スイス ティチーノ ・ シンプロン峠

 

 

6月29日(水) ルガーノ Lugano ・ ソノーニョ Sonogno ・ ロカルノ Locarno

ルガーノ Lugano → ロカルノ Locarno (鉄道) → ソノーニョ Sonogno (バス)
ベルザスカ渓谷 Valle Verzasca ・ソノーニョ村散策 Sonogno village
ソノーニョ Sonogno → ロカルノ Locarno (バス)

 

 

スイスとはいえ、標高が低いからだろうか、

湖畔の町ルガーノは、薄い霞によって湿り気を帯びている。

 

山腹を横切って走る列車

鉄道の駅からは、

山々が背後に連なる

市街を一望できる。

 

斜面にぎっしりと立ち並ぶ家屋を見ていると、

学生時代、中国の四川省を旅したときの気分が蘇ってきた。

 

列車に乗り、アルプス山脈を南北を縦断するゴッタルド街道の山麓町

ベリンツォーナ Bellinzona にて、支線に乗り換え

 

そして、改札のない

プラットホームの前方が

そのままポストバスの

ターミナルとなっている、ロカルノ駅に到着する。

 

準備中のワゴンに、美味そうなサンドが並んでいるので

忙しそうにしている店員のネエちゃんに、くれと要求したところ、

あっちを持ってくれだの、そのバーをとってくれだの

屋台を組むのを手伝わさせられてしまう。

 

別にオマケはしてくれなかったが、笑顔でグラッチェといいながら、ホーム脇の席に案内され

美味しい朝飯にありつくことができた。

そして、席でトマトサンドを頬張っていると、

今度は、通りすがりの男性が、5分ばかり見張っててくれと言い放ち、荷物を足下に置いて立ち去ってしまった。

イタリア語圏ティチーノ州のスイス人は、人遣いは少し荒いが、お気楽で陽気な人達である。

 

コインロッカーに荷物を保管して、

2箇所ほどある

Valle Verzasca (Sonogno)

という表示の付近に目を配りながら、

待機していると、

表示とは関係のない駅前の乗降帯に、ソノーニョ往きバスが停車した。

 

バスは、自動車道をスピードを上げて走行し、インターを降りると、

マッジョレー湖を眺めながら、山道の大きなS字カーブを上っていく。

 

大きなダムを通り過ぎ、山間部に入ると、

晴れていた空が、突如どんよりと曇りはじめ、小雨がパラツキ始めた。

 

水滴とワイパーが視界を遮る大きなフロントガラス越しに、

谷間や渓谷を挟んで、この地方独特である石造りの教会や家々が並んでいる。

そこは、時代の流れから取り残されてしまったかのような、長い年月により美しく枯凋した村々だ。

途中下車しようかとも思ったが、なにぶん空は雨模様、

本日はともかくソノーニョ村だけでも下見できればよいと判断する。

 

渓流伝いに深い谷を走ること、約一時間。

切り立った山々の付け根に、

教会を中心とする閑寂な雰囲気の村落が現れた。

 

「ロミオの青い空」(黒い兄弟)の主人公、

ロミオ(ジョルジョ)の故郷、ソノーニョ村である。

 

晴れていないのが、あいにくであるものの、

谷々に立ちこめる低い雲が、なんともいえない侘びしい雰囲気を呈している。

 

しかし、それは思いこみで

バスから降りる乗客は意外に多く

ここは、そこそこ人気のある観光地であるようだ。

みやげ物屋やカフェが点在し、明るい色合いの綺麗な花々が咲き、

付近には、今風のテニスコート(運動)競技場

冬はスケートリンク?などもあって、どことなく華やかな印象すら受ける。

 

そんな、活気ある村内を通り越し

渓流に沿って上流へと歩いてみる。

集落を離れるとロミオの実家を小さくしたかのような

寂れた石造りの家が所々にあるのだが

近寄ってみると、小綺麗で、しかも中には人がいる。

 

どうやら、古い民家をバンガローとして貸し出ししているらしく、

ワイワイガヤガヤ楽しそうに団欒しているご家族などもいらっしゃった。

 

