ラテンアメリカ


中央紙のニカラグア報道、誤報のレベル
 ニカラグアの大統領選挙で、FSLN(サンディニスタ民族解放戦線)のオルテガ元大統領が政権を奪還した。中央紙は比較的多くの紙面を割いて、オルテガ氏やFSLNについての報道を行ったが、正直なところ、かなり重大な誤報があるようだ。結論から先に言えば、中央紙は1979年のサンディニスタ革命が社会主義革命だったと勘違いしているのだ。

 たとえば朝日は、「(オルテガは)かつての革命家から『救済者』的なイメージに転換し、低賃金や失業に苦しむ若者に浸透した」と報じる。

 毎日は、「(オルテガは)演説で『平和、和解、愛』を繰り返し訴え、悲惨な内戦の印象がつきまとうFSLNの『ソフト路線』化を強調した。貧困対策に力を入れることは当然の公約だが、反米姿勢をほとんど表に出さず、自由主義経済の維持も約束。」と報じる。

 さらに読売は、「(オルテガは)対米関係についても、かつての『反米左派』色を薄め、むしろ関係改善を示唆するなど『変貌』ぶりをアピール」と報じる。

 その結果、読売によると、米国のライス国務長官が「誰が当選しても好意的に対応する」と語ったという。
 しかし、FSLNは79年の革命当時から反米の姿勢を取ったわけではない。ニカラグアの革命政府が望んでいたのは、米国との友好的な関係だった。ニカラグアを敵視して、戦争を仕掛けたのは米国の側である。

 86年だったと思うが、反政府ゲリラに武器を空輸していた米軍機が対空ミサイルで撃墜され、米兵が捕まった事件がある。この時もFSLNは、米兵を捕虜にはせずに、クリスマスの恩赦で帰国させている。

 ラテンアメリカでキューバも含めて、米国との友好的な関係を望んでいない国はどこもない。
 2年前の米国ニューオリンズのハリケーン被害の時も、人道的な立場からキューバは、1500人の医師団の派遣をブッシュに申し入れている。

 ただ、米国との「友好」の条件として、米国の多国籍企業を必要以上に優遇するのであれば話は別だ。それは当然のことだろう。

 そもそもサンデニスタ革命が目指したものは、社会主義ではない。それ以前の段階として、議会制民主主義、教育や医療を受ける権利、16歳からの参政権、公平な農地の配分、死刑制度の廃止などだった。これらの課題は、戦時下にもかかわらず実現した。
 社会主義に進むかどうかを選挙で判断するのは、ニカラグアの国民であるが、この点が選挙で争点になったことはまだない。

 そもそも「反米」という言葉そのものが、一種の慣用句で意味が漠然としている。だれに対して使っているのか曖昧だ。
 革命後のニカラグアを最も熱心に支援し続けたのは、米国市民である。米国政府はニカラグアを敵視していたが、民間のレベルでは、たくさんのボランティアが新生ニカラグアで、医療、教育、土木などの援助にあたった。スペイン内戦時代のアブラハム・リンカーン旅団の精神を発揮したのである。
 だからFSLNも米国政府と米国市民を明確に区別していた。まったく「反米」ではなかった。

 今回の大統領選でオルテガ氏が柔軟になったような報道が目立つが、わたしは基本的な部分はまったく変わっていないと思う。革命当時から非常に柔軟だった。
 ライス国務長官が「誰が当選しても好意的に対応する」と語ったというが、この言葉をもって、FSLNが変化した証拠と解釈するのは軽率だ。変化したのはFSLNではない。劇的に変化したのはラテンアメリカと米国の力関係である。
 米国はもはや1980年代のように、ラテンアメリカに対して軍事介入ができなくなっているのだ。介入したくても出来ないほど、ラテンアメリカに急激なスピードで民主主義が根付いてきたからである。もちろん、米国自身の衰退もあるが。

 来年、1月に発足するFSLNの政権に対して、米国がどのような対応を取るのかを観察することで、ラテンアメリカの急激な社会変化がはっきりと見えてくるはずだ
(11月16日)

ニカラグア報道、日本と欧米の温度差
 ニカラグアの大統領選を日本の新聞はどのように報じたのだろうか。さすがにラテンアメリカの今後を予測する上で重要な選挙だったためか、朝日、読売、毎日が国際面で報道している。
 しかし、欧米のメディアに比べると扱いが小さい。プレンサ・ラティナによると、スペインでは有力紙『エル・パイス』が1面のトップ記事で取りあげたのを初め、『バングアルディア』『ABC』も大きく扱ったという。『エル・パイス』は、サパテロ首相の祝電も掲載した。
 その他、オブザーバーとして選挙を監視した米国のカーター元大統領が選挙の透明性を強調したコメントを掲載している新聞も目立った。全体的にオルテガ氏に好意的な記事が目立つ。
 ちなみにこの選挙には、EUのオブザーバーも参加している。オブザーバーの中で不透明な選挙であると主張したのは、米国のニカラグア大使を長とするグループだけだった。
 一方、日本の新聞による報道はどうか。わたしがもっとも驚いたのは、朝日新聞に掲載されたオルテガ元大統領を紹介した記事である。悪意に満ちたものだった。たとえば、

