アーデルハイト

〜Angel of green tea leaves〜

 

 登場人物

  有馬楓(かえで) (24才) 主人公、静岡の娘
  古木平太 (25才) 楓の恋人
  本間久良香(くらか) (26才) 一流企業の令嬢
  有馬大吉 (70才) 楓の祖父
  伊達利恵子 (45才) 楓の叔母
  大岡杏菜 (24才) 楓の親友
  大岡芽衣 (17才) 楓の親友の妹
  白土由紀夫 (18才) 楓の母校現役野球部投手
  桐畑澪 (24才) 楓の同窓生
  柴田剛朱(ごうしゅ) (41才) 一流企業社員
  古井まいや (45才) 一流企業管理職
  片谷智音(ちね) (25才) 一流企業事務員
  古木輝子(てるこ) (51才) 平太の母
  竹本あかり (6才) 平太の親類の子
  平太のお祖母さん
  市民吹奏楽団友人
  プロ野球私設応援団員
  料金所係員
  会社用務員
  ヨーデル 愛犬

   
キャラクターデザイン 寄贈 Heidi Page たつのさん

あらすじ


'74年本放送から30周年を迎えたアニメ・アルプスの少女ハイジ。

アーデルハイトとは、世代を超え全世界の視聴者を魅了し続けてきた主人公ハイジの洗礼名称である

なお大正時代ハイジは、楓(かえで)物語として翻訳され、また、中国での訳題は小天使とされている。

アルプスの自然に育まれ、開放的な日常を過ごしていたハイジが

自由のない都会の大富豪に奉公し苦しんだジレンマ

その世界観を現代日本のOLに重ね、ストーリーの骨格としてみた。

 

楓は、長閑な地方生活と友人達を愛し、今時の時勢や大都会の喧噪とは無縁に暮らしている

しかし、不本意にも叔母の仕事を手助けするため、東京の大企業にて厳しくハードな社会人生活を送ることになる。

実業団野球の選手であった楓の恋人平太は、業績の悪い楽器会社がチームをリストラ休部したため

目的意識も無く家近所の手伝いをしながら、ただ何となく毎日を過ごしている。

楓は、懸命に夢を追いかけていた恋人の昔の姿とのギャップに、釈然としない気持ちを抱いていたが

親友の杏菜は、楓とは反対に肩の力が抜けた優しい平太に好意を寄せていく。

 

突然の突風に煽られて単なる内野フライを取り損ねた後、コントロールが崩れ試合を駄目にしてしまった

母校の野球部エースを投影するが如く、自分の想いと裏腹に上京する楓は、

経験したことのないシビアな都会の社会人生活に翻弄されていく。

しかし、楓のマイペースで牧歌的な雰囲気は、職場である一流企業の令嬢久良香に受け入れられ

次第に緊張感がほぐれて心の居場所がかたち作られる。

楓の理解者である久良香は、コンプレックスから自己を譲歩した後悔のエピソードを語り

掛け違えた楓の心のボタンを解き放す。

 

そして再会、何より変わらない故郷の友人達に支えられ、楓は平太と共に歩み始める。
 

   
◆音楽教室(昼)

七夕が過ぎても、ト音記号や音符の形をした子供達の短冊に彩られている室内。

有馬楓(24)の伴奏に合わせ、幼児達が歌っている。

楓は、曲に続き点呼をはじめる。

あかりちゃん(6)は、身体を揺らしながら元気よく声を出す。

   
「(オルガン伴奏)ズッチャズッチャ、たけもとあかりちゃん、ズッチャズッチャ」
   
あかり
「(威勢よく)ドレミファソファミレド」
   
「ズッチャズッチャ、たかはたはやおくん、ズッチャズッチャ」
   
男児
「ドレミファソファミレド」
   
 

一つだけエンゼルの形をした短冊、何時までもみんなと一緒に、ずぅーっと幸せでいたい。

楓のメッセージ。

   
   
