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かなり前の話になるんですが、とある女性から「補正下着」に関する相談を持ちかけられた事がありました。「これを付けると胸が垂れない」だとか、「体中の余分な肉を胸に集められる」といった女性にとってはかなり魅力的な商品のようです。とはいえ値段が法外で、セットで40万とかするらしいんです。詳しいセット内容はよくわかりませんが、ローン組まなきゃ買えないような下着とはどんなもんでっしゃろ?という事で色々調べてみた結果、個人的には「怪しいんじゃないの?」という結論が導き出されました。その結果を説明したところ、その女性も納得したようで購入をやめる事にしたのですが…。
数日後。
またもその女性から相談を受けました。どうやら勧誘が厳しくて、なかなか断りきれないご様子。もともと引っ込み思案な方でしたから、ガンガン押されれば負けてしまいそうな事は容易に想像がつきました。それでも「どうしても断りたい」と。「まあ頑張れよ」くらいしか私に言えることはなかったのですが、いたいけな女性から「どうしても」とお願いされれば私も男です、無下に断れるわけがありません。その女性の「彼氏」というなんとまぁオイシイ役柄を与えられ、史上最大の舞台で役者を演じる事となりました。とりあえずその女性(ジェニーとしましょう)に下着サロンに連絡してもらい、「彼氏が疑問を感じている」「彼氏は『もし納得できたらおれが全額払ってやる』と言っている」「だから彼氏にも説明をして欲しい」と話をしてもらいました。
さて、こうなってしまってはもう後には引けません。もし断るのを失敗すれば、私の元に40万のパンツが届く事になるのです。しかも女性用。考えようによっては良いシチュエーションなのかもしれませんが、生憎私はそういう趣味は持ち合わせていませんので、ジェントルかつ論理的に販売員を説き伏せなければなりません。しかも、どうせやるなら徹底的に、それこそもう二度とジェニーに勧誘なんてしたくなくなるくらいに徹底的に論破してやる必要があります。というわけで、まずは補正下着とその販売方法について学び、解決の糸口を探る事にします。とりあえず現在手がかりはジェニーしかいませんから、勧誘されたところから事の顛末を根掘り葉掘り聞くしかありません。彼女の話を要約すると、こんな感じでした。
「ブラ無料で貰えるから採寸しに下着サロン行こうよ。正しいサイズも知りたいでしょ?」と愛用者から誘われる。
サロンに着くと速攻素っ裸にされ、身体の全てのサイズを測定される。
「お尻こんなに垂れてますよ~」とか「理想の胸のサイズはプラス○cmですね~」と不安にさせられる。身長のみからはじき出された「理想のボディサイズ」なるものを提示され、「ココとココがダメ!」と罵倒される。
追い討ちをかけられるように、「18歳を過ぎるとどんどん脂肪って垂れていくんですよ~」「きちんとした下着を正しく使わないと胸のお肉がお腹に流れちゃうんですよ~」と更なる不安を煽られる。もうメロメロ。
「でも当社の下着を使えばそんな心配はありません!それに脂肪は動きますから、流れた肉も元に戻せますし、余分なお肉も胸に集められますよ~」と脳味噌湧いちゃってるようなセールストーク全開。さらにはここで試着をさせられ、「ホラ、こんなにお尻が上がったよ~、バストもアップしたよ~」と褒めちぎり攻撃。すぐにシェイプアップに必要な下着とその見積もりが出される。冷静な人なら大丈夫かも知れないが、大抵の人は不安全開及び天の助けの到来に浮かれているためこの内容の違和感に気付かない。
「お金がない」などと言おうものなら全力でローン推奨。「給料幾ら?毎月どれくらい使うの?それなら1日500円で過ごせば3年で終わるじゃん!」というような親切の押し売り以外の何者でもない家計簿計算までやってくれちゃう始末。
極め付けに「今は若くていいかも知れないけど、年取ったらどんどん胸とかお尻とか垂れて醜い身体になっていくんだよ~、そんなん嫌でしょ?彼氏さんもそんな身体じゃ相手してくれなくなると思うけどな~」「やっぱり綺麗を保つのに投資は必要でしょ?愛情を逃さずに済むなら安いものだと思うけどな~」ともう胸が垂れたら女じゃない!男にも見向きもしてもらえない!と言わんばかりの激烈トーク。不安を覚えた女性はここで落ちる。
相当批判的な書き方をさせてもらいましたが、敵を論破するにはこれくらいの構えは必要でしょう。ちなみにジェニーは「ローン組むにも今印鑑ないから」と言ってようやく開放されたそうです。この間約4時間半。とりあえずこの話の内容だけで既に突っ込みどころ満載なんですが、ジェニーを論破しても仕方がありませんからそこはグッとこらえます。それにしても年頃の女子から「胸が垂れる」だとか「裸で採寸」だとかそんなセクシーワードが飛び出してくるとこっちも落ち着かないわけで、「ちょっと今のわかんないんだけど、実際その状況を再現してくれない?」なんて下世話な質問が喉まで出掛かっているのを抑えるのに苦労しました。とりあえず、この話から得られた「突っ込みどころ」を挙げてみましょう。
採寸基準になってる「理想のボディライン」って何?