さらに上流へと進むと、高さ40〜50mくらいの滝が見えてくる。

沢を渡って、木組みの遊歩道を歩いていくと、

おそらくロミオが、

釣りをしたり泳いだりしていたのであろう

川の淵が足元に覗く。

 

山深いアルプス奥地の清流だ。

こんなに清々しく豊かな自然環境に育まれ

のびのびと平和に暮らしていた穢れ無き少年が

ミラノに煙突掃除夫として、人身売買されてしまうとは・・・

「黒い兄弟」、なんとヘビーな少年少女文学だろうか。

 

徐々に、谷間の雲が晴れてきた。

よく見てみると、

現在、人が住んでいるのかはわからないが、

そそり立つ山の中腹には

集落が見える。

 

ああいった、急斜面で山羊を飼い、

キビやトウモロコシの畑をを耕作して、

ロミオの一家は、細々と生活を営んでいたのだろう。

実際に19世紀、頬傷男ルイニのような人買いは、

ああいった山上の小さな集落にまで足を運び

暗躍していたのかもしれない。

 

清流の流れに沿って、美しい樹々の合間を抜ける小径を通り下流へと向かう。

一世紀半前に、子供達が売り飛ばされていた悲しい歴史など、

今となっては微塵にも感じることのない、美しく長閑な自然の景観が広がる渓谷である。

 

ソノーニョ村の集落に入り込むと

そこは、石石石・・・

家の壁、屋根、煙突、そして村の通路や階段までもが、

平たい石によって全てが一様に

同一のクオリティで形成されている。

 

平石の屋根瓦の広がりから、教会の尖塔部分だけが

一つ頭を突き出して、その存在感を強めているが

教会の本体部の屋根はやはり、周りと溶け込んだ

平石の積み重ねによって造られている。

 

教会の内部は薄暗く、絢爛ではない素朴な装飾だ。

ロミオの親父さんが、寄付したというステンドグラスのようなものはなく

天窓からは、

そのままの自然光が差し込んでいた。

 

家並みは質素であるが、

赤や橙の花々が、何処にも彼処にも咲き開いて

軒壁を彩っている、宗教画の一つ一つと共に

鮮やかな印象を放つ、アクセントとなっている。

 

長期滞在者だろうか?

地元民だろうか?

村の民家は、多くの家族連れで賑わっているようだ。

 

ロミオの血筋・・・ではないけれど、

 

ソノーニョ村に居る、子供達であることに変わりはない。

男の子も女の子も、

元気に村内を駈け回って遊んでいた。

 

手編みの帽子が、

洒落たみやげ物屋の店頭に置いてあった、

ロミオは真ん中の白い奴を、時折かぶっていたように思うのだが、どうだっただろう?

 

村のパン屋で

ピーチパイを一切れ買ってみた。

味は、酸っぱくフルーティー

あまり煮込まずに、素材そのもの果肉の味覚が舌をうつ

それはソノーニョ村のごとく、素朴でありながら

鮮かな主張が散りばめられている、といった風味であった。

 

ソノーニョから、

下流に向けて歩いていると

村からほど近い渓流の対岸に

洞穴が口を開けていた。

 

原作でジョルジョ(ロミオ)が、

アナグマや鳥を飼っていた、秘密の岩穴はおそらく此処であろう。

3〜4km離れた隣村まで、そのまま道を進んでみる。

 

ソノーニョ方向に振り返り、景色を眺めてみると、

切り立った崖に囲まれた、山深い秘境にひっそりと立地する、

その佇まいがよくわかる。

 

隣村にも立派な教会があり、大小の鐘が、谷間に時を告げ、

墓地は色とりどりの花々に飾られている。

 

現代文明から隔絶されているかのような

山里と感じるが、バス停にあったテレフォンボックスを覗くと

公衆電話機に、

キーボード付きの端末がつながっていた。

 

白黒液晶の画面で、アルファベット文字データのやりとりができるようで、

ネットはできないモノの、メールの送信は可能なようである。

 

*          *          *

 

ポストバスで、ロカルノに戻ってきた。

ユースホステルに、予約なしで飛び込んだところ、

二人部屋のシェアルームが、空室であった。

結局、一晩誰も来なかったので、

一人で部屋を独占することができ、大変に居心地が良かった。

 

