スイス マイエンフェルト 3

 

 

6月27日(月) マイエンフェルダーアルペン Maienfelder Alpen

マイエンフェルト Maienfeld → マランス Malans (バス) → エルピリÄlpli (ロープウェイ)
マイエンフェルダーアルペンをハイキング Maienfelder Alpen
エルピリÄlpli →マランス Malans (ロープウェイ) → マイエンフェルト Maienfeld (乗用車)
マイエンフェルト Maienfeld → クール Chur (鉄道)

 警告 この表示の内容は、現地に詳しい専門家より指摘があり「死亡または重傷などを負う」可能性が想定されます。

 

翠緑の山々に抱かれた、マイエンフェルトでの目覚め。

郷土風で素朴なたたずまいの、気持ちよく過ごせる宿だった。

爽やかなテラスでとる朝食も格別

沢山のパンやチーズがテーブルに取り分けられているが、

食べきれないので、残りを昼食分にしようと失敬する。

 

ヨーロッパアルプス、褶曲大山脈の高地

雪解けの頂、天に突き刺る岩峰、色とりどりの草花

大空を鷹が舞い、断崖をアイベックスが駆け上り、高山植物の間からマーモットが顔を出す。

本日は、そんな秘境マイエンフェルダーアルペンを歩き、邦人未到?山上湖までの道のりを踏破するつもりだ。

 

マイエンフェルダーアルペン (マイエンフェルト〜マランスにかけての山麓側から、真北方向を見た鳥瞰)

 

バス停へ向かおうと通りに出ると、ミリタリーグリーンの装甲車が現れた。

平穏安穏としたマイエンフェルトの街中で、

突如、こうした現実感のない兵器を間近にみるのは、なんともシュール

宮崎駿監督の作風である、近代戦争っぽい演出のワンシーンのようだ。

 

紛争もなく、政情も安定しているスイスであるが、

国民皆兵制の下で一般市民には、隔年の軍事訓練が義務として課されており

有事の際は48時間以内に、40万の兵力を召集できる体制を整えている。

また、公共施設の多くには地下核シェルターがあり、普段から食料や飲料水を備蓄しているそうだ。

 

建国以来まわりの列強国から侵犯されずに

大戦を乗り切ってきた、有事への備えと軍事力

永世中立国家、平和で牧歌的なスイスは非武装地帯ではない。

 

ポストバスは、集落の路地を抜け、

町を通り越すと、

葡萄畑が延々と広がる扇状地を走行していく。

マランスは、手入れの行き届いた

昔ながらの家屋が建ち並ぶ、マイエンフェルトの隣町。

 

マランス教会の尖塔は、

マイエンフェルトやイエニンス村のそれとはスタイルが異なり

スリムで鋭い三角錐型。

アニメーションでのデルフリ村教会は、こちらの意匠を採用しているようだ。

 

一体、スイスの方々は、

ガーデニングにどれくらいの手間ひまを費やすのだろう?

 

隣近所で競い合うがごとく

窓辺の鉢植えや庭の花壇に、鮮やかな草花が綺麗に枝葉を広げ、

これでもかと言わんばかりに咲き誇っている。

 

町外れの美しい民家の庭先で、熱心に花々の手入れをしているおじさんに

エルピリバーン(山上のエルピリÄlpli へと登るロープウェイ)は何処かと尋ねてみると

ありがたいことに道にまで出てきてくれて、坂道の先にある森を指図し導いてくれた。

 

エルピリバーン乗り場は、ひっそりと森林の奥に建っており

その森の測道に、ポストバスの停留所がある。

マイエンフェルトから来るのであれば、すぐ近くを通過していたのだが

乗り場が全く見えなかったので、

マランスの中心部まで通り越して来てしまったのだった。

 

今朝、宿のおばさんに、バスとエルピリバーンのタイムテーブルについて尋ねたところ

バスの発着時間は、親切に時刻表で調べてくださったものの

エルピリバーンについては、出発時刻は無く何時でもすぐに乗れる、との事だったので不可解に思っていたのだが、

要は、乗客が集まり次第運行するという、スキー場のゴンドラのような方式の乗り場であった。

die älplibahn malans (http://www.aelplibahn.ch)

 

