イタリア ジェノヴァ 1

 

 

7月11日(月) ジェノヴァ Genova

ジェノヴァ市内散策 Genova City

 

 

構内の観光案内所にて、

駅前にある安宿、HOTEL CHOPIN を紹介して貰う。

 

駅舎を抜けるや、すぐ斜向かいの立地なので、

人々の雑踏や交通の往き来が激しく、気になるかとも思ったが、

夜の駅界隈は、意外にも静まりかえっていた。

 

高い天井、ヒンヤリした壁、海へと吹く風を通す鎧窓、

お陰様で、心地よく寝床で一晩を過ごすことができた。

 

アニメ「母をたずねて三千里」で街の風景の一部となっていた、

部屋から斜めに突き出す緑色のひさし

この地方独特な、旅情溢れる宿のロケーションに心惹かれる。

 

私と同世代くらいのフロントの女性に「母をたずねて三千里」のアニメ画を見て頂いた。

彼女は、子供の頃放送していたアニメである事に気づくと、懐しそうな瞳で絵を眺めながら、

あなたはわざわざ日本からこのシーンを見るために、ジェノヴァまでやって来たのかと呆れ顔で驚きつつ、

地図を示して、それぞれのカットのロケ地についてを教えてくれた。

 

地中海交易の栄えある海洋都市

ジェノヴァに生まれた歴史的偉人

コロンブスの像を正面に

プリンチペ駅はバスターミナルを抱き

港へ丘へと市街地を縫って走る、

市内交通網の起点となっている。

 

新大陸を発見したコロンブスの郷土、この世界的な港町の先駆的チャレンジ精神は

母の安否を憂慮し、ジェノヴァから遠く大西洋を渡り南半球へと一人旅立つ

「母をたずねて三千里」の主人公マルコを生み出した舞台像として理想的だ。

 

観光案内所のお姉さんにも、アニメ画を見せて確認のため場所を尋ねてみたところ、

平然と絵を見つめながら、一通りの位置と行先の情報を詳しく教えてくれた、感謝である。

しかし若い彼女は、この地を忠実に描写しドラマの舞台とした名作アニメ「母をたずねて三千里」の存在は、

地元の観光スペシャリストとはいえ、ハッキリとは解っていない様子だった。

 

どうやら広範囲ではないため、

バスを使わなくとも、市街の主だったロケハン地へは移動できるようだが

丘へと登るケーブルカーや、有料エレベータの乗場が多々あるので

先ずは、市内交通のチケットを駅前で買ってから散策するよう強く勧められる。

どうやら、切符販売機はブッ壊れていたり、設置されていなかったりと

何処の停留所でも買えるという風ではないらしい。

 

駅前の目抜き通りから、山の手の街並みへと深く入り組む路地を歩き始めた。

斜面にはり付くようにひしめき合う、集合住宅の間を通って

高台へと登っていく、狭い通路を進んでいく。

 

煉瓦の段々みち

石積みの塀

渋く、くすんだ塗り壁

印象的な赤褐色に囲まれながら

上へ上へと昇る小径は、

途切れることなく続いていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

石段と踊り場が織りなす

上り下りの連続したスパイラルな広がり。

 

手をつなぎ階段を下ってくる親子

家々の屋根の間から覗く、青々とした港湾

 

頭の上には気流に舞い、太陽に輝いているカモメ

目の前には敷石の上、木陰にたたずむ野良猫

 

日々、上へ下へと往来を繰り返す

ここに生活する人々の息づかいが、染みこんでいる路地裏。

 

マルコが駆け登り、走り降りていた

アニメで観た、あの空間の中を

一歩一歩を踏みしめながら

彷徨いあるく。

 

高台へと伸びる路上には、

城壁が立ちはだかっていた。

 

ヒロイン、フィオリーナが、操り人形の才能を披露した道端

そこを通りかかる住民たちが、

可憐に戯ける人形の仕草に思わず足を止めてしまうスポット

存在感ある大きな壁の下は、そんな微笑ましいステージに相応しい。

 

中腹にある手入れの行き届いた、

美しき南欧の城を過ぎ、

休むことなく、山上を目指し上がっていく。

 

古くからの集合住宅が密集していた階段状の小径から

広範囲に港を見下ろせる高所に出ると

辺りは都市開発が進んだ結果

近年造成されたのであろう、アパート団地が並んでいる。

 

随所に、自家用車の通行できる

坂道が整備されているが、坂下から見上げる、その傾斜角たるや半端ではない。

 