◆音楽教室・入口  
  カワハ音楽教室の縦看板前で、楓と親子連れが挨拶している。
   
子供達
「せんせせんせ、バイバイ、バイバイ」
   
「はーい、夏休みみんな気をつけてね!」
   
 

ドア口で見守っていたお迎えの保護者が、幼児の手を引いて帰っていく。

あかりが楓のスカートを引っ張り商店街へ歩き出す。

   
   
◆おでん屋・店内  
 

黒いダシ汁から湯気がたち、鍋から沢山の串が覗いている。

高校野球のラジオ実況を興味深く聴いている古木輝子(51)、楓の恋人平太の母。

奥の座席で目の悪いお婆さんが、黒はんぺん(静岡特産)を仕込んでいる。

おとなしく、かき氷を食べている女児あかりちゃん。

   
輝子

「あかりちゃん可愛いけぇが、凄くやんちゃだら?」

「お母さんお産の間うちで面倒看てるけど、楓ちゃんが教室でアルバイトの日は、ベビーシッターしてくれるから有り難いよ」

   

「子守なんてつもりじゃ…あかりちゃん音感凄くいいんですよ、 子供達一人一人の個性と才能を伸ばしてあげたいんです!」

   
輝子
「そうさえぇ、お母さん達も色々と感謝してるさえぇ、夏休みもレッスンして欲しいのに」
   
  輝子、苦笑いする。
   
  「あっそう!野球試合開始して初回に点入れてるよ。ちーぃっと早く観戦に行きなさいよ」
   

「はい、力入れて応援してきますっ」

年季の入った野球帽を颯爽と被って、店を出る。

   
   
◆商店街・駐車場  
 

エンジンを始動し、せわしなくカーラジオを調節している楓

野球中継が流れはじめ、ウインカーを点滅させゆっくりとアクセルを踏む。

(オープニング)

   
   
◆高速道路  
 

富士山を正面、藍色に広がる駿河湾を右手に疾走する軽四駆。

ラジオ実況のバックに聞こえる、馴染みの応援歌(まっててごらん)を口ずさむ楓。

   
   
◆同・出口料金所  
 

ハミングしながら窓を開け、ハイウェイカードを差し出す。

車内から大きなラジオ音声が漏れている。

 
ラジオ実況
「レフト線痛烈な当たりだ、打球はフェンスを直撃、三塁コーチ大きく腕を廻している」
   

「それー!はやくはやく!」

窓に手をかけ落ち着きなく指を動かす。

   
係員
「1100円になります、度数不足なんで200円追加ですよ」
   
  ラジオ中継に聞き入っている楓。
   
ラジオ実況
「おっと中継がもたついている様子、その間に駿河西ホームイン、走者一掃で二者生還」
   
「キャーやっほーやっほー2点追加」
   
  係員が何か問いかけようとしたところ、楓は我に返り料金表示を見る。
   
係員
「200円追加ですよ」
   
  楓、慌てて小銭を差し出す。
   
   
◆県営球場(夕方)
 

西陽の照りつける屋根のないスタンド、チアガールの振付とブラバン演奏。

揃いのTシャツ姿の駿河西高校(略称駿西)生徒の傍ら

楓が頭を低くしながら、顧問に挨拶している。

チアガールの一人、大岡芽衣(17)が楓の背中を叩き、内野席上段を指図する。

ラジオを片手に真剣な面持で、

マウンド上のエース白土由紀夫(18)を凝視している古木平太(25)。

楓は、急いで座席階段を昇っていく。

   

「はーあ、間に合った。」

手提げ袋からハンカチを取り出し、汗を拭きながら平太の隣に腰を下ろす。

   
「ねぇ由紀夫頑張ってる?駿西の調子どうだかしん?」
   
平太
「(楓に見向きもせず口ごもりながら)攻撃は、問題無しだけぇが」
   

「運転しながら試合経過聴いてきたけぇが、先制点入れたし、 毎回出塁してるし、タイムリー出たし、勝てるよー勝てる!」

   
 

