7月2日(土) ベルン Bern ・ エメンタール地方 Emmental Region
ベルン市内散策 Bern city
ベルン Bern → ソロトゥルン Solothurn → ハスレ Hasle-Rugsau (鉄道) → アフォルテン Affolten (バス)
エメンタール Emmental 散策
アフォルテン Affolten (バス) → ハスレ Hasle → ベルンBern (鉄道)
コの字型に湾曲するアーレー川の速い流れによって
断崖が形成されている独特な半島状の丘地に
スイスの首都ベルンの街並みは広がっている。
ベルンは欧州国家の中で、永世中立を保ってきたスイスの首都ということもあり
大戦に巻き込まれることもなく、14世紀頃からの街の姿がそのまま継承されてきた
市街丸ごとユネスコ世界遺産の都市である。
市街地を取り囲むように流れているアーレー川の下流は
ドイツとの国境を流れる大河ライン川に合流している。
水流を調整している関の手前には、
かつて国境を越えて栄えていたであろう、汽船交通を偲ぶように
現在もひっそりとした河川港が整備されていた。
おそらくここが、ヨハン・ダビッド・ウィース原作のアニメ化作品
1981年放送「ふしぎな島のフローネ」のロビンソン一家が旅立った
ライン川へと下る船着き場なのだろう。
訪問した7月2日から、
一月半あまり後の8月22日国際ニュース報道でアーレー川氾濫の様子を目にした。
日本に帰国してから、前の月に自分の足で歩き回った場所の災害映像をテレビ画面で見ると
土地感を理解しているだけに身に迫って危機感が伝わってくる。
段丘下にあるユースホステルもまた、被災し浸水してしまったのだろうか?
のり@ベルン様サイト(http://swiss.wonderful.to/Albumn/bern-hw/index.html)
橋脚の袂から、古い木造の長い階段廊下を通り市街地へと上がる。
裏通りに開かれた市や
表通り側に連なる建築物を貫く
アーケードを歩いてみた。
食材や土産物店などの店頭を覗きこみながら進んでいくと
商店に並んで人形が飾ってある、ひっそりとしたマリオネット劇場があった。
道路側の足元に、重たそうな扉があるのだが
日中は固く閉ざされており、何となく不可思議な雰囲気がする。
焼却炉の鉄扉のような地下への入口が開かれ階段を下りると
毎晩どんな操り人形劇が行われているのだろう?
さらに進んでいくと、銃砲店?
いや、エアガンが並んでいるショーウィンドゥに
忍者の絵がレイアウトされ日本刀が中央に置いてあるのを見かけた。
果たしてスイスの人もサバゲーなどするのだろうか?
国民皆兵制なだけに、訓練で本物を扱っているだろうに・・・
でもって、刀の方は一体どういった遊びで使うのだろう?
なんとも、気になる店が
点在しているので要チェックである。
アーケードの商店の並びに紛れて
アインシュタインの住んだ居宅があった。
パスタ飲食店横の階段を上った2階の目立たない部屋である。

1905年、特許局に勤めながら
アインシュタインはこの部屋で
論文執筆に取り組み
特殊相対性理論を発表したのだそうだ。
コンニチハと挨拶してくれた受付のおばさんはアジア系。
旦那がスイス人で、十何年だったか前にベルンに移り住んだ韓国人女性である。
居室の家具類は当時のままに残されているそうで、
アインシュタインが相対性理論を思考しながら腰掛けていた椅子があり
おばさんは私に座ってみるよう勧めてくださった。
ところで、ベルンは韓国人学生旅行者が多い。
チューリッヒやフランクフルトといったヨーロッパ各国の大都市でも
若い韓国人の男女グループを頻繁に見かけたのだが・・・
特にベルンは韓国政府が派遣政策しているのか?と疑問に感じるほど
大勢の韓国人学生達で溢れかえっている。
そして、このアインシュタインの家は
受付のおばさんと母国語で会話が通じるだけに
韓国の学生が集まる憩いのスポットとなっているようであった。
光の速度を測るんだか
時間を計測するんだか
質量の変化を調べるんだか?
訳わからない実験装置があちこちに置いてある。
移動する物体の長さや、時計の針の動きが変化する説明画
核分裂が起こると、とんでもないエネルギーが放出されるとかなんとかの公式
E=mc2
などを各国語で説明しているコーナーがあるが
日本語版は準備されていないようだ。
もっとも日本語で説明されても、理解できそうもない展示なので
入場料CHF6はもったいないが、じっくりと見学することなく立ち去ることにした。

