椎家/shiyhome@yahoo.co.jp 
韓国コラム

竹島タオル
第2回 2005.6.16
このコラムだけが椎家の中では唯一まともな内容なのかも知れません。あまりそういうキャラでもないのですが、まあ考えてる事は考えてるよってアピールくらいに思ってください。今回のテーマは「竹島問題」についてです。

事の発端は、先日近所のスーパーで竹島問題に関するプリントの入ったハンドタオルを見つけた事にあります。 青い海と茶褐色の岩礁。この横にハングルで何やらグダグダ書かれているタオルでして、サイズも大、小と2種類揃える充実のラインナップ。書かれている内容は要約すると、「竹島は韓国の土地なのだから取り返さなきゃいかん」って事だと思うんですが、何より驚きなのはこれがスーパーで売られている事。土産物屋とかではなく。一体こんな内容を誰にアピールするんだと言えば、もうそれは他ならぬ韓国国民に対してしかないじゃないですか。それだけ韓国ではこの問題を重要な物として捉えているという事です。先日韓国のスタッフから貰った封筒にも「ウリタン トット(私たちの土地 竹島)」なんてロゴが印刷されてました。しかもカラーで。新聞でも、「私たちの携帯電話は竹島で使えます。だから竹島は韓国の領土です」などという、もうそんな事言ったら「じゃあおれの携帯韓国でも繋がるから、韓国は日本の土地って事でいいんだよな?」って言いたくなりそうな程の短絡的な広告が広大な面積を占領していたりするのです。

私は日本にいませんから、日本でどれだけこの問題が食卓の話題に上るのかはわかりません。もしかしたら日本でもホットな話題は竹島で、どこの家庭でも1日1度は壮絶な討論を繰り広げ、女子高生もルーズソックスより竹島、街を行くイケメンのタトゥーも竹島、サンリオもキティーちゃんより竹島ちゃん、「たれぱんだ」も「たれたけしま」に改名、ミッキーだってあの変な裏声で「竹島だよ!」なんて言ってるような状況なのかも知れませんが、少なくとも私は今まで、韓国にいながらもこの問題に関しては無関心を決め込んできました。にも関わらず盛り上がる韓国。さすがにちょっとこの問題に関して無関心、と言うより無知であることにこう羞恥心を感じるようになりまして、せめて背景だけでも勉強しようとこういったコラムになったわけです。

私にとって「無知は罪」。基本的に知識はどんな下らないものでも大切だと思っていますし、「何故2リットルのペットボトルは四角なのか」とかそんな事を考えているだけでも簡単に1日を無駄にできてしまうような性格です。もちろん、「2年前に買った宝くじが当たってた」とか「彼女だと思ってた相手が実は自分を彼氏だと思っていなかった」とか、もう何でそんな事教えるの!知らない方が幸せじゃん!的な事も少なからずはあるんですけど、この問題に関して言えば、やっぱり知識くらいは入れておきたい。知らないよりは知ってた方が良い、という状況の方が世の中多いわけですよ。と言うわけで、皆さんもご一緒に勉強しましょう。


そもそも何でこういう状態になってしまったかと言うと、その歴史はかなり古い様子です。一応幾つかの資料にざっと目を通し、私なりの解釈をガガッと書きますので、微妙に間違いとか理解しきれてない部分なんかがあるかもしれません。実際微妙にわかっていない事なんかもありますが、とりあえずまとめてみましょう。


まず竹島の歴史についてですが、少なくとも日本人は竹島の存在を江戸時代の初期ごろから知っていたようです。ただし、この時代には国際的な領有権や法律等が施行されていませんし、竹島は日本の隠岐よりも韓国の鬱陵島からの方が近く、韓国がこの島を西暦512年以来支配下に置いている事を考えるなら、日本より先に韓国は竹島の存在を知っていたという可能性も否定はできません。その辺りはさらっと資料を漁っただけでは何も出てきませんでしたので、追々調べる事にしますが、とりあえずこの次期、すなわち江戸時代初期には、日韓両国は竹島の存在を知っていたと思って間違いはないようです。

さて、事の発端は、先にも述べた韓国の鬱陵島に、とある日本人が漂着するところから始まります。時は17世紀初頭。流れ着いたのは海運業者の甚吉さんでした。韓国は当時(正確には1438年から1881年まで)、倭寇の来襲から島民を守るという名目で鬱陵島への渡航を禁じていました。税金逃れをする人間がこの島に流れるのを防ぎたい思惑もあったようです。とにかく、17世紀初頭ではまさに韓国側の鬱陵島渡航禁止令真っ最中。そこは無人島であったわけです。そんなこんなで甚吉さん、鬱陵島をまだ誰も発見していない島だと思い込んでしまったようで、幕府に新島発見の知らせをし、1616年には幕府から鬱陵島への渡航許可を得ました。その際、直接鬱陵島まで行くのが遠くて大変だったため、中継地として使われたのが現在の竹島なんだそうです。因みに、幕府はこの竹島までの渡航許可は1656年に出しており、少なくともこの時点には確実にその存在を知っていた事になります。因みに、韓国領であった鬱陵島への渡航や資源採取は韓国側の申し出もあり、幕府から渡航が禁止されます。この頃は話し合いでうまくまとめていたんですね。ではなぜそれができなくなってしまったのでしょうか。