進路が遠くそれた台風の影響で、時折強い風が上空を吹き抜ける。

風を気にする平太。

   
平太
「由紀夫ここ3イニング四球バカ多いっけ、走者背負って、落ち着いて投げれるだかしん?」
   
 

スコアボードは八回裏、駿河西3対1日海大、二死一二塁でフルカウントを表示。

セットポジションからの投球、ボールの下を叩いた打球がふらふらと上がる。

ファーストが前進し投手(由紀夫)は一塁方向へ向かうが、

単なる内野フライであった打球は、風に流れラインのすぐ内側に落ち転がった。

二塁走者は投球と同時にスタートを切り、ボールが転々とする間にホームを踏む。


歓声をあげ太鼓を叩く日海大一高の学ラン応援団。

だが、ボールはラインを越え、塁審はファールのジェスチャーをする。

   
「ふーぅ、得点許してないらぁ?スリーアウト逃したけぇが」
   
平太
「(ようやく楓の顔をみる)状況は変わらないけぇが、こういう時に一度死んだ身の打者は開き直るっけ。次の一球が要注意だら」
   
  二死一二塁、カウント2-3から再開。
   
平太
「気抜くな、踏ん張れ由紀夫!」
   
 

初球、打者のバットが捉えた打球は、三遊間を破る。

二塁走者ホームイン。

   
平太
「あーやられたー(頭をかかえるが一息ついて)ドンドンドンドンマイマイマイ! 気取り直していくさぁ」
   
  二死一三塁、続く打者に対しては、カウント1-3から四球にして満塁。
   
「由紀夫!もう一息、もう一息」
   
平太
「打とるぞー、締まってこー、バッチコイ」
   
 

マウンド上、肩で息をしている由紀夫。

次の打者に対し、腕の振りがぎこちない投球で呆気なくデットボール、押し出し同点。

集中力が途切れ呆然とする由紀夫。

内野手と捕手がマウンドへと集まっていく。

   
平太 「ふっ…ボタン掛け違えたか(負けたかのようにがっかりとした表情)」
   
「(怪訝そうに)まだ、試合終わったわけじゃないらぁ、どーしたの?」
   
   
◆同・一塁側
 
 

学ラン応援団のかけ声と太鼓が、リフレインしていく

カキン!コキン!カチン!ダダダダダ、ザザー、ワー!

金属バットの快音がこだましリバーブしていく。

 

*     *     *


  9回表、3対6、×の板を準備する係員。夕陽に染まった校旗が激しくはためく。
   
   
◆同・三塁側
 

ブラスバンドの演奏が空しく響く中、二死一塁、内野ゴロでゲームセット。

泣きじゃくる駿西ナイン。

スタンドに向かって列になり一礼。

 

*     *     *


  薄暗い中、ダイヤモンドを整備する係員。スコアの照明が消える。
   
   
◆自動車内
 
 

狭い助手席で、サイドミラーをじっと見つめる気が抜け気味の平太。

楓の携帯着信音が大きな音で鳴る。

大岡杏菜(24)楓の親友よりメールが入る。

楓の携帯を手に取る平太。

   
平太
「杏奈からだぞ、運転危ないだら」
   
「ちょっと!別に隠し事ないけど、勝手に見るのは憲法違反…」
   
平太 「んっ!?バットにボールで泣き顔…長靴にフォーク?」
   
  携帯画面の表示、カラフルな絵文字の羅列。
   
平太 「これ見てもなぁ、世間一般人には難しい法律よっか理解できないらぁ」
   
  信号が青に変わっている、クラクションを鳴らす後続車。
   
   
◆イタリア料理店(夜)
  前菜を口にする平太のこめかみが動く。
   
手提げ袋を持ち化粧室から戻ってきた。
   
  その時、杏菜が店の前で、小脇にバッグを抱え直しながらドアを開ける。
   
杏菜 「ちーっす、待ったあ?あれっ平太」
   
平太 「(口をモゴモゴしながら)おっす!」
   
杏菜 「OB連中と一緒に冷酒かと思ってたら、こんな所で冷やしトマトかぶりついて」
   
平太 「準決勝だけぇが平日だら、よく知ってる面子たいして集まってないさぇ」
   
「引退する部員は、今日が高校時代の卒業式、OBがうろちょろしてると監督も最終ミーティングやりにくいんだって」
   
 