まず「理想のボディサイズ」というのがそもそもの疑問です。これを誰が、いつ、どれだけのデータを元に作ったのかが大きなポイントです。また、身長だけで身体各部の適正位置が割り出されたのではたまったもんじゃありません。足の長さだけで考えてもかなりの個体差があるわけで、「身長○cmだからお尻は地面から×cmだよ~」なんてもう話になってません。極端な事を言えば、そのお尻の高さより足が短い人だっているわけです。そんな曖昧なデータに合わせて下着の位置決めをする。こんなおかしなことはありません。
肉が逃げる?動く?
もともと脂肪というのも細胞組織であり、基本的には何かに付着(例えば骨格)しているものです。これが逃げるだとか動くだとか、ちゃんちゃらおかしいじゃないですか。しかも「胸のお肉が逃げる」だなんて、胸は脂肪の固まりか?と問い詰めたくなるような理論です。肉が動くだなんて常識的に有り得ません。脂肪がそんな流動的なものなら、私たちは毎回牛肉を切るたびに溢れ出る脂肪に右往左往しなければならなくなりますし、霜降り牛なんてもうその組織自体が壊滅してるようなものって事になってしまいます。ついでにそこまで動くなら、きっとおばあちゃんなんかは太ももより脹脛の方が太くなってるはずですし、腕だって指はパンパン肩げっそりになっているはずです。でも私はそんな人間は見たことがありません。とりあえず、シチュエーションによって「肉」だとか「脂肪」と言われるみたいなので、動くものが何なのかをまずはっきりさせてもらう必要があります。
そもそも何でそんなに高いの?
ローンを組まなきゃ買えないパンツなんて、そもそもパンツじゃありません。パンツとは女性が恥ずかしい部分を隠すのに使用すると同時に、男性に大いなる欲望を抱かせる重要なアイテムです。これがそんなに高いんじゃ私たちは幸せになれません。
こんな感じですかね。ただ、これでは「論破」するには不安がありますので、念のためにその会社と商品についても勉強しましょう。まずはその会社(仮にA社としておきます)について調べます。ついでに他社の行っているオーダーメイド下着の価格等も調べておきましょう。とりあえずA社の売り上げ、純利益、社員数、ついでに社員の平均年収を調べ上げ、某有名下着メーカーと比較ができるようにしておきます。こういう資料は上場している会社であれば「四季報」なんかで簡単に入手できますので、それ程困難ではありません。続いて具体的な商品の値段についても調べます。A社のHPにアクセスしてみると、ディスプレイに映し出される下着、下着、下着。周りから見れば怪しい人間この上ないですし(もちろん誰かいるところでなんて調べませんが)、見ているこっちもげんなりです。おれはブラやパンツが見たいんじゃないんだよ。大事なのはそれを着ている人間だろ?と煩悩丸出しの思考回路での調査ですから大変です。とりあえずわかった事は、「経費かかりすぎ」「仕入れ安すぎ」「社員多すぎ」の3点です。もうこの時点でかなり面倒になってしまったので、あとはそのページの補正下着に関する説明を斜め読みして終了。悪徳業者一覧表にA社の名前があるのを確認し、一応補正下着で騙された!的な人々が集うサイトも探して読んでおきました。
さて、対決の日は唐突にやってきます。待ち合わせはサロンの近くのドトール。HPには「男子禁制サロン」なんて書かれていたにも関わらずサロンへのお誘いがあったのですが、さすがにそれはマズイだろという事で販売員さんにお願いしてこの場所にしてもらいました。そんな裸の女子に囲まれて説明されたんじゃこっちも理性が持つはずもありません。賢明な判断であったと言えるでしょう。
