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祭神明治天皇(めいじてんのう)は、孝明天皇第2子の皇子であり、諱(いみな)は睦仁(むつひと)である。17歳で第121代の帝位に即位した。明治天皇は、幕府の政権奉還を受けて約700年間の武人による政権を皇室に復した、いわゆる王政復古の大業を成した。次いで、西洋の文明を採択して庶政を更新し、教育を振作し、産業を奨励して国富の増進をはかった。明治22年には帝国憲法を発布して立憲国の礎を定めた。日清、日露の両大戦に勝利して国の地位を進めた。明治天皇の御代には、学術、工芸、殖産等の事業が驚くべき進歩をとげ、各制度はますます整い、まさに東洋第一の神祇を尊崇し、国運の隆昌を祈願した。勅詠に
神代よりうけしたからをまもりにて 治めきにけり日の本の国
古へのふみ見るたびにおもふかな おのが治むる国はいかにと
目に見えぬ神の心にかよふこそ 人のこころの誠なりけり
明治45年7月30日、病のため崩御され、伏見桃山の山陵に葬られた。祭神昭憲皇太后(しょうけんこうたいごう)は、明治天皇崩御された翌々年大正3年4月10日に病のため崩御された。この宮は、明治天皇の御聖徳を永遠に奉るために創建された。この社域は、元御料地であった代々木原を内苑として流れ造り神殿をはじめ、拝殿、勅使殿、神門、直会殿等を造営した。また元青山練兵場を外苑とし、各種記念建築物を造営した。大正4年度より着工、大正9年に竣工した。この宮は官幣大社に列される。また勅祭社≪⇒勅祭社の章参照≫でもある。
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