店の主人がおしぼりと通しの冷やしトマトを、席に着いた杏菜に差し出す。

杏奈は、直ぐにピザをオーダーして一息つく。

   
杏菜 「高校時代かぁー(しばし沈黙)ねえ、卒業までって半年あるでしょ、その間に答えを出すのが本当の高校時代っていうよね?んっ!?青春時代だったかしん?」
   
平太 「球児にとって明日からは、髪を伸ばして第二の高校時代」
   
  店主がパスタの大皿を静かに置く。楓は、平太の皿に具を取り分ける。
   
杏菜 「野球の練習がなくなって、みんな何するのかなあ?」
   
平太 「帰宅したら時代劇とか、アニメの再放送思う存分見てただら、それからメシ食って横になって、徹夜でゲームだら、今の俺と変わんないオタクひきこもり」
   
「何もそんなホントの事言わなくても」
   
平太

「放課後や日曜の自由な時間、失われていたもう一つの青春ってやつを 取り戻してたんだけぇが」

フォークを手先で回し、パスタを口に運ぶ。

   
「そういえば平太、あの頃あげた杏菜の写真まだ隠し持ってるの?」
   
平太

「ブッ!ゴホ」

突然咳き込み鼻からパスタが出そうになるが、水を飲み平静な表情を装う。

   
「青葉学園の制服姿の杏菜と一緒に、プリクラ撮って来いって真顔で言ってたしぃー」
   
杏菜 「(平太の顔を覗き込み)そういえば、あの頃妙にマニアックな目線してたらぁ」
   
「平太って、杏菜みたいなセクシーアイドル系が好みだったもんね。恋したり、想い耽ったりして、一応青春謳歌してただかしん?」
   
 

店主がサラダの器をカウンターテーブルに持ってくると。

隣の席に着いたカップルが、品定めしながら料理をちらちらと覗く。

杏菜、軽く頭を下げカップルの前にある品書きからワインリストを手にとり、

何気なく眺めはじめる。

   
「私そこの楽器店に明日まで駐車できるから、帰りは杏菜の車で送るよ。」
   
杏菜 「ほんと?いいの?」
   
「でも、ほどほどにしてよ!この前酔っぱらって好き放題喋る杏菜を送り届けたでしょ」
   
杏菜 「羞恥心とか見境なくなっちゃうのよね」
   
  楓、困った表情で杏菜を見つめる。
   
「杏菜のおかあさん家に電話してきたっけ、あの時は何も解ってないおじいが電話出たから」
   
杏菜 「おかあさんとやり合っちゃったか、どーりでしばらく有馬園(楓の祖父の茶農場)と険悪な雰囲気な訳だ」
   
  平太は黙っったまま、サラダを小皿に移している。
   
「ねぇ平太、今週はじめ動体視力の訓練してただら?」
   
平太 「あ?」
   
「あかりちゃんが平太見たよ!って」
   
   
◆平太の回想・パチンコ店内
 

新台のパチスロが並び熱気溢れる店内。

揃いの絵柄に顔を近づけゆっくりとボタンを押す平太。

確変役が当たり画面が派手に点滅し、景気の良い効果音が鳴り始める。

   
   
◆平太の回想・パチンコ店路地裏
 

景品交換所前で札を持っていると、平太の母親と一緒に通りかかった女児が

カスタネットを叩きながら突然立ち止まり、

平太を見上げカワハ音楽教室とプリントしてある鞄を、はしゃぎながら左右に振り回す。

   
   
