美濃 明智城
Akechi castle

明智城跡【岐阜県可児市羽生ヶ丘5丁目・瀬田】

【立地】山城
【別称】長山城・明智長山城

【市指定史跡】

【歴史】明智城の創築は13世紀頃で明智頼基とも、弟頼兼とも云われ、ハッキリしない。
その後、頼重−頼高−頼篤−国篤−頼秋−頼秀−成頼−頼定−頼尚−頼明−定明と代々明智
家の居城となった。1556年父斎藤道三を倒した斉藤義龍に攻略され、明智光安は自害し
、一族は離散した。明智光秀は叔父光安の遺言で越前へ逃げ延び、後に織田信長に仕えた。
現在は曲輪、竪堀、土塁が残る。

【所感】南に県道84号線が走る住宅密集地「羽生ヶ丘」の北に隣接して明智城跡が在りま
す。長山配水池が在る場所です。城内はよく整備されており、本丸跡には歴史看板、城跡碑
、各曲輪に石碑、休憩用の東屋、遊具も在ります。馬場跡には七ツ塚が在ります。1556
年斎藤義竜に攻められて落城した際、戦死した明知軍の七武将を葬った塚と云われています
。紅葉の時期に来たので、赤や黄色に染まった木々が綺麗でした。



 

明智城の石碑・本丸〔写真:左〕明智城趾の石碑・本丸〔写真:右〕

 

本丸と明智城本丸跡の石碑〔写真:左〕馬場跡の石碑〔写真:右〕

 

七ツ塚の石碑〔写真:左〕七ツ塚〔写真:右〕

 

二の丸の石碑〔写真:左〕西出丸〔写真:右〕