「A社のボディスタイリストB子で~す」と微妙なテンションのおねえさんから名刺を貰い、とりあえず型どおりの挨拶から入ります。「今日はわざわざ時間を作っていただいて…」「何か商品の方に疑問がおありだとか…」なんて話しかけられているわけですが、こっちは気が気じゃありません。なぜってB子さん、白いブラウスなんですけど、下着がばっちり透けてるんですよ。パッションオレンジとでも表現すればいいのか、とにかくそんな毒々しい色彩の、お腹まであるブラジャー。ボディースーツって言うのか?こういうの。もうそれにばっかり目が行ってしまって、話なんて上の空です。ぜってぇ要らねぇ。40万払ってあんなもん要らねぇ。あんなブラじゃオカズにもなりゃしねぇ。もう頭の中そんな事ばっか。絶対買わない。買いたくない。もう機能云々より、ルックスがダメ。デートにあんなん着てこられた日にゃ勃つもんも勃たないよ。萎えちゃうよ。まるで話に集中できない、是対絶命の私。そんな中、ついにB子さんが確信に迫る質問を投げかけてきました。
「商品について納得頂ければ購入して頂けるという事ですが、具体的にどのような疑問をお持ちなんですか?」
とりあえず、この文字色みたいな色の下着です。そんな事はどうでも良いんですが、質問された以上こちらも答えなければなりません。
「いや、具体的にと言われると困るんですよ。ジェニーの話もあまり要領を得ませんからね。ですので、申し訳ないですが一通り説明していただけますか?その中で疑問に感じた事をピックアップしますので、それにお答え頂くという形で話を進めたいんですがいかがでしょう?」
ジェントルな対応です。咄嗟の割にはいい線突いてると思います。B子さんも具体的な疑問がないと言われた事でほっとしたのか、急にハイテンションで説明を始めちゃう始末です。ただね、その説明が酷いんですよ。もう「肉が動く」とか「当社の製品なら大丈夫」とか、さらには「いい素材と絶え間ない商品研究、そしてその成果を十分に投入するから値段は高い」なんて感じで話の内容も聞くに堪えないんですが、その際の身振り手振りがまた酷い。自分の乳を揉みしだいて説明するんですよ。昼下がりのドトールで。
「お腹の肉をこうやって~胸に持ってくるんです!」
お腹から手をグ~ッと上げてきてひと揉み!
「で、上げてきたお肉を胸に定着させるんです!」
またひと揉み!
「で、形を整えて垂れないようにブラでガードします!」
鷲掴み!!
昼下がりのドトール。目の前には自らの乳を揉みしだくB子。隣にはジェニー。俯く私。拷問です。試練です。その昔イエスキリストの使徒パウロは「神は乗り越えられない試練をお与えになる事はない」という事を言っていましたが、その言葉が嘘に思えるような気まずい時間が流れます。もうダメだ。もう耐えられない。神様ごめん!辛抱する事2分余りでギブアップです。
「あの~すみません…」
「何でしょう??」
「そんなに胸を鷲掴みにしながら説明されると照れちゃうんですけど…」
「あっ…」
ここでB子さんもその違和感に気付いたのか、少し顔を赤らめながら必死に弁解。うん、なかなか可愛いところもあるじゃないか。いいじゃないか。とりあえず、胸を揉みしだくのはやめてくれました。少しもったいない気もしましたが、ここは仕方ありません。説明も一通り終わり、いよいよこちらの質問タイムです。
「まずですね、名刺に「ボディスタイリスト」って肩書きがありますけど、これって具体的にどういう資格なんですか?エステティシャンとかボディセラピストとかは最近認知される資格になりつつありますけど、「ボディスタイリスト」って名前は初めて聞きますから」
「あ、それは特に資格とかはありません。当社で研修を受けたフィッティングのお手伝いをする人間をそう呼んでいます」
「それから貴社の社員数ですけど、非常に多いように思うのですが…入社試験なんかはどのような物なんですか?」
「当社はですね、ユーザーが一定の人数に商品を紹介すると入社できるようになってるんですよ。もちろん希望者のみですけどね。私もそうやって社員になった人間なので、特に試験なんかは受けていません。」
そういう制度があるんですか。どうも話を総合すると、B子さんは補正下着の熱烈なファン、言わば信者で、補正下着を盲信している節があります。こんないたいけな女の子を論破するのはかわいそうだなぁ…。でも、こちらもジェニーの事がありますし、B子さんにも補正下着についての知識を深めてもらえるチャンスです。ここは心を鬼にしてかかりましょう。