   (オルテガが)サンディニスタの組織に加わったのは63年。資金目当ての銀行強盗容疑で67年に捕まり、7年間投獄された経験を持つ。

   自宅は革命後に接収した豪邸で、運転するのは高級車ベンツ。90年の政権移行期には、公有地などを幹部らがかすめ取って「にわか資産家」に早変わりし、支持者の一部まで失望させた。

 朝日が言う「資金目当ての銀行強盗容疑」でオルテガ氏が投獄されたのは67年である。ソモサ王朝の時代である。悪名高いソモサ軍が街の隅々にまで張り巡らされていた時代である。反政府活動を行うものは、あらゆる理由をつけてでっち上げ、投獄していた時代である。そんな時代の警察発表をもとに記事を書くことを恥じないのだろうか。
 「接収した豪邸」については、なにを意味しているのかわたしには分からない。ただ、ニカラグアにはあまり立派とはいえないセメント作りの大統領官邸があったが。
 「高級車ベンツ」に乗るのは、けしからんと言うが、サンディニスタの要人は、銃弾が簡単に貫通する普通の車で移動すべきだと言うのだろうか。安全上、当たり前ではないか。
 遠い記憶で正確ではないかも知れないが、85年ごろ、朝日新聞は、元サンディニスタで別の部隊を組織したエデン・パストラという人物を、「第二のゲバラ」として賞賛していたように思う。このパストラ氏、実は今回の大統領選挙にも出馬した。得票率は4位だった。(11月10日)

ケイタイ会社が凄まじい量の新聞広告
 10月24日に、携帯電話のポータビリティ制度が始まった。この日、携帯電話のドコモとAUが凄まじい量の新聞広告を出している。

朝日:ドコモ(全面1P×2)AU(全面1P) 
読売:ドコモ(全面1P×2)AU(全面1P)
日経:ドコモ(全面1P×2)NTTコミュニケーショズ(全面1P)
毎日:ドコモ(全面1P)  AU(全面1P)
産経:ドコモ(全面1P)  AU(全面1P)
東京:ドコモ(全面1P)  AU(全面1P)

 このうちドコモの広告には、津川雅彦、武豊、朝青龍、宮崎あおいなど著名人が登場して、笑顔をふりまきながらドコモ製品を宣伝している。
 これだけ多量の広告を貰っていれば紙面で、携帯電話、携帯電話の中継基地、マイクロウエーブなどをテーマとした記事をほとんど掲載できないのも当然だろう。掲載しても、「安全」という記事が大半になる。(電磁波過敏症については報じられたことがある。)まして、特集記事にしたりキャンペーンを張ることなどまずあり得ない。
 これらの問題は、ほんの少数のメディアを除いてだれも触れない。国会議員も黙り込んでいる。IT戦略が国策として推進されているからだ。また、この問題を取りあげると、新しいメディアを享受する風潮に水を差すことになり、政党の人気が落ちる恐れがあるからだ。普通、危険性が噂されているときは、安全性が証明されるまでは許可しないのが常識なのだが。日本では逆に、危険性が法廷で立証されるまでは、許可している。

FSLNのオルテガ候補が当確
 
ニューヨークタイムズ』など欧米各紙(電子版)が、ニカラグアの大統領選挙におけるFSLN(サンディスタ)のオルテガ候補の当確を大きく報道している。『毎日新聞も報道しているが、その内容がかなり異なっている。誤報の可能性もある。この点につては後日言及したい。
 メキシコの有力紙『ラ・ホルナダ』によると、開票率は68.8%、オルテガ氏の得票率は38.59%、対立候補のモンテアレグレ氏が30.94%である。同紙は、選挙のオブザーバーに加わった米国のカーター元大統領と、オルテガ氏が握手する写真を掲載している。

FSLNのオルテガ候補が当選
 スペインの有力紙『エル・パイス』(電子版)によると、ニカラグア大統領選の開票率は、91.48%で、FSLNのオルテガ候補が38%を獲得した。ニカラグア自由同盟のモンテアレグレ氏はFSLNの勝利を認めた。
参考:『ニューヨーク・タイムズ』も報道。(11月8日)


臨時ニュース
FSLNの政権奪還が確実に、ニカラグア
  プレンサ・ラティナの報道。非公式の投票レポートによると、FSLN(サンディニスタ)のオルテガ氏が得票率40.22%で大統領選挙を制したもようだ。対立候補のモンテアレグレ氏は30.28%。