◆イタリア料理店
平太 「そうそう、この前コンドル会館の前を通りかかったら、 お袋が預かってるあかりちゃんに会ったっけ」
   
  楓、ワインリストで平太の肩を軽く叩く。
   
「裏口の路地で並んでたらぁー?今の平太には縛才しか取り柄ないもんね」
   
杏菜 「(軽く拍手する)ということで平太の奢りなんだから、飲みたいの選んでよ」
   
平太

「回りくどい要請!ちぇっしょうがないなぁ、でも最近の楓の言い方って、ちぃーっと気に障るさぇー」

目が点になりながらリストに見入る。

   
平太 「何が何だかわからんけぇが、えーと一等高級なのはフォン…」
   
  楓、ワインリストを平太から取り上げオーダーする。
   
「ハウスワイン、グラス二つお願いします」
   
杏菜 「それこの前、気分良くなった赤ワインだら?」
   
「今日は平太が空けてくれるから、気にしない気にしない」
   
 

カウンターにグラスが二つ用意され、

平太がワインを注ぎ香りだけでもと楓の鼻の前に差し出すが、直ぐに引っ込め意地悪する。

   
   
◆杏奈の自動車内
 

対向車も後続車もない真っ暗な土手道。

平太は後部、杏奈は助手席に座っている。

楓は、手提げを置きハンドルを握っている。

   
杏菜 「ねえ、楓の手提げ袋なんだか面白い」
   
「ほら、平太のお土産だって前に説明したじゃない」
   
杏菜 「刺繍がサイケデリック!何だか見てて気持ちいいなぁー」
   
「野球休部になって、ハーモニカ工場リストラされてから、しばらく一人でアジア放浪の旅してきただら?」
   
杏菜

「香港行ってきたんじゃないだかしん?免税店行かなかったの?」

平太をじろじろ見て投げキッスをする。

   
杏菜 「香港映画のお惚け俳優みたいでカワイイ、ネェ平太カワイィよぉ、チュッチュッ」
   
「もう平太何で3本も空けちゃったのよ!」
   
平太 「またまた恋敵に破れたみたいな失恋気分になってるっけ、許してくれよ!」
   
杏菜 「平太は、恋してたんでーす」
   
「7年前夏の決勝対戦校にリベンジ失敗か(二人の酔い具合を心配そうに伺いながらつぶやく)一等高いの1本だけにさせとけば良かった」
   
杏菜 「ねーねー楓!だからね平太は、ずっと恋焦がれてきたの!」
   
「杏菜は、どうなのよ?新しい恋してないの?」
   
杏菜

「うーんとね、わたし昔より今の平太が好きよ!」

助手席から振返り、平太の腕をとる。

   
平太 「杏菜の手、何だかしんなりして心地いいな」
   
杏菜 「平太、私の体操着姿の昔の写真あげようか?」
   
平太 「欲しい!くれーくれー!」
   

「平太酔っ払ってるの?」

いちゃつきそうな二人の様子が気になり運転がおぼつかない。

   
「この調子で杏菜を家に届けたら、またひと悶着しそうだし困ったなぁ」
   
杏菜 「関係ないわよ!楓悪くないもん、今日帰らない!ねえ、カラオケ行こう!」
   
平太 「今日は歌う気分にならないだらー」
   
  杏菜、平太の頬を撫でまわす。
   
杏菜 「ねぇ平太、私の瞳みつめてよ」
   
  平太、助手席から振り向く杏菜に顔を近づけていく。
   
杏菜 「楓に関係ないもん!酔っ払ってるのは平太と私の問題だもん、 ねぇ、今日帰らないからラブリーなとこ行こう」
   
 

急ブレーキを踏む楓。

車内の縫いぐるみが前方へ飛ぶ。

   
「やだやだやだ!酔っ払いは降りろー!」
   
 

平太の頭が杏奈を直撃し鈍い音がして我に返る二人。

クラクションを連発する楓。

   
   
◆有馬園・茶畑(日中)
 

