06.11.02
 

しいな一人百首46

水牛を頭突きで仕留めしおばさんは 泣きたい時にジャムを舐めるよ
 

- - -
 

「マタアイマショウ」という曲があるらしいのですが、
パッと見ると、「アタマイタイデショウ」と読み間違えます。
何度見ても、何度見ても。あたま、いたいでしょう。
 

- - -
 

NHKの番組「プロフェッショナル仕事の流儀」の、
放送予定のページを見て、第33回、村上春樹が出るのか!?と思ったら、
高野進という日本陸上のコーチでした。
 

- - -
 

大学の授業でシステムダイナミクスというのがあって、
僕はこれに宇宙を感じたのです。

ジュースか何かの販売数を予測するモデルを、
先生が専用のソフトで作って、これで今年の売行きの予測をするのですが、
予想と実績が近かったように覚えています。

売行きに関わるオブジェクトを用意して、
天気や平均気温や降水量や価格や宣伝費や為替やお客さんの感情とか、
考えつくものは全部入っていて、それらとそれらが因果関係(数式)で
つながっていて、ダイナミックにパラメータが変化して、
過去数年間の実績値と整合するようにパラメータを調節しておいて、
今年のこれまでの天候とかを入れると、
これくらい売れるというのが分かるのです。
 

それで僕が、ぼーっとしてしまったのは、
ジュースの売上げだけでなく、全人類と世界中のいろんな要素が、
オブジェクトとして、パラメータとして、こう因果関係で結びついて、
できているという実感で、頭が真っ白になる感じがしました。

今の技術では、全人類と世界中のいろんな要素を、
計算することはできませんが、百年後にはどうなるか分かりません。
僕の妄想ですが、今、発した一言や行動が、その発した人にとって、
どのような影響を及ぼすかが即座に分かる仕組みができるのではないでしょうか。
誰かに「えらい!」と言うか、「バカ!」と言うかで、
人生にどれだけの変化が起きるかが計算されて出てくる時代が来ると思うのです。

すべての人間や地球のあらゆることが、
1つのコンピュータの中に吸い上げられて計算されて、
例えば、寝坊して電車を1本乗り過ごしたが、
寝坊せずに乗っていたら、電車は脱線して怪我をしていたというようなことが、
可能性として予想されるのではないでしょうか。

電車の運転士というオブジェクトがあって、
運転士の体調、運転士の家族、生活とか無限に近いだけ要素があって、
他のオブジェクトでは、駆け込み乗車する乗客があったり、雨で床が濡れたり、
駆け込み乗車した乗客の生活、精神状態とかがあって、電車が少し遅れたり、
それらが結びついていて、○○が××の場合、
電車が脱線する可能性は△%と出るのです。

前日に、「えらい!」と言うか、「バカ!」と言うかがパラメータで存在して、
「えらい!」と言ったら、その後気分がよくなって酒が進んで、
飲み過ぎて、寝坊して、脱線する電車に乗らずに済むが、
「バカ!」と怒ったら、空気が悪くなって、帰ってすぐ寝たら、
きっかり起きて、脱線する電車に乗ってしまう。

というようなことが、言葉を発した時に、コンピュータによって計算されて、
「ここは『えらい!』と言っておいた方がいいですよ」
と教えてもらえるのです。でも「えらい!」というか「バカ!」というかは、
その言葉を発する本人の、これまでの生活の時間のすべての因果で
発せられる先端のものだから、仮にコンピュータが選択肢と
選択によって起きる可能性を提示したとしても、選ぶものはすでに決まっていると考えられるので、
そう思うと、すべて偶然は必然ですね。
 

それで、何をしても結局決まっているんだと思ったのですが、
人間の感情のオブジェクトの、人間的なものというかエゴの要素をオフにすると、
いったんパラメータがリセットされて、
自動で最適な値を取ってくれるような気がするのです。

生活をして疲れるほど、、エゴというか執着が強くなって、
リセットできずに、わるい選択をしてしまって、
負のスパイラルに入るように思いますが、
これも、すでに決まっていることなのですね。
 
 

もう意味が分からん。
 

06.11.04
 

「マンザイ」という愉快な店名とは裏腹に、
笑いをすべて打ち払うような、看板の圧倒的汚れ具合。
でも、お客さんがいっぱいいたから大丈夫。
というフォローをしておけばよろしいでしょうか。
 
 

一人百首の絵をcalypso画伯に描いて頂きました。
毎回、しみじみと笑えてきますね。
あんな不思議なイラスト、どこにもないですよ!

