過去の日記
とうとう、自動車の
免許を取ることになりそうなのです。
本当は、取る気はなかったのですが、
学生時代に取っておかないと、
社会人になってからでは大変よ、
と言われまして、
「で、では、取っておこうかな……」
と考えたのです。
しかし、今はものすごく
自動車に、乗りたい乗りたいの気分が
膨らみつつあるのです。
夢は、「ルパン三世・カリオストロの城」の中で
ルパンと次元が乗っていたような車に、
ブンブン乗ることなのです。
入所の申し込みのため、
家の近所の区役所へ、住民票をとりに行ったのです。
教習所は学校の近くを選びました。
住民票を見て驚いたのは、
僕の本籍は「茨城県」だったことなのです。
今まで、茨城県には
行ったことはなかったのです。
よく考えてみたら、
本籍茨城県の、神奈川県民が、千葉県の教習所に
申し込んだということなのですね。
わお!なんだかグローバル!
とっさに、サッカーでいう
「静岡は、日本の、ブラジルです」
という言葉が頭をよぎったのです。
この言葉を聞くたび、
結局、どこなんだよ!!
という疑問がわいてくる。
しかし、僕に免許が取れるのかしら。
うちの父は、免許取得まで、
幾度となく実技試験を失敗し、
平均40日間といわれるところを、
約3ヶ月もかかったそうなのです。
おまけに、祖父は指導教官と喧嘩して、
途中でやめてしまった……。
そう考えますと、僕はすでに
遺伝的に、かなり厳しい所まで
追い詰められているのではなかろうか。
しかし、教習所で
少し安心する光景を目にしたのです。
どう見ても、70すぎのおじいさん3名が
教官の後を付いて、僕の前を横切って行ったのです。
僕は、心の中でこう思った。
ライバル登場――。
いい味を出している
ラーメン屋に行った場合
(行ったことないけど)、
その店のプロ意識に驚嘆し、
「この味、どうやって出してるの?」
という疑問や、
「この味は、他では出せないよ」
なんていう賛辞を、
店長に向けるのでしょうが、
今日、僕の行った教習所の
トイレは、異様に臭かった。まさに
「この臭い、どうやって出してるの?」
という疑問や、
「この臭いは、他のトイレじゃ出せないよ」
という言葉が、不謹慎ながら頭をよぎり、
プロ意識のようなものを感じてしまうほど、
徹底した臭さでしたのです
(ごめんなさい)。
掃除はしてあるようなのです。
「混ぜるな危険」
と書かれた洗剤が置かれていましたので。
しかし、混ぜる混ぜない以前に、
このトイレの空気は
完全に「危険」なものになっている
ということに、掃除する人は
気が付いてくれないのか。
ところで、教習所では
適性検査というものをしたのです。
検査で困るのは、
「その検査が何を意図して作られているか」
ということを、あらかじめ
分かってしまっているときなのです。
「ロールシャッハ―テスト」
あいまいな形の図を見せて、
それが何かを直感で答えるテストなのですが、
このテストのポイントは、
その図形を見て、「壊れたバイオリン」とか
「怪我をしたネコ」というような
不吉な答えを選ぶと、アウトになることなのです。
そのことを知っていましたため、
僕は、答えの選択肢として
「おどる天使たち」とか「おすもうさんの土俵入り」
という平和的(?)なものを選んだのです。
しかし、試験終了直前、
大きな間違いに気が付いたのです。
答えと解答欄を、ずらして
書いてしまっていたのです。そのため、
「おどる天使たち」は
「モグラのケンカ」
になり、「おすもうさんの土俵入り」は
「山火事」
に。とても「不吉」なものになっていたのです。
「モグラのケンカ」って……、かわいい(!)
急いで書き直したのですが、
きちんとなっていたか心配なのです。
レンタルビデオを
3本も借りておきながら、
借りたことをすっかり忘れておりました。
あっ、と思いそのビデオを手にとり
レシートを見てみたのですが、
今日がその「返却日」でしたのです。
(現在、午前2:00)
こ、これが世に言う
「延滞」
というものなのなのか!