緑が延々と続く丘陵地。

茶畑の斜面で平太が、葉摘み機を抱え作業している。

有馬大吉(70)通称おじいは、茶葉袋を積み込んでいる。

   
平太

「おじいー、ここの通りまでだら?」

葉摘み機を停止して、大声で叫ぶ。

   
おじい 「おーうやめてくれ!」
   
   
◆同・軽トラック荷台
 

紅葉マークが貼ってある軽トラの隣に、小型オフロードバイクが停まっている。

車内でラジオニュース聴きながら、煙草に火をつけるおじい。

ポットの茶を注ぎ、宝くじマークシートを眺め胡坐をかいている平太。

楓がヨーデル(おじいの愛犬)を連れて、茶畑の急斜面を昇ってくるのが見える。

   
平太

「ヨーデル!こっち来い」

   
  ヨーデルは、ゆっくりと近づき、差し出されたマークシートの匂いを嗅いで4回吠える。
   
平太

「あいよ、この桁は4っと」

呟きながらマークする。

   
「ご苦労さーん、手空きそう?」
   
平太 「おじい、これから丁度、杏菜のとこに出かけるけぇが摘んだの運んでくだら?」
   
おじい 「いや、大岡さんには頼まん。製茶せずにそーのまま農協に納める」
   
「おじいと杏菜のお母さん今もめてんのよ。昨日もまた杏菜酔っ払わせちゃったし」
   
平太 「…」
   
おじい 「わしが出荷するから気ーにせんでいいさぇー、今日はお疲れ、来週また頼むぞ」
   
平太 「うん、わかった。楓ほんじゃ行くかぁー」
   
 

自分のヘルメットを楓に被せ、オートバイのエンジンを始動する。

二人乗りで茶畑の狭い急坂を、勢いよく下っていく。

たちあがり吠えながら見送るヨーデル。

   
   
◆大岡製茶前
 

楓、携帯電話で杏菜と話している。

エンジンかけたままオートバイに座る平太。

   
「どう、二日酔いだったんじゃない?」
   
杏菜 「(電子ピアノ越しに外の楓を見る)半日寝てたから元気元気! 昨夜なんだか取り乱しちゃって、ゴメンネ」
   
「心配なとこあったけど、とりあえずゆっくり休めたみたいで羨ましいわね」
   
杏菜 「あっそうだ、今日勤労者センターで定期演奏会の練習だけど、来るでしょ?」
   
「どうせギリギリまで皆集まらないら?」
   
杏菜 「でも、レパートリー決まったみたいだし、それに楓が楽譜準備担当よ?」
   
「じゃ後で様子見にいく、キー挿したまま此処停めとくよ!(携帯を切る)」
   
 

平太に寄り添いヘルメットを叩く(ハヨイコカ)

平太はクラクションを鳴らし応える(ソウシヨカ)。

杏菜は少し妬みながら、鍵盤を弾き始める。

 

*     *     *

 

  眼下に河川と市街が広がり遠くに富士山を望む、一面茶畑の県道を駆け抜けていく。
   
   
◆おでん屋・店内(夜)
 