『しいな一人百首』挿絵巻calypsoさんのページ)
 
 

「一人百首」なのですが、しばらく停止していましたが、やっと半分近くなりました。
「しいなへの100の質問」というのもやっていたのですが、
あれも半分くらいで数ヶ月間停止しています。

どうも僕は、半分までは一気にやって、
そのあとに長く停滞するタイプのようです。
停滞ならいいのですが、「勝ち抜き!!スナックバトル」のように、
打ち切りみたいになるケースもあるので、気を付けたいと思います
(スナックバトルは打ち切りにしていません)。
「マスコットハンター」は第6回で終わっていますね。
 

「一人百首」も「100の質問」もNo.45あたりで停滞していたので、
45%を乗り越えられるかどうかが、100%までいけるかのポイントなのかもしれません。

100%までいったことがあるのかというと、
「しーなねこかるた」は、自分でも感心するのですが、全部書いたのです。
しかも、今見ると、自分で言うのもなんなのですが、絵が上手い。
何かに憑かれていたとしか思えません。
 

「一人百首」と「100の質問」は、
週に最低1つは追加していこうと思います。
 
 

06.11.05
 

明け方ごろ、布団で寝てたのですが、
シュタタタタタタという足音が廊下を通って近づいてきて、
それが僕の枕元1メートル前あたりで小さくジャンプして、
頭の真横に、ピタッと足をそろえて着地したのです。

たまに妹が小走りで僕の部屋まで来るので、
「妹か、なんだ」と思ったのですが、いやいくらなんでも明け方だし、
部屋のドアは閉めてあるのに、開けた様子もなく走ってきたし、
と考えたら、「じゃあ、何なんだよ、この横に立ってる奴!」と、
怖くて目を開けれないまま考えていたら、
いつの間にか眠っていました。

という話を夕食の席でしたら、
父も明け方に、シュタタタタタタという子供のような足音を聞いたと言うのです。
下の階の人の足音じゃないかとも考えたそうですが、
その割にはしっかり聞こえたそうなので、僕が聞いたのと同じかもしれないです。
そうしたら母が「そういえば、昨日、炊飯器の釜を洗ってたとき、
釜の水を捨てるのが重いなあと思っていたら、
誰かが手で釜を下から押し上げた感じがして驚いた」と言い、
妹は昨晩、誰も呼んでないのに、風呂場から「呼んだ?」と聞き返していたので、
誰かいたんじゃないの、こええ、と思いました。

結論として、座敷わらしが来たのではないか、ということになりましたが、
あれは夢だ!「そういえば」なんて考えれば、
不思議なエピソードはいくらでも出てくるものです。
だから、気のせいだということにします。

しかし、去年は、ベランダの窓をコンコンとノックする音を、
全員で聞いて、風もないし、倒れるものもないし、
7階だから子供のいたずらでもないので、その時も、
座敷わらしということで結論付けたのですが、よろしいでしょうか。
 
 

なんだか10連休で、社会との関わりが減っているためか、
宇宙だの座敷わらしだの、精神世界への傾きが大きいような気がします。
はやく仕事をしなくては。でも仕事になると、休みたくなるのです。
へもい。
 
 

06.11.05
 

明け方ごろ、布団で寝てたのですが、
シュタタタタタタという足音が廊下を通って近づいてきて、
それが僕の枕元1メートル前あたりで小さくジャンプして、
頭の真横に、ピタッと足をそろえて着地したのです。

たまに妹が小走りで僕の部屋まで来るので、
「妹か、なんだ」と思ったのですが、いやいくらなんでも明け方だし、
部屋のドアは閉めてあるのに、開けた様子もなく走ってきたし、
と考えたら、「じゃあ、何なんだよ、この横に立ってる奴!」と、
怖くて目を開けれないまま考えていたら、
いつの間にか眠っていました。

という話を夕食の席でしたら、
父も明け方に、シュタタタタタタという子供のような足音を聞いたと言うのです。
下の階の人の足音じゃないかとも考えたそうですが、
その割にはしっかり聞こえたそうなので、僕が聞いたのと同じかもしれないです。
そうしたら母が「そういえば、昨日、炊飯器の釜を洗ってたとき、
釜の水を捨てるのが重いなあと思っていたら、
誰かが手で釜を下から押し上げた感じがして驚いた」と言い、
妹は昨晩、誰も呼んでないのに、風呂場から「呼んだ?」と聞き返していたので、
誰かいたんじゃないの、こええ、と思いました。

