プロフィール


― このホームページを管理・運営している私の紹介です ―




at Glacier Point in Yosemite National Park
◎ 名前 : SORA
◎ すみか : 東京都
◎ 誕生日 : クリスマス
◎ 星座 : やぎ←これ、ひつじ
◎ 血液型 :
◎ 身分 : 環境学修士。環境コンサルタント・シンクタンカー
◎ 専門 : 環境学 関心は国立公園制度
◎ 身長と体重 : 174a65`
◎ 趣味 : 登山スキー読書草野球音楽鑑賞
◎ 特徴 : 時代の流行にはとことん疎いでも、まったく気にしない…



at Top of Yosemite Waterfall in Yosemite National Park
◎ 出没スポット : 新宿駅京王線ホーム3番線
◎ 愛犬 : ちゃっぴーご高齢になり、近頃、めっきりのろまになる
◎ 大好きな食べ物 : 魚介類珍味(白子・あん肝・莫久来etc...)
◎ 大嫌いな食べ物 : ドリアン
◎ お酒とたばこ : お酒は好きでも毎日は飲まないたばこはno
◎ TV : 約30分/24時間ニュースを見るくらいたまにドラマとかも見る
◎ 好きな色 : 赤
◎ 抱負 : 自分らしさを忘れずに生きること
◎ 夢 : いつか研究者になりたいな


山を始めたきっかけ

 クライマーだった今は亡き父に、幼い頃から山に連れていかれ、知らないうちに自分自身も山の魅力に取り付かれていきました。本格的に山に登るようになったのは、私が小学校2年生のときに登った南アルプスの鳳凰三山から。そのときから、1999年の北アルプス前穂高北尾根の山行まで、父とふたり、ほぼ1年に1回のペースで大きな山に登るようになりました。しかし、この1999年の山行が父とザイルを結んだ最初で最後の山行になってしまったのです。来年の夏は白馬岳から針の木岳縦走、そして冬は八ヶ岳をやろうと約束はしたものの、その約束は果たされることなく、父は45歳という若さで逝ってしまいました。
 こうして最大にして最高のパートナーを失ってしまった私は、私の心の中で永遠に生き続ける父と一緒に、これからもずっと山に登り続けようと胸に誓い、高校で、そして大学でめぐり逢った大切なパートナーたちと共に、今でも年に数回のペースで山に登っています。こんな私と山に登ってくれる仲間には本当に本当に感謝しています。これからもずっと、よろしくお願いします。
 私自身の命ある限り、山には登り続けていきたいと思っています。



私の山登り 

 私は山にたいして「征服する」という言葉は絶対に使わないことにしているし、そういう気持ちで山に登るということもありません。私は、人間なんて所詮とてもちっぽけな存在であって、どうあがいたところで自然には到底勝てるはずはないと思っています。それに、山はけっして敵ではありません。だから、私はいつも「私は山に登らせてもらっている」という気持ちで山には登っています。そんな気持ちで山に登ると、山や自然は私を温かく出迎えてくれる気がするし、少しでも山や自然にとけこめる気がするのです。
 私は大学時代、1年間だけワンダーフォーゲル部に所属していました。この部活に入部した理由のひとつに、部活動を通して自分の登ったことのない山々にたくさん登ってみたい、という理由がありました。ところが、いざ入部し、部活動を通して感じたものは、私自身の山に登るスタイルとして、がつがつといろいろな山に登る山登りは私にはあっていない、そう感じたのです。山は逃げない。たとえ、1年に1回や2回だけでもいいから、そうすればもっと山を大事にできる。そう気づかせてくれたのは、部活であり、ある先輩でした。
 おそらく私の人生は、まだ当分続くんじゃないかと勝手に思っているので、ゆっくりのんびり山には登っていきたいなと思っています。そして、自分が本当にやりたくなったら、冬山やクライミング、沢登りや山スキーと、未知な分野にも挑戦してみたいなって思います。ちなみに、冬山については、2004年の2月に入門という形で奥秩父に行ってみて、いきなり真っ白な世界の魅力に取り付かれてしまった私でした。
 しっかりとした計画のもとで、自分の登りたい山に、どれだけ楽しく登るか、それが私の山登りです。
 


私の好きな山  

 「あなたの一番好きな山はどこですか?」と聞かれたら、私は自信を持って「穂高です」と言えます。私は本当に本当に穂高が大好きなのです。
 穂高とは「穂高連峰」といって奥穂高岳・北穂高岳・前穂高岳・西穂高岳・涸沢岳の主に5つの急峻な山々から成り立っている山の総称です。どの山もそのほとんどが3000bを越す高峰。そして、その懐にある涸沢カール。私の大好きな場所であり思い出の場所なのです。
 むかし、私の父は穂高の岩壁を一心不乱に登攀したといいます。屏風岩・前穂東壁・滝谷・・・。その影響からでしょうか、父は私をよく穂高に連れていってくれました。この山域のことなら目をつぶってでも歩けるくらい知り尽くしている感じでした。父も穂高や涸沢が大好きだったのです。そんな父の後を継いで、これからも私はずっと穂高に足を運び穂高を感じ続けたいと思います。父がそうしたように・・・。