エルピリバーンの窓口では、登山マップと2万5千分の1国土地図が販売されている。

見せてもらったところ、登山マップは山岳部のみを広範囲

国土地図はマイエンフェルト周辺の村落・市街を中心に山頂付近までをカバーしている。

迷ったあげく、両方の地図を購入。

 

運賃は上りがCHF10、下りがCHF7、往復だとCHF15、である。(2005年6月)

空いていれば即に乗れるのだが

実は予約制でもあり、リザベーションすることで時間になると優先的な搭乗を計らってくれるらしい。

下りの最終は本来17時とのことらしいが、

先約が混み合っており17:30でも大丈夫な様子なので、往復CHF15を支払い予約する。 (スイスパスは適用外)

 

しかし、夏季のスイスは

17:30ならまだまだ真昼同然なので

ゆっくりと歩いて麓へと降りるのも手かもしれない。

地図をみたところ、マランスからも、イエニンスからも

山上との間に登山コースが結ばれている。

 

時間的に気を揉んで、山の上でゆっくりできないのであれば

片道切符で登り、復路は終電時間に間に合った場合のみ、正規料金を支払って

エルピリバーンを利用するというのが、

気楽にのんびり散策できる方法であるとも思う。

 

ゴンドラは4人掛けの2両連結。

人間3名犬2匹、狭い空間に押し込められて出発。

急斜面にたたずむ放牧牛のカウベルの音を耳にしながら、

針葉樹の森の上をグングン、ガンガンと容赦なく登っていく。

あっという間に、麓の町が小さくなり、

1801mのレストハウスになっている展望台に到着。

 

エルピリからの眺望は、南向きなので麓からは見えなかった

ライン谷上流の遠方の山系に目を奪われてしまう。

付近からは、ライン川を挟んだ対岸側の

名峰ピッツォル山 Pizol

その背後にある3000m級

グレ−ルニッシュ連峰 Glärnisch までをも望むことができる。

 

そして、針葉樹林の道を進んでいくと

マイエンフェルト駅前の通りから

真正面に山を見上げ、迫りくるようにそそり立っていた

二つ岳の右峰 グレッグホルン Glegghorn 2447m が

目線の先の樹々の間に存在感あるその姿を現す。

 

宿のおばさん曰く、山の上のハイキングコースは

シンプルでヴェリーイーズィーとの事であったが、

確かに、だだっ広い野原に視界を妨げるものはなく

迷うことはまずない。

しかし、微妙な分かれ道もあるにはあるので、注意が必要。

右の写真の分岐は、左に進むべし!!

 濃霧や強風の伴う悪天候時には、遭難のおそれがありますので入山は避けて下さい。

 単独での行動は、事故の際に助けを呼べないためやめて下さい。

写真の正面にそびえているグレッグホルン山頂の真下に

カーム Kamm という尾根があり、

その峠を越えたところがファルクニス Folknis 2562m へと続く中腹、フレーシャーアルプ Fläscher Alp である。

 

黄色い標識のフレーシャー圏谷方面の指示へ

進むべきことは薄々解っているものの

なまじっか登山マップを持っていたが為

オベルセシュObersäss 方面へ

右回する道のりを選んでしまった 。

 

空と峰を分ける明瞭な輪郭、

赤・白・黄色の小さな花々が、辺り一帯に咲き乱れる高原、

そして、岩清水の流れが奏でる清涼な沢の音。

 

清らかで美しい光景に

我を忘れ、

歩を休めることなく

前進し続けてしまう。

 

やがて、遠くに連なる残雪を戴いた山脈が姿を見せた。

地図を広げたところ、どうやら上掲写真の二本樹右上の最高峰が

スケサプラナ Schesaplana 2964m である。

夕陽に火事のように燃え立った山として、おんじがハイジに対し説明した山なのだが・・・

このスケサプラナの山並みが見えるとなると、ハイジはペーターと一緒に、

アルムの山小屋のあるオクセンベルクから、毎日この山上まで登ってきていたということなのだろうか?