結論として、座敷わらしが来たのではないか、ということになりましたが、
あれは夢だ!「そういえば」なんて考えれば、
不思議なエピソードはいくらでも出てくるものです。
だから、気のせいだということにします。

しかし、去年は、ベランダの窓をコンコンとノックする音を、
全員で聞いて、風もないし、倒れるものもないし、
7階だから子供のいたずらでもないので、その時も、
座敷わらしということで結論付けたのですが、よろしいでしょうか。
 
 

なんだか10連休で、社会との関わりが減っているためか、
宇宙だの座敷わらしだの、精神世界への傾きが大きいような気がします。
はやく仕事をしなくては。でも仕事になると、休みたくなるのです。
へもい。
 

06.11.06
 

昼まで寝て、手拭とカミソリを持って、
バイクに乗って郵便局へ行って払込みをしてから、
無印良品で石鹸を買って、そのまま天然温泉の出る銭湯へ行って、
顔を洗って、サウナに入って、ぬるいお湯に30分浸かってから、
シャツを買って帰って、家で黒澤明の「生き物の記録」のDVDを見て、
それを返却して、先日MacBookを置く用に買ったテーブルに、
MacBookを置いて、線香焚いて、瞑想して、
のだめカンタービレを見て、缶ビールを1本飲んでこれを書いています。

10連休が終わって、明日から会社ですが、
自宅謹慎をしていたような気分です。
 


 

音楽を聴くとか、本を読むとか、旅行をすることとかの多くは、
あれなのではないでしょうか、確認作業なのではないでしょうか。
本当は人間は既に全部知っていて、見たいと思っている本当の理想が、
無意識か意識にあって、それに近いものを見て、
自分はこれが好きなんだと、より明確に確信できるように、
重ねて塗込む作業なのではないでしょうか。

見たいと思っている本当の理想のものを、
必死に探しまわるよりも、いっそのこと、自分で作ってしまった方が、
自分で作るのだから、より理想に近いものになるはずなので、
安心できると思います。
探し回っても、本当の理想のものは各個人の中にしかないのだから、
見つかるはずがないと思います。

儲けようとするなら、たくさんの人の理想の、
最大公約数みたいなのを作れば売れると思いますが、
いや、売れないな。
逆に、完全に突っ走ったものが売れるケースが多いのは、
それに理念があるからだと思います。
となると、なんだ、理念が、人が理想と思っていたものを崩すのでしょうか。
魂が欲しているものに共鳴するからでしょうか、
だから、本当の理想のものは、ないのだと思います。
本当の理想と思っているものはエゴで、
理念があれば、人類共通のグッとくるものに刺さるのではないでしょうか。
生きることや、平和とか、子供たちの未来とかでしょうか。
昨日、NHKで手塚治虫の特集を見たのですが、そんな気がしました。
 
 
 

「しいな一人百首」

48.丑三つに彼女が水着に着替たら ぼくの咆哮響くトンネル
 

(ボツ).実写版砂かけ婆阿久悠を ウズベキスタンで署名活動
 

ボツと採用の基準が分からんし、

「理念」とか言っといて、結局こんなんか!
 
 

06.11.07
 

久しぶりに会社へ行ったら、だんだん頭が痛くなりました。

いま好きなCMは消臭ポットのCMです。
 

下の写真は、消臭ポットと関係ありません。
 


 
 
 

06.11.08
 

加湿器の力をあなどってはいけません。
加湿器が家にない人は、ヨドバシカメラで2980円とかで売ってるので、
直ちに買って室内の湿度を50%にしたらいいと思います。

去年は加湿器のおかげで、1度も風邪を引かずに過ごせました。
しかも、インフルエンザが流行した職場において、
加湿器を中心とした半径3メートル以内に座っていた人は、
誰も風邪を引きませんでした。

今年も、そろそろ加湿器を出そうと思って寝たら、
早朝、空気が乾燥して冷たくて、鼻と喉を軽くやられました。
あと1日早く出していれば。

インフルエンザの予防接種も受けたいです。
 
 

     

左が加湿器がない状態。右が加湿器がある状態。
写真より、加湿器の効果が一目瞭然である。
 
 

06.11.09
 

「加湿器の力をあなどってはいけません。」
と書きましたが、いや、本当にあなどってはいけない。

昨年は、同僚のじょーくんが買ってきた500mlの小型タイプだったのですが、
「去年、あれだけ大活躍したんだから」と、
「今年はもっとすごいやつを!」と、
僕が鼻息荒く家から紙袋に入れて持ってきたのが、
3.3リットルの大型タイプ。前の6倍。
かなり大きな部屋も潤せるやつだったのですよ。