女児あかりの父親が店先に車を止め、輝子と立ち話している。

練習を終えた楓と杏菜、楽団の友人達が暖簾をくぐってくる。

おでん鍋を眺めているあかり。

   
友人A 「竹輪と牛すじと、黒はんぺんちょーだい」
   
  あかりが、横から割って入り皿に味噌だれを付け、串を返してダシ粉を振りかける。
   
友人B 「お手伝いかあ、お利口さんだなあ」
   
あかり 「んとね、やくざなね、平太の代わりにこうして家計を支えてるの」
   
友人AB 「おっ!不幸な少女じゃりんこか?(笑)」
   
杏菜 「(怪訝そうに)あの台詞教えたの楓?」
   
  往年の野球選手の写真や優勝カップ・賞状に囲まれた奥の座席に楓と杏菜が座る。
   
杏菜 「平太ってヤクザかしん?」
   
「野球辞めてしばらく、昼間からパチンコ三昧のプーだったらぁ」
   
杏菜 「そうか、楓って平太の第二の青春好きじゃないんだ」
   
「最近なんだか輝き失ってチグハグよね」
   
杏菜 「私ミーハーだからキラメいてる美少年アイドルが好きだったけど、 今になってみると、冴えないマニアックなメンバーの方が人間的に懐が深くって素敵だと思う」
   
「打って走って投げて捕る、がむしゃらな青春を駈けてきた心が消えて、その代わりに一体何の勝負をしてるんだろう?」
   
杏菜

「何もこだわりが無くなったチンピラ平太の方が、 昔より優しい想いを向けてくれるんじゃないかしん」

ユニホーム姿の平太の写真を横目に見つめる、浮かない表情の楓。

   
   
◆高速サービスエリア・販促テント(日中)
 

茶摘娘の格好で、新茶の販売をしている楓と芽衣。

客足はまばら。

   
芽衣 「高校最後の夏休みかあ」
   
「家業の手伝い、偉い偉い」
   
芽衣 「私こんなことしてる場合じゃない、受験勉強気合入れて何処か進学しなきゃ! このまま家の仕事手伝って年とっちゃう」
   
「杏菜は短大出て就職したけど、結局すぐに会社辞めちゃったじゃない」
   
芽衣 「ここってそーんなに居心地いいかしん?」
   
   
◆同・バス停
 

伊達利恵子(45)楓の叔母が高速バスから降りてくる。

販促テントで客の対応をしている楓を見つけて向かっていく。

   
   
◆同・販促テント
伊達 「こんにちは、忙しそうね?」
   
芽衣 「あれ!?ちょっとお待ちください」
   
 

レジを叩いている楓に人が訪ねて来た事を伝える。

楓の視野に伊達の姿。

   
「そうそう、今朝電話があって此処にいること伝えたの… ジャニップのコンサート行ったとき、東京で世話になった伊達叔母さん、覚えてるでしょ?」
   
   
◆同・休憩所
 

簡易な机とベンチ。

茶を注ぐ楓。

   
伊達 「そういう訳でね、このあいだ話してた事情のままなのよ、クライアントに社員常駐させとかないと仕事が続かなくなるの」
   
「私、貿易事務なんて解らないし、英語堪能な人雇った方がいいんじゃないですか?」
   
伊達 「なあに事務仕事だけだし、簡単な英文の読み書きできれば大丈夫、だいたい楓はせっかく大卒なのに今何してるのよ?」
   
「両親亡くしてから、叔母さんに力になって頂き、学校卒業できたこと感謝してます。でもおじいを放っておけないし」
   
伊達 「そうだけど(沈黙し息を呑む)実はね、この件はちょっと癖があって雇用条件が特別なの!相談役のお孫さんの補佐だから、安心できる身内に一時的に手伝ってもらえると助かるのよ」
   
「何も知らない私で大丈夫なんですか?」
   
伊達 「事情を知らないからこそ助かるの。あなたの為になると思ってお願いしてるのも事実よ!アルバイトは程々にして、ちゃんとした企業で社会勉強した方がいいんじゃない?」
   
「社会勉強?(小声でつぶやく)私って世の中知らないのかしん?」
   
   
◆同・バス停
 

東京往きバスが停車する。

楓、お茶の詰め合わせを伊達へ手渡し見送りする。

バスのウインカーが点滅し、走行車線へと消えていく。

   
   
◆有馬園・空き農地ブルペン(日暮れ)
 

由紀夫のピッチングを受ける平太のミットの音がこだましている。

それに気付いた芽衣が楓に知らせる。

狭く急な農道を軽四駆が登っていく。

 

*     *     *

 

  楓、茶畑の間から野球帽をかぶって現れ、打席に入ってバットを回し、肩に触れるポーズ。
   
平太 「それ、メジャー首位打者御登場!」
   
  由紀夫トルネード投法でスローボール、空振りする楓。
   
  続けておじいが、茶畑から現れる。
   
 

背中に四十四駿州初倉茶園ノ不二と染めてある法被を羽織り

仰け反りながらバットを背中で揺らす。

   
平太 「おっ44番の髭面助っ人だら」
   
 

