南宋孝宗――――――孝宗の治と大定の治・宋金対峙と蒙古の台頭
南宋の高宗が禅位し、孝宗が即位した。一方、金国でも完顔亮が殺され、 世宗が即位した。その頃、漠北に英雄が誕生していた。その族名・蒙古(モンゴル)。宋金が 対峙しながらも孝宗と世宗という両明君によって 繁栄を迎えた。また両君崩御は、ひとつの時代が終わるかのように蒙古が台頭し、 次なる火種となって風雲時を告げるのだった。孝宗即位から、 チンギスハーンが西征を終える1224年までを描く。
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南宋孝宗