「なるほど。ではある意味社員を乱獲しているような状況なわけですね。しかも資格も何もないとなると…こちらも大切な彼女の身体を弄らせるとなると、やはりその辺は気がかりですね」
我ながら非常に嫌味な台詞です。しかも大事な彼女って。ジェニーもこれには呆れ顔です。
「でもきちんと研修も受けてますし、毎日自分でもやってますから大丈夫ですよ」
「とはいえ一部からは締め付けによる色素沈着、食欲不振、また手足の痺れなどの症状も報告されているという話ですよ。そういう事例はご存知ですか?」
「…そうなんですか、知りませんでした」
何て嫌なヤツなんでしょう。二度と会うことのないであろう相手とはいえ、さすがに心が痛みます。しかしB子さんも負けてはいません。
「でもそれはお客様が上手にメイクできていなかった可能性もありますし、一部にそのようなスタイリストはいるかも知れません。でも私は絶対に大丈夫ですから、安心してください」
なるほど、そういう事であればこの話題は終わりにしましょう。
「では次に価格設定に関する質問です。下着に30万とか40万とか、いささか法外な値段だと思うのですが、これは適正な価格なんでしょうか?」
「ええ、先程も説明しました通り、当社では高品質なもののみを提供させていただいておりますので、若干他社より価格が高くなってしまうんです。また、全てオーダーメイドというのも値段が高くなってしまう理由のひとつです。でも品質に関しては保障しますよ。」
「そうですか。ただ先程も触れましたけど、貴社は社員数が非常に多いですよね?ちょっとこの辺りの計算をしてみたんですよ」
徐にA社と某有名下着メーカーとの比較表を取り出す私。もう本当に嫌なヤツ。相手が「私はおかしいって知ってて売ってるぜぇ」みたいな相手なら良かったのですが、今回はいかんせん相手が悪い。もうこの時点でジェニーの事はどうでもよく、B子さんにこの現状を何とか理解してもらおうと、ただのお節介焼きに変貌している私です。
「こちらが貴社の売り上げ、純利益、社員数、平均年収で、こちらは○社の物です。ここから経費を計算すると、貴社は○社の2倍もの経費がかかっている事になるんですよ。この経費と言うのは金額ではなくて、売り上げに対する割合の話です。一番のウェイトを占めるのはやはり人件費で、具体的に言えば1セット30万、その半分が社員の給料になる計算なんですが…」
これはもちろん私の試算で、正しいのかどうかはわかりません。とはいえ人件費にものすごい金額が使われているのは誰の目にも明らかです。この値段を提示されて、「半分は私の給料なの」なんて顔されちゃさすがに買う気も起きないでしょう。
「でも、当社が良い物を販売しているのは事実なんですよ、他社には補正の効果はありませんし…」
もう風前の灯火のB子さん。ごめん。ホントにごめん。この金額の話にはまだ先があるんです。
「とは言っても、これはもっと大雑把な計算ですけど、私の主観では○社のオーダーメイド下着と貴社の下着、それ程原価に差があるようには思えないんですよ。にも関わらず他社にはない機能、補正の機能を盛り込んでいると言う。原価は同じにも関わらす価格は倍。それに貴社の商品はオーダーメイドとは言っても、既存のサイズの組み合わせだけで一から全部作ってるわけではないとさっきの説明で仰いましたよね?そう思うとこの値段が適正かどうかは疑問なんですが…」
終わったな、と思いました。私は天下の大罪人に成り下がり、いたいけなB子さんを苛めている。これで終わりにしよう。もう帰ろう。ありがとうB子さん。マジごめん。おれはこれから罪の十字架を背負って生きていくよ。
「でも、でも、補正の機能はちゃんとあるんですよ!私も実際胸大きくなりましたし、ウエストだって細くなりましたから!」
んもう!何で反論するんだよ!もうこれ以上傷付け合いたくないんだよ!B子!おれの気持ちが届かなかったのか!