ゴミ収集車が、

急傾斜に怯むことなく

容器を高々と持ち上げているのは、豪快である。

 

さらに、山の天辺へと向かっていくと、

やがて、雑木林を上っていく遊歩道が現れた。

 

木漏れ日の差し込むなか、のんびりと進んでいくと、

見晴らしの良い、長閑な山陵に連なり

頂上を結んでいる一般道にぶつかった。

 

 

「母をたずねて三千里」の原作は、エドモンド・デ・アミーチスの書いた小説「クオレ」 Cuore にある挿話

短編であるこの話の原題は「アペニンからアンデスまで」 Dagli Appennini alle Ande である。

 

アニメの第一話で、南米アルゼンチンへと母親が出稼ぎに渡る数日前

マルコを連れ、一家水入らずの時間を過ごすために

山上の高原へと、馬車を借りピクニックに出かけるシーンがあった。

 

ヨーロッパアルプスから分岐し、イタリアの脊柱のごとく半島を貫いているアペニン山脈

ジェノヴァの丘陵は、地中海を見下ろし故郷の山々を眺め、三千里を旅する物語の芯となるべき起点なのだろう。

 

港を取り巻く峰の幾つかの頂には、古い城砦が点在している。

 

蔦や植物が生え茂り、遠目にみていると主人の帰りを待っている、

伝説の「天空の城」のような趣もあるのだが、

 

近寄ってみるとヤブ蚊や蜘蛛の巣が発生し、

ガラクタや不要品が投棄された、腐海と化している。  廃墟と化している。

 

古い塔には、アンテナやら電線が張り巡らされているが、

かつては何に利用されていたのだろう、軍用施設かなにかだったのだろうか?

 

 

港の大パノラマを一望できる、高台に降りてきた。

随分と山の上の方まで、住宅地が広がっている。

 

背後に山々が迫り、平地の狭いこの港町で生活する以上、

坂道と階段から逃れることは困難だ。

どうせ住むなら、景色の開けた高所から、

ゆったりと下界を眺めて暮らす方が、気分がよかろう。

 

喧噪から頭が抜け出た、見晴らしの良い住環境。

坂段を上り下りする住民、

そのゆるやかな動きから、穏やかで寛容な生活感が伝わってくる。

 

のんびりと、ケーブルカーに揺られて、

一息つけるのもまた、

しみじみとした味わいある、ゆとりの時間なのではなかろうか。

 

市街と比べ、何かと利便性に難はあるだろうが

引き替えに得られる、大きな価値もまたあるのかもしれない。

 

ケーブルカーを降りると、

そこは人々が、絶え間なく活動を続ける市街地。

狭い土地に隙間なく、

石造りの建築が競い建っている。

 

隧道上のスペースまでをも、

最大限に利用した、歴史のありそうな建築物群。

風格のある、花崗岩と煉瓦造りの見事な建物

凝った様式といい、欄干や窓といい、壮観である。

 

放射状に伸びていく街路に沿って

等分割されている、

ロータリーに面した古い建築。

 

美しいフォルムの尖塔や外壁、

一世紀近く前の時代の面影

変化に富んだ、優雅な街並みだ。

 

巨大なアーチ型の門や陸橋

大掛りな、建造物の数々

 

ジェノヴァの中心部には、

中高層の立派な近代建築が目立つ。

今もなお、イタリア最大の港湾都市としての

繁栄を誇っているのだろう。

 

町一番の目抜き通りである

9月20日通り Via XX Settembre は人通りが多く

店舗、通路、柱、などなど、モダンで華やか

何かと一回り大きく見える、

建築構造の規模には圧倒させられる。

 

市内には、東洋美術館という施設があるようで、

付近の通路には、浮世絵や仏像などの壁画が描かれている。

また、ジェノヴァは大々的な

日本文化交流イベントの開催月間だったようで、

市街地の所々に、日の丸が掲げてあった。

 

中心地の、旧総督公邸(ドゥカーレ宮殿)が、日本展の会場となっており、

IKEBANA・BONSAI / HIROSHIMA-NAGASAKI

などの旗幟の文字が目に入ってくる。

 

守備範囲の広いテーマを扱っているようなので

時間があれば覗いてみたくもあったが、

市街散策を優先したかったので、結局見学はしなかった。

 

白と黒の大理石で建造された

大聖堂 ドゥオーモ(サン・ロレンツォ教会)を見上げながら

華麗な中心部の街路を通り抜けると

 