由紀夫がマサカリ投法でゆるい球を投げる。

おじいは笑みを浮かべバントする。

   
芽衣 「茶畑オブドリームス、伝説選手集合の奇跡ね」
   
  転がっていくボールを、ヨーデルが尻尾を振りながら追いかけていく。
   
   
◆同・住宅
 

茶畑の中の一軒家。

門柱に寄り掛かかる芽衣。

用具を整理している由紀夫。

   
平太 「安全に健全に真っ直ぐ帰るように」
   
「自転車だし、坂道くーれぐれも気おつけて」
   
由紀夫  「押忍、失礼します」
   
 

門の外で待っている芽衣の手荷物を籠に入れて

由紀夫は自転車を押しながら芽衣と並んで帰っていく。

   
◆同・居間
  食器を片付け終わった楓は、急須を準備し縁側に腰掛ける平太にお茶を入れる。
   
「なんでまた、ピッチング練習なんて始めたの?」
   
平太

「茶畑でキャッチボールしてると、死んだ親父を思い出すっけ。」

「公式戦でマウンドに立てないまま、巨卵軍を退団した親父が投げかけてた青春、 由紀夫から受け捕れそうな気いする」

   
「由紀夫進学して野球続けるだら?その本棚に片づけてた受験参考書を真剣に見てたし」
   
平太 「楓に教えてもらったように勉強して、成績急上昇したらしいぞ、野球推薦でなくても進学できるだら?」
   
「由紀夫努力家だし本当に集中力あるね、でも、野球は意表突かれること多いから難しいのかしん?」
   
平太 「不意を突く変化球を完成させて、あいつの中途半端になった高校時代を完投させてやりたい」
   
「…」
   
   
◆河原(夜)
 

河口に近い大河川の土手、新幹線が銀河鉄道の様に闇に浮かび鉄橋を通過していく。

トランペットを奏でる楓

アメージンググレースがしみじみと響き、平太もハーモニカを吹く。

   
平太 「なーんだか、いーつになく切実な感じの音色だら」
   
「今日の昼間、叔母さんに会ったの。なんだか急に肩が重くなってきちゃった」
   
平太 「だったらお嬢さん、豆腐に胡麻かけて食べなさい、神経痛や肩こりにとてもいい」
   
「健康じゃなくて人生相談してよ」
   
平太 「あのバリバリキャリアウーマンな叔母さんだら? 嫁姑とか夫婦関係の問題じゃないし(楓を見つめ暫く息を溜める)んーファイナル答えは?」
   
「叔母さん人手が無くて困ってるらしいの、半年ばかり手伝ってくれって」
   
平太 「えっ?じゃぁ楓、東京で働くって?」
   
「どうしよう?自分じゃ決められないよ、あーあライフライン・オーディエンス」
   
平太 「おじい年の割に元気だけどがっかりするさえー、それより楓が大都会で暮らしていくってのが心配だだら…」
   
「私もみんなのことが気になる!」
   
平太 「俺達のことより自分のこと考えるさ、楓が幸せになれる道があるなら俺はそれを一番に願ってる」
   
「私離れたくない。平太はいいよね、由紀夫や芽衣が近くにいるし(沈黙し涙目になる)それに杏菜も…」
   
平太 「もしかして、酔っぱらった時のことで妬いてるら?」
   
「(元気なく呟く)杏奈って酔うとね本音しか言わないよ、 自分に凄く正直だから心にないことなんて喋らないし」
   
平太 「泣くなよ!あれは俺がからかわれてるだけだら?」
   

「フィフティフィフティ、かな…」
   
  平太から少し離れて、トランペットを再度吹き始めるが突然止める。
   
「願ってもらったって全然嬉しくない!そんな心遣いするより平太が私のことを幸せにしてよ!」
   
 

新幹線が轟音を立て鉄橋を通過していく。

平太は言葉をよく聞き取れない。

後編へつづく