「わかりました。じゃあそれにも疑問を。まず『肉が動く』ってさっきから仰いますけど、その肉ってのは具体的に何なんですか?筋肉ですか?脂肪ですか?それとも他の組織ですか?」
「脂肪…だと思います」
「で、その脂肪がお腹へ胸へ、はたまた背中へそう簡単に動くものなんですか?」
「それはすぐには動きませんよ。時間をかけてゆっくり動かしていくんです」
「それでも動くわけですね。でもそうすると、いつまで経ってもブラは外せないし、ブラをしてなきゃまた逃げていっちゃうじゃないですか。寝ても覚めてもずっとブラを付けっ放しって事ですか?」
「そうではありません。当社の下着には脂肪を定着させる働きもありますから」
「定着させるってどういうことですか?さっきは流れていくって仰ったじゃないですか。何か化学反応的な物でも起こすんですか?外的要因で定着するのであれば普通のブラでも問題ないはずでしょう?」
「普通の下着ではサイズの区切りが大きすぎる為に定着させるだけの力を持っていないんですよ。だからこそオーダーメイドなんです」
「では他社の半額のオーダーメイドでも大丈夫ですね?それに市販の物でジャストフィットする人は特に必要ないという事ですね?」
「いえ、他社の製品では補正の機能はありません。ですから当社の製品でなければダメなんです。具体的に補正の機能とは、「重力に負けないように上向きの力をかける機能」の事を言います。垂れる原因は大きく分けて3つあり、ひとつは「重力」、そして「ミスフィット」、後は「加齢」です。当社の製品はしっかりとしたサイズに加え、上向きの力をかけられますから、肉が逃げたり垂れるのを防止できるんですよ」
さあ、白熱してまいりました。風前の灯火だったB子さんが火山の如く燃え盛っています。気を抜くと溶岩に呑まれてしまいそうな勢いです。では、ひとつずつ片付けていきましょう。
「ではまず上向きの力をかけるというのはどういうことですか?」
「もちろん垂れないようにきちんとした位置に収めるという事です」
「それは要するに『つりあってる』という状態の事ですよね?それならば普通の下着だってやってるじゃないですか。力学的に『上向きの力をかける』という事は、重力に対抗し、それに勝る力で上に引っ張りあげる事です。そうすると朝はきちんとした位置にあったブラジャーが、仕事を終えて帰ってくると肩甲骨の辺りにあるなんて事にもなりかねませんが、これが上向きの力をかけるという事です。つりあうだけならどんなブラでもできています。違いますか?」
「それは…」
もう力学的とか難しい言葉を使っちゃってますが、正直自分も良くわかっていません。ハッタリです。ただ、ひとつ言えるのは、「普通のブラでもつりあってるよ」って事です。
「私も貴社のホームページは拝見しましたけど、先程B子さんが仰った垂れる3つの原因については述べられていました。でも、そうするとわからない部分があるんですよ。重力に負けて垂れるのであれば、それはもう生まれた瞬間から垂れ始めるわけで、それを『18歳過ぎると垂れ始める』と定義するのは解せません」
「それは18歳を過ぎた辺りから加齢による肌の劣化が出てくるからで…」
「であるならば、加齢対策なくして形の維持は不可能という事じゃないですか。それまでは何もしなくて良かったものが、加齢によって垂れる。重力よりも何よりも、一番大きな問題に目を瞑ってプロポーションの維持も何もないんじゃないですか?」
「それは…」
「最後です。B子さんの主張には矛盾があります。先程『脂肪は動く』と仰いましたが、脂肪というのはバターのように、熱して溶けるだとか流れると言った反応は少なくとも体内では起こりません。脂肪は脂肪細胞に蓄えられ、組織となって全身を覆っています。それがそんな簡単に動くのならば、『脂肪吸引の危険性』なんて騒がれる事もないんじゃないですか?それから、さっきの説明の中に『太股から胸まで肉を持ってくることも可能』という話がありましたが、そこまで際限なく動くものならおばあちゃんなんかはみんな胸はぺちゃんこ、太股よりも脹脛が太い、そんな体型になってるはずです。腕も然りじゃないですか。でも、私はいままでそんな人は見たことがありません。B子さんはありますか?」