そんで、それがゴポゴポとやはり大量の蒸気を出して、
僕はその蒸気の直撃を受けるところにいたのです。

- - -

昨日から体調が悪く、起きたら頭が痛く、
会社に行っても、どうも頭や首が痛く、全身がだるく、いやな汗をかき、
どうにも調子が出ないうえに、落ち着きがなく、憂鬱で、物音が気になり、
人が恐く、気が散り、自律神経が失調してきたので、
なんなんだこれは!と思ったのです。

ふと下を見ると、もしかして、この大型加湿器のせいではないかと、
これを作動させてから変になった気がするぞと、
湿度と自律神経の関係について調べたら、
高湿度だと具合が悪くなるそうでして、
これは梅雨時に、憂鬱でぐったりするのと同じなのです。
それに気付いた僕は、

「悪魔の発明ぞ!!」

と叫び声を上げて、電源コードを引き抜き、
ハンマー投げの要領で、円の中で5回転した後、
悪魔の発明品を右耳の横から鋭い角度で射出し、
もっと飛べ、もっと飛べという感じの、
例の雄叫びを、しばらく上げ続けるスチームボーイと
洒落込ませて頂きました。脳内で。

- - -

果たして、どうなるのだろうか。
コーヒーを飲んだのもいけないかもしれない。

何事も極端はよくない。
 
 
 

     

左がスチームボーイな状態、右がよい状態のゴリラの赤ちゃん。
写真から、加湿器のおそろしさがうかがえる。
 
 

06.11.10
 

あのお客様シリーズが少し広がりました。
 


 
 
 

06.11.11
 

お酒の席で、「幸せとは何だ」というお話になったのですが、
僕が「幸せ」について考えるときに、いつも思い当たるのは、
イガラシイッセイとやった「サイキック対決」のことです。

サイキック対決とは、各自である物を都内のどこかに埋め、
相手が埋めたものを、サイキック(超能力)を駆使して、
探し当てた方が勝ちという、非常にバカげた遊びなのです。

スタートしたら、両者、瞑想やらタロットカードを使って、
ターゲットの位置を予想します。
しかし、この予想が正しい可能性なんて、ほぼゼロなのです。
ゼロだと分かっていると、家から出る行動を起こすのが、面倒になるのですが、
ゲームなんだから、一応動き出さないといけない。

そのとき動き出す動機になるものは、「ターゲットはあそこにある!」と、
強く信じることだけだったのです。

そして、予想したターゲットの位置に向かっていくと、
偶然なのですが、瞑想で浮かんできた図柄と、
合致するようなオブジェが、実際に見つかったりするのでした。
結論から言うと、当然ながら、その一致は勝手な解釈で、
ターゲットとは全く無関係のものだったのですが、
この、「見つかった!」と思ったときに感じた、
「感動」や「喜び」といった高揚感は、実際にあったのです。

つまり、人生における幸せも同様で、
生きることに明確な目的、幸せ(ターゲット)は存在せず、
各自で、ターゲットはあそこにあると勝手に予想し、
それを頑なに信じて、盲目的に走る、ということなのではないでしょうか。
そして、走っている最中に感じる、サイキック対決における偶然の一致、
ターゲットに近付きつつあるという思い違いから生じる高揚感こそが、
いわゆる「幸せ」なのではないでしょうか。

その幸せを感じ続けている間に、寿命がくれば、
「幸せな一生を送った」と言えると思います。
もし寿命までに、予想したターゲットの位置に辿り着いたとしても、
そこに何も埋まっていないことが分かれば、
また別の位置を再設定して、信じて走り出すでしょう。

そんなことを、サイキック対決をしたときに思ったのです。
そして僕は、真の幸せはない、幸せを探すプロセスの中に幸せがある、
しかし、永遠に走り続けるのはあれだ。だから、何とかならないかと考えて、
「生きているだけで幸せ」と、一番近いところにターゲットを想定して、
掘り返さずに感じるだけにしようと思いました。
すると、何でもありがたく幸せに思えてくるので、いいと思うのですが、
 

まあ、そんなにうまくはいきませんよね。
 


 

06.11.12
 

写真は夕方、ベランダから見た空です。
ずっと遠くに、こういう雲を見たりすると、
その雲の下では、僕らの生活している世界とは、
時空の異なる世界が広がっている気がして、すごくドキドキします。

   
 