ゴシック様式の
大聖堂の周りを歩いてみる。
聖堂正面の
最後の審判レリーフは見事!
こまかく精緻な装飾と
色彩が見応え十分。
教会もさることながら、メイン通りにある牢獄塔、時計台
市街地の建物の造りもまた、目を見張るものがある。
町全体が世界遺産というだけあって、
様式が統一した
中世の時代を感じさせる混じり気のない
この土地の純粋な文化が
そのまま現代に息づいている姿である。
メイン通りに点在する噴水には
趣向を凝らした数々の像が据えられており
一つ一つ眺めながらゆっくりと通りを歩いていくのも面白い。
残念ながら工事中のストリートもあったが
町を半分程度歩いただけでも
世界遺産都市の雰囲気を十分に堪能することができた。



* * *
ベルン駅から近郊列車に乗り45分、アーレー川の下流、ソロトゥルン Solothurn に到着。
以前、勤めていた会社の取引先がこの町の郊外にある。
特注の保守用部品のみを取り寄せていたため
当時は日本国内の代理店を介さずに
直接スイス人の担当者へと
見積やオーダーをメールでコレポンしていたのだった。

年末になるとグリーティングカードやスイスのカレンダーが
注文部品に同梱され届いていたのが今となっては懐かしい。
勿論、仕事上の付き合いのみなので会社へと訪問するつもりはないが
どんな環境の人々とやりとりしていたのかが気になり
ふとこの町に訪れてしまったのであった。
何もない町かと思いきや、チューリッヒからベルン
ジュネーブへと向う主要街道の分岐ということもあるのか、しっかりした歴史を感じさせられる趣のある町である。
列車を下車し、駅前の通りを進んでアーレー川を渡ると、大きな聖堂や教会が建っている旧市街へと至る。
何かのフェスティバルを開催しているようで、
市街は人、人、人の波、路上に露天商が並んでいて活況があり、楽しそうなので市街地を少し彷徨いてみた。
しかし、今回の旅で必ず実行しなければならないと決めている課題が一つある。
それは、スイスで正真正銘本場のチーズフォンデュを、思う存分食べてやろうという目論みだ。

ここで、のんびりしている場合ではない
ハイジのアニメでもお馴染み
気泡の開いた大きなチーズ
「エメンタール」の一大産地
へと向うことにする。
ローカル鉄道に乗り、ハスレ Hasle-Rugsau駅前から、バスに揺られること合わせて一時間くらいだろうか、
牧草地の丘陵が、どこまでも続いている酪農地帯のアフォルテン村 Affolten で下車をする。
牛の隊列が農道を横切っていく、長閑な風景が目の前に広がっている。
牛の後について歩いているのは、農家のおばさんであったが
遠目に見ていると、名作アニメ「牧場の少女カトリ」の一シーンのようでもある。
そして、その脇の囲いを見たところ
まっしーろな♪ コヤギ♪ が佇んでいた。
小さいのは一見ユキちゃんのようだが
角が生えているのでおそらくは雄だろう。
早速、道端の草をもぎり採ってかざしたところ、数匹が興味を示し近寄ってきた。
が、しかし、すぐ側まではやって来ないので、草を手にした腕を差し伸べて揺すったところ・・・
バシッ!!
痺れが腕に伝わり、衝撃音が耳に響いた。
やられた! 弱電流線にまんまと引っかかってしまった。
真っ白な山羊達は、しっかり学習をしているようだ
子山羊までもがきちんとロープの手前で立ち止まるではないか、電流線の効果恐るべし!



エメンタール地方に建っている独特な屋根形状
(フラン犬、アロアの家風)の古農家は、1700年代から300年近く
何世代にも渡ってこの土地を見守っている。
庭先では、次世代の子供達が
その風景に溶け込んで
遊び回っている。
カメラを構えていると、怪訝そうな表情ながら
東洋から来た一旅行者をしげしげと凝視してくれた。
付近のチーズ工場は
観光客用に施設を整えている。
無料で入場し見学ができて、
チーズ作りの工程説明や、昔の道具・用具なども展示されている。
早速、併設されている食堂で
念願のチーズフォンデュと白ワインを注文した。
さほど彩りのないメニューではあるが、フォンデュは二人前からの注文であり
一人では鍋一杯のチーズは量が多そうに思えたので、他には何もオーダーをしなかった。
全部食べきれるか?とも思ったが、
どっぷりたっぷり濃厚なエメンタールチーズをからませ、フォークを浸しながら、
何度と無くパンを口に運んでいると、
次第にチーズの量は減り完食することができた。
満腹というか、十分というか、やるべきことをやった達成感というか
ともかく納得のいく食事であった。
土曜日ということで家族連れが目立つが、
交通アクセスが不便だからか?外国人の観光客をあまりみかけない施設だ。