臨時ニュース

米の監視団、不正選挙を主張、ニカラグア

 プレンサ・ラティナの報道によると、ニカラグアの大統領選挙は、開票率が14.65%、FSLNのオルテガ候補が得票率40.04%、対立候補のモンテアレグレ候補が33.29%である。
 プレンサ・ラティナによると、米国の選挙監視団は早くも、選挙プロセスに不正があったと、主張し始めているという。


臨時ニュース

サンディニスタが優勢、ニカラグア大統領選
 5日に投票が行われたニカラグアの大統領選挙の開票が始まった。『ニューヨーク・タイムズ』(電子版)の報道によると、6日の午前0時30分現在の開票率は7%で、FSLN(サンディニスタ民族解放戦線)のオルテガ候補が得票率40.85%、対立候補のモンテアレグレ候補が32.68%。
 得票率が35%を超え、2位に5%の差をつけた場合は、決戦投票を待たずに大統領が決まる。(臨時)


サンディニスタの復活はありうるか?
 中米ニカラグアの大統領選挙と国会議員選挙の投票が11月5日に行われる。今回の大統領選挙の注目は、FSLN(サンディニスタ民族解放戦線)が16年ぶりに政権を奪還するかどうかという点である。
 今世紀に入るころから、ラテンアメリカは民族自決の動きと、新自由主義に反対する動きが本格化して、ベネズエラを筆頭に次々と反米政権が誕生している。かりにFSLNが政権を取った場合、米国の打撃は決定的なものになるだろう。
 FSLNは1979年にソモサ王朝を倒して、ニカラグアに議会制民主主義を導入した。しかし、90年に大統領選に敗北して、政権を明け渡す。
 米国は革命の直後から内政干渉を初めて、80年代に入るとコントラと呼ばれる傭兵部隊を組織し、ホンジュラス領内からニカラグアに戦争をしかけた。
 その影響で経済が荒廃し、戦死者が続出した。国民の不満が高まり、90年の大統領選選挙でFSLNは敗北した。これを機に米国もコントラを解体した。
 米国とニカラグアの間には昔から深い因縁がある。80年近く前、米国海兵隊がニカラグアを占領したとき、サンディノの率いる小部隊がゲリラ戦で対抗。海兵隊に撤退を余儀なくさせた。
 その後、米国はソモサに接近して、サンディノを殺害させた。ソモサは政権を掌握し、親子3代に渡る王朝が成立した。
 1979年7月にFSLNが首都に向けて大攻勢をかけると、ソモサは自家用ジェット機でマイアミへ亡命した。その後、南米の独裁国家・パラグアイに移住。そこで何者かによって暗殺された。(10月29日)



ホンジュラスで日本の海上自衛隊が訓練

 キューバの通信社・プレンサ・ラティーナの報道によると、18日、日本の海上自衛隊が中米・ホンジュラスで訓練を行っている。参加した船舶は、カシマ、アマギリ、ヤマギリの三隻。参加した隊員は800人である。21日まで滞在するという。
 この訓練は一体、何が目的なのだろうか。結論からいえば、これはニカラグアのサンディニスタ革命に対する挑発行為ではないかと思う。ホンジュラスの隣国、ニカラグアは、19日、サンディニスタ革命の27周年を迎える。
 日本のメディアは、中南米の社会変革をほどんど報道してこなかったが、現在、中南米諸国では民族自決の大きな流れが生まれている。かつては米国の裏庭と呼ばれていた中南米だが、ベネズエラやボリビアを筆頭に、次々と米国流の新自由主義に反対する政権が誕生している。
 ニカラグアで革命が起きたのは1979年の7月19日。約40年に渡り、親子3代、ニカラグアの軍部も産業も政治も手中に収めていた独裁者ソモサがマイアミに亡命した。その後にFSLN(サンディニスタ民族解放戦線)による新政権が誕生した。
 これに激憤した米国のレーガン政権は、ニカラグアの隣国ホンジュラスを米軍基地の国にかえ、世界一の武器で武装したコントラと呼ばれる傭兵を従え、ニカラグアの革命政権の転覆に乗り出した。
 FSLNによる政権は、米国がしかけた戦争による国内の荒廃で、10年後に崩壊するが、ラテンアメリカにおける変革の波は、水面下で進んだ。米国が押しつけた新自由主義の経済政策が、人々の不満を爆発させたことも変革の客観的な要因であるが、ニカラグア革命の影響で、自分の国の運命は自分で決めるという民族自決の精神がラテンアメリカ諸国で成熟したことも大きいだろ。 その意味では、ニカラグアという国は、米国にとって昔から目障りな存在だったのだ。
 そのニカラグアの隣国、かつての米軍のプラットホームで、よりによって革命記念日の時期に、日本の海上自衛隊が訓練を行ったのは皮肉だ。海上自衛隊は、米国の意向を受けて、わざわざホンジュラスまで航海したのではないかとせんさくしたくなる。それとも北朝鮮のものまねか?
(7月20日)

















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