 

標高2001m オベルセシュの山小屋に到着した。

完全に人里離れた山岳地帯だが、何者かが泊まり込んでいた気配が漂っている。

 

湿地帯へと降りて、

フレーシャーアルプに向かうコースが

地図上にあるのだが

実際は登山道がしっかり整備されておらず

ぬかるみが多そうなので、

素直に引き返すことにした。

 

あちこちに点在する、水飲み場の天然水、

カルシウムやマグネシウムなどの

ミネラルを多く含有する硬水なのだろうか?

ほどよい冷たさ、澄みきって、

ナチュラルでクリアで、のどごしが引き締まる!良水、涼水、嶺水、である。

 

左の写真は、オベルセシュ付近から、ファルクニス方向を眺めたものである。

山嶺の間に雪原が点在し、かなり険しそうだ。

写真の左端の奥がファルクニスになるのだが

ハイジが拝んだ、夕陽に燃える岩山の連なりは

この方向からみたファルクニスの嶺々

そして、背後遠方にある

スケサプラナの山並みだろうか?

 

大山脈の景色を堪能しながら、道を外れ、

今にもハイジが声を上げ、はしゃぎ、跳びはねそうな

多年草のお花畑を横切って、

フォールターアルプ Vorder Alp の牧場にある

山小屋の前を通過する。

 

真直ぐにここに来た場合と比較すれば、

ゆっくり写真を撮ったりしながら大きく迂回していたので

一時間ほどはロスタイムを要しているだろう

先を急がなければと、少々焦ってしまう。

 

カラーン、カラーン

沢山の夏放牧牛が見えてきた、

斜面がだんだんと急になっていく。

 

傾斜のきつい登坂を、気合でガンガン上っていくと

放牧地を見下ろすかたちで、山上と崖の様相が徐々に見えてきた。

 

そして、思わず息を呑む。

 

そこは、ハイジとペーターが山羊を引き連れ、足繁く通った山の上の牧場

アニメーションで観た、谷へと鋭く突き出す峯の情景イメージだ。

 

一昨日、オクセンベルクにて、アルムの山小屋の爺さんとその友人に

山の上の牧場のアニメ画をみせて、何処なのかを伺ったところ

 

山上に行けばこんな場所は沢山ある

(ジェスチャーで岩山のいろんな方向を指さしする)

但し、ケルン(石積み)は無いとのことだった。

どうやっていくのか尋ねたところ、

(隣町からの登山道で)普通に歩いて登れると仰るではないか。

 

しかし、ズバリここだという指摘でないのが個人的にはどうも気に入らず、半信半疑であったのだが

グレッグホルンの付け根にある多くの峯々が、断崖絶壁の谷側へと鋭角に突出した三角形状である。

確かに、爺さんの言っていることは正しかった。

 

カーム 2030m の小屋に到着。

実際に子供の足で、登ってくることはできないにしても

やはり、この辺りの山の上の牧場は

ハイジ&ペーターのテリトリーとして、理想的なロケーションであろう。

地図を見ると、ここからライン谷側へ尾根伝いに延長し

標高差920mほど下がったところに、オクセンベルクのアルムの山小屋があるのだ。

 

そして、カームの尾根を峠として、

フレーシャーアルプへと道は下りはじめる。

 

麓から自動車で

山上まであがって来ることができるようだ。

牧場の関係者が、四駆車を乗り付けて

一家総出で杭を打ち込み、弱電流線を張り直していた。

 

夏放牧の小屋が点在する

坂道を、どんどん下っていく。

 

あの、牧場一家はここに泊まり込んでいるのだろうか

水はおいしいし、空気はキレイだし

最高の別荘だと羨ましく思うものの

車で来ているくらいなので、毎日麓から通勤している可能性は高い。

 

ところで、今日は月曜日、平日なのだが、あの家族の少年は学校をお休みなのだろうか

もしかして、夏季は学校ではなく、牧場へと通うペーター生活状態?