延 滞
なんて恐ろしい響きなのだ。
この言葉から、まっさきに連想されるのは
「雪だるま式」という言葉。
雪の塊を転がすと、雪が付いてどんどん大きくなり、
しまいには手におえないくらい巨大になる……。
延滞すればするほど、
延滞料が膨らむのですよね。
どうしよう、もし1年間忘れて
倍々になって、7兆円くらい請求されたら。
それに、返しに行っても、
店員の人に
「きちんと返してくださいね」
と注意されるのであろうなぁ……。
お金も余分に払って、注意されて、そのうえ1本も見ていない。
気が重くなるのです。
へもい、へもすぎる。
自動車教習所へ通うことになって
3日ほどたったのです。
もう、自動車にも乗っているのです。
入校前から、心配していたのは、
恐い教官にあたるのではないか、
ということでして、
そのことばかり気にかけていたのです。
ですから、前もって、
免許を持っている友人に聞いたのです。
「恐い教官とかいましたか?」と。
すると友人は、
「恐いのは、2、3人くらいだったな」
と言ってくれたのです。
そんなわけで、
「まあ、2、3人くらいなら、なんとかなるかな」
という気持ちで、自動車に乗ったのですが、
今のところ、僕を担当した教官の
5人中4人が、恐かったのです。
すでに2、3人の枠を越えているのです。
最初の1人目が恐かったもので、
これが噂に聞く、「恐い教官」というものなのか。
と思い、
「高い授業料払って叱られるとは!」
と、多少怒りにも似た感情を抱いたのですが、
その後の教官も、その後も同様に
恐かったのです。
そこで気が付いたのです。
どうやら
僕に問題がある
ということに。
そういえば、昔から怒られやすい性質でした。
僕、本当に頭が悪いもので、
何回やっても覚えないのですよ。
カチカチ鳴らす合図に気がいくと、
ブレーキを忘れたり。
カーブを大回りしたり、
逆に、内側に入りすぎたり――。
しかもそれを、何回も繰り返す。
これでは怒らない方が無理だ。
少なくとも、僕が教官だったら怒ってます。
あと、僕のステータスのようなものも
「怒りの条件」なるものを
満たしているのではあるまいか。
ここで「怒りの条件」とは
何かと申しますと、まず、
教官よりも「若い」ということ、そして
見た目が「弱そう」であり、職業が「学生」であること。
名前も「しーな」という、力強さが感じられない名前
だということなのですね。
これらの点が、形勢を不利にしていると
思うのです。
ですから、もしですよ、
僕が教官より10歳くらい年をとっていて、
見た目が、ゴリラのような大男、
職業が「プロレスラー」とか「空手家」で、
名前が「鬼熊狂死朗」というような名前でしたら、
教官も、
「こ、こりゃあ、ちょっと怒れないな……」
と、ならんかね。
いや、鈍い僕が全部悪いのです。
しょぼん。
最近、家でやっていることは、
テレビとか、映画とかで、気になった音楽が
あるじゃないですか、
それをインターネットで探してきて、
「マイベスト」なるCDを作ることなのです。
それにしても、僕のマイベストCD、
順番に聞いていくと、
ジャンルがメチャクチャなのです。
これを聞いた人は、
間違いなく情緒不安定の人が作った
と思うでしょう。
最初は、
坂本龍一の、美しいピアノの曲で
始まるのですが、その後、突然、
ドリフの舞台が代わる時の音楽に。
再びしんみりと、北野映画の
さみしげな音楽に戻ったかと思えば、
急変して、
「マジンガーZ」と「ヤッターマン」に。
おそらく、このCDを作ったときの
僕の心境はですね、
最初、しんみりした曲で悲しくなり、
元気を出すために「ドリフ」で気分転換。
しかし、ドリフはふざけすぎたかな、
ということで、再び悲しめにして、
また寂しくなって、アニメソングに――。
だったのでしょうね。
その後も同様に、
「ポケモン」や「ドラえもん」に混じり、
「戦場のメリークリスマス」と、
「ゴッドファーザー・愛のテーマ」が入り乱れ、
明と暗のバランスが崩壊したまま、
最後には、
「やめてけれ、やめてけれ、やめてけーれ、ゲバゲバー」
という曲で締めくくり。
「マイベストCD」とは、
その人の本性があらわになるのですね。
それにしても、何歳なんだ僕は!
