SHODA RYAN ART WORKS
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公園と月

NEW 新美術論「七色美術雷観」05
review05 2008/03/01

 陰り始めた仕事場。私は手を止め、散歩の準備に入る。しこたま買い込んだベージュ色のスイッポン、今日はどれを履こうかと選ぶ。私の足に優しい靴を探し当てたのだ。玄関を開く。夜への準備に向かう外気の中を黒ずみかけた公園を横手に、なだらかな道を歩み出す。いつものコース。うぐいす坂を下って行く。駅前の密集しているパチンコ屋街のネオンサインがお出迎えだ。左にカーブを切り、高架橋の入り口までの一直線をひたむきに歩く、俺。顔を隠し、人に知られていないというに、安物のフェルト帽を深く目の近くまでずらして。いやなのだ!見られるのが、散歩と言えども。邪魔なのだ、人の目線が。
 どうした事か今日は気まぐれを起こし、途中から右に折れ、踏み切りへの道を選んだ。これが間違いだった。チンチンと遮断機が下りている。竹の竿状の虎目模様が横になったまま鎮座している。おい通せ!随分人も車も溜まったものだ。最前列に陣取る。隣の自転車のハンドルを持ったゴマ白髪の良く日焼けした男が話し掛けてくる。この街では滅多にない事だ。気持ち良さそうに一本煙草を吸っている。まだ下りのJRさんは来ない。5分の煙はちびた状態で口に突っ込まれたまんまだ。男の話し掛けが止まらない。後ろの御婦人も話し掛けてくる。随分と今日は長いわね。車は角まで一杯だ。15分経ったがまだ虎のシッポは上がってくれぬ、糞!やっと虎の竿が上がる。一斉に線路を渡る。これじゃ東京都下じゃねぇか!ここはド田舎だぞ!数台の車も線路を渡り終えた。あれあれまた、遮断機が下りてしまったぜ!まだまだ人の列は続いている。これじゃ30分は開かずの踏切りだよ。車は「アピタ」の角をぐるりと廻って止まっている。図書館への道も同じく整列したまんまだ。
 俺はひたむきにテクル。折り返し地点にしている、いつもの、作りかけの君津中央公園までの直線コースを。片笑いしている月を横目に見ながら。公園の中央の芝生の上で玉転がしのゲームを女の子達がやっている。男の子はいない。煌々と照らし出された芝の広場。ナイターゲームだぜこりゃ。ゴールと、私の命名している木製のパンテオン、アテネ神殿まで到着。まだ完成への途中の緑のネットの向こうには、大衆便所(まだ、だあれもチャックを下ろしていない)と、まあるい噴水?足洗い場?モザイク模様のタイルで円形で仕上がったところか。→

 振り返り、グラウンド状の広場を見る。女予備軍達は必死で玉を追っている。玉は蹴られ、踏み付けられ、またケラレ、弄ばれ、三人同時に突撃して来る。潰れそうな玉、飛び出した。又、追い駆け、シュート。ゴールには入らず、私の足元までコロコロと逃げて来る。猛然と突っ込んで来るダッシュする乙女達。玉の奪い合いだ。黄色い悲鳴が飛ぶ。イタイ!玉は一人の乙女に抱きかかえられ、可愛い可愛いをされ、さすられて、次の瞬間、容赦なく落とされ、蹴り上げられる。二人の乙女に絡まれて球はなおも逃げる。痛々しくもチンバを引きながら髪振り乱した、月経が始まって数年という乙女達が大股開きで真剣な眼で一つの玉を睨み、追う。たまったもんじゃないよ玉は。玉の運命はこんなもんさ、誰だって。絶対諦めない娘達。玉の争奪戦はまだ続いている。ころがり逃げる玉、ヒィーッと言って見送る女。嫌だねぇ〜、玉の身にもなってみろ。男の私には、よおく分かる。玉よ頑張れ、男の象徴!
 天に張り付く大観の梅干し。それさえも失くなり、夕暮れに、そして濃紺に染め上げられる空。今日は空がいつもより高く見える。瑠璃色の天中に少しかたぶいた上弦の月、ニンマリと金星を狙っている。私の歩みと共にスピードを増し、月は金星を放り出したり、吸い込もうとしたり。逃げ惑う金星。この場合、土星でも水星でもなく、金星にしておこう。ニタリの度を増して上気弦さ。左手にそれを見ながら駅の階段を登る。登り口で「魚民」のおねえちゃんがテッシュペーパーを配っている。二つ!と私は注文を出し、手渡されながら階段を登る、駅は線路の向こう側まで長いフード付きの道が続く。生気の失せた、人生がまだ始まっていない男、女が改札口からドッと出てくる。この街では図書館と駅のラッシュアワーの時でしか群集とは会えない。淋しさの消えている駅には、それでも人間味が増した訳ではない。生まれ立ての、育ち盛りの死人の群れがあ呆けた目付きで通り過ぎて行く。女も男も、定年前の男達も、夜も、生気がない。パチンコ屋のネオンサインには勝った事のない市民の生気が!快楽の夜に向かうというに。この味気ない帰宅!→

 そう、「アピタ」の横を通過する時、ここでは珍しいレベルの若い美人に声を掛けられた。外灯の下の女はまだ娘に思えたが、「あの、これっくらいの黒い服を着た男の子見ませんでしたか」。私の来た方角に母を置き去りに出て行ったらしい。「そう、サッカーをしていた中に一人小さい児がいたけど」、「あ、それじゃなくて」、「幾つ?」、「小二です」。外灯に照らし出されている女は、その瞬間に年を増していた。光線の角度で母親のシワとシミもガッチリと。「見なかったよ」、私は歩行を続けたのだった。
 駅前のネオンサインの見送りを受けながら横断歩道を過ぎると最後の難関、うぐいす坂にさしかかる。もうたっぷりと坂は黒い。時折、車のライトがせきたてる。坂を駆け足で上る。今日は少し疲れているのか。かもしれない。仕事のやり過ぎ?かも。
 漆黒の公園が眼の前に。たどり着いた。道の真中に、まあるく灰色の猫が三つ指をついている。私は徐々に家に近づいていく。暗闇から白いハナが飛び出してくる。チェーンを引きちぎるゾ、とばかりに。今日はどうしたの?、吠えまくっている。ハナ!ハナ!と言っても吠えている。バカ犬が。闇の中の白い犬。隣の犬。時には散歩で紐を引っぱる事もある。キリストの末妹、処女の、最後に生んだ娘と同名の犬。ぼけ犬。
 玄関を開け、中にたどり着いた。小うるさい女が夕食の準備はもうとっくに出来ていますと、嫌味を言う。アトリエの中の大き過ぎるテーブルの上の夕餉。画架には白いカンバスが、描かれた途中で掛かっている。ねぇ、私、いつ描くのよ!応挙の幽霊か?白地が大きく残る画架の上のカンバスは、さも恨めしそうに三白眼の流し目を送る。「アシタ!」
 食後、パソコンを開く。集中力のない眼と手は誤字を打ち出している。白く光るカンバスは「アピタ」の下ですれ違った美人、さの!妖怪に思えてきた。ねぇ、いつ誘ってくれるのよ!ねぇ!
 俺は誤字だらけのパソコン画面を見続ける。今夜は殺気が漲っている。ねぇ、いつよ。
 黒い公園の上のあいつがまだ見ている。

 2007年5月22日  雷庵記

巻頭エッセー履歴  an update essay
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essay02 2007/02/07
essay01 2007/01/23

作品更新履歴  an update art works
2007/03/12
2007/02/20
2006/12/24

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