麓に降りずに小屋で寝泊まりし続けているのであれば、ハイジ生活状態でもある。

 

さらに、家畜小屋を備えた牧場の小屋まで

フレーシャーアルプの長い長い坂道を

ひたすら下っていく。

こちらでは、牛の他に馬を飼育しているようだ

二頭が駿敏に動き回っている。

 

ここまで降りて来て、ファルクニス方面を見上げると

雪原を抱いた壮麗な山嶺

グラウシュピーツ Grauspitz が、間近にそびえている。

ピラミッドのように切り立った頂は

中央奥が、インターグラウシュピーツ Hinter Grauspitz 2574m

左がフォールターグラウシュピーツ、Vorder Grauspitz 2599m

であり、どちらもファルクニス 2562m より標高が高い。

 

馬のいる牧場を過ぎて、坂道を上がっていくと

登山コースの黄色い標識がみえてきた、だんだん胸が高鳴ってくる。

ここから丘へと登る山道を進めば、いよいよファルクニスの山腹にある

フレーシャータール Fläscher Tal 圏谷である。

 

冴えわたる山上湖、フレーシャーゼー Fläscher See

前方にある大きな崖壁の下

 

遂にその最初の第一湖

ウンターストゼー Unterst Seeに到達。

一斉に咲く、小さな花々の群落を

カーペットのごとく、周囲に敷きつめ

白い雲と緑の木々を、水面に漂わせている。

 

そして、横に振り向くと

ファルクニスの山頂直下から、裾野が壮大に広がり

その半円形の谷に

全ての視界の範囲が、占められてしまった。

 

高嶺の残雪が溶け、清らかなせせらぎとなり

空と岳とを爽やかに讃えながら

澄みきった高原に自生する草木を潤している。

 

森林限界を超えた上部の高山帯、人間の暮らす下界とは違うステージ、別世界である。

しばし胸一杯に広がる開放的な景観を前にして、茫然と立ちつくしてしまった。

 

登山道を更に奥へと15分ほど進むと

第二の湖、ミッテラーゼー Mitteler See が

コバルトブルーの水面を湛え現れた。

湖水は青色顔料で、塗りつぶされているかのような鮮やかさを放ち

周囲の嶺々を、鏡面反射させることはない。

 

人影のない湖の道筋に居合わせた、ボーイッシュな風貌の女性に挨拶したところ

これからマイエンフェルトに降りるのか?と質問される。

帰りはエルピリバーンでマランスに降りる予定とこたえながら

マイエンフェルトに下山することはできるのか?と尋ねてみたところ

険しい道だが、下りる事は可能との事。

 

ついでにファルクニスに登るのは難しいのか?と尋ねてみると

この湖から二時間くらいで頂上まで登れるが、

エルピリバーンに乗って下山するのなら時間が遅すぎる

午前中にここから登りはじめていなければ、戻れないとの指摘を受ける。

 

女性もエルピリバーン最終で下山するつもりであり

今日はファルクニスへは登頂せずに引き返しているところなのだそうだ

ファルクニスはギブアップするが、この湖の先までいってみると話し、その場を別れる。

 

十字架が厳かに掲げられている、グラウシュピーツの山頂

そして、雪原を覗かせた断崖を伝って、

勢いよく流れ落ちる、滝となった雪解け水。

 

実に、大角の旦那(アイベックス山羊)が

生息していそうなロケーションなのだが、

望遠レンズで仰ぎ見ても、野生動物一匹

はぐれたアトリ一匹?見つけることはできない。

 

周囲の山嶺の斜面に、残雪が目立ちはじめた、

登山道も、徐々に険しくなってきた感じである。

 

アルプス一万尺、小槍の上で、アルペン踊りを、さぁ踊りましょ!

Run! Run! Run!

気合いを入れて進んでいると・・・

 

ヴギャ!

ガサガサガサ・・・・

ガサガサガサ・・・・ガサガサガサ・・・・

 

野生の動物は、すぐ足元に生息していた。

マーモット(かわいいの)の幾つもの巣穴が、いたる所に見え隠れしている。

この圏谷に足を踏み入れてから、

何度か奇妙な鳴き声を耳にし感づいてはいたが、

やはり、こいつの仕業であった。

 

そもそも、かわいいの、というからには、リスやネズミといった類に近い小動物を思い浮かべていたのだが

猫くらいの図体で、迫力ある鳴き声をあげる、思いのほか精悍な顔つきの逞しい生態に遭遇し

そのイメージとのギャップに、少なからず衝撃を受ける。

 

第二の湖から30分以上、歩いただろうか

第三の最奥湖、Oberst See オベルストゼーに辿り着いた。

 

コバルト色の湖水の先は、

見上げんばかりの大斜面である。

 

靴を脱ぎ、一休みしてみることにする。

ハイジがそうしていたように、

気楽な気持ちで、湖に裸足で入ってみたところ・・・・ヴギャ!!

