伊勢 釆女城
Uneme castle
采女城跡【三重県四日市市釆女町字北山】
【立地】丘城
【歴史】1260年三重郡采女郷の地頭職になった後藤伊勢守基秀が、一族郎党を引き連れ
て移住し、釆女山〔北山〕の尾根筋〔標高50〜70m〕に築いたとされる。藤原氏を祖先
とする後藤兵衛実基は、1159年「保元、平治の乱」で戦功を挙げ、京都守護の後藤左衛
門尉基清は、1204年「平賀朝雅の討伐」で奮戦した。以来、300年この地を治政して
続いたが、1560年後藤釆女正藤勝の時、信長の伊勢侵攻で討死し、落城となる。現在も
曲輪、土塁、空堀、竪堀、井戸跡などが残る。
【所感】内部川と支流足見川の合流点北側の山が釆女城跡になります。内部川北側の道路沿
いに石碑と歴史看板が立っていますので、分かりやすいかと思います。歴史看板の横が登城
口で、看板に従って100m程上ると本丸に着きます。木が所々生えていますが、土塁で囲
まれた平地を確認することが出来ます。登城道は滑りやすい所もありますが、丸太で足場を
良くしたり、案内看板があったり、管理がしっかりされています。
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本丸〔写真:左〕本丸土塁〔写真:右〕
歴史看板と釆女城跡の石碑