そこは、潮風微睡む碧き湾内に

無数の船舶が繋留されている

ありし日のジェノヴァの要所、ヴェッキオ波止場。

 

世界屈指の港湾施設を有する

大都市、ジェノヴァ

周辺地域には、欧州の物流を支える、巨大なコンテナ埠頭が立地しており、

桟橋に沿って走行する大型トレーラーや

高架道が風情を損ねてしまうものの

波止場に面した市街の建物の並びは、レトロな港町の雰囲気を今に残す。

 

下働きするフィオリーナが、

バケツで水を撒いていた、桟橋付近の大衆食堂

 

そんなイメージの店はないだろうかと、

拱廊のアーケード通路を歩き

 

庶民的な小さなレストランのテーブル席に着いて、

シーフードパスタを注文してみた。

 

磯の薫り漂う、

新鮮な海老にムール貝

太陽の光が育んだ、風味豊かなオリーブオイルに香菜パセリ

トマトソースに絡みあい、歯ごたえあるアルデンテな麺の茹で上がり

とかなんとか美食蘊蓄をたれながら、赤ワインを片手に

見た目&味覚&食感、思い描いていた通りの料理を、十二分に満喫する。

  

腹ごしらえができたところで、

再び、山の手方面へと向ってみる。

 

集合住宅が密集する、街並みを見下ろす

高台へと上るエレベータ。

それは、昔ながらのたたずまいで、

懐古的な、味わいのある乗り物だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

寄せ棟造りの屋根が

波間と重なるまで

どこまでも広がり

 

遠く地中海の水平は

紺碧の線を引く。

 

屋根裏部屋から、突き出す窓辺

半開きで並ぶ、緑色の鎧戸

 

屋根から屋根へと、飛び移るアメデオ

両手両足棟の上、平衡をとりながら、後を追うマルコ。

 

鎧状のひさしが、影をおとす窓の下

操り人形に、命を吹き込むフィオリーナ。

 

千鳥足の酔っぱらい人形に、アメデオが戯れ

目を丸くしながら、マルコが近寄っていく。

 

地中海性の温暖で明るくカラッとした、

人なつこく、陽気で愛想の良いラテン気質・・・

そのようなイメージと二味は違う、主人公とヒロイン

マルコ&フィオリーナ

 

 

屋根の上の小さな海

この寄せ棟の屋上で、そんな二人は出逢い

 

そして、水平線の遙か遙か先を、

共に見つめ続けるのだった。

 

*          *          *

 

一年間の学校生活での見聞を、

日記形式で綴った、児童向け小説「クオレ」

 

作品中の担任教師が、

主人公の少年エンリコたちに語り聴かせる月例課題文の一篇として

「母をたずねて三千里」〜アペニンからアンデスまで〜は、取扱われている。

 

この本編から独立した挿話は

新書版の岩波少年文庫(前田晁訳)で

主人公がジェノヴァを出港するまでの経緯が、僅か4頁

全体でも62頁という、シンプルな短編であり

 

出稼ぎの母親の安否を、たずね歩き

困り果てたときに、祖国の同胞に励まされながら、

愛国心を誇りに、辛さに耐え、力を振り絞り

たった独りでアンデスの麓へと向うマルコ少年の、大局的な道中行脚のお話しである。

 

南米大陸を、人形一座の少女と共に迂遠南下するエピソードや、

貧困街のインディオ兄妹を助ける逸話などは、

原作には、影も容も登場しない

それらは、アニメーション独自のオリジナルシナリオだ。

 

イタリア語で「こころ」という意である「クオレ」には、

友愛と信頼を掲げながら、

将来国家を担っていく子供たちにむけた、滅私奉公を諭す教訓として

愛情、忍耐、献身的精神をもつ少年達が

人のため、家族のため、祖国の為に犠牲となり

時に命をも投げ出す、エピソードの数々も記されている。

 

「母をたずねて三千里」は、「クオレ」を代表する有名な挿話となっており、

そこには、孝行息子の家族愛という要素に加え、

凛々しく雄々しい愛国心を煽る、英雄列伝の意図もまた潜んでいるようである。

 

精神修養のごとくストイックさがつきまとう、原作の登場人物たちではあるが、

高畑版アニメーション「母をたずねて三千里」においては、

主人公マルコのパーソナリティーに、それらの性質をも含め集約させているのだろうか?