バルコニーに出て外を眺める。

本日は、晴れとも曇りとも雨ともいえない、微妙な天気であったが、

ソノーニョ村までの辺境地を一通り、巡ることができたので満足する。

 

陽はまだまだ高いので、マッジョレー湖の港へと訪れてみた。

湖岸を歩いても、船に乗る前にロミオ達が収容されていた、

「パン・ペルデユー」なくしたパン(山猫)という、酒場は勿論見当らない。

 

 

若干落書きなどがある、路地裏を彷徨ってみるが、

さすがはスイス、基本的に整然とした美しい街並みである。

 

山の手に上がって散策してみると、

アルフレド実家のモデルのような雰囲気の、豪邸が並んでいた。

 

多くの邸宅も美しいが、宅地の間を縫うようにして

市街地まで通り抜ける、小径がまた素晴らしい。

そこは、ソノーニョ村の路地のごとく、石畳の道と壁が

脈々と続いて、エキゾチックな旅情をかきたててくれるのであった。

 

ロカルノ泊 : ロカルノYH  Locarno TI
(http://www.youthhostel.ch/hosteldetails.html?&L=1&user_hostels_pi1[bez]=LOC&cHash=9a82b0007f)

 

 


 

 

6月30日(木) ロカルノ Locarno ・ シンプロン峠 Simplon-pass

ロカルノ市内散策 Locarno city 
ロカルノLocarno → ドモドッソラ Domodossola (鉄道) → シンプロン峠 Simplon-pass → ブリーク Brig (バス)
→ ツェルマット Zermatt (鉄道)

 

 

ロカルノ条約

第一次大戦後に、ドイツ南西部非武装化の協定を締結した、

近代世界史の舞台である、ヴィスコンティ城に訪れた。

ここは、中世に北イタリアを支配した、

ミラノ公国の名門ヴィスコンティ家の領塞であった史跡でもある。

現在建物は、考古学博物館として使用されているそうだ。

軽く辺りを一周して、市街へと向かう。

 

市街地の広場には、

マーケットが開かれ、

古物・骨董品やら、ポケモン、ドラえもん

バッチもん、バッタもん、

などを陳列した露天が並んでいる。

 

マッチョなアンちゃんが、

お釈迦様や観音様を商っていた。

売れているのかは、わからないが

 

お客の興味は引いているようで、

爺さん婆さんが、

立ち止まって真剣な面持ちで仏像に眺め入っている。

 

駅近くの商店街の並びに、ケーブルカー乗り場がある。

ルガーノとは違って、スイスパスを提示しても CHF4.5 を要求された。

どうやら割引すらも、してはくれないようだ。

 

ロカルノの町を見下ろす

高台に陣取っている、

マドンナ・デル・サッソの聖所という

基督教巡礼地へと

そのケーブルカーは登っていく。

 

黄色壁と橙色屋根は、いかにも南欧風。

教会及び修道院の内部の間取りは、意外と複雑で、

蝋燭の並ぶ廊下や、中庭を囲む階段をうろついていると

一度出くわした修道士と

何度となく顔を合わしてしまう。

華やかなフレスコ画や、

最後の晩餐の等身大ジオラマ等が、聖地を明るく彩っていた。

 

市街へと下る、市内バスの停留所があった。

マッジョレー湖を眺め、高台にひろがる住宅地の坂道から、

幾度と無くカーブを折り返し、バスは湖畔へと降りていく。

幸いにして、バス路線はユースホステルの付近を通過した。

 

宿にもどって荷物をとり、バスに再度乗車したところ、

途中、巨大なスーツケースを持った地元女性が乗り込んできたので、

荷物運びを手伝い駅までご一緒することになる。

旅程について話をしたところ、

イタリアに行くのならば、荷物を開けられないよう南京錠をつけ、

ガムテープで固定するようにと、彼女から真顔でアドバイスを頂く。

幾度かミラノで盗難にあった経験があるという、彼女のスーツケースには

鍵がかけられ、その上からテープが巻き付けられて

確かに、これでもかといわんばかりの厳重なガードがされていた。

 

*          *          *

 

