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全国のおもな神社
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下の神社名をクリックすると由緒とご神徳が表示されます |
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現在作成中 【2014/8/29 更新】 |
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| 皇大神宮 内宮 こうたいじんぐう ないくう |
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鎮 座 地 |
〒516-0023 三重県伊勢市宇治館町1
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主 祭 神 |
天照大御神(あまてらすおおみかみ) |
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神徳・由緒 |
伊邪那岐(いざなぎ)伊邪那美(いざなみ)の二柱の神の御子である。亦の名は大日孁貴尊(おおひるめむちのみこと)とされる。『日本書紀』神代上一に「光華明彩(ひかりうるわ)しく、六合(あめつち)の内に照り徹(とお)らせり」と称えられ光輝くばかりに美しい神様であり、太陽のように全てのものに恵みを与える最も尊い神様である。天照大御神の孫である瓊々杵尊(ににぎのみこと)が高天原からこの国に天降る時、天照大御神は自ら八咫御鏡(やたのみかがみ)を取り「吾が兒、此の寶鏡を視まさむこと、當に吾を視るがごとくすべし。與に床同じくし、殿を共にして、以て齋鏡と為す可し。」の神勅と共にこれを瓊々杵尊に授けた。それ以来、代々その御鏡は宮中に齋き祀られたが、第10代崇神天皇は神との間が遠ざかりその神威をけがすことを恐れた。そこで、その御鏡を模造して宮中に奉安し、天から授かった御鏡を皇女・豊鍬入姫命(とよすきいりひめのみこと)に託して大和の笠縫邑に遷し祀らせた。それから80余年を経て、垂仁天皇の御代に至り、皇女・倭姫命(やまとひめのみこと)が更に鎮座の地を求めて諸国を巡幸し、伊勢に至った時に神勅がありついに神路山の麓の五十鈴川の川上に鎮まることとなった。皇大神宮は、皇室の大祖として国内最高の宮とされ、昔から朝廷の尊崇も格別であった。祭主の宮を置いて祀り、国家の大事、皇室の吉兆(即位、成婚など)の時には必ずこの神宮に報奏される。当初この神宮は度会宮、磯宮、宇治宮、五十鈴宮等と言われたが、豊受大神宮を外宮(げくう)と呼ぶようになってから、内宮(ないくう)と称されるようになった。また、伊勢大神宮とも単に神宮とも呼ばれる。常に宮域を2所設け20年毎に、正殿、宝殿、外幣殿等をすべて新材で造営し、そこに遷宮する。これを式年とよび、10月2日を正遷宮の日と定められる。3月と9月には、宮中皇霊殿で皇祖皇宗(こうそこうそう)を祀る皇霊祭・神殿祭際して、神宮では遙拝式が行われる。6月24日皇大神宮別宮の伊雜宮で斎行される御田植式は日本三大御田植祭(伊雑宮、香取神宮、住吉大社)の一つであり、国の重要無形民俗文化財に指定される。大祓とは五十鈴川東岸の祓所において6月と12月の晦日に斎行される恒例式であり、神職と楽師が祓い清められる。毎年5月14日と8月4日には別宮風日祈宮において風日祈祭が斎行される。風雨の災害が無く五穀が豊かに実ることを祈願する祭祀である。また、5月14日と10月14日の神御衣祭(かんみそさい)では、和妙(にぎたえ)荒妙(あらたえ)の2種の神御衣を皇大神宮と荒祭宮に奉る。
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| 豊受大神宮 外宮 とようけだいじんぐう げくう |
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鎮 座 地 |
〒516-0042 三重県伊勢市豊川町279
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主 祭 神 |
豊宇氣姫神(とようけひめのかみ) |
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神徳・由緒 |
豊宇氣姫神は、又の名を大宜都比賣神(おおげつひめのかみ)、保食神(うけもちのかみ)、倉稲魂神(うがのみたまのかみ)ともいい、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)の御子である和久産巣日神(わくむすびのかみ)の御子である。豊は美称、宇氣は食の意味がある。この神は、天照大御神の大饌都神(おおみけつのかみ)であり、食物をもたらすだけでなく、機織(はたおり)の業によって家居のことをも幸う大元の御祖の神であるため、食物・衣服・住居の守護神として、大御神も重くこの神を祀らせて天孫降臨の際に、八咫御鏡(やたのみかがみ)にこの神を副えて降らせた。宮中に齋祀られていたが、後に丹波国与謝郡比沼山の眞名井原(まないはら)に遷座した。天照大御神が伊勢に遷座の後、約500年を経て雄略天皇の御代に、その神が天皇の夢の中で「朝夕の御饌(みけ)も安からず、よりて我御饌都神豊受大神を、我傍に遷し奉れ」と託宣があったことから、その神を伊勢国山田原に遷座させた。以来朝廷の崇敬が篤い。
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