 

一体これは、本当にただの水なのだろうか?

湖面に残雪の塊が浮かんでいるが

あれは溶けるはずがない、湖水は極冷の凍水だ。

写真を撮るために、10秒間くらい足を浸けたのだが

それだけでも、しばらくは飛び跳ねんばかりの苦痛であった。

山上湖は非常に低温です。危険ですので湖水にはむやみに入らないでください。

 

湖の脇の斜面を、登山道が通っているが

もし湖に転落したら、命が危険だ。

 

舐めてはいけない

尋常ではない冷たさである。

 

宿で今朝、失敬したパンを頬張りながら

湖畔の草原に座り込み、天然水を喉に流し込む。

食料も、水も、そして空気までも、

全てが揃って、美味い!美味い!美味い!

 

 

高嶺の岩稜が続く

峻厳な山容

急峻な礫地に咲く

可憐な菫草

 

 

大空を仰ぐと、鷹は舞っていないものの

代わりに、真っ白なグライダーが

山嶺の上で、上昇気流にのり

ゆったりと、旋回し続けている

 

風光明媚 山紫水明

雲外蒼天 青天霹靂

天衣無縫 感慨無量

 

 

四字熟語の漢詩もどきで、頓珍漢な表現しかできない

もう、これ以上辞書を引いても、まともな言葉はあてはめられない

そんな、素晴らしいアルプスの風景に、絶句。

 

右の写真の中央峰の頂が、ファルクニス 2560m →

山は近くに見えるが、湖からの標高差は500m

つまり、勾配が滅茶苦茶キツイということを、それは意味する。

 

登頂は諦めたが

頂上から尾根となっている

圏谷の縁までは

登ってみようと決意している。

 

大斜面の登山道を、大汗をかきながらひたすら登り、雪渓をだましだまし歩き

格闘すること三〜四十分あまり、ファルクニスの尾根、圏谷と麓とを隔てる分水綾の峠

フレーシャーフュルグッリ Fläscher Fürggli 2247m に到達。

 

氷河によって形成された、

半円の壮大な谷間に三つの湖が綺麗に直列している。

 

灰白の山嶺に、緑の高原。

コバルトブルーにスカイブルー

残雪と雲

 

上下左右、配色、何もかもが呼応しているかのような

大自然の景観に感動する。

 

すぐ隣方に、シュワルツホルン

Sehroarzhorn 2346m (Schwarzhorn)

マイエンフェルト駅前から

真正面を見上げ、存在感ある双子岳の左峰が

山側の斜辺に、残雪と緑の草原を抱き

その三角形の頂点を、谷側の空へと大きく突き出している。

 

直下にある麓のフレーシュ村を経て

マイエンフェルトへと向かう

登山道が

壁のような大急斜面に

頼りなくへばり付き

九十九折れのか細い道筋を、遙か谷底へと描いている。

 

途中で出会った女性は、下れると言っていたが・・・

素人的には、かなりハードなのではないかと思う。

 

ハイジとペーターが、山の上の湖を発見したときに辿った険しい山岳ルート、

この登山道の難易度は、あの一連の場面を想像して頂ければ、あらかた食い違ってはいないだろう。

 

【 動画 】

 

年配の登山者が雪渓から峠に上がってきた。

軽く挨拶を交わすと、休むことなく登山道を軽快に登っていかれた。

急傾斜ではあるが、

本格的な装備でなくても、ファルクニスへは登頂できるようである。

ファルクニス登山、およびフレーシュ山麓への下山ルートは難易度上級の標識が掲示されています。初心者は通行を避けて下さい。

ファルクニス山頂は、リヒテンシュタイン公国との国境となっている。

そして、グラウシュピーツ、ファルクニスと連なってきた山嶺は、

ファルクニスホルン Folknishorn 2451m の頂にある、ケルン(石積み)にて途切れ

ライン谷への絶壁となる。

 

マイエンフェルトを北西方向に流れるライン川は、

このファルクニスホルンの山塊を避けて廻り込むように向きを変え

北東方向へとリヒテンシュタイン国境に沿って流れていく。

そのライン川国境のスイス側の岸に、トゥルーバッハ Trübbach という町があるのだが、

そこは一世を風靡した世界的女子テニスプレーヤー、マルチナ・ヒンギスの出身地なのだそうだ。

どうやらヒンギスは、マイエンフェルトから一山を越えたライン川越しで、

リヒテンシュタインの麓に面したファルクニスの山姿を眺め、生まれ育ったらしい。

 

ファルクニスには登頂できなかったが、

実に満足した!