いじめが問題になっていますが、
人間の本能は愛とか平和だと思うのですが、いかがでしょうか。
本能が、学校とか会社といった重たい鎧を着せられて、
ぎこちない動きになるから、不自然なことが起こるのだと思います。
自然のチンパンジーは、たぶん、いじめもノイローゼもないと思います。
どうすればいいかを考えたら、ふたつ方法が思い浮かびました。
鎧を無くすことか、鎧を着ていても自然な動きができるよう、
精神の筋力を鍛えることです。

今、鎧を無くすこと、学校や会社を無くすというのは無理なので、
精神の筋力を鍛えて、ストレスを消して、
さらに受け付けないようにするしかないのかなあと思いました。
そうすれば、本能的な愛とか優しさを、
自然に放散し続け、楽に過ごせるのではないでしょうか。
 

まあ、そんなにうまくはいきませんよね。
 


 
 

06.11.13
 

最近の日記、内面にはまりこんでました。

「マタアイマショウ」を「アタマイタイデショウ」と
読み違えると書きましたが、
「サービスアンカー」を「ビビアンスー」と、見間違えさせて頂いております。
恐縮です。

何を読んでいたか忘れましたが、新聞記事を見てたら、
「牛丼の松五郎」という文字が浮かんできました。
もちろん、そんな記述はどこにもない。

ということでひとつ、よろしくお願いします。
 

さあ、あったかくして、日付が変わるまでに眠ろう。
 
 

[やってみたいこと]

・「Do you speak English?」の問いかけに、
 ガッツポーズで「Yes!」と叫ぶが、その後、挙動不審で完全黙秘。
 
 
 
 
 
 

06.11.15
 

「Firefox2.0」がすごく気に入りました。

それはそうとして、僕はジムにでも通おうと思います。
 

Gooogleアドセンスというのを、このページ下に置いているのです。
これは、このページにある文章を解析して、
それに相応しい宣伝を自動で出すのですが、
今日出てたのは、これでした。

もうなんなんのだろうか。

そうだ11月は、バイオリズムがあれだったのだ。
 
 

06.11.16
 

僕、虫歯になったことがほとんどないのです。
小学生のとき、妹と一緒に歯科検診に行ったのです。

検診後、歯医者さんはこう言いました。
「妹さんは、とても細かいところまで、よく磨けてるね。
でもね、お兄ちゃんは、磨きすぎ。」

僕は徹底的に磨くあまり、歯茎を傷めていたのです。
だけど、それくらい磨いていたから虫歯には、なりません。

2年前に歯科検診を受けたときも、虫歯はありませんと言われました。
その時、せっかくだから歯石を取っときましょうということになって、
先の尖った鉄の棒で、ガリガリやられたのですが、
これが痛いのなんのって、虫歯の治療より痛い。

歯石は定期的に取るので3ヵ月後にまたきてください、
と言われましたが、痛かったので、2年間行っていません。
3ヶ月後に来て欲しかったら、もっと優しくやってよね。
なんか奥歯が痛い気がします。
 

土曜日はご結婚のお祝い。本当におめでたいです。
日曜日は、以前、三月ウサギさんのオフ会で2回お会いした
gratinさんのコンサートがあるのです。
プロコフィエフとかブラームスですよ、よく分からないのですが、
とても楽しみです。
 

06.11.17
 

「サービスアンカー」を
「ビビアンスー」と見間違えると書きましたが、
「サスペンダー」を買おうとして、間違って「エキスパンダー」を買ってきてしまっても、
これらは、同じものと考えて頂いて大丈夫なので、
エキスパンダーを、ズボンに引っ掛けてサスペンダーにしても、
サスペンダーを引っ張って、均整のとれた健康的な身体作りをしても、
完全に”通る”と思います。

しかし、「サスペンスパンダ」になると、分からなくなってまいります。

「カフェラテ」を注文しようとして、「カフェテラス」と言っても、
完璧に”通る”と思います。
 

06.11.19
 

土曜日は渋谷へ、Tさんの結婚式2次会へ行きました。
渋谷という街は僕にとって鬼門中の鬼門で、
途方もない邪悪なエネルギーで苦しくなるのですが、
おふたりの結婚は、鬼門の邪気を完全に打ち消すぐらい、
華やかさ、光、オーラを放っていました。
本当におめでとうございます。
 

今日はgratinさんが音楽監督を務める福浦絃楽舎の
コンサートへ行ってきました。
バイクで20分だと思っていたのですが、
雨が降って寒くてバイクに乗れないので、電車で行きました。

