考えていたのでした。
ここ2週間近く、
家の周りしか行っておりませぬ。
プチひきこもりです。
略して「プチこもり」です。
現在、パジャマがユニホームです。
たまに着替えましても
膝のビリビリに裂けたズボンをはいており、
その裂け目からモモヒキがチラチラ見えたりして、
チラリズムなのです。
テレビもおもしろいものがなく、
ほとんど見ておりません。
「特命リサーチ」、「伊藤家の食卓」、「あるある大辞典」、
「スパスパ人間学」、「試してガッテン」は、
すべて同じカテゴリーとして分類しても
よろしいですか?(誰に聞いているのだ)
こういう生活の知恵的、便利術的番組は
もう、1つにまとめて欲しいのです。
それと、最近は「貧乏」や「どん底人生」、
「お金」、「犯罪」、「裁判」、「病気」といった
みのもんたが司会的番組が多いのです。
これも、1つにまとめて欲しいのです。
例えば、犯罪を犯して裁判沙汰になり
貧乏のどん底になりましたら
その様子を「愛の貧乏脱出大作戦」で放送し、
最後に「ミリオネア」で挽回すればよいのです。
(よくないよ!)
ムネオハウス問題とか、ムルアカ問題とは、
もう、お笑いとしか思えないのです。
実際に、ムネオは証人喚問でも
ものすごいボケを連発していたのです。
「爆笑オンエアバトル」に「ムネオムルアカ」というコンビで出たら、
高得点が出ると思うのです、オーバー500なのです。
「パックンマックン」みたいな国際的な感じで
売り出してみては、いかがなものか。
それと、ドリフ大爆笑は、
いったい、いつのVTRを流しているのだ!
と叫びたいのです。「ドリフ大爆笑25周年」、
サブタイトルが「2時間まるごとダメだこりゃ」って
本当に2時間まるごとダメだこりゃと
いう感じになっているのです。
フジテレビで夕方にやっている
スーパーニュースは、必ず1回は
テロップに誤字があるのです。
ニュースステーションの久米宏の服は
誰が選んでいるのだ!
このようにテレビに不満がいっぱいの僕は
ほとんどテレビを見ていないのです。
(じゅうぶん見てる!)
金曜日は卒業式でしたのです。
式へは、早く来すぎてしまい
僕は会場の最前列に座ってしまいましたのです。
開式の言葉の時、
厳粛な空気の中、起立して礼をし、
校歌の書かれた紙を探していましたら、
僕のズボンのファスナーが
全開であるということに気が付いたのです。
式が開くのと同時に、
僕のズボンのファスナーも開いていたわけなのです。
式の後、謝恩会というのに出席したのです。
僕の苦手な立食タイプの食事でしたのですが、
主席者が学校の人たちなので、
助かりましたのです。
謝恩会の後にも、
お酒をいただいたのです。
ああ、なんだか、楽しかったのです。
卒業の時になって、ようやく
お友達の方とお酒を飲む楽しみのようなのが
分かったのです。ああ、もっと早く知っておれば、
と思ったのです。
それにしましても、
謝恩会のときに、お世話になった先生に、
「君が論文をしっかり書けば
それを座布団と座布団の間に挟んで
しまわなくてもよいのだよ」
と言われたのです。
その時、なんのことだろう、なぜ「座布団」なのだろう
と思っていたのですが、
もしかして!と考えて愕然となりましたのです。
過去の日記(2月2日)に、
|
間に挟んで、それをビニールテープで固く結んで、 土の中に埋めておきたい と思ったのです。 |
と僕は書いていたのです。
もしかして、先生は、こ、これを、
ご覧になったのでしょうか……。
もはや、笑うしかないのです。
大学での時間は、
知識の習得だけでなく、それを基にした
物事の基本的な考え方を固めるための
時間であったと思いましたのです。
本を読んだり、ゲームを作ったり、
いろいろな人にお会いしたり、
ああ、学校の皆さんどうもありがとうございました。
先生、ありがとうございました。
しーなねこのページを見てくれている方、ありがとうございました。
今後は、これまでの経験をもとに精進します。
お世話になりました。
ああ、僕は幸せ者なのです。
(こ、これで、どなたに読まれても
大丈夫な日記になったのだ)