第4版 VS 第5版!(入門編その2)


 新明解国語辞典に対する批判の一つに、「語釈や用例が偏っている」とか「一言多い」とかいうものがあります。例えば、これ。


なまじ(副) 
 十分な成果が期待できないのに、何かを敢えてする様子
 なまじ〔=無理に〕女が柔道など習ってもしようがない」 (第3版)
注:第4版では「なまじ女の子が…」と変更されている。



 もともと新明解は女性蔑視的傾向があるといわれていますが、赤瀬川原平の『新解さんの謎』で、「柔ちゃんはどうなる?」と突っ込まれていた部分です。


 さて、第5版では、用例が次のように変更されています。


なまじ(副)
 十分な成果が期待できないのに、何かを敢えてすることを表わす。
 「なまじ〔=無理に〕女の子が柔道など習ってもしようがないなどという雑音には耳を貸さず精進し、見事世界チャンピオンになった」 (第5版)



 最初これ見て、「なんじゃこりゃ〜!」と叫んでしまいました。


 普通、その用例がまずいと思ったら、その用例を削除するか、あるいは、あたりさわりのない別のものにさしかえると思います。 ところがこのケースの場合、真っ向から立ち向かい、背負い投げをくわらしてしまいました。 いやはや、恐れ入りました。




 次の批判として、「用例が作例なのか小説の引用なのか分からない」「用例が文学的で長すぎる」というものがあります。例えば、これ。


つぎに【次に】(副)
 時間的に、または物事の順位の上で、前のものに続いて問題と・する(なる)ことを表わす。
 「東京で驚いたものはたくさんある。第一電車のちんちん鳴るので驚いた。それからそのちんちん鳴るあいだに、非常に多くの人間が乗ったり降りたりするので驚いた。次に丸の内で驚いた」 (第4版)



 なんなんでしょうか、この用例は。冗談抜きで長いです。まるで小説です。


 種を明かせば、実はこれは本当に小説からの引用なのです。しかも、夏目漱石です。『三四郎』です。 ただ、出典を明示せずにいきなり用例としてポンと出されると、ちょっと違和感を感じてしまいます。だいたい丸の内で何に驚いたというのでしょうか。


 それはさておき、たかが「次に」の使用例を示すために、本文を4行も使っているのは問題です。小型辞典としては、行を節約したいところです。


 第5版は目を疑うような方法で、この問題を解決します。



つぎに【次に】(副)
 時間的に、または物事の順位の上で、前のものに続いて問題と・する(なる)ことを表わす。
 「東京で驚いたものはたくさんある。第一電車のちんちん鳴るので驚いた。次にそのちんちん鳴るあいだに、非常に多くの人間が乗ったり降りたりするので驚いた」 (第5版)



 お分かりでしょうか。文章が変わっています。なんと、夏目漱石の文章を短く編集してしまいました。


 たしかに出典は記載されていませんが、国民的文豪の文章を勝手に変えてしまっていいのでしょうか? しかも、これで減らせた行数はたった1行だけです。恐れを知らぬとしかいいようがありません。




 最後に、「しゃれ」と言う言葉を引いてみると、ご丁寧にしゃれの例がのっています。


しゃれ【洒落】 
 〔その場の思いつきとして〕類音の語に引っかけて、ちょっとした冗談を言う言語遊戯。例、富田という男が何か失敗して、みんなが気まずい思いをしている時に「とんだ事になったな」などと言って、しらけた空気を紛らすなど。 (初版〜第4版)



  うー、これではますますしらけるのではないかと思うのですが…。


 こんなつまらないギャグを第5版がこのまま見逃すとは思えません。さて、どうするか。


しゃれ【洒落】 
 〔その場の思いつきとして〕類音の語に引っかけて、ちょっとした冗談や機知によってその場の雰囲気を和らげたり、盛り上げたりする言語遊戯。例、潮干狩に行ったがたいして収穫がなく、「行った甲斐(=貝)がなかったよ」と言うなど。 「ずぶぬれになった彼を見て、水もしたたる好い男≠ネどと言っても洒落にもならない」 (第5版)


 こっちの方が面白い!


 さっきの富田さんの話はまず実生活で使えませんが、これは潮干狩で実際に使えそうです。


 また、用例も、「などと言っても洒落にもならない」と一人ツッコミを入れるあたり、辞書の用例としてはなかなかの水準です。ざぶとんを一枚進呈したいくらいです。




 ということで、第5版もなかなかあなどれません。 がんばれ、第5版!



【補足】
 2005年1月10日発行の第6版では、これらの用例はどうなったでしょうか?

  なまじ … 柔道の用例は削除されました。
  つぎに … 夏目漱石の文章は削除されました。
  しゃれ … 第5版のまま、変更無し。

 別に私が指摘したから削除されたのではないでしょうが、なんだかさびしいです。


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