「…ないです」
「そうでしょう、そもそも肉が動くなんてそれ自体がおかしな理屈なんですよ。人間の身体には無駄がない。その位置にある筋肉、脂肪、組織は全て意味があってその位置にあり、何らかの働きをしてるんですよ」
「でも、でも…私は使ってて胸が大きくなりましたから…」
「B子さんはリンパ液という物をご存知ですか?強い締め付けにより、その部分にリンパ液が溜まる事があるそうです。それは新陳代謝の働きを弱め、倦怠感や疲労感、さらには発癌性の危険を示唆する医者もいるほどです。それだけ危険な状態になってしまう事もあるんですよ。」
「…」
火山鎮火。むしろ沈下。やりすぎたかな、とも思いますけど今更遅い。後悔先に立たず。とりあえず最後には優しい言葉をかけましょう。
「女性ならそういう不安があるのも理解はできますよ。垂れたら、とかね。男だって同じで、腹が出たとかハゲたとか、そういう不安は尽きません。でもだからって、それで相手の愛情が薄れるとかそういう風には考えちゃダメですよ。少なくとも私は、ジェニーがおばあちゃんになっても手を繋いでいられるような関係でありたいと思います。そりゃ年取れば『あの頃は若かった、やっぱり若いおねえちゃんの方がいいや』って事になるのかも知れないですけど、若いうちから『身体で男を繋ぎとめよう』なんて打算的な発想はしちゃダメですよ。さっきの店長の話じゃないけど、『補正下着のおかげでプロポーションが保てて、それで旦那が愛してくれる』なんて、まるで性的対象としてしか見られていないみたいじゃないですか。今日話した限りでもB子さんには良いところがいっぱいありそうだし、そういうところをアピールしていけるようになればそんな不安は消えますよ」
個人的にはものすごく良い事を言ったつもりなんですが、多分周囲ドン引き。間違いない。「年を取っても手を繋いで」なんて言われたジェニーの気持ちを考えるだけで自殺モノです。でもまあこれで話は終了。とりあえず、今後の為にも本当に肉が動くのかを勉強しなさい、そこのサロンで一人でもこれを理論的に説明できる人がいれば考えます、と言い残してその場を後にしました。ジェニーには「お礼に」と、ラーメンを奢ってもらいました。
後日談ですが、数日後B子さんからメールが届きました。「サロンには説明できる人がいなかったので、店長及びA社お客様相談室より回答してもらう」との事。それから待つ事2日、店長からメールが来ました。
『本当に買う気があるんですか?ない人に説明する義務はありません』
なんとまあ高圧的な態度。これこそ悪の親玉です。勝手にカラダで旦那釣ってりゃいいんだよ。とりあえず、納得すれば購入するとのメールを返信。そして翌日。
『ジェニーさんはこちらで試着をなさってその効果も体感されているはずです。にも拘らず未だ疑問をお持ちだと言う人にわざわざ回答する必要はないと判断します』
これだけ。何だよ、結局何も説明してないじゃん。どうなってんだよ。さらに翌日、追い討ちをかけるようなお客様相談室からのメール。店長のメールと同文プラス、
『そこまで言うならご自分で試着なさってその効果を体感すればいいでしょう!』
だとさ。嫌なこった。何が楽しくて窮屈なパンツやら無意味なブラジャーをおれが付けにゃならんのよ。先にも言いましたが、私はそういう趣味はありません。女性用の下着付けても興奮しません。やっぱり下着はいくら良くても着る人によって白にも黒にもなるんですな。私は下着単体よりも、それを身に纏う女性に興味があります。
補正下着を全面的に否定しようとは思いませんが、世間の反応はどちらかと言うと批判的なように感じます。購入は自己責任で。また、「衝動買い」という行為は往々にして後悔に結びつく事が多いですから、判断は冷静に行いましょう。「肉が動く理論」に関しては、引き続き探求を続けたいと思います。意見のある方、反論のある方、ご一報下さい。最近出てきたお腹が気になって仕方がないですから、納得できたら買ってみます。
何とまあ後味の悪い話ではありますが、思い出したので書いてみました。
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