麓からでは想像もできない、山の上の別世界を見渡すことができた。

実写版映画やドラマでのハイジのロケ地が

ここの地域クラウビュンデン州には、点在しているらしく

雰囲気の良い勝景地の、幾つかがあるらしいのだが

 

マイエンフェルトやバートラガーツの人里を真下に眺める

遙か天上の大自然の聖域

ハイジ、そしてスピリが最も大切にしていた潜在意識

懐の大きい価値観

俗世間に惑わされることのない達観

魂を自由にする天命への諦観

 

他でなく、ここマイエンフェルダーアルペンを満喫したからこそ

アルプス山脈の高地を描くハイジの真髄部分を、十二分に体感し玩味できたと感じる。

 

往路の道のりは、回り道をしたり撮影したり足を止めたりと

不規則に歩いていたため、その行程に要した時間を正しくはつかめないが

既に休憩時間含め、4時間あまりが経過している。

 

登山マップによると、エルピリバーン乗り場からフレーシャーゼーの第一湖までが95分

そこから、圏谷の縁を隔てる峠、フレーシャーフュルグッリまでが60分とある。

 

立ち止まることなく歩行し続ければ、二時間半という所要時間は、ほぼ間違ってはいないと思うが

少々焦燥感にかられつつ帰途につく。

 

馬のいるフレーシャーアルプの牧場へは下らずに、カームの尾根まで

グレッグホルンの裏手をショートカットする山道を歩いてみる。

途中、落石で数カ所寸断されていたり、草原の道無き道である箇所もあって足場は悪いが

距離的には短くなり、時間的にも若干短縮ができた。

山道が整備されていない状態であれば、 危険ですのでルートを変更して下さい。

帰路は、ほとんど平地か下りなので苦しくはないが、

なんだかんだで、二時間以上はかかってしまった。

 

エルピリバーン乗り場に無事到着すると、

フレーシャーゼーの道筋で会った、女性が展望台で待機していた。

女性の名前はアニータさん、シーズン中は一箇月に一度程度

山の上をハイキングしているとのこと。

フレーシャーも良いが、エルピリの後方にそびえる、フィラン Vilan 2375m への

登山道の眺望がこの辺りでは一番の景観で、よく行くお勧め一押しコースなのだそうだ。

 

最終で同じゴンドラに乗り合わせて下山となり

ついでに彼女の自家用車で、マイエンフェルトまで送って頂く。

途中、葡萄畑が広がり山の景色の良いポイントである

イエニンスの扇状地に停車してもらう。

 

ファルクニスの嶺の東西への広がりが、

グラウシュピーツ付近までバッチリと見てとれる角度に

本日の遠征での心からの充実感を反芻する。

 

マイエンフェルトの駅前通りで降して頂き、宿で荷物を受け取った。

駅へとむかったものの、まだ日が高いので、

コインロッカーに荷物を入れベンチで横になり一〜二時間休んでから

イエニンスまで、ゆっくりと歩いてみることにする。

 

市街を通り抜け、葡萄畑の坂道を上り、

ハイジ村こと

オーバーローフェルス集落から続く

牧草地の高台の道を歩いていく。

 

この路は、ヨハンナ・スピリが滞在していたハイジホフから

イエニンス村に住む、学生時代からの友人

アンナ・フォン・サリスを訪ねるために通った、お気に入りの散歩コース

一部、青い矢印の標識がコース中にたてられているが

少々わかりにくく頼りにはならない。

 

イエニンス村へと向かう

牧草地の中の道自体は2〜3本あり

どれを進んでも

景色に大差はないと思う。

 

