信濃 諏訪氏館
Suwa yakata
諏訪氏館跡【長野県茅野市ちの上原】
頼岳寺【長野県茅野市ちの上原1753】
野明造園【長野県茅野市ちの上原1718】
【立地】山腹
【別称】板垣平
【歴史】1466年頃、上原城の南腹標高845mに上原城主諏訪信満が築いた居館とされ
る。その後、政満−頼満−頼隆−頼重と5代70余年の居館となり、諏訪地方を統一した。
1542年武田信玄が諏訪氏を滅ぼすと、1543年諏訪郡代に板垣信方を入れ、1582
年武田氏が滅亡するまで、諏訪統治の拠点として存続した。現在は板垣平と呼ばれる曲輪跡
、井戸の一部、段郭などが残る。
【所感】国道20号線上原頼岳寺信号を北東へ曲がると、突き当たりが頼岳寺になりますが
、寺の手前を右へ、直ぐに左へ曲がり、道なりに進んで寺の裏手へ回り込みます。野明造園
手前を右へ曲がり、400m程進むと、右手に居館跡の石碑、歴史碑、左手の上原城登城口
に歴史看板が立っています。千鹿頭神社南西の住宅が在る一帯が嘗ての城下町で、神社から
下った初めての辻が板垣屋敷通りと呼ばれています。
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上原城諏訪氏館跡の石碑〔写真:左〕板垣屋敷通りの石碑〔写真:右〕