自動車教習所、
教室で行う授業の先生が
楽しいのです。
「ひとつ、おねがいしますね」
が口癖の60歳くらいのおじさん。
授業の始まりは、
「○ページから、はい、ゆーっくり入ってきます」
が決り文句。
「このポイント、ひとつ、おねがいしますね」
というような感じで授業は進み、
語尾は、
「――らしいですから」
という、優しさを感じさせる語り口。
そして、特筆すべきことは、
授業の終わりの3分前になると、
なんと「手品」が始まるのです。
その手品も、かなりの腕前なのです。
例えるなら、
マギー司朗と、マギー審司の
中間くらいかな。
(なぜ、マギー内で例える!)
他の生徒は呆れているようでしたが、
僕は興奮しましたよ、
この先生を、ぜひ
イッセー尾形にも見てもらいたい、
そして「教習所のオジサン」というネタにして欲しい。
でなければ、僕がやる!
(なにもそこまで……)
切ったロープがつながる手品では、
この先生、すでに
大きな「裁ちバサミ」をポケットに
仕込んでいたのです。
僕が代表で、そのハサミで
ロープを半分に切ったのですが、
手の中から徐々に引っ張っていくと、
なんと、つながってるじゃないですか!
そして、決めゼリフ。
「このロープ、みなさんの
免許を取りたいという願いが強いと
つながるらしいですから」
なんと、カッコいいセリフなのだ!
感動と、気恥ずかしさが同居している!
と興奮するも、
大きな教室の中にはポツンポツンと5,6名。
隣の女子は、あきれ顔。
免許はいらん、僕に手品を!!
今日も、とても眠かったのです。
僕は、声が小さいのですが、
睡眠不足になりますと、
さらに声が出なくなるのです。
歌手の人が、
「睡眠不足は声の敵」
というようなことを言っていたのを思い出し、
歌手ではない僕は、
それに激しく同意したわけなのです。
それにしても、
昔から、僕はおとなしく、
声の小さい少年でしたのです。
いや、出ている声の勢いは
皆と同じであると思うのですが、
どうも声質が、空気に溶けて
消えていくような感じなのです。
ですから、昔から
イヤだったのは出席をとることでしたのです。
「はい!」と声を出しても、
教室の後ろの方ですと、
先生まで声が届かないのですよ。
しかし、いつもどこかに
親切な人はいるものでして、
僕が高校生の頃、
声が届かなかった様子を見て、
「先生、しいなくん、きてますよー!」
なんて大きな声で
言ってくれた人がいたのです。
ありがたかったのですが、
出席すら自分でアピールできない自分に、
心底情けなく思ったのでした。
僕って一体――。
道を歩いていて、
気が付いたのです。
僕の歩き方が、多少ぎこちないのは、
足が短いためではなかろうか。
しいな一族は、
いわゆる「短足」の家系。
僕の祖父は戦時中、
腰につけていた軍刀が足よりも長かったため、
軍刀の先で、地面を擦りながら
歩いていたそうなのです。
そこで、
軍刀の先に「小さな滑車」を付けてみては?
と提案されたそうなのですが、
もし、そんなことをしていましたら、
現代でいうところの「キテレツ大百科」の
「コロ助」になってしまっていたのです。
戦争中だというのに、
圧倒的に、コミカル――。
そう、「短足」とは、その足の持ち主を、
強制的に「道化役」にするものなのですね。
例えは、
足が短いと、シリアスな場面が似合わない。
自転車で止まると、バレリーナのような足つきになる。
一生懸命走っているように見えるのに、遅い。
「徒歩10分」と表記された場所へ行くのに、15分要する。
と、短足による現象を挙げますと、
必ずコメディー的になるのです。
「コメディー短足でござる」なのです。
しかし、長所もあるのです。
まず、短足は見る人に「安心感」を与えます。
足が短い分、いわゆる「腰が低い」状態になるわけで、
これは
謙虚に見える
はずなのです。また、
足を組んで座っても、偉そうに見えない。
他には、
ズボンの裾が短くて済む(エコロジー?)
ムダな動きが少なくて済む(省エネ)
足がコンパクトに折りたためる(省スペース)
そうか、短足は地球にも優しかったのか。