道光王朝―――国力弱体化と威信失墜・失意の皇帝―――これは大清帝国の衰退期、 軍閥の台頭をはじめとする様々な内憂における大清帝国積年の問題点が外冦によってさらけ出され、 大帝国はしだいに混迷の度を深めてゆく物語である。
かつて、世界に冠たる大清帝国は建国以来、世界史上稀に見る6代1摂政王に渡る名君を連続で輩出し、前王朝、大明帝国が 多年外患としてきた内陸アジア諸国をも平定し、 文芸もまた華開き、国は世界で最も豊かで、富み栄えていた。
しかし、道光時代の当時、大清帝国は既に三世の春と呼ばれた康乾盛世を過ぎており、 世界に冠たる大帝国も19世紀に入ると、かつての勢いはすっかり影をひそめ、田畑は荒れ、汚職がはびこり、 治安の乱れはじめた街には流民や匪族があふれかえるようになり、人民はだんだん貧しくなっていった。職を失い、家や財産を失い、 生きる希望を持てなくなった人々はやがてアヘンという麻薬に手を出すようになってゆく。
皇族の中にもアヘンが蔓延し、健康面でも風紀面でもアヘンの害は甚だしいものがあった。 またアヘンの輸入増加によりそれまで中国の大幅な黒字だった対イギリス貿易が赤字に転落し、 国内の銀が国外へ流出する事で国内の銀相場は高騰した。 当時の清は銀本位制であったので銀の値が上がる事はそのまま物価の上昇につながり、民衆の生活は窮迫した。
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道光王朝