ロカルノ駅の地下から、

国際ローカル路線に乗車し、イタリアのドモドッソラへと向かう。

3両編成の各駅停車は、流れの見えない深い谷を見下ろしながら、

マッジョレー湖の上流に位置する山岳地帯、チェントバレー Centovalli こと

百の谷の山腹を伝って、幾つもの鉄橋を渡りゆったりと進んでいく。

 

白岩の崖に翡翠色の川瀬、

木々が豊かに生い茂る渓谷美を楽しみながら、

一時間ほどで国境の駅に到着した。

 

ロカルノ駅で発車間際に飛び乗ったので、乗り継ぎを調べていなかったのだが、

どうやらロカルノからの次発列車が、国境を越える急行だったらしく、

30分程の待ち時間となってしまった。

 

国境の駅は、人里離れた山深い僻地で、駅の周囲には何もない。

下車した乗客は、自分の他に旅行者風の若い女性一人だけである。

待合室で静かに座っていると、

しばらくして周囲に見所がないと悟ったであろう女性が、駅に戻ってきて、

時刻表を眺めながら、ネクストトレイン?ライド?フロムロカルノ???ナンダラカンダラと

流暢な英語で尋ねてきた。

 

意味がよくわからないものの、ロカルノから出発する次の列車は急行だ

ダイレクトにボーダーを超えて行くから、乗ることができる

とかなんとか、時刻表を指さしながら説明をしたのだが・・・・

すると、列車がホームに入ってきたので

思わずシャルウィーゴゥといってしまった。

 

列車は空いていたのだが、彼女は対面のシートに腰掛けてきた。

ドイツ、スイスと巡ってきたが、欧米人にしてはかなりタイプの異なる女性である。

 

ドイツの田舎路線では、ショートパンツに水着上を着用したグラマーな方が駅ホームを歩いていたり、

一昨日の宿でもそうであったように、薄着やバスタオル姿でも正々堂々としていて

旅行中出逢う欧米の女性からは、大胆で派手という印象を強く受けていた。

 

しかし、彼女は全く別人種だ!どことなく育ちの良さを感じる。

清楚でエレガントなクララのような・・・いや、庶民っぽい素朴で慎ましい物腰であるような気もする。

エクトル・マロの家なき娘(ペリーヌ物語)の、大企業秘書となったペリーヌのような風貌だろうか?

 

何処の国の人なのだろう?

話しかけたところ、ニュージーランドから友人を訪ねてスイスにきて

今は一人ロカルノに滞在しているとのこと。

日本語を少しだけ勉強しているそうで、挨拶程度の簡単な言葉も使ってくれた。

 

列車は走り出した、鉄道に平行して国境の石橋が見えてくる。

すると、彼女は慌て始め、この列車は何処に行くのか?と尋ねてきた。

地図を示しながらドモドッソラだと言うと、ロカルノに戻りたいというではないか!

・・・・・・・・・・・スマン m(_ _)m

 

英語が苦手なので、しっかりと聞き取れていなかった、

てっきり、国境を越えるかどうかを訊いているのかと思った

と詫びたところ

彼女も、何処に行くのかきちんと訊かなかったので仕方ないと

笑みを浮かべ許してくれた。

 

車掌に訴えて次のイタリア側の駅で止めてもらい、

彼女は下車したのだが、スムースにスイスへ戻れただろうか?

歩いたとしても、それほど距離はないと思うが、次の国際列車まで待たせたのであれば本当に申し訳なく思う。

 

イタリア側に入ると、次第に天に頂を突き出す高い山波が遠方に見えてくる。

スイス最高峰のモンテローザを筆頭に、4000m級の名峰が連なる、

バリス Wallis 地方のアルペン山嶺だ。

 

北イタリアの片田舎からミラノの郊外にまで足を踏み入れ、

湖水に映えるスイスイタリア語圏の町々で南欧気分を満喫したものの

二日間ぶりに本格的なスイスアルプスに対面し心を新たにする。

 

*          *          *

 

スイスアルプスを越え

伊仏をつなぐ大動脈ルート

シンプロン峠 Simplon-Pass の手前に位置する麓の町

ドモドッソラに到着した。

 

上越新幹線大清水トンネルが開通する1982年までは、

76年間(1906年以来)世界最長であったという、シンプロントンネル。

 

列車に乗って通過すれば、スイス側の麓町ブリークまでは所要30分で行けるのだが、

今回は、ポストバスを利用し、2時間かけて最高地点2009mの峠道を越えていくつもりである。

 

バスは、一日3便しかないのだが、幸いにして待ち時間は一時間程度。

ターミナル近くの、軽食スタンドでアイスを食べる。

考えてみるとここはイタリア、そうだ本場のジェラードではないか!