コンサートは、胸が熱くなりました。
ピアソラのアディオス・ノニーノで、ピアノとサックスと、
ピアニカ(ピアニカですよね)の3人での演奏が、特にサックスが非常にカッコよくて、
僕は全身の力を抜いて聴いていたのですが、
あ、僕、美味過ぎる物を食べて、それがあまりに美味過ぎるものだった場合、
喉で止まって、戻しそうになっちゃうのですが、
それくらい、すごいなあ、と思いました。

場所が、横浜市大医学部のキャンパス内の講堂だったのですが、
雰囲気がよくて、座り心地としては椅子が固かったのですが、
座り心地のことは完全に忘れました。
ベートーベンのヴァイオリンソナタ第1番・第1楽章を演奏したのが、
分子薬理神経生物学の教授というのがまた、医学部という感じで、
すごいなあと思いました。できる人は何でもできるな。
どんなことも根底で繋がっているのだな。

gratinさんが指揮をした最後の曲と、アンコールの曲も最高で、
特にアンコールの時の曲、メンバー全員でしょうか、
10人ぐらいで出てきて、一斉にバーッと始って全部の音が混ざって、
ぐわーっと押し寄せてきて、舞台で全員が真剣に淡々と、正確に演奏をこなしていくのと、
曲の力が上がってくるのに従って、涙が出そうになりましたが、
泣かないようにしました。いくらなんでも泣きすぎだろう。
ありがとうございました。

家に帰って、浦沢直樹の『PLUTO』3巻を読み終えたところで、
同僚のじょーくんがマンガを持ってきてくれたので、それを読み始め、
妹が借りてきた「VforVendetta」というDVDを見て、「間宮兄弟」を見ました。
次の休日には近衛さんにお借りした押井守の「ご先祖様万々歳!」を
徹底的に見たいです。どれもおもしろい!
 
 
 

06.11.20
 

先週の金曜日に、モテないチームで酒を飲みました。
メンバーは、Kさん、Sくん、イガラシイッセイと、僕の4名。
あ、イガラシイッセイの本名を書いてしまいました。

最初の話題は、最近の業務についてという、
当たり障りのない内容で滑り出しましたが、
モテないチーム・チームリーダーのKさんの中ジョッキが、
空になるにつれて、話は核心に向かっていきました。

何が問題でモテないのか、どうすればいいのか、
場は中盤から、Kさんのネガティブ独(毒)演会の様相を呈し、
イガラシイッセイとSくんは、サイレントを決め込み、僕はもう、
モテなくていいと思えてきました。そう、モテなくていいじゃないか。

モテるモテないとか、そういうことではなく、
これからは、子供たちの未来、世界平和のことを考え、
生きとし生けるものの願いがかなえられ、
すべてに調和が訪れるようになること。
宇宙との一体化。ただただ、それだけを敬虔に願い、
使命に従って生をまっとうしたい。
 
 

そういえば、自慢ですが、
僕は数年前、タレントの内藤陽子さんに、
「好みです」と言われたことがあります。

唐沢俊一さんのページ、以下抜粋。


レギュラーブレーンの内藤陽子ちゃんは彼女とはまるで正反対に、
頼りなげなオタク男が大の好み、という変わった
(と言っちゃいけない、まことにありがたい)女性で、
ことに椎名くんがチョーお気に入りらしい。
この椎名くんが、まさに対人コミュニケーション技術が不自由な
工学系オタクの典型であり、岡田さん曰く
“メモリーユニットを抜き取られているHALみたいなしゃべりかたをする”。
そういうところもまた“かわいー!”とのことで、
わざわざ収録終わった後でもいろいろ話していた。

そうそう、ミステリーハンターの川幡由佳さんも、
このページに書き込みしてくれたことがあったのだ。
 

ははははは!さらば、モテないチームよ!
 

と思いましたが、
おもしろがられることと、モテることはまったく性質が違う。
しかも随分、昔の話でした。
昔のことを掘り出してくる辺り、いやらしくなったな、僕。

おやすみなさい。
 
 

06.11.23
 

日記を読んだ会社の人から
「モテないチームのKさんと、Sくんって誰?」という質問を受け、
内線電話もかかってきたので、正直に回答してしまいました。すみません。
しかし、本当にモテないわけではなく、KさんもSくんも、わりとモテています。
というフォローをしておけば、まあ大丈夫だろう
(イガラシイッセイはどうなるんだ)。
 

