山田主幹よ、永遠なれ(入門編その5)


 赤瀬川原平は、辞書の中にひそむ謎の人格を「新解さん」と名づけましたが、「新解さん」は編集主幹の山田忠雄その人でありました。

もしや 【若しや】(副)
 「もしかしたら」の、やや古風な言い方。
 「もしや山田さんじゃありませんか」  (第4版・第5版)


 そう、山田さんだったのです。
 新明解には山田主幹のさまざまな思いが込められているのです。

いっきに 【一気に】(副)
 ある事が契機になり、以前からの懸案を図らずも達し、問題を解決したり、局面が展開したりすることを表す。
 「従来の辞典ではどうしてもピッタリの訳語を見つけられなかった難解な語も、この辞典一気に解決」  (第4版)


 この用例には、山田主幹の新明解にかける意気込みが感じられます。 残念ながら、第5版では別の用例(「社長の辞任でさすがの難問も一気に解決」)になっています。




うえ【上】 
 (形式名詞的に) ・・・に関することを表す。
 「形のでは共著になっているが」 (第3版〜第5版)


 新明解は形の上では、金田一京助らと共同編集になっていますが、実は山田主幹の個性が表現された作品です。




 こんな例もあります。

じゅうじか十字架】 
 罪人をはりつけにする十字形に組み合わせた柱
 「十字架を負う」=(A)永久に消えることの無い罪を身に持つ (B)先天的な身障児を生んだりして、親として耐えがたい苦難を負わされる (初版〜第3版)

 
 (B)の語釈はちょっとまずいのではと思っていたら、第4版ではなんと、
 

じゅうじか十字架】
 罪人をはりつけにする十字形に組み合わせた柱
 「十字架を負う」=(A)永久に消えることの無い罪を身に持つ (B)先天的な身障児を生んだりして、親として耐えがたい苦難を負わされる。右は主幹が親しく聞いた某故人の告白によるもの  (第4版)


 説明のためとはいえ、語釈の中に編者である主幹が登場するとんでもなさは、他の辞書にはまねのできない芸当でしょう。 なお、この部分は第5版では削除されています。




 次は少しお茶目な例。

【家】(接尾) 
 身分の有る家柄であることを表わす。 〔広義では、普通のなんでもない人についてでも言う〕
 「山田家・宮・将軍」 (初版〜第4版)


 普通のなんでもない人の例として「山田家」を入れるのもすごいですが、その「山田家」を「宮家」や「将軍家」の上位に置く感覚は、さすがとしかいいようがないです。 これも残念ながら、第5版では「徳川家・宮家・将軍家」に変更されてしまいました。




 山田家に関連して。

ふくぶん【複文】 
 〔文法で〕 一文の中に、主述の対応が二つ以上認められるもの。
 〔山田文法では、これを三つに分ける。 重文=もと対等の関連を持つ二つの文が、上下句の資格で一文を構成するもの。例。「バッターがよく打ち、ランナーもよく走る」。 合文=主・述の関連を持つ二つの句から成る文。例、「君が行くなら、僕も行く」。 有属文=主語・述語・修飾句のいずれかの中に、主述の対応を含む文。例、「何を言われても怒ったことの無いのが、強いて言えば欠点だ」。 なお、学校文法では「複文」から「重文」を除く。〕 (第3版・第4版/第5版もほぼ同じ)


 ちょっと長い引用ですが、ここでのポイントは「山田文法」。

 「山田文法」って、詳しくは知らないのですが、山田主幹のお父さんが発表した学説らしいです。通説である「学校文法」とは別に、山田家伝来の「山田文法」を紹介するとは、なかなかやりますね。




おおい【多い】 
 無視出来ないほどの数量であったり見聞・(経験)することがしばしばであったりする様子だ。
 「Yさんの家では、父親は勤務の関係で子供と食事を共にすることが多くありません」 (第4版・第5版)


 このYさんって、絶対「山田さん」ですよね。 山田主幹の子供のころの思い出なのか、それとも山田主幹が子供となかなか食事をともにできないのか。 いずれにせよ、山田主幹の家族に対する気持ちが反映されているような気がします。




 最後に。

じゅうぜん【従前】(副) 
 その状態が以前から今まで続いてきたことを表わす。
 「私はこれから遠方へ参りますが、何とぞ従前の通りお見捨てなく御愛顧のほどを願います」 (第4版)


 ああ、山田主幹は、本当に遠いところへ行ってしまいました。

 第4版のこの用例は、山田主幹の遺書とも言えましょう。



 山田主幹の残した「新明解国語辞典」を通じて、言葉/日本語というものに意識的になること、それは残された私たちの使命ではないでしょうか。

 まずは、知らない言葉があれば、新明解で調べて見ること。 知っている言葉でも、とりあえず引いてみること。 ついでに同じページの別の項目も読んで見ること。


 読んで、何か変だなとか、ちょっと面白いとか、自分の感覚と少しずれてるなと感じることがあれば、そこに何か大切なものが隠されているような気がします。



 新明解を使い始めたのも何かの縁、これからも愛用したいと思います。



 山田主幹よ、永遠なれ。



【追記1】(2002.6.30):鈴木マキコ『新解さんの読み方』(リトル・モア,1998)によれば、山田主幹の奥さんも新明解に登場するとのこと。

ふじん【夫人】 
 〔昔、中国で天子のきさき、わが国できさきの次の位の女官の意〕 「奥様」の意の漢語的表現。 〔接尾語的にも使う。例、「山田夫人」〕 「夫人同伴」  (第4版・第5版)


さすがです。



【追記2】(2002/9/22):「夫妻」の用例に「山田夫妻」を発見。

ふさい【夫妻】 
 「〔他人の〕夫婦」に、やや敬意を含ませた表現。〔接尾語的にも使う。例、「山田夫妻」〕  (第4版・第5版)


「やや敬意を含ませた表現」の例に自分たちを使うとは、本当に山田主幹ってお茶目ですね。



【追記3】(2002/11/16):「副助詞」の説明に、山田文法が出てくるのを発見。


ふくじょし【副助詞】 
 ある語に付いてその語自身の意味に限定を加えることを示す助詞。〔山田文法の副助詞と係助詞とを合わせたもの〕 [以下略] (初版〜第4版/ただし初版・第2版は多少表現が異なっている)



なお第5版では、「山田文法」の部分は削除されています。



【補足】「山田さん」関係の用例は、第6版でも第5版と同じでした。


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