店員は、近所のおばさんなのだろう。
テーブルに
特定のウエイトレスが付くというでなく
ちょこちょこ入れ替わり
アルコールランプの火加減を見に来ては
美味しいでしょ?と確認するかのような笑みを浮かべながら去っていく。
世界に名だたるエメンタールチーズのフォンデュを是非とも味わっていきなはれ
といわんばかりに地場産業に誇りをもち
一人この地に訪れた日本人旅行者を、もてなしてくれているように感じた。
食欲が満たされ
満足気分で列車を乗り継ぎ
ベルンのユースホステルへと戻る。

ボーリングのピンのような大きなチェスを、道に描いた盤で
興じる若者を見ながら、夕暮れ時、高台の公園を歩いてみた。
世界遺産に住む人々の暮らしの明かりが徐々に灯り
半島状の黄昏の街は、生活の星々が瞬く夜景へと変化していった。
ベルン泊 : Bern Youth Hostel (http://www.jugibern.ch/)
7月3日(日) ベルン Bern ・ヌーシャテル Neuchâtel
ベルン Bern → ムルテン Murten (鉄道) → ヌーシャテル Neuchâtel(船)
ヌーシャテル散策 Neuchâtel city
ヌーシャテルNeuchâtel → ローザンヌ Lausanne (鉄道)
アーレ川対岸の高台にある、
バラ園 Rosengarten は
川の流れに囲まれた
ベルン市街地全体を見渡せる展望地。
色とりどりの見事な薔薇の咲く
公園内をのんびり散策する。

「ふしぎな島のフローネ」でベルンの街を
場面としているカットを、ユースホステル受付のお姉さんに見て頂いた。

マイエンフェルトでハイジのアニメ画を提示しても
誰もが馴染んでいるだけに珍しくもなく、さほど大きな反応はなかったが
フローネについては地元民としては驚きであったようで
とても綺麗なカトゥーンであると絶賛してくださった。
地図で実際の街中とを照合して、
お姉さんは感激しながら、舞台となった場所についてあれこれと教えてくれた。
ご教示して頂いた情報によると、フローネが通っていた小学校は
10番バスでバラ園の次の停留所 Galgenfeld 下車
Schulhaus Bitzius ( Bitziusstrasse 15 3006 Bern) であると思われる。
とても小学校とは思えないような造りで、立派な校舎だ。
そういえば、北朝鮮の金正日の子息はベルンの学校に通っていたそうだが・・・
ここは、セレブなインターナショナルスクールというわけではないだろうが
アニメで描かれていたように、緑に囲まれた閑静なロケーションで
毛並みの良いお坊ちゃんお嬢ちゃん、ご学友様の学ばれている品行方正な由緒正しき学校のように思えてくる。
* * *
ベルンの街を後にし
ローカル列車で
湖の広がるフランス語圏
ムルテン Murten へと向うことにした。
ムルテンは、湖に面した
高台にあるこじんまりとした町。
城と城壁が綺麗に残され
ベルンの街中にそっくりな
この地方独特の雰囲気である市街地の奥に、時計台が鎮座している。
市街から城壁を通り抜けると、そこは湖。
船着き場から、運河で結ばれた湖を渡る定期船へと乗り込んだ。

暖かく眩しい
日差しの射す中
波のない
静かな湖上を
ゆっくりと船は航行していく。
対岸の湖畔には葡萄畑が広がり
斜面に建つ教会の尖塔を眺めながら、のんびりとした時間が流れていく。
運河に入ると、両岸に子供連れの親子や、釣り人達を多く見かける。
日曜日ということもあるだろうが
バカンスシーズンでもあるので
この地方に滞在して
過ごしている人々なのかもしれない。
運河の途中、別荘?の並ぶ集落があり、
桟橋に停泊したところ家族連れリゾート乗客の乗り降りが目立った。
こんな長閑で穏やかな場所で、何をするでなくゆったりとくつろいで過ごすことができるスイス人が羨ましい。




船員のおっさんは、陽気なフランス系スイス人。
何を喋っているのかわからなかったが、あちこちで乗客の笑いをとっている。
ズッコケてみせたり、惚けてみたりと、身振りをみているだけでも面白い。
スイス人とはいっても、ラテン系の人は明らかにドイツ語圏の人達とはタイプが違なるようだ。