それはそうとして、僕は鼻が利きます。
以前の日記に、


僕は日ごろから、女の人の髪の分け目の匂いが好きなんですと公言し、
少し離れた所からでも嗅ぎ取る嗅覚を備えているのです

と書きましたが、とりあえず、匂いを嗅いでみれば、
だいたいのことは分かるんじゃないでしょうか。

実際にする匂いよりも、もっと小さな匂いにならないくらい小さい要素が、
あると思うのでして、それを嗅ぐ。
それは緊張していては無理で、ぽかーんとしたときに分かるのでして、
例えば、こんなこというとあれですが、
亡くなった祖父がいま僕のところに来ているというのも、
匂いで分かることがあるのです。
オカルトは信じないのですが、これは自信あります。

実際には匂いはしていないのですが、
祖父が亡くなった時の、祖父と病室や様々な匂いが混ざった
そこだけの匂いの記憶にあって、それがごくたまに、
ぼーっとしていると突然、その匂いがする可能性のない所で、
ハッキリ匂って、「あ、来てる」と思うのです。
だから「いつもありがとうございます」と思うのです。
最近、この体験も減ってしまいました。
 

匂いで事件を解決する刑事ってどうでしょうか。
 

被害者の臭いから、性格、ライフスタイル、容姿等を割り出したり、
「この中に犯人がいます!」と言って、ひとりずつクンクン嗅いで、
「この人が犯人です!」って言う、嗅ぎ刑事(デカ)。
警察犬か!
 
 
 

06.11.25
 

版画板を買ってきてハンコを作りました。
 


 

押しやすいようにビンを両面テープで付けました。
 


 

日付を書いたりすると、なんかそれらしい。
 
 

06.11.26
 

風邪気味です。
先輩にお借りした「御先祖様万々歳!」と、
「おたくのビデオ」、「続・おたくのビデオ」のDVDを見終わったら、
朝5時になっていました。おもしろかったです。
特に「御先祖様万々歳!」は、隅々までカッコよすぎて、
たまりませんでした。

おもしろいものを作りたいです。
生きているうちに、自分がいちばん喜んで踊りだしたくなるような、
何度も見返してしまうような作品をひとつ作れたら、
最高だなあと思います。

と思って、ずっとメモを書き続けているのですが、
見返してみると、いかにして創作に臨むべきかという
心構えや方法ばかり書いてあって、
具体的な創作内容に関することが、ひとつも書かれていませんでした。
しかも、10年前から、同じことばかり書いてる。

たまに具体的なことがありますが、短くて何が言いたかったのか。


2003/07/08
「デジャヴだらけ、言い間違いだらけの劇」

2001/11/27
「かっぱちゃん・てんぐちゃんトーク」

「かっぱちゃん・てんぐちゃんトーク」ってなんだろう。
「デジャヴだらけ、言い間違いだらけの劇」は、
登場人物がデジャブで「あれ?」となるたびに、
いちいち場面が転換して、それに関連するエピソードが出て、
本筋のストーリーが一向に前進せず、
また台詞が言い間違いだらけで、意味が分からないけれども、
デジャブと言い間違いが、重なり続けていくと、
逆に、本質的なことが伝わってくる、
という構造の物語を作りたいと思ったのです。たしか。


2002/02/07
「結局、監督の仕事っていうのは、場面と場面の間の
つなぎを工夫することなんだよ(黒澤明)」

????/??/??
「これはどうしても映画にしたいんだっていうのを
一つでも二つでもいいから絶えず持っておくことです。(黒澤明)」

う〜ん。
 
 
 
 

06.11.27
 

髪の毛が、もじゃもじゃになって跳ね上がって、
どうしよう。
年とともに、もじゃもじゃ具合がひどくなっている気がします。寿司。
寿司が食べたいわけではありません。
ただ、寿司と言ってみたかっただけです。

妹に「あんたの頭、煙みたいになってるよ」と言われました。
鏡で見たら、たしかにもじゃもじゃで、
煙が上がっているようになっていましたが、煙ってすごいな。

帰りの横須賀線で立っていたら、
前のシートは全員グレーのコートのおじさん4人で、
ぎゅうぎゅうで皆、肩をすぼめて目を閉じていました。
前に座ってたおじさんは、たまに目を開けて、両足と腕を閉めたまま、
器用に缶チューハイを口の前まで移動させ、すすり飲んで、
また目を閉じました。
 

おやすみなさい。
 

06.11.28
 

先輩の小鉄さんが、メールでヘアーカタログのページを
送ってくださいました。

髪が伸びているということに気付いたら、
気になって仕方ありませんし、鏡を見るたびに気が滅入るので、
なんとかしてください。

つきましては、どの髪形がよろしいか
メッセージをお願いします。頂いたメッセージの中から、
ヘアースタイルの図をプリントアウトして、
「これにしてください」といってきます。
 