 

アニメストーリーの梗概を通して、

「母をたずねて三千里」〜アペニンからアンデスまで〜以外の「クオレ」の内容を照合してみると

ブエノスアイレスの修道院にて、行き倒れの女性をマルコが付き添い看取るシーン

二月の巻にある「ちゃんの看病」が、第23話に組み込まれたくらいで、

原作の題材自体を重点的に繋ぎとめた、意図的な創作がされているとは思えない。

 

しかし、エンリコ少年を取り巻く学校生活での日々の出来事や、月例説話群の本質は、

原型が崩れ見えなくなる程、シナリオの枝葉に至るまで行き届き、

実にほどよく、翻案ストーリー全体に染み込んでいる。

 

“身内を助けるため、心配させないよう陰で内職し働く子供の姿”

“年の離れた、面倒見が良く一人前な親友への敬意ある信頼関係”

“道化師、左官屋、機関士、紳士、階級や身分では計れない社会における労働する者の尊さ”

“沈没する船を怖れず、果敢に振る舞う勇気と行動の指針”

“群衆に囲まれ、亡くなった親に縋りすすり泣く子の姿に、自分の境遇を重ね世の無常を知る主人公”

“血の通った大儀のために働く父、そして表に出さない愛情に気づかされ、偏見的な態度を諭されるくだり”

 

アニメ版に活かされた、原作の本質的要素を数えてみると枚挙にいとまがない。

 

そして、それに加えて「ネオリアリズモ」と謳われる名作イタリアンシネマの数々、

学生時代に映画研究会に属し、名作洋画の論評を重ねてきた

造詣ある高畑監督のオリジナル演出だけに、

 

「道」における頽廃的な大道芸人、「自転車泥棒」での貧困層の親子関係

「鉄道員」の家族人情などなど・・・

寂寥感漂う時代背景、庶民生活の救いのない不条理、プロレタリアな世相観が

作品構成にリスペクトされ、

生活環境やキャラクターデザインにも、これらから大きな影響を受けていることが伺える。

 

高畑アニメ版「母をたずねて三千里」は、

原作の短い挿話を、一年シリーズ長編へと再構成するために

採りあげた元ネタの多くを、枝葉末節にまで効果的に活用している。

 

それを、喩えて講釈すると、

話を意図的に膨張させ脚色するでなく

厳選調達された、多種多様な現地の原材料を、ふんだんに用い、

一つ一つの濃厚な人情のエキス、熟成された物語の要素、奥に溶け込んだ人間群像を、

煮つめられた社会の底から、独創的に深く汲み上げ物語っているといえるだろう。

 

*          *          *

 

ジェノヴァにも、

ミラノよりも小規模ではあるが、

 

ドーム天井の

高級商店街、ガッレリアが

市街一等地に、

軒を構えていた。

 

そして、市の中心部となるのは、その先の、旧総督公邸に面し

メインストリートである九月廿日通りにつうじる、

フェッラーリ広場。

 

日暮れとなり、広場に白昼のような喧噪はないが、

中央に陣取る噴水は、相変わらず勢いよくしぶきを上げている。

 

薄暗くなってきたので

旧市街の通りを

なるべく

迷わないように

注意しながら

港の方へと向っていく。

 

そよ風を頬に感じる

黄昏の波止場、

長く伸び揺れる、父子の影法師

そんな景色が見たかったのだが・・・

 

陽の暮れた群青の桟橋に

並び停泊している

大きな貨物船を取り囲んで

港町の明りが灯り

灯台のシルエットは、夕闇空を背に彩られていた。

 

定期船の配達物を抱え

マルコが

走り回っていた

港の拱廊

アーケード通路

 

色褪せた表層で、電灯の輝きを間接的に照らす

アーチ型の天井や柱が、

遠き時代への懐郷の響きを、通行する者へ囁いてくれる。

 

宿へと帰る路の途中、

遅くまで営業している、窯焼きピザの店を見つけた。

 

店内の表示は、全てイタリア語

よく解らないので、ノーマルタイプ、ミディアムサイズ

とかなんとか言って注文したところ、

具が何も載っていない、大きなピザを焼き上げてくれた。

物足りなさを悔みつつテイクアウトしたものの、

チーズたっぷりでトマトの風味豊かなイタリアンピッツァに満足し、宿で一人舌鼓を打った。

 

ジェノヴァ泊: HOTEL CHOPIN (http://www.hotelsgenova.it/focus_hotel.asp?id=8)

 

 

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