竹島を正式に日本領だという事を確定したのは比較的最近で、1905年の閣議決定によります。当時韓国からもこれについて異議はなかったそうなのですが、ちょっと待ってください。その前年、即ち1904年に韓国は日本と第一日韓協約を結ばされていました。この協約により、財政、外交権は全て日本側が牛耳る事になり、韓国は事実上国家として機能できる状態ではありませんでした。そんな最中に閣議決定なんて出されても、反論のしようがないと言えばそうなのかもしれませんね。とはいえ、閣議決定によって竹島は国際法上日本の領土となりました。その後1910年、日本は韓国を併合します。

しかし、日本の韓国支配にも終わりが来ます。1945年日本は敗戦し、ポツダム宣言を受け入れました。この宣言の中に、「日本は暴力なんかで奪った土地は全部返しなさいよ」というような意味の条文があり、文字通り武力で制圧された朝鮮半島はこれによってようやく独立を回復できます。ただ、ここで朝鮮側と意見が食い違ったのが「竹島は暴力で手に入れたものか否か」という点でした。これが解決せぬまま1952年、李承晩が韓国領海を定める発表を行い、竹島がこの領海内におさまる事から、韓国側も竹島を自分たちの領土として正式に声を荒げる事ができるようになった、とこういう事のようです。


これは日本に存在する資料やデータから漁ってきました。よって、どう読んでも日本の正当性を主張するものばかりです。特に竹島関係で渦中にある県のHPなんかでは、正当性を主張する事に必死だな、って感じがしてしまいます。恐らく、韓国側の資料では当然彼らにとって都合の良い書き方がされているのでしょう。

私は「竹島がどちらのものか」という事には触れません。日本人である以上、提供されるデータも日本の物なわけですから、公平な判断などできるはずがないのです。とは言え、このままではさすがにマズイ気もします。今はお互いが主張を言い合うだけ。お互いがよこせと言うだけ。こんな不毛な争いが国交に良い関係を与えるわけがありません。

話は変わって、私には妹がいるんですが、これがまたできた妹で、小さい頃、それこそ幼稚園に上がる前くらいの話なんですが、こうどこかに遊びに行くじゃないですか。で、そこで何かを貰うとするじゃないですか。私の妹は必ず、「お兄ちゃんの分もちょうだい」と2つを貰ってきてくれました。もしひとつしかなかった時なんかは、二人で仲良く分けました。ですから、妹は「分けられないもの」は絶対に貰ってきませんでした。こんな小さな子供でも考え付く、「二人で仲良く」という発想。これができない大人って寂しいと思うんですよ。心に余裕がないというか、なんと言うか。竹島の話も同じ事で、重要なのは島自体ではなく、それにまつわる領海なんかの話です。これは折半しようと思えばできるじゃないですか。素人考えで申し訳ないのですが、私はできると思いますよ。こんなダメな兄に対してでさえ、妹はしてくれましたからね。


領土としてはとても小さな竹島。空前の韓国ブームの中に、僅かに残る日韓のしこり。それに固執する余り、何か大切なものを犠牲にしてしまうのではないかと不安です。今までは関心のない問題。これからも私は「どちらのものだ!」なんて主張をする気はありません。でも少しだけ歴史を知った事で、少なくとも無知ではない事、例えそれが付け焼刃の知識であったとしても歴史を理解した上で「主張しない」という立場をとっている事、これは大きな進歩なのかな、と思います。正しい歴史の認識なんてものはありません。全ての主張が一致を見る、なんて事も難しいでしょう。誰もが悪だと明確にわかっていれば、そんな歴史が行われるはずはないのですから。少なくとも、戦争の歴史は「誰かの『正しい』という思い込み」によって作られています。それが多くの死を生み、また多くの発展を生みました。加害者になるか、被害者になるか、その差だけなんですよね。

歴史は消せもしなければ、作り変える事もできません。そして、加害者がいれば被害者も確実にいます。その事実をきちんと受け止め、両国が歩み寄る事ができればと思います。ガキの喧嘩じゃないんですから。


と、まあ今回は非常に重い話題で書かせて頂きました。私のつたない知識と解釈を述べたまでですので、勘違いや理解不足等往々にしてあると思います。それも私が所有権の判断ができない理由かもしれません。訂正等、気付いた事があればお知らせください。擁護派の人たちからハードディスクが吹っ飛ぶほどの抗議メールが来るかもしれない事を思うと、オチオチして眠れません。

さて、次回はお待ちかね、いや、誰が待ってるのかは知らないですけど、とりあえず『韓国の食文化』に迫ってみたいと思います。ご期待下さい。



それから全然関係ないですが、2リットルのペットボトルが四角なのは、「冷蔵庫に立てられないから」だと個人的には考えています。韓国には2リットルの丸ペットボトルがあるのですが、冷蔵庫の牛乳立てるところに収まりません。
トップページへ戻る
椎家はリンクフリーです。
相互リンク大歓迎ですので連絡を頂けると喜びますが、連絡がなくても凹みません。
Copyright © 2005-2006 椎家 all rights reserved.