但し、村の手前イエニンスの教会が見えてくる頃に

葡萄畑が広がる、坂道となっているコースが

街中のサリス家への最短なので、スピリが歩んだ道だといえるだろう。

そして、この教会を望む坂の風景は、アニメーションで観た

デルフリ村へと向かう道のモデルともなっている。

 

フォン・サリス家は、

地元の盟主で高位将官の家系なのだそうだ。

スピリは度々、この邸宅の元軍人である老人から

盲目の婆さんや、山小屋の隠居爺さんについての

世間話を聴き、語らっていたらしい。

そして、ハイジホフとサリス家を往復しながら、

ハイジの物語を構想したといわれている。

 

ハイジ冬の家は、財を築いた軍人が、

この地に建てた屋敷という設定であるが、

スピリ自身が、世話になったフォン・サリス家の邸宅を

その題材としていたのかもしれない。

教会の裏手の、ベージュ色の綺麗な壁が目立つサリス家には、

現在も、当時そのままの邸宅に住民がお暮らしでいらっしゃるらしく

不法侵入となってしまうので近寄ることはできない。

 

*          *          *

 

ハイジを作品として世に送り出すまでの、スピリは

特別な才能を持ち、特異な潜在能力を秘めた人であったのだろうか?

 

人間の生体とは、脳神経から爪の先まで、全て細胞によって構成されており

その遺伝子の塩基配列コードによって、何もかもが仕組まれた存在なのだそうだ。

しかし、自分・自己、その実態は、人生における判断・直感・知恵によって何かを覚悟するための学習を重ね

脳に蓄積された情報を保持した個体であり

情緒情動と分ちがたく結びつきながら

自らを構成し変化するダイナミズムとしての記憶・魂・心・・・であるといえる。

 

子息に先立たれ、子孫という生体を残していないスピリではあるが、

スピリは、ここアルプスの天上を仰ぎ、山麓を歩きながら

特別にではなく、自分自身の思いや考えをまとめて、ハイジという物語を自然にかたちつくり

特異ではなく、永遠に不滅の作品を世に生み出した。

 

山麓、山上を散策し、抒景からスピリの感じた想いを言葉にするのは容易ではない

ただ何か、突き動かされる大きな力が、作品に昇華されているのは事実だ

作り手としてのこだわり、それはそうした感動の力であり、その追想であるようにおもう。

 

高畑監督をはじめとするスタッフは、スピリが受けたダイナミズムの力を現地ロケで追想し

帰国後の重労働、不眠不休のアニメーション制作作業に使命感を抱いて取り組んだのだと、想いを馳せてみる。

 

日本が、右肩上がりの経済成長の大山脈を越えた’74年

「アルプスの少女ハイジ」スタッフによる大きな歯車は、

強力な一速ギアを回転させて、活気横溢な世の中へ、そして世界へと始動しはじめたのだろう。

視聴者であった我々、そして世界中の人々の心へと、ハイジのギアはしっかりと噛みこんで

そのパワーを初動として成長し、心の糧を、不朽の感動を、永遠の心象風景を

いつまでも尽きることない力で堅持し走り続けている。

 

スピリそしてロケハンスタッフが、辿った道、肌に触れた空気

その抒景と風の流れを追想し、その遙か山の上に身を置きながら

ハイジという創作は、その仕事に、そのパワーに、嘘は描いておらず、そして妥協がなかったことを思い知らされた

 

仕事を辞め、呑気に遊山している立場の自分としては、身の引き締まる思いである。

 

*          *          *

 

辺りは、闇に包まれてきた。

薔薇色の夕陽が山々を染める姿を眺めながら、

スピリの歩んだ道を、散策するつもりでイエニンスまでやってきたのだが、

残念ながら、本日はアルプスの夕焼けを拝むことができなかった。

 

マイエンフェルトから、

クラウビュンデン州の州都

クール Chur までは、列車で15分。

終電ではないものの、かなり遅い時間に安宿を探し

ドミトリー(多人数大部屋)に23時チェックインする。

オフシーズンのため広い屋根裏を独占し、ゆったりと深い眠りについた。

 

クール泊 : Hotel Drei Konige (http://www.dreikoenige.ch/)

 

 

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