 

ヘアーカタログ
http://www.beauty-box.jp/style/mens/index.html
 
 
 

06.11.29
 

朝、布団の中から寒く頭が痛く、鼻が詰まっていたからか、
おもしろくない夢を2本続けて見て、夢に飽きてはきたけれど、
起きたくはないところに、目覚まし時計がすごい音で鳴ったので、
これを1秒も鳴らないうちに、バシッと止めて思い切って布団から出て、
窓を開けて線香焚いて、顔を洗ったら、
 

ぎっくり腰です。
 
 
 

昨日、「どの髪型がよろしいでしょうか」という、
僕の上目遣いな質問に対し、何名かの方から、
BBSやミクシィで温かいメッセージを頂きました。

現在、頂いたサンプルを、身近な人に見せて、
この中のどれがいいですか、と絞込みの段階に入っています。
週末に行ってきます。

メッセージをくださった方のひとり、YAMAさんは、
神戸で美容室をなさっている人で、すぐにメッセージをくれました。
ありがとうございます。本当は、YAMAさんに切って頂きたいのですが、
横浜から神戸まで行くのは疲れてしまうので、
何かで神戸に行ったときには、ぜひ参りたいと思います。
 

あと、先輩のブルマさんは、
美容室で「菅野美穂にしてください」と言って、
「できません」と言われたそうです。
 
 

06.11.30
 

ぎっくり腰が痛いのですが、髪型とか服装もあれですが、
とにかく体を鍛えようと思います。あと勉強と創作活動に専念し、
世界の平和、子供たちの未来、精神の解放に貢献したいものです。

ミクシィの日記に以下のようなことを書いたのです。


宇宙と生活は対立するとしてですよ、 
こう宇宙側に行くと、知覚が拡大して、 
様々なものが引っかかってくるのですけれども、 
これが凶と出ることもあるので注意が必要です。 
生活側にいくと、引っかかりは少ないですが安定します。 

あるのは「生」と「死」として、 
人生を「生」と「死」の間をつなぐ 
一本の糸と考えて、この糸は生まれたときから 
非常に不安定に揺れていると思います。 
泣いたり笑ったり、元気になったり落ち込んだりは、 
普通の振幅の範囲内というか生活への集中なのですが、 
揺れが激しい人もいて、糸が切れんばかりに大きく 
宇宙側に揺れたときにだけ、 
見えるものがあるのでしょうけれども、 
それは見えない方がいいのかもしれません。 
一度見てしまったら、もどってこれるのでしょうか。 

入学、卒業、就職、一人暮らし、結婚、出産、退職 
こういう生活側イベントは、揺れる糸を留めて 
少しずつ安定させていくための 
「ピン」の役割なのではないかと思いました。 

揺れが完全に止まってもおもしろくない。 
揺れ過ぎて、糸が切れちゃってもまずい。 

こういうことを、ランチでイガラシイッセイに
熱心に話したのですが、今の流行語で言うところの

「わかりかねる」

という表情でした。
あれですよ、瀬戸際のギリギリの所を歩かなくては、いかんのですが、
そうするとノイローゼになるので、そしたら玩具の兵隊のように、
麦稈真田を敬虔に編んで戻して、中庸でいきたいです。
狂気と形式、インとアウト、躁と鬱、緊張と緩和、
宇宙と生活、もういいのだ、誰にも分からんでも。
バラバラでも知覚が拡大して作ったピースを淡々と拵えていけば、
そのうちつながる、考えたこともない深層意識が、曼荼羅になって浮かび上がるのです。
なぜなら宇宙の原則に従っているから。そういうコンセプトで臨むべきだ。
儲けようというのではない、アフォーダンスで真理に沿えば、
すべてがうまくいくのだ。きてる、きてますよ。

こんなのはいらないというようなのは、すでに生きてないのだ。
「大人たちの半分は生きてはいないけれど」ってあるじゃないですか、
本人が幸せなら、横須賀線の車中で肩をすくめて缶チューハイを
啜ってもいいじゃないかというかもしれんが、違う。
それは幸せではない。幸せは、跳ね返ってきた時にあるものだと思います。
自分の本当の姿は、人から当てられた光の中でしか確認することができないのだっ。
生きているという実感、生きとし生けるものへの貢献しかないのだっ。
ぬんおおお。

とりあえず、お酒を止めようと思います。完全にはやめないけど。
 
 

(12月からは普通の日記にもどります)
 
 
 
 

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