ヨットが係留されている運河を抜け
水面がキラキラと輝く湖上を進み
定期船クルージングを愉しむこと二時間
船はヌーシャテルの港へと接岸した。
* * *
柔らかな稜線の山々の中腹には、葡萄畑の間に住宅が並び
それら家々の隙間を突っ切るかのように、特急列車が流れていく。
湖畔の港から高台へと市街地が広がっていて
地下鉄のようなケーブルカーのような乗り物で、駅周辺の中心部へと移動した。





バター色の壁に
尖った屋根の建築物が続く旧市街。
町のシンボル的な教会と城が
建っている高台へと
カーブを描く急な坂道を登っていく。
日曜日ということで、ひとけが無く静まりかえった路地であるが、
街のあちこちにある前衛芸術のような絵画なのか落書きなのか
理解不能な作品群?が視界に入ってくる。
景観を損ねているような気がしながらも先へと進んでいき
高台の塔へと上がってみたところ、強い日差しに照らされる
石畳や青い湖面を背景に建ち並ぶ家々の屋根・煙突が、心地よい旅情をかきたててくれた。
観光客の姿はあまりみかけないもの
教会の前にきたところ「コンニチハ」とアジア系の男性から声をかけられた。
ヌーシャテル郊外にある
有名煙草メーカーに出張でいらっしゃている韓国人男性で
日曜日の午後に、一般公開される州庁舎を見学にきたとのこと。
折角なのでご一緒することにし、
12世紀に創建された城をそのまま利用している庁舎の前で
城門の開放時間を待つ。
開門を待っていた10名ほどの客と
一緒に見学をすることになった。
案内のおばさんは、
独仏英語マルチリンガルで
解説をしてくれる。
城内は、さほど豪華さはないが、歴史を感じさせられる美しい建築である。
その広間を改修した議会の壇上に立って、記念撮影をしてみた。
ヌーシャテル湖の船着き場に近い、美術・歴史博物館へと移動し見学することにした。
この博物館には、毎月第一日曜日の午後、精巧な絡繰り人形を実演展示しているのだが
館内は閑散としていて見学客は3名。
「書記」「音楽家」「画家」の3体は、カム式の可動原理で指手腕・瞼・首・肩・胸などなど
人間の細部の動きを忠実に再現しており、なんと呼吸・息づかいまでしてしまう驚愕の人形である。

書記人形は、インク壺に羽ペンを浸しながら、
フランス語で「自動人形・ジャッケドロー(作者名)・ヌーシャテルで」としたためてくれる。
国宝級?絡繰り人形の手による月産一枚、
年間でも12枚の貴重な筆跡メモを、学芸員さんは惜しげもなく記念に下さった。
* * *
日曜日のヌーシャテル市街は、店という店が休業している。
スイスといえば、世界に名だたる時計産業が有名であるが
ここヌーシャテル周辺こそスイスの時計製造の元祖であり中心地なのだそうだ。
時計店に立ち寄ってみたかったのだが、営業している店は全く見当らない。
湖畔の高級ホテルを少し覗いてみたが、
高級品・貴金属品ばかりで、庶民の購入できるような代物はなさそうである。
時計はローザンヌで明日探すことに決め、ヌーシャテルを後にする。
列車は、ヌーシャテル湖の湖畔をひた走り
ハイジの作者ヨハンナ・スピリが学生時代を過ごした、イベルドンを通過しローザンヌに到着した。
ローザンヌという都市もまた
レマン湖という大きな湖に面しており
駅から湖畔までは
地下鉄のような
ケーブルカーのようなのが走行している。
港の駅 ウーシー Ouchy まできてからバスに乗り、湖の沿道を進んでユースホステルに辿り着く。
チェックインし荷物を置いて身軽になってから、係留されたヨットの並ぶ賑やかな港の沿道を散策してみた。
港ではライブ会場が設営され
地元の若者達が熱唱し盛り上がっていた。
フランス語の歌というわけでなく
ポップス全般で
80年代に流行していたような
どこかで聴いたことがあるようなのも演ってくれるので、なかなか楽しめる。
彼&彼女たちの歌声が耳に残り
イージー・ラヴァーを鼻歌&口ずさみながら、缶ビール片手に夕暮れのヨットハーバーで独りたたずんでみた。
ローザンヌ泊 : Lausanne Jeunotel VD Youth Hostel (http://www.youthhostel.ch/hosteldetails.html?&user_hostels_pi1[bez]=LAS&cHash=7a96804215/)