ややユルく溶け気味なのが気になるも、フルーティなストロベリー味に満足。

しかし、食べ物の頂点にスプーンをブッ刺して客に出すというスタイルは、日本人的に忌みはばかりがあるような・・・

 

万年頂を白くしている大山脈を見上げながら、緑豊かな山間部を

片側2車線の、よく整備された自動車道が走っている。

 

どんどんと人里を通り過ぎて、険しく切り立った崖に両側が囲まれはじめると、

やがて、国境の検問所が行く手に現れた。

 

しかし、特にこれといった検札もなく、

一時停止したバスはすぐに、広く長い上り坂へと軽快に走り出す。

 

シンプロン峠は、19世紀初頭にナポレオンが進軍するため拡張した

アルプス越え主要道

アルプスを縦断する有名な峠道は、幾つかあるが

ミラノを経由してパリに向かっていたペリーヌが

悪路に馬車の進行を阻まれながらも

苦辛の末通過した峠道といえば、このシンプロン峠が大本命である。

 

しかも、嬉しいことに、いかにもペリーヌ達が泊まりそうな

宿屋が国境を通過した道路脇にあるではないか!

緑色の馬車はどこだ!

本日は午前中、ペリーヌにも逢えた?ので

建屋の陰に、ロバのパリカールが繋がれていそうな気配がする。

 

やがて、険しい谷筋を削る断崖が続いた上り坂から

草原へと風景は一転し

左右に連なる嶺々を仰ぎながら

よりいっそう蒼く澄んだ天空と、強い日差し、

2000mを越える高地の姿を印象つけてくれる。

 

ピンク色のシンプロン峠

レストハウスを通り過ぎると

いよいよ道路はスイス側

ローヌ川の谷への下り坂となり

山の中腹を、延々とスノーシェッド(洞門)が続いていく。

 

よくみてみると、シェッドの上を滝が流れ落ちたりしていて

厳しい自然環境の中を、図太い道路が貫いている様子がわかる。

下っているとはいえ

かなり標高が高いのだろう、

バリス地方の険しい山嶺が

間近に見える。

 

そして、ローヌ谷の彼方には、アルプスの大パノラマ

ユングラウヨッホや、アイガーといった名峰が連なる、

ベルナーオーバーラントの山脈がその姿を覗かせていた。

 

*          *          *

 

ブリーク駅にやってきた。

スイスアルプスの山岳地帯を東西に結ぶ、

グレーシャーエキスプレスこと、氷河急行の赤い列車が、

駅前に発着している。

 

この山岳鉄道で、アルプスのシンボル

マッターホルンの山麓にある、

世界屈指の山岳リゾート、ツェルマットへと向かうつもりだ。

 

山脈から流れ出た、勢いのよい谷川に沿って、

上流へと蛇行しながら、

列車は標高1620mの終点ツェルマットへと、上り傾斜を進んでいく。

 

谷間の先に鎮座し、薄暗い日暮れの街を見下ろしているマッターホルン。

観光客で賑わう、ホテルや商店が軒を連ねるメイン通りを歩いて、

駅から1km以上は離れた市街の奥に位置する、

ユーゲントヘアベルゲ Jugendherberge こと ユースホステルに辿り着いた。

 

予約していなかったのだが、ベットは空いていた。

食事時間が終了間際で、

食べるならすぐに注文してくれとのことなのでお願いをする。

リゾート地のレストランで一人食事というのも

コスト高で面倒と思っていたので丁度良かった。

闇に浮かぶ雲を抱いたマッターホルンを、食堂の窓辺から眺めながら

盛りつけの多いパスタとサラダを胃袋にかき込む。

 

ツェルマット泊 : ツェルマットYH  Zermatt Jugendherberge
(http://www.youthhostel.ch/index.php?id=47&user_hostels_pi1[location]=all&user_hostels_pi1[bez]=ZER&cHash=03a4e83a43)

 

 

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